ドロイドベル

ふりかけ大王

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第2章~追いかけて~

伏兵

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――何かがいる。

エバンは僅かな不穏感でそれを感じ取った。同じように何度も実戦を積んだ数少ない二人の部下も直感的に今までとは違う雰囲気を察知した。

「・・・灯りを消せ。」

エバンは手にしていたランタンの灯りを消す。続いて同じようにステッドたちも自分たちの持つランタンの明かりを消した。こうすることで遠くの敵から攻撃を受ける確率は少し減るだろう。それにこちらは夜目に慣れている。ある程度であれば月明かりでも十分に見える。

三人はその場でそれぞれの死角を庇う様に隊列を整えできる限り音を立てないように剣を抜く。エバンたちがあたりに神経をとがらせていると、あちこちからパラパラと土の崩れる音が暗闇の中に響いた。

(敵は何処にいる?)

音からして洞穴や木の陰に隠れているとエバンは一瞬考えたが、すぐに打ち消す。この辺りに大きな物陰はなかったはずだ。

「この音は一体・・・。」

若干、掠れた声でステッドは言う。エバンたちはお互いの息をする音と、時折鳴る妙な音の中に閉じ込められていた。

敵がいつ来るか分からない時間はエバンたちにとって終わりのない旅のように感じられた。この膠着が何時まで続くのか、エバンがそう思った瞬間だった。

「エバン分隊長・・・あれを・・・。」

ハーパーが何かを見つけたようで、そっとエバンを呼ぶ。彼が指さす方を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

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エバンが見たのは敵の姿だった。それもレグルム王国で交戦した時と同じ姿の敵だったので暗闇の中でもわずかな光を頼りに一目で分かった。エバンが驚いたのは敵の出た場所だ。あいつらは洞穴でも岩や木の陰から出たのではない。奴らが出たのは――。

「地面から這い出ているのか・・・!?」

エバンの驚愕の一言に後ろを警戒していたステッドも思わず振り返る。彼もまた、大きく目を見開きその光景に絶句した。

「なんと・・・。」

エバンたちが思考がおぼれている間にも敵は次々に暗いその地面から湧き出てきた。それを見てはっと我を取り戻したようにエバンは言う。

「すぐにこの場を立ち去る準備をしろ、あの数相手に交戦は避けるべきだ。」

もしも敵が10に満たないのならば、よほどの相手出ない限りエバンたちで十分対処できる。だが、こちらから把握できる範囲でも20はいる。

相手に気づかれないように3人は馬のもとに向かう。このまま馬に乗って一気に立ち去り敵を引き離す。そのつもりだった。しかし――。

ヒヒーン!!

エバンたちの馬が不穏な空気を感じたのだろうか、大きな声を上げた。それを聞いて敵がこちらに一斉に走ってきた。

「――構えろ!!ある程度まで減らしたら出るぞ!!」

戦場を経験しているエバンの背中にもゾクゾクとした感覚が走る。こうなっては背を見せて逃げることはできない、開戦だ。

「ハーパー、俺とステッドから離れるな!」

「はいっ!!」

ハーパーの声は震えて、少し裏返っていた。無理もない、彼は優秀だがまだ自分よりも若く、それに実戦経験もこの中では一番劣っている。

敵の動きは変わらず緩慢だったが、戦いの場が慣れない地形の上に広い。それに360°何処から敵が来るか分からないうえに、先程の衝撃がまだ頭にこびりついていた。もしや足元からという恐怖とも戦わねばならなかった。それでも、今は生きるためにこの場を切り抜けるしかない。

敵に囲まれないように移動しながら剣をふるう。

「オ゛ォアぁァァッ――。」

敵はエバンたちに切られるたびに人間とは思えない断末魔をあげて闇に消えていく。エバンはレグヌム王国での戦いを通じて敵についてある程度学んだことがあった。

1つ目は動きは緩慢だが、力がとてつもなく強いこと。2つ目は知能があまり高くないことだ。本当に自分たちを叩くつもりなら馬を真っ先に狙うはずだ。そのあとで自分たちの命を狙えばいいし、最悪逃したとしても行動を制限できる。

だが、あいつらは自分たちしか眼中にないようだ。おかげで戦場から馬たちまでの距離を十分に稼ぐことができた。

「ハァア!!」

ステッドはエバンとうまく連携しながら敵をなぎ倒していた。流石、分隊長に推薦されるほどの男だ。エバンたちが敵と遭遇してから10分ほど経っただろうか、もう彼らの剣は敵の血で染まっていた。

(・・・おかしい。もう見えていた数の敵は殺したはずだ。)

エバンは額に汗を流しながら冷静に状況を分析していた。となりのステッドも息が荒くなっている。このままではきりがない、ジリ貧になる前に勝負しなくては。

「ステッド、ハーパー!!俺の合図で馬に乗れ!この場を脱出するぞ!!」

敵は弓矢など遠距離武器を装備しているわけではなさそうだ。だとしたら、馬にさえ乗れれば何とかなる。

「あ゛ヴぉオッ――!!」

エバンが敵の腕を切り飛ばした瞬間。

「走れ!!」

三人は敵に背を向けて一斉に走り出した。暗闇の中を引き裂くように一目散に馬へと駆けていく。エバンの読み通り、敵は遠距離から攻撃する普段を持っていなかった。後ろを見れば敵との距離がどんどんと開いていった。

エバンは賭けに勝ったのだ。

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「しまっ――!」

もう大丈夫、という心の隙間からだろうか。それとも敵の怨念なのか。エバンの前で先を走るハーパーが敵の亡骸に足を取られた。前のめりにバランスを崩し倒れ込む。ドンという鈍い音が響き、腰に差した剣と敵がつけていた鎧がぶつかり合ってガシャンという大きな音を立てる。

「くそっ!!」

すぐにハーパーは立ち上がろうとするも、そのすぐ後ろには敵の大群が迫っていた。
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