悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

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執事は浮かれる(マクシミリアン視点)

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今日は、お嬢様が放課後のお出かけに誘って下さった。
メイカ王子の件があったので、私の事を気遣って下さったんだと思う。

……私は、昼間……お嬢様に心配されるくらい動揺してしまったらしい。

メイカ王子の発言には、正直……肝が冷えた。
お嬢様が南国へ行く事を、幼い頃より夢見ているのは知っている。
その為に農業の事を学び、漁業の事を学び……その姿を見て彼女が本気なのだと日々思い知らされていた。
そこに、メイカ王子の提案である。

『だって農業の話、楽しそうにするし。うちは貴族でも手ずから農地経営をしてる家が多いんだ。それだけ興味があって畑に立つ気があるんなら…』

ダメだ、そんな事を言うな。
お嬢様の憧れの南の島国。そこでお嬢様が大好きな畑を作りながら、生きて行けるなんて。
お嬢様に……都合が良すぎる話じゃないか。
パラディスコ王国でお嬢様が、もしも想える誰かと出会ってしまったら。
私が介入し、攫う余地なんて無くなってしまう。
メイカ王子に私の気持ちを悟られてしまうくらい動揺してしまって執事としてはとても恥ずかしい事をしたと思う。
だけれど、禍福は糾える縄の如し、なんてどこの誰が言ったのか。
この事は思いがけず良い展開へと転がった。


放課後、校門で私を待っていたお嬢様はとても美しかった。
恐らくジョアンナのコーディネートなんだろうが…あの女にしてはいい仕事をするじゃないか。
青い上品なドレスは華奢な彼女の体に良く映え、そのドレスの大きめに空いた胸元は彼女の首の細さと白さを強調していて思わず触れたくなる。
いつもはそのまま流している銀糸の髪は、今日はゆるく三つ編みにされサイドに流されておりお嬢様の美貌にあどけなさを加えとても良く似合っていた。
ああ、通りすがる男共がお嬢様を見ている。
彼女に付く虫を払い落とさないと。
そんな事を思いながら、私は彼女に声をかけた。

「マクシミリアン!素敵ね!」

私が彼女に褒め言葉を発する前に、先にお嬢様に褒められてしまった。
ああ……なんてお可愛らしい事を言うのだろう。
愛しております、なんて言葉が口から零れそうになるのを必死で堪えてお嬢様に賛辞を贈ると彼女は可愛らしい顔で頬を染め、俯いた。

学園生活では邸にいる頃よりも更に、使用人然とした態度で過ごす事が多くなった。
それが私にはかなりのフラストレーションとなっていた。
ノエル様には苦笑いしながら『今日も距離が近いよね~』なんて言われるが。そんな事は無いはずだ。
お嬢様との距離を縮めねば。
うかうかしているとお嬢様に近付く男に彼女を横から攫われてしまうかもしれない。
今日はお嬢様のご提案で、なるべく対等のような立場で接して欲しいとの事だったので出来るだけそうさせて頂こう。


「おかしいわ……この辺りのはずなの……」

ノエル様から頂いた地図と見比べながら、お嬢様がきょろきょろと周囲を見渡した。
出歩き慣れていないお嬢様をあまり歩かせたくは無いから、早く店に着きたいのだが…。

「見せて頂いていいですか?」

そう言いつつお嬢様の手元の地図を覗き込む。
……道は、合っていると思うのだが……地図が間違っているのか?
その事を口にしようとお嬢様の方を向くと、意外に近い場所にお嬢様の顔があった。
至近距離でお嬢様の美しい青の瞳と、目が合ってしまう。
お嬢様が、少し驚いたように目を見開き、その唇が薄く開いた。
……そのまま引き寄せられるように……お嬢様の唇に。
自分の唇を重ねようとして、踏みとどまり、それでもなんだか惜しくなってしまって彼女の頬に口付けた。
想像以上に柔らかなお嬢様の頬の感触に、驚いてしまう。
そしてうっとりする間もなく訪れたのは、後悔の気持ちだった。

……やってしまった。

お嬢様の反応が怖い。怒るだろうか?……きっと怒るな。
先日のメイカ王子の行動から私は何故学ばなかったのか。
泣かれてしまうだろうか?嫌われてしまったら……ショックだな。それは死ねる。
しかし彼女の反応は……。

「ふぇえええええ!!?」

真っ赤になって、少し私から離れるという事だった。
この反応は……?嫌がっている、という風には……自惚れじゃなければ見えないのだが。

「……嫌、でした?」

伺うようにお嬢様を見つめ、訊ねてみる。
これは……彼女の気持ちを探るチャンスかもしれないのだ。些細な反応も見逃してはいけない。

「そゆことされると、勘違いしそうになるからぁ……」

真っ赤になった顔を、お嬢様はその小さな両手で隠してまるで庶民のような口調でそう呟いた。
……勘違い……それは。
お嬢様が私の事を好きになってしまいそうになる、とか。そんな。
そのような幸せな解釈をしても、宜しいのでしょうか?

「……勘違い、沢山して下さい。お嬢様にでしたら、いくらでも勘違いされてもいいんです」

顔を隠した彼女の手の甲にそっと口付けて、優しくそう囁くと。
お嬢様は真っ赤な顔のまま私の腕の中に倒れ込んで来た。




…………自分に都合の良すぎるお嬢様の反応に、いささか驚いてしまったけれど。
今日は、思い切った方向に舵を切ってもいいのかもしれないと。
私はそう心を決めたのだった。
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