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閑話5・ある取り巻き子息の恐怖体験(モブ視点)
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シュミナ・パピヨン嬢。それは俺の太陽だ。
明るく、美しく、無邪気で天真爛漫。彼女の存在はまるで春の木漏れ日……。
彼女はいつも俺達に、暖かな微笑みと癒し、そして胸に湧きあがる愛おしさをくれる。
そんな彼女の人柄と美しさを慕って、彼女の周囲にはいつも男達が群がっており……皆は親衛隊を自称している。
……まぁ、俺もその一人なのだが。
俺はしがない子爵家の長男だが……彼女は更に家格が下の男爵家令嬢。
そう、望めば彼女に手が届くかもしれない立場なのだ。
いずれ彼女と心が通じ合ったと確信したら、彼女の家に婚約の申し入れをしよう。
俺は、そう決めている。
シュミナ・パピヨン嬢には、天敵とも言える女がいる。
ビアンカ・シュラット侯爵令嬢。
月下の花のように美しく可憐な、深窓のご令嬢……その美しさは見る者を圧倒する。
だかしかし、その中身は身分を笠にシュミナ嬢を虐める劣悪な人柄だ。
シュミナ嬢がいつも涙ながらに俺達に語る侯爵令嬢の所業は、決して許されるべきではない。
今日も俺達は……涙で濡れた瞳の可憐なシュミナ嬢への謝罪を求める為、ビアンカ様……いや、あんな女ビアンカでいい……に苦情を申し立てていた。
彼女はいつものように素知らぬ振りで『そんな身に覚えのない事を言われましても、困りますのよ?』とその美しい首を傾げ、澄んだ湖面の色の瞳を細めた。
彼女の侍従……マクシミリアン・セルバンデス男爵子息もこちらを射殺すような目つきで睨んでいる。
……正直、あの目は怖い。
彼に睨まれる事が恐ろしくてシュミナ嬢の側に居るのを諦めた軟弱者が数名いる程度に恐ろしい。
ただシュミナ嬢曰く、彼はビアンカに騙されている被害者らしいので……早くこちら側に来てはくれないだろうか……。
そんな日々を過ごしていたのだが。
――――親衛隊の生徒が、怪我をした。
――――親衛隊の生徒が、階段から落ちた。
そのような出来事が数度発生した。
当然俺達はビアンカ・シュラットの関与を疑ったのだが……。
生徒達が怪我をしたのはどれも領地の屋敷などの王都……つまり学園から遠く離れた場所での事だった。
しかも皆……当時の事を覚えていないのだ。
気が付くと怪我をした後だった。
気が付くと階段から落ちた後だった。
そんな風に何故そうなったのか、という記憶がすっぽりと抜けているのだ。
だから全ては不注意からの事故だと処理された。
そして彼らは……何かに怯え、シュミナ嬢から離れていった。
なんだか嫌な予感がする……そう思いつつもどうする事も出来ず。
時折起きるその『事故』に不気味な恐怖を覚える事しか出来なかった。
その日俺は……父に所用で呼ばれ王都から2日離れた屋敷に帰っていた。
久しぶりの家族との歓談の中でついぽろりとシュミナ嬢とビアンカの話をしてしまったのだが……。
母は話を聞くや否や顔を真っ青にしてワイングラスを絨毯に落とし顔を覆って泣いた。
みるみるうちに絨毯に、染みが広がっていく……それが何故か印象的な光景に思えた。
父には『お前……ビアンカ様に失礼な事をしていないだろうな!?彼女はあのシュラットだぞ!?その上、王子の寵愛を受け婚約者になるのは当確と言われている最有力候補だ……我が家を破滅させる気か!!?』と肩を掴まれ罵倒され……。
それを聞いて……俺の顔は真っ青になった。
……シュミナ嬢を守る騎士になったような気持ちに酔っていた俺は、現実が見えていなかったのだ。
そう、彼女はビアンカ・シュラット侯爵令嬢。
その権威はこの国で4指に入ると言われ、領地に国1番の強大な軍隊を持ち、宰相を勤める父親は有能かつ冷酷(という噂だ)、そして王子の婚約者最有力……。
しがない子爵家の子息ごときがケンカを吹っかけていい相手ではなかったのだ。
俺はふらふらになって、自室の寝台に身を沈めた。
(ああ。学園へ帰ったら……ビアンカ様に謝罪をしなければ)
口から出た言葉はもう戻らない、ならば誠意を見せるしかない。
しかし彼女は……そしてあの恐ろしい目つきの従僕は。
俺を許してくれるのだろうか……。
ぶるり、と先の事を思い俺が身を震わせた瞬間。
―――部屋の闇の濃度が、1段階上がった気がした。
鼻につくのは屋敷でするはずもない獣臭……そして低い唸り声。
恐怖に駆られ身を起こすと、俺の目に入ったのは……。
視界を覆いつくさんばかりの、黒い獣、獣、獣、獣、獣。
獣達は……影からどんどん生まれ、部屋に充満していく。
俺はその信じがたい光景を呆然と見る事しか出来なかった。
―――獣の目は、あの従僕の目に似ている。
そんな馬鹿々々しい考えが一瞬頭を過る。
あの従僕の仕業な訳がない……これはとても……人の理の中の者が出来る事じゃない……!!
獣達は物理的に無理な様相で押し合いへし合いしながら部屋を満たしている。
俺はくぐもった悲鳴を上げた。
……翌日。
俺は屋敷の階段から落ちて、手首と足の骨を折った状態で発見された。
昨夜何があったのか……記憶が全く無く、何故そうなったのかは分からない。
両親には冷たい目で『寝ぼけていたんだろう』と結論付けられた。
ただ学園に戻りあの侍従の目を見た時……。
背筋が何故か恐怖で粟立つのを感じた。
俺はビアンカ嬢に必死で謝罪をし、シュミナ嬢とはもう関わらない事を誓った。
「謝って下さったのですもの、許しますわ」
そう言って慈悲深く笑う彼女は……シュミナ様が言うような悪人には全く見えず、むしろ天使のようだった。
明るく、美しく、無邪気で天真爛漫。彼女の存在はまるで春の木漏れ日……。
彼女はいつも俺達に、暖かな微笑みと癒し、そして胸に湧きあがる愛おしさをくれる。
そんな彼女の人柄と美しさを慕って、彼女の周囲にはいつも男達が群がっており……皆は親衛隊を自称している。
……まぁ、俺もその一人なのだが。
俺はしがない子爵家の長男だが……彼女は更に家格が下の男爵家令嬢。
そう、望めば彼女に手が届くかもしれない立場なのだ。
いずれ彼女と心が通じ合ったと確信したら、彼女の家に婚約の申し入れをしよう。
俺は、そう決めている。
シュミナ・パピヨン嬢には、天敵とも言える女がいる。
ビアンカ・シュラット侯爵令嬢。
月下の花のように美しく可憐な、深窓のご令嬢……その美しさは見る者を圧倒する。
だかしかし、その中身は身分を笠にシュミナ嬢を虐める劣悪な人柄だ。
シュミナ嬢がいつも涙ながらに俺達に語る侯爵令嬢の所業は、決して許されるべきではない。
今日も俺達は……涙で濡れた瞳の可憐なシュミナ嬢への謝罪を求める為、ビアンカ様……いや、あんな女ビアンカでいい……に苦情を申し立てていた。
彼女はいつものように素知らぬ振りで『そんな身に覚えのない事を言われましても、困りますのよ?』とその美しい首を傾げ、澄んだ湖面の色の瞳を細めた。
彼女の侍従……マクシミリアン・セルバンデス男爵子息もこちらを射殺すような目つきで睨んでいる。
……正直、あの目は怖い。
彼に睨まれる事が恐ろしくてシュミナ嬢の側に居るのを諦めた軟弱者が数名いる程度に恐ろしい。
ただシュミナ嬢曰く、彼はビアンカに騙されている被害者らしいので……早くこちら側に来てはくれないだろうか……。
そんな日々を過ごしていたのだが。
――――親衛隊の生徒が、怪我をした。
――――親衛隊の生徒が、階段から落ちた。
そのような出来事が数度発生した。
当然俺達はビアンカ・シュラットの関与を疑ったのだが……。
生徒達が怪我をしたのはどれも領地の屋敷などの王都……つまり学園から遠く離れた場所での事だった。
しかも皆……当時の事を覚えていないのだ。
気が付くと怪我をした後だった。
気が付くと階段から落ちた後だった。
そんな風に何故そうなったのか、という記憶がすっぽりと抜けているのだ。
だから全ては不注意からの事故だと処理された。
そして彼らは……何かに怯え、シュミナ嬢から離れていった。
なんだか嫌な予感がする……そう思いつつもどうする事も出来ず。
時折起きるその『事故』に不気味な恐怖を覚える事しか出来なかった。
その日俺は……父に所用で呼ばれ王都から2日離れた屋敷に帰っていた。
久しぶりの家族との歓談の中でついぽろりとシュミナ嬢とビアンカの話をしてしまったのだが……。
母は話を聞くや否や顔を真っ青にしてワイングラスを絨毯に落とし顔を覆って泣いた。
みるみるうちに絨毯に、染みが広がっていく……それが何故か印象的な光景に思えた。
父には『お前……ビアンカ様に失礼な事をしていないだろうな!?彼女はあのシュラットだぞ!?その上、王子の寵愛を受け婚約者になるのは当確と言われている最有力候補だ……我が家を破滅させる気か!!?』と肩を掴まれ罵倒され……。
それを聞いて……俺の顔は真っ青になった。
……シュミナ嬢を守る騎士になったような気持ちに酔っていた俺は、現実が見えていなかったのだ。
そう、彼女はビアンカ・シュラット侯爵令嬢。
その権威はこの国で4指に入ると言われ、領地に国1番の強大な軍隊を持ち、宰相を勤める父親は有能かつ冷酷(という噂だ)、そして王子の婚約者最有力……。
しがない子爵家の子息ごときがケンカを吹っかけていい相手ではなかったのだ。
俺はふらふらになって、自室の寝台に身を沈めた。
(ああ。学園へ帰ったら……ビアンカ様に謝罪をしなければ)
口から出た言葉はもう戻らない、ならば誠意を見せるしかない。
しかし彼女は……そしてあの恐ろしい目つきの従僕は。
俺を許してくれるのだろうか……。
ぶるり、と先の事を思い俺が身を震わせた瞬間。
―――部屋の闇の濃度が、1段階上がった気がした。
鼻につくのは屋敷でするはずもない獣臭……そして低い唸り声。
恐怖に駆られ身を起こすと、俺の目に入ったのは……。
視界を覆いつくさんばかりの、黒い獣、獣、獣、獣、獣。
獣達は……影からどんどん生まれ、部屋に充満していく。
俺はその信じがたい光景を呆然と見る事しか出来なかった。
―――獣の目は、あの従僕の目に似ている。
そんな馬鹿々々しい考えが一瞬頭を過る。
あの従僕の仕業な訳がない……これはとても……人の理の中の者が出来る事じゃない……!!
獣達は物理的に無理な様相で押し合いへし合いしながら部屋を満たしている。
俺はくぐもった悲鳴を上げた。
……翌日。
俺は屋敷の階段から落ちて、手首と足の骨を折った状態で発見された。
昨夜何があったのか……記憶が全く無く、何故そうなったのかは分からない。
両親には冷たい目で『寝ぼけていたんだろう』と結論付けられた。
ただ学園に戻りあの侍従の目を見た時……。
背筋が何故か恐怖で粟立つのを感じた。
俺はビアンカ嬢に必死で謝罪をし、シュミナ嬢とはもう関わらない事を誓った。
「謝って下さったのですもの、許しますわ」
そう言って慈悲深く笑う彼女は……シュミナ様が言うような悪人には全く見えず、むしろ天使のようだった。
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