悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

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令嬢13歳・マクシミリアンと黒い子犬

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王家別邸に帰り皆様と昼食を食べた後、わたくしはお部屋でだらりとしていた。
朝からお出かけをして、人混みの中を走り回って、人攫いに遭い……わたくしは少し疲れてしまったのだ。
後半の方は自業自得なのだけど。
やっぱり体力作りは急務だわ……畑仕事をしている時はアドレナリンが出ているせいか体力の事はそんなに気にならないんだけどなぁ。
窓の外からは皆様が海で遊ぶ楽しそうな声が聞こえる。
その声を聞きながらこの休暇ももう終わりに近いという事に思い当たり、少し寂しい気持ちになった。

「マクシミリアン……」
「なんですか?お嬢様」

ソファーにだらりと転がるわたくしに、マクシミリアンは膝枕をしてくれている。
上を向くとマクシミリアンの綺麗な顔が目に入って眼福だ。
……両想い……なんて言葉が一瞬頭を過って思わず照れてしまう……うう、慣れないわ。
わたくしはマクシミリアンのお顔も、声も、優しいところも、ちょっとヤンデレ気質で拗ねやすいところも、ちょっとやらしいところも、とても好きだから意識しないのは無理なのだ。
……最後の方はなんだか悪口っぽいわね。
綺麗な手でさらさらと頭を撫でられるのがとても気持ちよくて、なんだか眠くなってくるけれど……。

「あの黒い狼は何なの?」

意識を頑張って覚醒させて気になっていた事を訊いてみた。
するとマクシミリアンは少し気まずそうな顔をして溜め息を吐いた……あまり触れて欲しくない事なんだろうか。

「……話したくないのなら、大丈夫よ?」
「いえ……お嬢様にでしたら」

マクシミリアンはあの闇の魔法は最近まで秘匿していたもので、過去に失われし遺物であり現在では恐らくマクシミリアンにしか使えないものであるという事。
それは影がその場にさえあればあの狼達を万単位でも生み出せ、送り込みたい場所に影さえあればどこにでもその狼達を出現させられる魔法である事。
そして……あの魔法を使える事で家族に疎まれた過去がある事を教えてくれた。

「最近まで秘匿していた……って、誰かにお話したの?」
「諸事情でミルカ王女にはお話ししました。ハウンドにも伝わっておりますね」

それを聞いて思わず、わたくしは膨れっ面になってしまう。
……マクシミリアンの秘密をわたくしより先にミルカ王女やハウンドが知っているなんて、ずるいわ。
マクシミリアンはわたくしの膨らんだ頬を片手で掴むとぷにぷにと弄んだ。

「諸事情、ありまして」
「むむ~……」
「それにお嬢様を怖がらせてしまうと思っていたので、本当ならば隠れて使いはしても一生お見せする気は無かったのです」
「むぅ……じゃあなんで今回は」
「本来の闇魔法は精神へ作用する魔法ばかりですし、火と風の魔法は近距離で戦う事には向いていても、遠隔操作で人を守る事は出来ませんから。念の為に『犬』をお嬢様の護衛に付けていたのです。そうしましたら、まんまとお嬢様が逃げ出してまんまと襲われていらっしゃったので仕方なく行使した結果お嬢様に見られてしまった次第です」
「むむむ……」

うう、言葉に棘がある。わたくしの自業自得なのだけど。
本当にやむを得ずだったんだろう、それは申し訳ないなと思ってしまう。
……彼の魔法は大量殺戮に使える兵器そのものだ。
マクシミリアン曰く、あの黒い狼達……マクシミリアンが言う『犬』達は術者以上の魔力を使って打ち払うしか退ける術が無いらしい。
マクシミリアン以上の術者を探す事が困難な時点で『犬』達は無敵に近い。
それはとても恐ろしい力で人によっては恐怖し彼を遠ざけるだろう、それこそマクシミリアンのご両親のように。
……彼は、わたくしにそうなって欲しくなくて……見せたくなかったんだろう。

「剣は使う人によっては怖いものだけど、使う人によっては頼り甲斐のあるものになるわ。それと同じでしょ?マクシミリアンが使うものなら、わたくし怖くないわ」
「お嬢様……」

わたくしがそう言うと、マクシミリアンは安心したように微笑んだ。
……そろそろ、頬をぷにぷにするの止めて下さらないかしら?

「マクシミリアン、あの黒い子犬……沢山出せるのかしら?」
「出せますが……どうしてですか?」
「触らせてっ!!」

そう、『犬』達の話を聞きたかった最大の理由はこれなのだ。
だってあの子犬、ものすごく可愛かったんだもの!!

「……どのくらい、出せば宜しいですか?」
「出来れば、部屋いっぱい……!!」

マクシミリアンのお膝から起き上がって、目一杯手を広げてみせる。
すると彼はしょうがないな、という顔をした後にぱちり、と軽く指を鳴らした。
彼が指を鳴らすと同時にそこら中の影から、黒い子犬がピンクの舌を出してはふはふ言いながら湧き出てくる。

「きゃわっ……きゃわいっ……!!」

黒い子犬達に囲まれてわたくしのテンションは爆上がりしてしまった。
きらきらした丸いお目目、黒い綺麗な毛並み、ピンク色のお鼻、ぷりぷりとした丸いお尻、左右に振られる可愛い尻尾……!!

「は~~~幸せ!!!」

わたくしはもふもふした子犬達を両手でかき集められるだけかき集めて、胸に抱きしめた。
子犬達は抵抗する事なく抱きしめられてくれる。
そしてわたくしの顔を舐めたり、腕に抱けない子達は足に纏わりついたり……。
マクシミリアンはわたくしの要望に応えて部屋をいっぱい満たす数十匹もの子犬を出してくれたので、周囲は子犬天国の様相だ。

「マクシミリアンのこの魔法で触り放題の子犬カフェを作ったら、お客さんが沢山来そうね!」
「……お嬢様、魔法を妙な用途に使うのは……ちょっと」

――――いいアイディアだと思ったのだけど。

「ああ、本当に可愛い。いい子、いい子ね!大好きよ!!」

子犬達を抱きしめて沢山キスを繰り返したり、お鼻を擦りつけたりして至福を感じてしまう。

「……お嬢様がお望みなら、猫も出せますが」
「猫っ!!!!」

マクシミリアンが指を鳴らすと今度は影から沢山の黒い子猫が……!!
彼らは軍隊のように整然と並びこちらへと向かって来る。
マクシミリアンが指を動かすとその1匹が大きな黒豹になりわたくしは目を輝かせた。
『犬』達は色々な姿を取れるらしい。
マクシミリアンは軽々とやっているけれど仮にも魔法の勉強をした身なのでこの魔法にはとんでもない魔力コストと繊細な制御が必要だという事が理解出来て……マクシミリアンの実力に内心舌を巻いた。
魔力量だけならフィリップ王子もマクシミリアンに差し迫るのだろうけど、制御に関してはマクシミリアンが何枚も上手だ。
そもそも一貴族家の人間が魔法適正の粋である王家の人間を凌駕する時点で人間離れしている。
学園時代も彼は天才だともてはやされて周囲が騒がしかったようだけれど、この魔法の存在を秘匿していたからそれだけで済んだのだ。
王家を凌駕する力を持ち、膨大な魔力でないと打ち払えない無敵の『犬』達を無限に生み出せる……そんな不世出の天才である事が世間に知れてしまったら。
どこの国も彼を欲しがり、彼を巡って争いが起き、時には命を狙われただろう。
……マクシミリアンがこの力を隠して生きてきたのが、理解出来るわ。
その秘匿していたものを何の目的でミルカ王女に晒したのか……正直、非常に気になるのよね。
そんな事を考えながら黒猫と黒豹をもふもふする。
黒猫も黒豹も繊細な被毛の持ち主で、触るとすべすべとして気持ちいい。
ああ……なんてもふもふパラダイスなのここは……。

「マクシミリアン!素敵な魔法ね!!」

わたくしがにやけながらそう言うと、マクシミリアンは少し泣きそうな顔で嬉しそうに笑った。


マクシミリアンがミルカ王女とどんな話をしていたのか。
それをわたくしはもう少し後に……知る事になる。
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