悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

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令嬢13歳・偽物の恋と踊る

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「……大丈夫か?」

 わたくしが目を開けると、心配そうな顔のミーニャ王子が目に入った。
 気絶した時間は短い間だったらしい。命に関わる毒じゃなくてホッとしたわ。
 クッキーをはたき落とすだけで良かったのよね。意地汚い事はもう止めよう。

 ……その時、心臓がどくり、と変な跳ね方をした。

 何、何なの、これは。どうして体が熱いの?
 体中の毛穴から汗が吹き出し、熱いのに自然と体が震えてしまう。
 どうしていいのか分からず、わたくしは両手で体を抱えその場に丸くなった。

「おい?……ベルーティカ!! あれに何を入れたんだ!!」

 ミーニャ王子がわたくしの肩を抱きながら、ベルーティカ王女に叫ぶ。

「……『王家の蜜』よ。まさかこの子が食べちゃうなんて……」

 呟くベルーティカ王女の声は、酷く震えている。
 ミーニャ王子が続けて何かを叫んでいるけれど、頭の中がぐらぐらとして何を言っているのか分からない。
 心の中が無遠慮に掻き毟られ、別の物に塗り替えられていくような……。
 そんな気持ち悪さに酷い吐き気がした。

「お嬢様!!」

 マクシミリアンが部屋に飛び込んできて、ミーニャ王子からわたくしの体を取り上げると強い力で抱いた。
 何かが……とても大事なものが心から零れてしまいそうなの。怖い、怖い、怖い。嫌だ、何が起きているの?
 怖いの、マクシミリアン……もっと、もっと強く抱いていて。

 ――目を閉じて、再び開けた時。
 嵐のような苦しさはどこかへ去っていて、心の中はとある気持ちで溢れかえっていた。
 わたくしはマクシミリアンの腕の中から抜け出し、ミーニャ王子の前に立った。
 ミーニャ王子は苦々しい顔をしているけれど……きっと気のせいよね? そうじゃなければ、嫌。

「……ミーニャ王子、愛しております」

 溢れる気持ちを唇から発する。
 ずっと前からそうだった……きっとそうなの。だってこんなに、『愛している』という気持ちで心は満ちている。

「……お嬢様?」

 視界の隅で、マクシミリアンの呆然とした表情を捉えた。
 胸の奥のどこかがチクリと痛んだ気がするけれど……きっと気のせいね。

「くそっ……。『王家の蜜』を使うとは……! この馬鹿妹!!」
「だ……だって!! 仕方ないじゃない! セラが振り向いてくれないんだもの!! 彼が普通に私を好きになってくれたのなら……こんな事、しなかったわ!」

 兄妹は何か激しい言い争いをしている。
 セラさんはその光景を、呆気に取られた様子で眺めていた。

「ミーニャ王子。ご説明を」

 マクシミリアンが氷のように冷え冷えとした表情で、ミーニャ王子を睨みつけながら言う。
 ダメよマクシミリアン、愛しいあの人にそんな目を向けては。後で言い聞かせておかないと……。

「……惚れ薬をベルーティカがセラに使おうとしたんだ。口にした後に最初に見た人物に、恋をしてしまう王家の秘薬だ。それを誤ってビアンカが口にしてしまって……」
「貴様っ!!!」

 マクシミリアンがミーニャ王子の胸倉を掴む。わたくしはその腕に縋りついて彼を睨んだ。
 ミーニャ王子に暴力を振るうなんて、いくらわたくしの執事でも許さないわ。
 マクシミリアンはわたくしの顔を見て何故か泣きそうな顔をすると……手から力を抜き、舌打ちをしながらミーニャ王子を放した。

「明日までに解毒剤を飲ませれば、薬の効果は消える。ただ解毒出来ない場合は……一生このままだ。ベルーティカ、解毒剤は持って来ているのだろうな?」
「……持ってない。ご……ごめんなさい。こんな事になるなんて思ってなくて……。解毒剤は作って貰わなかったの」

 ベルーティカ王女は茶色のお耳をしゅんと下げて、震えながらオロオロとしている。
 そんな王女を見ながらミーニャ王子は溜め息を吐いた。
 先程からミーニャ王子のご機嫌が斜めだわ。尻尾が苛立ちを表すかのようにブンブンと荒っぽく振られている。
 お話を聞いていると、この気持ちに目覚めさせてくれたのはベルーティカ王女らしい。
 こんな素敵な気持ちを与えてくれたベルーティカ王女にわたくし、感謝しているのよ? あまり叱らないであげて欲しいわ。

「……ビアンカ、妹のせいですまない……。明日までにどうにもならない場合……責任を取って、ちゃんと君と婚姻を結ぶ」

 ミーニャ王子が、跪いてわたくしの手を取る。そして優しく……手の甲に口付けた。
 金色の瞳に射抜くように見つめられ、体中から喜びが湧きあがった。
 わたくしは愛しい人の……お嫁さんになれるんだ。

 ――本当に?
 ――本当にわたくしの愛する人は、この人だった??

 心の奥で、誰かが叫んでいる。
 わたくしは……ミーニャ王子しか愛していないの。……そのはずよ。
 誰かの面影が心を過って、胸の奥が抉られるように痛くなって。

「嬉しいですわ。ミーニャ王子」

 ――だけど唇はその痛みを無視して、喜びの言葉を紡いでいた。

「お嬢様っ……!!」

 マクシミリアンが悲痛な叫びを上げ、わたくしを後ろから抱きしめる。
 どうしたの? わたくしが遠くへ行くのが、嫌なのかしら?
 ふふ……貴方とは、小さい頃からずっと一緒にいたものね?
 マクシミリアンとの思い出を思い出そうとすると……所々霞がかかったように思い出せない部分がある。
 これはどうしてかしら? だけどきっと……重要な事ではないわね。

「……マクシミリアン、どうしたの? ライラックへ行く時も、貴方を連れて行くから安心して?」

 わたくしが微笑むと、マクシミリアンは心底傷ついたような悲愴な顔をした。
 嫌だわ、貴方のそんな顔を見ていると……何故か心の奥が痛むから。そんな顔をしないで?

「……お嬢様、失礼します」

 そう言うとマクシミリアンがわたくしの前に手を翳した。
 意識が……遠ざかっていく。マクシミリアンが魔法を使った……?
 そう思った時には、わたくしの意識は闇に落ちていた。
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