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令嬢13歳・恋人たちの騎士祭・前
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フィリップ王子に連れられて着席したのは、試合が間近で見られる前列の席だった。
前世風に言うとバックネット裏……そんな言葉が頭をよぎる。離島住まいだったし野球観戦なんて行ったことはないんだけど。
王子の安全の為にわたくしたちの周囲には人を座らせず、警備の騎士様たちが取り囲んでいる。しかも日よけのパラソルやら飲食のテーブルやらまで置いてあって、明らかな特別仕様なんですよね。つまり、ものすごく目立つのだ。
最初にこの席を見た時、わたくし、ゾフィー様、マリア様は白目になった。ベルリナ様はさすが公爵家ご令嬢といった感じで落ち着いていらっしゃったし、ミーニャ王子も当然だというお顔をされていたけど。
そんなところにフィリップ王子に手を引かれながら来たものだから、周囲のこちらを伺う目はすっかり『王子と婚約者』を見るもので胃が痛かった。
侯爵・公爵家の子息子女の身分ある方々が腹に一物な笑顔を浮かべて挨拶にやってくるので、席までの道のりも長かったし……。
フィリップ王子にはニコニコ微笑まれながら、頬に何度かキスなんてされてしまうし……! か……勘弁してください!
「はぁ……」
だから席に着いた瞬間思わずため息が漏れてしまったのは、仕方ないことだと思う。
「疲れたねービアンカ!」
ミルカ王女もわたくしたちが座る席だけにわざわざ置いたのであろう柔らかいクッションに腰かけながら、ジト目でフィリップ王子を見る。
フィリップ王子はミルカ王女の視線を受け止めつつも、にこやかな笑顔でそれを受け流した。
ちなみに席順はわたくしとフィリップ王子がお隣同士で、わたくしを挟んで反対隣にミルカ王女……ベルリナ様、マリア様、ゾフィー様はフィリップ王子の横に並んで座っている。
ミーニャ王子は……用意されたテーブル席へ行って紅茶を飲んでらっしゃるわね。あの方も案外食い意地が張っているというか……。
そして従者であるマクシミリアンとハウンドは警備の騎士様たちと同じゾーンに居る……つまり少し離れてしまっているのだ。
マクシミリアンとも並んでワイワイしながら試合を観られる、なんて思っていたわたくしの思惑は外れてしまった。従者だから、仕方ないといえば仕方ないのだけど悲しいわ。
「マクシミリアンとも、並んで試合を観たかったですわ……」
思わずそう呟くとフィリップ王子は苦い顔をし、ミルカ王女はうんうんと頷いた。
「仕方ないだろう。従者なのだから」
そう言いながらフィリップ王子は勝ち誇った顔でマクシミリアンに視線を投げる。マクシミリアンもその視線に剣呑な視線で応え、その場の空気はどす黒い険悪なものになってしまう。これには慣れないわ……。
「じゃあ、私が招待する正式なゲストとして。彼をこちらの席にお呼びすればいいのかしら?」
ミルカ王女が瞳を悪戯っぽく輝かせながらフィリップ王子に提案した。フィリップ王子はその提案に怪訝そうな顔をする。
「マクシミリアンは我が国の貴族家の者であり、ビアンカの従者だ。ミルカ王女がゲストとして呼ぶのは無理がないか?」
フィリップ王子が目を細めて言うと、ミルカ王女はふふん! とお胸を張った。相変わらず大きくてご立派ね……!
「残念でした、マックスには私からいいものをあげたんです!」
これは、もしかしなくても……例の件が整ったのね……!
わたくしが思わずキラキラした目でマクシミリアンを見ると、彼もこちらに目を合わせて微笑んだ。
「セルバンデス侯爵、こちらへ来て!」
ミルカ王女がマクシミリアンを『セルバンデス侯爵』と呼ぶ。
マクシミリアンは微笑を浮かべながら優雅な仕草でこちらへと歩みを進める。事情を知らない方々は、呆気に取られた顔をしていた。
「パラディスコ王国、シュタウフィン領主。マクシミリアン・セルバンデス侯爵でございます、フィリップ王子」
マクシミリアンはフィリップ王子の前に立つと美しい礼をして、唇の片側を上げて笑った。
……綺麗だけど、めちゃくちゃ悪いお顔だわ……。この悪いお顔の人がわたくしの彼氏……!!
「なるほど、身分の壁を無くしたわけか。お前ほどの魔法師ならそれも可能だな……くそ、ぬかったな」
軽く舌打ちをしながらフィリップ王子が苦い顔で呟く。
「ロマンス! ロマンスが加速していますわ……!!!」
「くっ……。王子、頑張ってください! 推しカプの幸せを私は見たい!」
ゾフィー様は顔を赤くしてきゃあきゃあと声を上げ、マリア様はなぜかとても悔しそうだ。推しカプって貴女……!!
ベルリナ様は首を傾げ、疑問符だらけの顔をしていた。……それは、そうよね……。
「じゃあ、マックス。こちらに座って?」
ミルカ王女が自分の席を離れ一つ隣の席へと移る。マクシミリアンはこちらへと近づいてきて……わたくしの前で優美に膝を折り恭しく手を取った。
「ビアンカ嬢。お隣に……失礼しても?」
マクシミリアンの唇が、手の甲に触れる。
彼が顔を上げると悪戯っぽく夜の色の瞳が煌めいた。わ……わぁ! マクシミリアンに、ビアンカ嬢なんて言われると照れるし緊張するじゃない……。
「もちろんですわ、セルバンデス卿」
わたくしは真っ赤になった顔と、震える声でそう答えたのだった。
前世風に言うとバックネット裏……そんな言葉が頭をよぎる。離島住まいだったし野球観戦なんて行ったことはないんだけど。
王子の安全の為にわたくしたちの周囲には人を座らせず、警備の騎士様たちが取り囲んでいる。しかも日よけのパラソルやら飲食のテーブルやらまで置いてあって、明らかな特別仕様なんですよね。つまり、ものすごく目立つのだ。
最初にこの席を見た時、わたくし、ゾフィー様、マリア様は白目になった。ベルリナ様はさすが公爵家ご令嬢といった感じで落ち着いていらっしゃったし、ミーニャ王子も当然だというお顔をされていたけど。
そんなところにフィリップ王子に手を引かれながら来たものだから、周囲のこちらを伺う目はすっかり『王子と婚約者』を見るもので胃が痛かった。
侯爵・公爵家の子息子女の身分ある方々が腹に一物な笑顔を浮かべて挨拶にやってくるので、席までの道のりも長かったし……。
フィリップ王子にはニコニコ微笑まれながら、頬に何度かキスなんてされてしまうし……! か……勘弁してください!
「はぁ……」
だから席に着いた瞬間思わずため息が漏れてしまったのは、仕方ないことだと思う。
「疲れたねービアンカ!」
ミルカ王女もわたくしたちが座る席だけにわざわざ置いたのであろう柔らかいクッションに腰かけながら、ジト目でフィリップ王子を見る。
フィリップ王子はミルカ王女の視線を受け止めつつも、にこやかな笑顔でそれを受け流した。
ちなみに席順はわたくしとフィリップ王子がお隣同士で、わたくしを挟んで反対隣にミルカ王女……ベルリナ様、マリア様、ゾフィー様はフィリップ王子の横に並んで座っている。
ミーニャ王子は……用意されたテーブル席へ行って紅茶を飲んでらっしゃるわね。あの方も案外食い意地が張っているというか……。
そして従者であるマクシミリアンとハウンドは警備の騎士様たちと同じゾーンに居る……つまり少し離れてしまっているのだ。
マクシミリアンとも並んでワイワイしながら試合を観られる、なんて思っていたわたくしの思惑は外れてしまった。従者だから、仕方ないといえば仕方ないのだけど悲しいわ。
「マクシミリアンとも、並んで試合を観たかったですわ……」
思わずそう呟くとフィリップ王子は苦い顔をし、ミルカ王女はうんうんと頷いた。
「仕方ないだろう。従者なのだから」
そう言いながらフィリップ王子は勝ち誇った顔でマクシミリアンに視線を投げる。マクシミリアンもその視線に剣呑な視線で応え、その場の空気はどす黒い険悪なものになってしまう。これには慣れないわ……。
「じゃあ、私が招待する正式なゲストとして。彼をこちらの席にお呼びすればいいのかしら?」
ミルカ王女が瞳を悪戯っぽく輝かせながらフィリップ王子に提案した。フィリップ王子はその提案に怪訝そうな顔をする。
「マクシミリアンは我が国の貴族家の者であり、ビアンカの従者だ。ミルカ王女がゲストとして呼ぶのは無理がないか?」
フィリップ王子が目を細めて言うと、ミルカ王女はふふん! とお胸を張った。相変わらず大きくてご立派ね……!
「残念でした、マックスには私からいいものをあげたんです!」
これは、もしかしなくても……例の件が整ったのね……!
わたくしが思わずキラキラした目でマクシミリアンを見ると、彼もこちらに目を合わせて微笑んだ。
「セルバンデス侯爵、こちらへ来て!」
ミルカ王女がマクシミリアンを『セルバンデス侯爵』と呼ぶ。
マクシミリアンは微笑を浮かべながら優雅な仕草でこちらへと歩みを進める。事情を知らない方々は、呆気に取られた顔をしていた。
「パラディスコ王国、シュタウフィン領主。マクシミリアン・セルバンデス侯爵でございます、フィリップ王子」
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……綺麗だけど、めちゃくちゃ悪いお顔だわ……。この悪いお顔の人がわたくしの彼氏……!!
「なるほど、身分の壁を無くしたわけか。お前ほどの魔法師ならそれも可能だな……くそ、ぬかったな」
軽く舌打ちをしながらフィリップ王子が苦い顔で呟く。
「ロマンス! ロマンスが加速していますわ……!!!」
「くっ……。王子、頑張ってください! 推しカプの幸せを私は見たい!」
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「じゃあ、マックス。こちらに座って?」
ミルカ王女が自分の席を離れ一つ隣の席へと移る。マクシミリアンはこちらへと近づいてきて……わたくしの前で優美に膝を折り恭しく手を取った。
「ビアンカ嬢。お隣に……失礼しても?」
マクシミリアンの唇が、手の甲に触れる。
彼が顔を上げると悪戯っぽく夜の色の瞳が煌めいた。わ……わぁ! マクシミリアンに、ビアンカ嬢なんて言われると照れるし緊張するじゃない……。
「もちろんですわ、セルバンデス卿」
わたくしは真っ赤になった顔と、震える声でそう答えたのだった。
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