悪役令嬢は南国で自給自足したい

夕日(夕日凪)

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シュミナ・パピヨンの後夜祭・前(シュミナ視点)

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「シュミナ、なにが起きたのかな」

 騎士祭で起きた大きな爆発。それを実に楽しいという表情で見つめながらエイデンが耳元で囁く。
 爆発の方を見ると……蹲るノエル様と、遠くで血塗れで倒れているリュオンさんの姿があって。私は顔面蒼白になってしまった。

「エイデン、貴方が……?!」

 恐る恐る訊ねるとエイデンはその美しいオレンジの瞳を煌めかせながら、華やかで見惚れてしまいそうな笑みを浮かべた。
 周囲の喧噪はどんどん大きくなっている。そのはずなのに……エイデンと私の時間は止まっているような。そんな錯覚を覚えた。
 ……私はエイデンの煌めいているはずなのに仄暗いその瞳に囚われてしまったかのように、この場を動けない。

 美しい人。この世界で両親以外に唯一私を愛している人。
 ……だけど、とても恐ろしい人。

 エイデンのことを愛しているのかと聞かれたら、私は答えることができないだろう。この世界で本当の『恋愛』の意味を考え出したのはつい最近のことだから。
 ……私、乙女ゲームは沢山したけれどリアル恋愛偏差値はとても低いのよ。
 自業自得とはいえ、最初に『恋愛』をすることを考えることになったのがエイデンだなんて、ハードルがいくらなんでも高すぎる。
 彼のことを『嫌い』かと聞かれれば……そんなことはないのだ。
 好きだと囁かれ、優しくされて。彼にそれなりに気持ちが傾いているという自覚はある。たぶん……もっと好きにもなれると思う。キスをされたのも、嫌ではなかった。
 けれどそれはあくまで『健全』な関係を一緒に送れるという前提での話だ。
 ――監禁され、生活のすべてを管理され、一生外にも出してもらえない。
 そんなバッドエンディングの前では甘ったるい気持ちはすべて吹き飛んでしまう。

「シュミナは……僕がこんな酷いことをする男だと思っているの?」

 彼の台詞に私は言葉に詰まった。
 ――思ってる、心の底から思っているわよ!
 それを口に出すのは恐ろしい。けれど唯々諾々と彼に従うのも……破滅への第一歩になってしまう気がする。

「……人の嫌がることをするような。そんな人は嫌い」

 冷や汗を垂らしながら私が言うとエイデンは目を丸くした。

「残酷なエイデンは、嫌い。もうこんなことはしないで」

 一瞬、エイデンの瞳の闇が濃くなったように見えたけれど、それは私の気のせいだったのかもしれない。……気のせいということにしておきたい。
 彼は優美に微笑むと美しい手で優しく私の頬に触れた。

「あれはリュオンが勝手に暴走しただけ。僕はあんな酷いことはしないよ。それに……」

 絶対に嘘だ。彼がきっと……あの人を誘導したに違いない。

「ビアンカ・シュラットに嫌がらせを繰り返した君がそれを言うの? 困った子だね。自分はしてもいいけれど、人には嫌がることをしないでなんてわがままだなぁ。そんなわがままなシュミナも僕はもちろん愛しているけどね」

 エイデンはそう言うと楽しそうに小さく声を立てて笑った。

「あの頃の私はもういないの、エイデン」

 私の言葉にエイデンは今度はあからさまに眉を顰める。

「今の私が不満なら。……私とさよならをして」

 心臓が変な音を立てている。けれど私は、バッドエンドを迎えたくない。

「……あの銀髪の男のことが、好きになってしまったの?」

 銀髪の男……ヴィゴのことよね。ヴィゴは大事なお友達で、この世界で知り合った人の中で一番と言っていいくらいに大好きだけれど。たぶん『恋』ではないと思う。

「……そうじゃないわ」
「じゃあ。あの食堂の男?」

 エイデンはサイトーサンのことまで調べていたのか。私は内心動揺する。
 彼も、無いわ。イケメンで素敵だけどサイトーサンこそなれてもケンカ友達という感じだ。色っぽい雰囲気になんてなる気がしない。なにより彼は献身的なくらいにビアンカに夢中だ。

 ――私のストライクゾーンって意外と狭いのかしら。

 そんなことを考えている場合じゃなくて! サイトーサンに被害が出ないように、こっそり警戒するよう言わないと。私のせいで彼になにかあるなんて、そんなのは嫌だ。

「ヴィゴもサイトーサンも、いいお友達よ」

 瞳をしっかり見つめてそう言うと彼は小さくため息をついた。

「友達、ね。そうだとしても僕が妬いてしまうから……これからは近づいちゃだめだよ」

 エイデンは私をそっと抱きしめ、耳元にその美しい唇を寄せる。そして低く囁いた。

「――じゃないと、うっかり殺してしまいそうだ」

 上げようとした悲鳴は、恐怖のあまり喉の奥で押し潰されて漏れることすらなかった。嫌だ、嫌だ。私のせいで友人たちが殺されるなんて。

「君が側にいてくれさえすれば、そんなことは起きないから、ね?」

 心底楽しそうに彼が笑う。けれど私の心は――……絶望の色に染まってしまった。

「さ、ビアンカ・シュラットにご挨拶に行こうか。……彼女がなにかをしてくれたようだしね」

 エイデンは私の肩を抱きながら前方にいるビアンカの元へと向かって行く。
 ――彼女なら、助けてくれるかしら。ビアンカとエイデンは身分も近く彼女の家の権力は大きいようだから、彼でもきっと迂闊に手を出すことはできないだろう……。
 そんな虫のいいことを考えて私は小さく頭を振った。私は彼女に酷いことばかりした。助けを求める資格なんてない。
 ヴィゴもサイトーサンも……命の危険があることになんて巻き込めない。
 自分一人でなんとかしなきゃ。
 心臓を押さえると気持ちが悪いくらいに早い鼓動を打っている。エイデンを盗み見ると、その優しげな瞳と視線が絡まった。

「そうだ、シュミナ。後夜祭のパートナーは決まっているの?」
「いいえ、決まっていないわ。エイデン」
「そう、じゃあ一緒に踊ろうね」

 後夜祭……か。
 ゲーム中では、楽しみだったイベント……だったように思う。
 けれどそんな記憶は遠い彼方に通り過ぎ、今ここには暗澹とした現実しかなかった。
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