215 / 222
フィリップとベルリナの後夜祭・後(フィリップ視点)
しおりを挟む
緊張で硬くなったままのベルリナ嬢の体を、俺はできるだけ優しく自分の方へ引き寄せた。すると小さく華奢な体は簡単に引き寄せられ俺の胸にとん、と落ちる。彼女は震えながら真っ赤になった顔で俺を見上げた。
……普段俺に迫ってくるふてぶてしい令嬢たちはこんな反応をしないから、なんだか新鮮だな。
「大丈夫か? ベルリナ嬢」
「ひゃい……大丈夫です!」
俺は彼女に声をかけ、足を踏み出す。するとベルリナ嬢は少し慌てつつも慣れた動きでそれについてきた。さすがは公爵家のご令嬢。動きにそつがないな。
……ビアンカは侯爵家のご令嬢なのにダンスは……その。いつまでも慣れないようだが。それもまた可愛らしいのだが。
いや、今は一緒に踊っているご令嬢がいるのだ。ビアンカのことを考えるのは止めよう。
ベルリナ嬢の動きに合わせて、淡い金色の髪がふわりと揺れる。目が合うと空色の瞳が眩しそうに細められた。彼女の小さな手は時折、強く俺の手を握りしめる。それはまるで俺の存在がそこにあるのを確認しているかのようだ。少し力を入れて握り返すと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「舞踏会などで見かけた時にも思ったが。ベルリナ嬢はダンスが上手いな」
「ほ、本当ですか!?」
褒められたことが意外だというように彼女は驚く。お世辞ではなくベルリナ嬢とのダンスはとても踊りやすい。彼女の真面目な性格だ、日々の努力の賜物なのだろう。
しばらくそうして踊っていると……。
ベルリナ嬢は俺の顔をじっと見つめ。なにかを言おうとしているのか、薄桃色の小さな唇を開けたり閉じたりしばらくして、困ったように眉根を寄せた。
「俺になにか、話でもあるのか?」
「ひゃふ!」
声をかけると彼女はその小さな体を震わせる。……驚かせるつもりはまったくなかったのだがな。彼女は数度口をぱくぱくさせた後に、なにかを決意した表情になった。
「あ、あの。消息筋から聞いたのですけれどっ」
「消息筋……?」
「あの、卒業までに。ビアンカがその、フィリップ王子に気持ちを向けなければ……」
ああ。卒業までにビアンカが振り向かなければ俺が彼女から手を引く、というあの約束のことか。一体誰から聞いたのやら。ベルリナ嬢と現状親しくなさそうなビアンカが自主的に話したとは思えないし、噂の元がマクシミリアンだとすると。
「……ミルカ王女か」
俺の言葉にベルリナ嬢はびくりと体を震わせた。
マクシミリアンはいつの間にやらパラディスコの侯爵位を与えられ『マクシミリアン・セルバンデス侯爵』になっていた。ミルカ王女には彼へと届く情報は、すべて筒抜けになっていると考えていいだろう。
それで……ベルリナ嬢はどうしたいのだろうな。
ビアンカが婚約者候補の一番手から退いた後に、婚約者の座が欲しいと言うのだろうか。しかしそれを俺に直接言うのは馬鹿正直にもほどがないか?
このことを知らないふりをして、俺の弱り目に付け込むような使い方もあるだろうに。もしくはこの情報を使って根回しをし、選定を有利に運ぶこともできるだろう。
「それで? その件を知っていたとして……君はどうしたいんだ?」
「あのっ。わ、私……。私も、ですね」
「うん、なんだ」
彼女は頬を赤く染め、瞳を潤ませながらこちらを見つめた。
「私も、その。卒業までの残りの期間……。フィリップ王子に振り向いてもらえるように、頑張ってもいいでしょう、か。それでもしもお心が少しでも私に傾いたら、私を選ぶことを考慮して、欲しいなと……」
ベルリナ嬢の言葉に俺は呆気に取られた。『振り向いてもらえるように頑張る』? 人の知らない情報を掴んでおいて、出た結論がそれなのか。この少女の『打算』という言葉はどこか遠くに吹き飛んでいるらしい。
……魑魅魍魎ばかりの王宮で生きてきた身に、この純粋さは眩しすぎるな。
けれど……嫌いではない。
「……君は思っていたよりも、面白い人間らしい」
俺の言葉にベルリナ嬢はきょとんとして首を傾げた。
「頑張ってくれ、ベルリナ嬢。俺の心を勝ち得たら……君が婚約者だ」
ベルリナ嬢のカウニッツ公爵家は王都での立場がそれほど強くなく、おまけに先日領地が災害に遭い借財まである。ビアンカが婚約者にならなかったとしても、優先的に婚約者に選ぶ家ではない。
けれど彼女の純粋な様子を見ていると。俺はその約束をしてもいいと思ってしまった。
……まぁ、俺の気持ちが傾けば、という話ではあるが。
「頑張ります。私、めいっぱい頑張ります!」
ベルリナ嬢は嬉しそうに笑って何度も頷く。
ああ、頑張ってくれ。何年も降り積もった片想いを溶かすのは、並大抵のことでは無理だろうが。
「……そろそろ、曲が終わりますね」
「ああ、そうだな。皆のところに……」
曲の終わりに離れようとした俺の手を、ベルリナ嬢の小さな手が掴んで引き止めた。
「……あの、よろしければ。もう一曲踊ってくださいませんか?」
ベルリナ嬢はそう言って、空色の瞳で俺を見つめた。
……彼女は今から攻勢をかけるつもりらしい。こういう攻めの姿勢は、嫌いではない。
「ふむ、そうだな。後夜祭は無礼講だ。誰と何回踊っても咎める人間はいないからな。踊るか、ベルリナ嬢」
可愛らしい企みに乗ってやるかと、俺は笑顔でそう言った。
……普段俺に迫ってくるふてぶてしい令嬢たちはこんな反応をしないから、なんだか新鮮だな。
「大丈夫か? ベルリナ嬢」
「ひゃい……大丈夫です!」
俺は彼女に声をかけ、足を踏み出す。するとベルリナ嬢は少し慌てつつも慣れた動きでそれについてきた。さすがは公爵家のご令嬢。動きにそつがないな。
……ビアンカは侯爵家のご令嬢なのにダンスは……その。いつまでも慣れないようだが。それもまた可愛らしいのだが。
いや、今は一緒に踊っているご令嬢がいるのだ。ビアンカのことを考えるのは止めよう。
ベルリナ嬢の動きに合わせて、淡い金色の髪がふわりと揺れる。目が合うと空色の瞳が眩しそうに細められた。彼女の小さな手は時折、強く俺の手を握りしめる。それはまるで俺の存在がそこにあるのを確認しているかのようだ。少し力を入れて握り返すと、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「舞踏会などで見かけた時にも思ったが。ベルリナ嬢はダンスが上手いな」
「ほ、本当ですか!?」
褒められたことが意外だというように彼女は驚く。お世辞ではなくベルリナ嬢とのダンスはとても踊りやすい。彼女の真面目な性格だ、日々の努力の賜物なのだろう。
しばらくそうして踊っていると……。
ベルリナ嬢は俺の顔をじっと見つめ。なにかを言おうとしているのか、薄桃色の小さな唇を開けたり閉じたりしばらくして、困ったように眉根を寄せた。
「俺になにか、話でもあるのか?」
「ひゃふ!」
声をかけると彼女はその小さな体を震わせる。……驚かせるつもりはまったくなかったのだがな。彼女は数度口をぱくぱくさせた後に、なにかを決意した表情になった。
「あ、あの。消息筋から聞いたのですけれどっ」
「消息筋……?」
「あの、卒業までに。ビアンカがその、フィリップ王子に気持ちを向けなければ……」
ああ。卒業までにビアンカが振り向かなければ俺が彼女から手を引く、というあの約束のことか。一体誰から聞いたのやら。ベルリナ嬢と現状親しくなさそうなビアンカが自主的に話したとは思えないし、噂の元がマクシミリアンだとすると。
「……ミルカ王女か」
俺の言葉にベルリナ嬢はびくりと体を震わせた。
マクシミリアンはいつの間にやらパラディスコの侯爵位を与えられ『マクシミリアン・セルバンデス侯爵』になっていた。ミルカ王女には彼へと届く情報は、すべて筒抜けになっていると考えていいだろう。
それで……ベルリナ嬢はどうしたいのだろうな。
ビアンカが婚約者候補の一番手から退いた後に、婚約者の座が欲しいと言うのだろうか。しかしそれを俺に直接言うのは馬鹿正直にもほどがないか?
このことを知らないふりをして、俺の弱り目に付け込むような使い方もあるだろうに。もしくはこの情報を使って根回しをし、選定を有利に運ぶこともできるだろう。
「それで? その件を知っていたとして……君はどうしたいんだ?」
「あのっ。わ、私……。私も、ですね」
「うん、なんだ」
彼女は頬を赤く染め、瞳を潤ませながらこちらを見つめた。
「私も、その。卒業までの残りの期間……。フィリップ王子に振り向いてもらえるように、頑張ってもいいでしょう、か。それでもしもお心が少しでも私に傾いたら、私を選ぶことを考慮して、欲しいなと……」
ベルリナ嬢の言葉に俺は呆気に取られた。『振り向いてもらえるように頑張る』? 人の知らない情報を掴んでおいて、出た結論がそれなのか。この少女の『打算』という言葉はどこか遠くに吹き飛んでいるらしい。
……魑魅魍魎ばかりの王宮で生きてきた身に、この純粋さは眩しすぎるな。
けれど……嫌いではない。
「……君は思っていたよりも、面白い人間らしい」
俺の言葉にベルリナ嬢はきょとんとして首を傾げた。
「頑張ってくれ、ベルリナ嬢。俺の心を勝ち得たら……君が婚約者だ」
ベルリナ嬢のカウニッツ公爵家は王都での立場がそれほど強くなく、おまけに先日領地が災害に遭い借財まである。ビアンカが婚約者にならなかったとしても、優先的に婚約者に選ぶ家ではない。
けれど彼女の純粋な様子を見ていると。俺はその約束をしてもいいと思ってしまった。
……まぁ、俺の気持ちが傾けば、という話ではあるが。
「頑張ります。私、めいっぱい頑張ります!」
ベルリナ嬢は嬉しそうに笑って何度も頷く。
ああ、頑張ってくれ。何年も降り積もった片想いを溶かすのは、並大抵のことでは無理だろうが。
「……そろそろ、曲が終わりますね」
「ああ、そうだな。皆のところに……」
曲の終わりに離れようとした俺の手を、ベルリナ嬢の小さな手が掴んで引き止めた。
「……あの、よろしければ。もう一曲踊ってくださいませんか?」
ベルリナ嬢はそう言って、空色の瞳で俺を見つめた。
……彼女は今から攻勢をかけるつもりらしい。こういう攻めの姿勢は、嫌いではない。
「ふむ、そうだな。後夜祭は無礼講だ。誰と何回踊っても咎める人間はいないからな。踊るか、ベルリナ嬢」
可愛らしい企みに乗ってやるかと、俺は笑顔でそう言った。
1
あなたにおすすめの小説
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる