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番外編

隠し撮り

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 これは、悪役令嬢が聖女となって冒険するよりも以前、七つの竜の玉を集めるマンガの連載を始める前のお話。


 わたしはマンガ家となるべく奮闘しているが、未だに出版に至っていない。
 そこで、マンガのアイデアのヒントを探すべく、取材をしてきた。
 やはり、アイデアという物は、現実を丹念に観察してこそ出る物だ。
 というわけで、わたしは お父さまのツテで、映画俳優に密着取材した。
 その結果を今から編集者さんに話し、良ければマンガを描くと言うことになる。


「と 言うわけで、今回は良い話なんです。しょーもない オチとか付いてない、普通に良い話なんですよ。まあ、多少 くだらないところもありますけど」
「とりあえず、話だけは聞きますから。どんな感じだったんです?」
「わたしが取材したのは、今ひとつ ブレイクしない俳優さんなんですけど……」


 役者さんは静かな酒場で一人酒を味わっていた。
 彼に話しかける者はなく、ただ静かな時間だけが過ぎていく。
 周囲が囁くように話をしている中、そこに 一つの大きな声が響き渡った。


「カーット!」


 映画の撮影が終わった。
「はい、みなさん お疲れさまー」
「「「お疲れさまでしたー」」」
 要は映画の撮影である。
 役者さんは端役。
 主役じゃない。
 監督さんは主役に話しかけており、役者さんは相手にされていない。
 役者さんは しかたなくマネージャーさんの方へ。
「どうだった? 俺の演技」
「よかったよ。でも 良すぎて、逆に全く目立たなかった。まあ、端役なんだから当たり前なんだけど。もう少し 個性を出しても良かったんじゃない」
「わかった。今度の演技の参考にする」
 そして わたしは挨拶する。
「こんにちは。あの、わたし取材にきました、こういう者です」
 と 名刺を渡す。
「ああ、マネージャーから話は聞いてるよ。マンガとかっていう物を描いてるとかって。で、俺を取材したいんだってね」
「はい、物語のネタになるかと思いまして」
「仕事の邪魔にならなきゃ、いくらでも取材していってよ。俺の宣伝にもなるかも知れないし」


 こんな感じで、淡々と話は進んでいった。


 そして 役者さんの事務所へ。
 事務所は狭く、男性の事務員さんが一人と、女性の事務員さんが一人。
 そして小柄なハゲ頭のマネージャーさん。
 それが役者さんの事務所の全員。
 はっきり言って、役者さんは売れていない。
 演技力は高いらしいけど、どうにも個性がなくて、光る物がないとか。
 でも、こういう リアリティ溢れる役者にこそ、むしろ取材する価値があると思うのだ。


 そこに、スーツ姿の頭の軽そうな若い男と、チャラい感じの若い女の人がやって来た。
「どうもー。わたし 映画会社の者なんですけどー」
 マネージャーさんが対応に当たる。
「なに? 仕事の話?」
「そうなんですー。実は わたしの会社で映画を撮るんですけどー、その 主役をやって欲しいんですよー」
 主役という言葉に、役者が顔色を変えて食いついた。
「本当か!? 本当に主役なのか!?」
 役者さんは 今まで主役をやったことがないのだ。
 今まで全て脇役。
 頭の軽そうな若い男は、ニコニコと説明する。
「実は伝説の殺し屋の役をやっていただきたいんですー。
 ヤクザとギャングの抗争を描いた話なんですけどー、ヤクザが一人の伝説の殺し屋を雇うんですー。
 で、その役を貴方にやっていただきたいとー。
 でね、その構図と言いますかー、撮影方式なんですがー、全部 隠し撮りなんですー。カメラはいっさい表面に出さないというー、まあー、そんな感じなわけでしてー」
「隠し撮り? なんでそんなことを?」
「隠し撮りにすることによってー、リアリティ溢れるドキュメンタリータッチで描いていくというー、実験的な映画に挑戦しようという話でしてー。
 いかがでしょうー? カメラがないからー、ちょっと 演技しにくいかも知れませんがー、やっていただけませんかー」
 役者さんは目を輝かせた。
「全編 隠し撮りによる ドキュメンタリータッチか。面白そうじゃないか。いいよ。やるよ」
「ありがとうございますー」


 こうして、わたしの取材はさっそく面白いことになりそうだった。


 担当さんは面白そうに、
「なるほど。そして、その映画を きっかけに成功し始めるという、サクセスストーリーになるわけなんですね」
「いえ、違うんですよ。実は その映画の話は真っ赤な嘘で、ホントにヤクザとギャングの抗争だったんです」
「……は?」
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