魔王殿

神泉灯

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58・合流

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 時空歪曲と変動が終わり、周囲の環境が安定して、三人が見渡せば、些か唐突な景色だった。
「綺麗サッパリなくなったな」
 ゴードは寧ろ清々しそうに呟いた。
 古城を残して、魔王殿は平坦な地形に変化していた。
 そこに住居などの建物が存在していた痕跡が殆ど見られず、土台などが微かに荒野の大地に残留しているだけの、まるで千年以上の時間が経過した古代遺跡のようだ。
 それでも一切の草木が生えていないのが、荒涼とした魔王殿の本質を顕示している気がする。
「どうなっている?」
 アルディアスの疑念にサリシュタールが答えた。
「特異点変更で先取りしていた未来の時空が現在に一気に押し寄せて、魔王殿内部の時間が加速させる結果を生じさせたんだと思うけど。たぶん魔王殿の外で一秒経過している間に、内側では一年以上は過ぎたんじゃないかしら。もし結界を張ってなかったら、私たちの時間も加速していたんだと思う」
 それがどういった結果をもたらすのか考察してみるに、おそらく時空の歪みを彷徨い、衰弱死、もしくは餓死してしまうのではないだろうか。
 それ以前に時空歪曲に圧搾し伸張され全身が分散してしまうか、時空の狭間に落ちて消滅するかもしれないが。
 魔王殿を覆っていた結界も消滅し、中に蓄積されていた魂も魔王殿から離脱しているようだ。
 影人はもう出現しないだろう。
 これらの結果は明らかに魔物の思惑と外れているに違いない。
 影人の不在は魔物に有利だろうが、結界の消失は不利になる。
「「「!!!」」」
 突然、特殊な波動を感知し、魔術師の思考を中断させた。
 魔王殿に侵入した当初にも感じた波動。
「おい、まただ」
 ゴードの言葉にサリシュタールは首肯する。
「光の戦士の波動。でも、場所が特定できない。一か所から波動が拡散したというより、周辺の空間に波動が発生した感じね」
 だが、場所を特定する必要はなかった。
 彼らの周辺の空間に亀裂が入った。
「なんだ!?」
 ゴードの声に呼応するかのように、空間が破砕した。


「おっと」
 教授は周辺環境の変化に一瞬戸惑ったような声を出したが、しかし地面から数十センチ離れた位置に出現しても、体勢を崩すことなく着地する。
 唐突に地面との位置が変化した場合、短い距離だとかえってバランスを整えるのは困難なのだが、苦もなく着地した。
 周囲は荒野のようになっている。
 先ほどまで塔らしき建造物の内部にいたのだが、今度はどこに転移したのか。
 ここが現実なのか、彼の言っていた魔王の記憶の光景なのか、肉眼では判別できない。
 こちらに移動する直前、マリアンヌとオットーらしき人物を見たのだが、それも記憶の産物らしく、なぜ魔王の記憶世界の中で二人が登場するのか、判明する前に転移してしまい不明のまま。
 あの一連の会話も、意味が理解できなかった。
 どうも、以前に二人から聞いた話とは、状況が異なるようなのだが。
「どういうことだと思う?」
 隣で一緒に魔物と戦っていた仲間に声をかけたが、返答はなく、先ほどまでいた筈の忍者を連想する姿の仲間が見当たらなかった。
「む? 困ったな」
 どうやら環境状況の変化に伴い、分断されてしまったようだ。
 彼は別の場所へ飛ばされたのか、それともあの記憶世界の中に置き去りになってしまったのか。
 確かなのは、再び合流するのには、時間がかかることだけ。
 再開できるかどうかもあやしいが。
 そして教授は十数メートル先にいる、三人の人間に目を向けた。
 いるのは始めからわかっていたが、まずは自己紹介をしなければならないだろう。
「何者だ?」
 教授が声をかける前に、低い声で誰何したのは、全身を白銀の甲冑に包んだ白い騎士。
 その隣に、大剣を背に携えた褐色の戦士。
 後方には、雪肌の他は、服装を全て黒で統一された、紅の瞳の麗人。
「君たちは?」
 その姿を教授が直接目にするのは初めてなので、最初に口にしたのは疑問だったが、彼らが名乗る前に答えはわかっていた。
 彼らの事は魔王殿に来た時から、そしてそれ以前から風の噂で、そしてつい先程も耳にしたばかりだ。
「光の戦士だね」
 彼らはその言葉に明らかに警戒の念を持った。
「何者だ!?」
 厳しい口調で騎士が誰何した。余計な警戒感を持たせてしまったようだ。
 普通の人間ならば、この状況下で即座にその正体を見抜くことはないだろうが、教授は一目で看破したことになる。
 なにより普通の人間が魔王殿を徘徊しているわけがなく、ましてや突然、空間を粉砕して現れた。
 これらを総合すれば、その正体は自然と一つの答えに到達する。
 魔物。
 少々、挨拶に問題があったようだ。
 どうやって誤解を解くものか。
 思案する教授に臨戦態勢を取る三人は、しかし次には訪れた異変に戸惑った。
 突然周囲の景色が歪み、分裂し、別の光景が割り込んでくる。
「なんだ?!」
 褐色の戦士の叫び声に応えたのは教授だった。
「動くな! 変動が発生している! 迂闊に動けば巻き込まれるぞ!」
 教授は同時に三人を収容する大きさの結界を構築し、独立した時空間を確保。
 周囲の空間に波紋が広がり、その揺らめきが収束すると、十体程の魔物が出現していた。
 人間の原型をとどめてはいるが、どこか歪に変形している。
 頭部が異様に膨れ上がった者。
 腕が膨張しているもの。
 足が異様に長いもの。
 肉体が捻じれて上半身と下半身が逆向きになっているもの。
 魔物が肉体に取り付き、その潜在能力を発現させた結果、異形に変形し、だが調和をとることができずに、逆に自身の体に損傷を与えてしまっている状態。
 放置していても三日も生存できないだろう。
 しかし、その全てが敵意をむき出しにしている。
 敵であることは認識できる知能を持っている。
 だが、敵の正体までは理解できないゆえに、恐怖を持たない。
「ふむ、亡者まで付いてきてしまったか。まあいい、予定通り殲滅しよう」
 亡者はその言葉に反応したかの様に、四人に一斉に襲い掛かった。
 あるものは疾走し、あるものは地面を這うように、あるものは大きく跳躍し。
 三人の光の戦士は臨戦態勢をとるが、彼らが攻撃するより早く、教授が杖から刃を抜くと同時に、無数の白刃を放出。
 それは自動的に追尾して十数体の魔物に全て直撃。
 肉体を複数に切断された魔物は、次の瞬間爆発するように、灰塵となった。
 同時に特殊な波動が微弱ながら周囲に拡散する。
 古城の内部にいる魔人や魔王に探知されるだろうが、この状況下では隠蔽することに意味はない。
 そして特定されたとしても、やつらにとってもこの状況で手だしすることには意味がないだろう。
「あんた?! あの時の波動はあんただったのか!」
 その波動を感知した途端、ゴードは驚愕に思わず叫んだ。
 この初老の紳士が放出する波動は、光の戦士特有の波動だった。
「俺たちを守ってくれたのか?」
 教授が仕留め損ねた一匹の魔物を剣で突き刺したまま、ゴードはその魔物に目も向けずに教授の答えを待つ。
 どうやら、彼にとっては魔物よりも、教授のほうが気になるらしい。
 その余裕からして、助ける必要性は全くなかったようだ。
 ゴードの問いかけに、場違いに正装した老紳士は肩を竦めてみせた。
「君たちに死なれては困るのでな。ともかく迅速に魔物を殲滅し、古城へ向かわなければならない。君たちはマリアンヌ王女の救出に来たのだろう? 彼女はあの古城にいる」
 途端に三人は緊迫の表情に一変した。
「おまえはいったい何者なのだ?」
 この白い騎士の誰何は確か三度目になるな。
 教授は内心呟き、説明を考え始めた。
 まず伝えるべきことは、一つ。
「私は君たちと同じ、光の戦士と呼ばれている者だ」
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