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16・罪の告白

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 ミナミの家に到着すると、鏡は全て毛布などで覆い尽くされていた。
 ミナミは恐怖で震えていた。
「あたしも死んじゃうの?」
 私は断言する。
「そうはさせない。その前に解決する。そのために、なにがあったのか教えて欲しい」
「教室で話題になっていたの。ムラサキさんの事。ムラサキさんがホントに出てきて呪い殺しているって、みんなが話をしてたの。
 そうしたら、あの子がヒステリーを起こしたの。ほら、最初に殺されたお母さんの子。
 ムラサキさんなんて出るわけない。そんなの居るわけないって。
 それで鏡のように映る窓に向かって、例の呪文を言ったの。
 そしたら、窓に男が映ってた。そんな男、教室のどこにも居ないのに、窓に映ってたの。
 あたし、男がいるって思わず悲鳴を上げた。
 でも、他のみんなには見えないって。
 あたしだけにしか見えてなかった。
 そいつ、鏡の中のあたしの眼を触ろうとして、それで思わず逃げ出してきた。
 だけど、どこに行っても、鏡や鏡のように映る物に、全部 あの男が映っていて。
 なんとか、ここまでは殺されずにすんだけど。
 でも こんな状態、いつまでも続かないよ」
 ブラインド レディは質問する。
「貴方の罪を聞かせて欲しい」
「そうだよね。やっぱり、その話になるよね。わかった、話すよ」
 ミナミは一拍おいてから説明を始めた。


「実はさ、あたしも人を殺したことがあるんだ。
 いえ、殺したって言うか、直接 殺したわけじゃないんだけど。
 中学の時、根暗な男子がいてさ。みんなは そいつを虐めてたんだ。あたしはそういうの嫌いだったから、混ざらなかったけど、でも 止めもしなかった。止めたら、あたしも虐められると思ったから、見て見ぬ振りしてたんだ。
 だんだん 虐めがエスカレートして、その男子、あたしに言ってきたんだ。
 助けてくれって。
 でも、あたしも虐められるの嫌だったから、近づくなって言って、断ったんだ。
 その日を境に 男子は学校に来なくなった。不登校になったんだ。
 虐められていた男子の両親が、学校を訴えた。虐めを黙認していたって。
 それで あたしに証言してくれって言ってきたんだけど、虐めの主犯格の親がすごい金持ちでさ。あたしに金渡して言ったんだ。
 何も言うなって。
 あたし、金を受け取って、虐めなんか なかったって答えて、我関せずを決め込んだ。
 それから一ヶ月くらいして、虐めを立証できずに泣き寝入りすることになったって。
 しばらくして、虐められてた男子、自殺したって聞いたよ」


 ミナミは泣きながら呟く。
「わたしも、目玉をくりぬいて死んじゃうの?」
 ブラインド レディは答えた。
「その前に事件を解決する」


 私たちは家を出る。
 私はすぐにブラインド レディに一つの提案をした。
「能力の発動には、元凶となっている鏡が必要だと言ったな。それがないと能力が使えないと。
 ならば、その鏡を破壊すれば良いのではないのか。そうすれば能力は使えなくなる」
 しかし ブラインド レディは否定した。
「確実とは言えないわね」
 続いてメイドが提案した。
「ならば、能力者が能力を その鏡に集中させているときに、鏡を割れば、能力者を倒せるか、もしくはダメージを与えられるのではないでしょうか。
 少なくとも、それで能力が使えなくなるのでは。
 犯人を見つけるには、どれだけ時間がかかるかわかりません。いったん、能力を使えなくしてから、対処法を改めて考えてはいかがでしょう」
 ブラインド レディはしばらくの沈黙の後、答えた。
「そうするしかないわね」


 骨董品店に行くと、ブラインド レディは問題の鏡を買い取った。
 彼女が三倍の値段を付けると、店主は喜んでその場で売ってくれた。
 これで問題の鏡は手に入れた。
 しかし 問題がある。
 どうやって能力者を引き出すか?
 能力者が狙うのは、金を動機とした殺人者だ。
 私は人を殺したことがないし、ブラインド レディは金銭目的で殺人をしたことはない。
「さて、どうする?」
 困っていると、メイドが言った。
「わたくしがやります」
「人を殺したことのない君では意味がないだろう」
「あります。わたくしもお金のために人を殺したことがあるのです」
 思いもよらない告白だった。
 ブラインド レディはメイドに言った。
「お願いできるかしら」
「お任せください、お嬢さま」


 我々はホテルに戻ると、鏡や 反射する物のない外の広場に、問題の鏡を運び、そこで鏡の能力者と対決することにした。
 周囲に鏡があると、その鏡を能力の媒体に使われる可能性を考えてのことだ。
 能力者が、元凶になっている鏡に能力を使っている状態にしなくてはならない。
 我々は周囲に人が居ないことを確認する。
 そして メイドは深呼吸し、呪文を唱えた。
「ムラサキさん、ムラサキさん、出てきてください」


 ……


 静寂がすぎた。
「何も起きない。失敗か?」
 私が疑問に思うと、メイドは首を傾げる。
「いえ、そんなはずは……」
 その時だった。
 鏡に映るメイドの姿の なにかがおかしかった。
 一致していない。
 現実のメイドの動きと、鏡に映るメイドの動きに、ずれがある。
 そして 鏡のメイドが話し始めた。
「黙っていた。おまえは笑い男が二人を殺すつもりなのを知っていた。警告していれば、二人は助かった。殺されずにすんだ。だが、おまえは金のためにそのことを黙っていた」
 メイドの眼から血が流れ始めた。
「わ、わたし、本気で殺すなんて思ってもみなくて……お嬢さま、ごめんなさい……」
 私は石を叩きつけて鏡を割った。
 だが声は続く。
「知っていた。笑い男が本気で殺すつもりだと気付いていた。だが、おまえは気付かないふりをしていた。金が欲しかった。金のために気付かないふりをした」
 私は焦る。
「クソ。失敗した。鏡を割ったのに、能力が途絶えない。どこから能力を使っているんだ?」
 そして 近くに水たまりがあるのに気付いた。
 そこに我々の姿、つまりメイドの姿も映っていた。
「水たまりだ! 水たまりを使っている!」
 水を割ることなど出来ない。
 石を叩きつけても波紋が起きるだけだ。
 メイドが膝を付いた。
「申し訳ありません、お嬢さま……わたくしのせいなのです。わたくしが黙っていたばかりに……」
 鏡に映るメイドが、ブラインドレディに告げた。
「さあ、おまえの両親の敵をとってやる。これは正義の執行だ」


「いいえ、貴方は正義ではない」


 ブラインド レディは、鏡の破片を拾うと、水たまりに向けた。
 水たまりに映るメイドの姿が、二十歳ほどの男の姿に変わった。
 そして ブラインド レディが手にする鏡に映る男が、罪の告発を始めた。
「関係ない者を殺している。おまえは関係のない人間を殺し続けている。
 おまえの両親の死と関係のない者を大勢 殺している。
 おまえは復讐のためじゃない。
 正義の罰を与えているのでもない。
 ただ、殺すのを楽しんでいるだけだ」
 能力者の能力が、鏡によって反射されている。
「うぁぎゃあああああ!!」
 水たまりに映る男は、悲鳴を上げて自分の目玉をくりぬいた。


 そして、水たまりから男の姿が消え、普通の景色が反射しているだけとなった。


 その後、調査すると、イギリスで自分の目玉をくりぬいて死亡した男の記事を発見した。


 我々はミナミにすぐに連絡を取った。
「もう、これで大丈夫よ」
「よかった。あたし助かったんだね。ありがとう」
 安心するミナミに、ブラインド レディは付け加えるように言った。
「虐めで自殺した男子は、貴女が虐めていたわけではないわ」


 帰るとき、メイドはブラインド レディに謝罪する。
「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。でも、せめてもの罪の償いとして、笑い男を見つける お手伝いをさせていただけませんか」
 ブラインド レディはしばらくの沈黙の後、答えた。
「知っていた。あなたが あの時、黙っていたことに、私は気付いていたわ。
 それでも、貴女を側に置いていたの。
 これからも、私の身の回りのことを よろしくお願いするわ」
「ありがとうございます、お嬢さま」
「リムジンまで手を引いてくれるかしら」
「かしこまりました、お嬢さま」


 私は追求しなかった。
 メイドが笑い男のなにを沈黙していたのか。
 そして そのことが、なぜブラインド レディの両親が殺されたことに繋がるのか。
 少なくとも、その答えを求めるのは、今ではないだろう。
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