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41・なぞなぞ

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 今回の事件に関しての取材は、メイドから申し込んできた。
「あなたにお話ししておきたいことがあります」
 メイドは深刻な表情でそう告げた。
「なにかあったのか?」
 私が聞くと、彼女は語り始めた。


 事の発端は、館の郵便受けに、一つの封筒が入っていたことだった。
 メイドはその封筒を手にし、差出人の名前を見てみたが、しかしなにも描かれていなかった。
 宛先名はブラインド レディの名前だった。
 メイドはお嬢さまの部屋に届けた。
「お嬢さま、封筒が届いております」
 部屋でブラインド レディは、いつものように情報収集をしていたが、機材を全て停止すると、メイドに指示する。
「開けてちょうだい」
「はい。中には一枚のディスクと……笑い男のイラストが描かれたカード。これは、笑い男からのメッセージです」
「ディスクを再生して」
「ただいま」
 メイドがパソコンでディスクを再生すると、そこには笑い男が映っていた。
「あーっはっはっは。
 久し振りだね、お嬢さま。元気かい? ぼくはとっても元気だよ。そんな僕からお嬢さまになぞなぞを送ったんだ。ぜひ、これを解いて欲しい。
 なぞなぞを解くことが出来たらご褒美が待ってるよ。
 それじゃあ、頑張ってねー。
 あーっはっはっは」
 続けて別の映像が流れ始めた。
 車庫の映像だった。
 警備カメラが写したものだろう。
 車庫に一台の車が入って来ると、シャッターが自動的に閉まった。
 車から一人の中年男が降りてくる。
 男は車庫から出ようとドアを開けようとしたが、なぜか開かない。
 そこに自動車のエンジンがかかった。
 エンジンに不調でも起きたのか、物凄い量の排気ガスが噴出する。
 男はエンジンを止めようとしたが、しかし車のキーは抜いてある。
 なぜキーを差し込んでいないのにエンジンがかかっているのか?
 男はエンジンを止めることができず、次は車庫のドアを開けようとしたが、まるで開かない。
 シャッターも動かない。
 やがて男は、車の中に入り、ウィンドウを閉めて、衣服で密閉し始めた。
 車の中を密閉すれば、安全かと思ったのだろうか?
 しかし、車のエアコンからも排気ガスが出始めた。
 男は急速に力が抜けていき、そして動かなくなった。
 排気ガスによる一酸化酸素中毒を起こしたのだろう。
 そして、その映像が十分ほどずっと流れ続ける。
 それにあわせて、笑い男の声が重なる。
「この映像のことは、警察は知らない。僕たちでこの映像は消したから。
 さあ、僕からきみへのなぞなぞだよ。解いてごらん。
 あーっはっはっは」
 ブラインド レディは沈黙していた。


 ブラインド レディは、車のナンバープレートから、死亡した男の身元を、その日のうちに割り出した。
 死亡したのはウエハラ。46歳。
 普通の会社員だ。
 警察は自殺と見ている。
 第一発見者は、十六歳の息子、ノブアキ。
 自殺の動機は不明。
 今日、葬儀が行われる。
 ブラインド レディは、ウエハラの務めている企業を調査し、自分の企業と関係があったので、そのあたりを口実に葬式に出席することにした。


 ウエハラの自宅に到着したブラインド レディは、チャイムを鳴らした。
 しばらくして出迎えたのは、ウエハラの弟だった。
「盲目か」
 弟はブラインド レディを見るが否や、不快感を顕わにした。
 明らかに障害者に差別意識を持っていた。
 そこにウエハラの妻、ナオコが嗜めた。
「やめなさい」
 弟は忌ま忌ましそうに奥へ引っ込んだ。
 ナオコがブラインド レディに謝罪する。
「ごめんなさい。義弟はどうもそういう意識があって」
「かまわない。慣れているわ」
 ブラインド レディが焼香を上げると、ウエハラの息子、ノブアキに気付いた。
 十六歳の息子は椅子に座り、どこかぼうっとした様子。
 父親の死がショックなのだろう。


 皆が故人について談話している中、ブラインド レディはナオコに聞く。
「私はウエハラとは、仕事での付き合いしかなかったの。どういう人だったのか、良ければ聞かせてちょうだい」
「さあ、どういう人と言われても、普通だったとしか。
 優しくて温和で。確かに人並みの感情の起伏はあるけれど、自殺するなんて考えられない。
 なんの問題もない幸せな家庭だった。それなのに自殺するなんて。
 今までなにも気付いてあげられなかった」
 ブラインド レディは意識を息子のノブアキに向ける。
「彼が第一発見者だと聞いたわ」
「ええ、自分の父親が自殺したので、ずいぶんショックを受けたみたいで」
「話をしても良いかしら」
「どうぞ」


 ノブアキはブラインド レディが側に座ると、目を向けたが、しかし興味がないようだった。
「あなたのお父さんのことが聞きたいのだけど」
「そう言われても、父さんがなにを考えて自殺したのか、ぼくにはわからないよ。
 ぼくを大学に行かせるって、一生懸命働いてお金を貯めていたのに。
 ぼくはもう進学することはできない。これからどうすればいいのかな?
 なんだか現実感がない。父さんの自殺も、現実とは思えなくて。
 とにかく今は、ゆっくり考える時間が欲しい」
 ブラインド レディはノブアキから離れる。
 メイドは離れた場所から、その様子を見ていた。


 ブラインド レディはホテルに部屋を取って、調査を始めた。
 ウエハラの家庭に問題はなかった。
 ありふれた普通の中流家庭。
 ノブアキも学校で特に問題行動を起こしていない。
 メイドはお嬢さまに言う。
「ノブアキくんは、多感な時期に、父親が自殺したのがショックで、感情が麻痺しているのかもしれません。
 妻のナオコさんも、似たようなものでしょう。おそらくなにも知らないでしょうね」
「現在の家は、五年前に引っ越してきたのね。
 以前は田舎の村に住んでいたけれど、経済的に成功し、ノブアキを良い中学校に通わせるために、引っ越した。
 そのあと高校は、良い大学に入れるために、進学校へ。
 ありきたりな普通の家庭が考えることと同じ。
 でも、稼ぎ頭であるウエハラが死んだので、それは不可能となった」
「ノブアキくんがぼうっとしているのは、将来のことがわからなくなったことも影響しているのかもしれません」
 そこでメイドは首を傾げる。
「しかし、なぜ笑い男は、このウエハラ氏を殺したのでしょうか?
 彼をいくら調査しても、普通の人間です。中流家庭の、一般人。笑い男が関わる人間ではありません。
 しかも、それをお嬢さまにわざわざ伝える理由はなんでしょう?」


 コンコン。
 ドアからノックの音がした。
 メイドが対応に出る、ホテルの従業員からメッセージカードを渡された。
「お嬢さま、メッセージカードです」
「読んでちょうだい」
「笑い男のイラストが描かれています。内容は……」
 メイドはその文字を読んで愕然とした。
「今からウエハラの弟を殺すと描かれています」
「すぐに住所を割り出すわよ」
 ブラインド レディは弟の住所を一分で調べた。
「急ぎましょう」
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