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バッドエンド回避計画
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空の青を見渡す丘に、美しい白城を称えるシーザニア王国。そこにはかつて栄えた帝国が遺した僅かな種類の魔法が伝えられている。風、火、水、土。
国民の多くはその四つのどれかの力を有し、その力をささやかに生活に取り入れながら暮らしていた。
山と海に恵まれた国。その中央に位置する王都ウィンデール。緩やかな丘に建てられた城に見守られて、城下町は人々で賑わいを見せていた。
さらに中心地に近い場所は市政に関連する建物がずらりと並ぶ。そんな周りの建物と調和を取るように赤色煉瓦で造られた幾つかの建物の群が、青々とした芝生と木々、そして黒い鉄柵で囲まれている。そこは平民と貴族が手を取り合い国の発展の為に造られた学校、王都アカデミーである。
そこでは貴族の子女も平民も子女も共に学びお互いに切磋琢磨し合っている。その各々の教室では今日もあらゆる学問や魔法の授業が開かれていた。
そんな一日の放課後。アカデミーの塔にオレンジの陽光がかかる頃、誰もいない教室で紺色の制服に身を包む二人の女学生の姿があった。
一人はセミロングに下ろしたピーチピンクの髪が印象的な女子生徒。スミレ色の瞳を子犬のように潤ませ、真正面に向かうもう一人の人物と対峙している。
潤んだ眼差しを向けられているのは整った容貌に高慢そうな表情を浮かべる身分の高そうな女子生徒。シャンパンゴールドの髪を持つ侯爵令嬢、リリニーナ・フィアレスだ。彼女の微笑みは薔薇の様に美しいと貴族間で称えられる。
だがそんな笑顔はまず見られることはない。誰に対しても冷たい態度で滅多に笑わないことで知られる侯爵令嬢である。炎の魔力を有する彼女は、その性格から一部の者に「氷の炎」と呼ばれていた。
そのリリニーナは今、子犬のように震える女子生徒に向かって厳しい視線と言葉を投げる。
「セイラ様。以前にも言いましたが、平民の学生が貴族の学生に向かってあのような態度は慎むべきです」
リリニーナにそう言われたピーチピンク色の髪の女子生徒、セイラ・トーリアは小さな鈴のような声で弁明する。
「わざとではないんです…」
今にも泣き出しそうな子犬のような目をするセイラだったが、その後改まって向き直るとリリニーナに深々とおじぎをした。
「でも、教えて頂きありがとうございました……! おかげで今後も恥をかくところでした」
このアカデミーでは貴族と平民の子女が同じ教室に学ぶ。授業や友人関係を除いては基本的に接点はないのだが、あまりに敬意を欠いた行動をとっては処罰の対象となる可能性がある。リリニーナはそのことを鑑みてセイラを諭したのである。セイラはしおらしく反省を口にする。
「ピンクの髪をからかわれたからって、子爵令嬢に向かって髪飾りが似合ってないだとか、もう言い返したりしません」
「判れば良いのです」
リリニーナは顔色を変えず、淡々と答える。その冷たい返事の仕方にセイラはやや萎縮するが、それだけがリリニーナの返事でないことを薄々理解していた。
リリニーナは頭の中で呟いている。
(突っかかってきたのは子爵令嬢だけど、あまり言い返しすぎると分が悪いわ。あの令嬢は手当たり次第にストレスを発散しているだけ。気にすることはないわ、セイラ)
リリニーナは口数が少ない。考えを口に出すことを過度に控えがちだ。だがその心は決して氷のように冷たいことはなかった。
セイラは髪の色以外にも色々言われていたので、そのこともリリニーナは心配していた。男子生徒の前ではコロリと態度が変わる、と。
リリニーナから見ても確かに女子生徒と男子生徒の前では態度がかなり違うように見える。それも子爵令嬢が目を付けた一因だろう。
珍しいピーチピンクの髪にスミレの花の様な瞳。愛らしい雰囲気のセイラに、その瞳を潤ませて見つめられたらイチコロになる男子生徒は多いに違いない。
だが、セイラはそうではない。
リリニーナも十分誤解を生みがちな性格だが、そんな彼女が心配する程にセイラの対人スキルも少々変わっていた。
リリニーナはセイラと初めて会話したときのことを思い返す。
セイラはこのアカデミーに半年前に入学してきたのだが、リリニーナの婚約者でありシーザニア王国の王子に向かって馴れ馴れしく話しかけていたことが初対面のきっかけであった。
セイラのピンクの髪を珍しがる王子に対して、彼女は瞳を潤ませていた。それだけなら良かった。
セイラは鼻息荒く突如、私のハートもピンク色なの! と叫んだ挙句、王子に抱きつこうとした。普段は冷静な王子が怯えきった顔になったのをリリニーナはよく覚えている。
発言の内容は諦めたとしても敬語も付けず、ましてや王子に触れようとする態度は放ってはおけない。リリニーナは直ぐ様にセイラに注意した。
注意された彼女は戸惑ったもののリリニーナに礼を言った。そしてそれ以降もときどき男子生徒にヘンテコなことを言いながらも、王子や貴族に向かっての態度だけは正すようにはなったのだが。
それからセイラはリリニーナを頼りに時々話しかけてくるようになった。そして今、誰もいない放課後に二人きりでいるのには他にも理由があった。
こうして二人で話す機会を設けたのは、先日セイラが自身のとある秘密をリリニーナに打ち明けてきたことがきっかけだ。
ーーー私、異世界からやって来たんです。
ある日の放課後。たまたま教室を出るのが遅くなってしまったリリニーナと鉢合わせたセイラは突如、そう打ち明けてきた。
いつにもなく、真剣な表情の彼女の話をリリニーナは聞いてみることにした。そして驚くべき事実をさらに打ち明けられる。
セイラが言うにはこの世界は、彼女がもといた世界では物語の舞台だったのだという。その物語は主人公が得る評価、主に男性の登場人物からの評価によって物語の未来が変わっていくゲームだったらしい。そして今も彼女が知っている通りにこの世界は歴史を刻んでいるらしかった。
だがこのまま物語が進んでしまうとセイラ自身が望まない結果になってしまうとのことだった。そして、それを防ぐためにはリリニーナに力を借りたいとのことであった。
リリニーナはこの国の王子の婚約者である。
セイラの知るゲームのストーリー上では悪役であり、恋敵となるヒロインに冷たく当たるらしい。
だが実際、この世界にやってきたばかりのセイラが生きていく上で道を示したのはリリニーナだ。そのことに気づいたセイラはリリニーナを信用し、秘密を打ち明けてきた。
突拍子もない話を打ち明けてきたセイラにリリニーナはかなり戸惑ったが、話を聞くうちに信じる他はないと今は思っており、こうして人目につかぬように二人で話す機会を再び設けたのだった。
「もう一度言いますがリリニーナ様」
彼女は物語で知ったのだという、リリニーナが誰にも言っていない秘密を知っていた。そしてリリニーナの信頼を得たセイラは、彼女にこの国の向かう未来を打ち明けていた。
「リリニーナ様。どうか王子と結婚しないでください。あなたが王妃になると国が滅びてしまうのです」
そのスミレ色の眼差しはとても真剣なものだった。
セイラは、彼女にとって大好きな物語の舞台である王国を守りたいと思っていたのだった。
「うーん」
鈴の音のような声を響かせ、リリニーナは思案する。
幼い頃に結んだ縁談、お互い何の感情も持ち合わせていない婚約者。結婚が破談になったところで傷つく心は持ち合わせていない。
だがリリニーナとて侯爵令嬢。わがままを言えばそれも可能かもしれないが、家の尊厳にも関わる不始末には及びたくはない。
「前にも聞いたけれど、滅びた原因は私の秘密によるものではないのよね?」
「はい。リリニーナ様にかけられてる例の魔術痕が原因だという描写ではありません」
セイラは小さな声でそう呟く。リリニーナは緋色の目を細める。
リリニーナに取り付いている例の魔術。セイラがそう言っているものこそ、リリニーナが友人をはじめ家族にも話していない秘密そのものであった。
リリニーナの手の平には黒子程の大きさの魔術痕がある。いつ誰にかけられたのか、どんな魔法なのかもわからない。だがリリニーナにとって悪いものではないことを、リリニーナは知っていた。
「王国が滅びるのはどういう理由によるものだったのかしら?」
「……リリニーナ様と王子様の不仲が原因みたいです」
「ふーん」
「聞いたの貴女ですよねっ!?」
「失礼、興味が失せてしまって」
セイラは諦めがちにため息をつく。
リリニーナは9歳に王子と婚約して以来、未来の国王を支えるつもりで励んできたのだ。そんなリリニーナが今更、王子と不仲ごときで愚かな真似はしないだろうとリリニーナは冷静な頭で考える。たぶん、決定打は違うところにあるはずだと。
リリニーナは窓から望む、丘の上にそびえる白亜の宮殿を眺める。
「それに聞きたかったのだけど、私が王子と結婚して王国が滅びる以外の未来は知らないの? あなたへの好感度で話が変わるんでしょう?」
言ってみてリリニーナはあら、と思う。
セイラは王子からは嫌われていないものの、アカデミー内では変わった子扱いだ。もしかしたら元いた世界でも同じような振る舞いで物語を進めていたとしたら。
セイラはみるみる瞳に涙を溜め始めた。
「だって私、かっこいい男の人を前にしたら変なテンションになってしまって。まともに男の子と話したこともないし、何を言えば喜ぶかとか、全くわかりません。それは現実でも物語でも一緒でした。だから」
言いおいて、セイラは窓の向こうを眺める。いつしか緋色の空には暮れの色が滲み始めていた。セイラはスミレ色の美しい目を細めて遠くを見、静かに呟く。
「いわゆる最悪の結末。私、バッドエンドしか知らないんです。ええ、何度試しても……」
「ふーん」
「聞いてきたの貴女です! もう、他人事っ!」
リリニーナは頬を膨らますセイラを少しばかり不憫に思いながら、手の平の魔術痕を眺めていたた。
「リリニーナ様が王子と結婚しないことしか、バッドエンド回避はありませんから!」
横でそう力説する、セイラの声に耳を傾けながらリリニーナは考えた。
闇の魔法に憑かれていることを話せば破談になるだろうか?いや、話したところで空想話だと思われる。リリニーナに付く魔術痕はそういうものだと、彼女がよく理解していた。
では他の納得する理由を探さねばならない。けして婚約破棄などあの王子ーーー、あの蛇のような王子は認めてくれないだろう、と。
国民の多くはその四つのどれかの力を有し、その力をささやかに生活に取り入れながら暮らしていた。
山と海に恵まれた国。その中央に位置する王都ウィンデール。緩やかな丘に建てられた城に見守られて、城下町は人々で賑わいを見せていた。
さらに中心地に近い場所は市政に関連する建物がずらりと並ぶ。そんな周りの建物と調和を取るように赤色煉瓦で造られた幾つかの建物の群が、青々とした芝生と木々、そして黒い鉄柵で囲まれている。そこは平民と貴族が手を取り合い国の発展の為に造られた学校、王都アカデミーである。
そこでは貴族の子女も平民も子女も共に学びお互いに切磋琢磨し合っている。その各々の教室では今日もあらゆる学問や魔法の授業が開かれていた。
そんな一日の放課後。アカデミーの塔にオレンジの陽光がかかる頃、誰もいない教室で紺色の制服に身を包む二人の女学生の姿があった。
一人はセミロングに下ろしたピーチピンクの髪が印象的な女子生徒。スミレ色の瞳を子犬のように潤ませ、真正面に向かうもう一人の人物と対峙している。
潤んだ眼差しを向けられているのは整った容貌に高慢そうな表情を浮かべる身分の高そうな女子生徒。シャンパンゴールドの髪を持つ侯爵令嬢、リリニーナ・フィアレスだ。彼女の微笑みは薔薇の様に美しいと貴族間で称えられる。
だがそんな笑顔はまず見られることはない。誰に対しても冷たい態度で滅多に笑わないことで知られる侯爵令嬢である。炎の魔力を有する彼女は、その性格から一部の者に「氷の炎」と呼ばれていた。
そのリリニーナは今、子犬のように震える女子生徒に向かって厳しい視線と言葉を投げる。
「セイラ様。以前にも言いましたが、平民の学生が貴族の学生に向かってあのような態度は慎むべきです」
リリニーナにそう言われたピーチピンク色の髪の女子生徒、セイラ・トーリアは小さな鈴のような声で弁明する。
「わざとではないんです…」
今にも泣き出しそうな子犬のような目をするセイラだったが、その後改まって向き直るとリリニーナに深々とおじぎをした。
「でも、教えて頂きありがとうございました……! おかげで今後も恥をかくところでした」
このアカデミーでは貴族と平民の子女が同じ教室に学ぶ。授業や友人関係を除いては基本的に接点はないのだが、あまりに敬意を欠いた行動をとっては処罰の対象となる可能性がある。リリニーナはそのことを鑑みてセイラを諭したのである。セイラはしおらしく反省を口にする。
「ピンクの髪をからかわれたからって、子爵令嬢に向かって髪飾りが似合ってないだとか、もう言い返したりしません」
「判れば良いのです」
リリニーナは顔色を変えず、淡々と答える。その冷たい返事の仕方にセイラはやや萎縮するが、それだけがリリニーナの返事でないことを薄々理解していた。
リリニーナは頭の中で呟いている。
(突っかかってきたのは子爵令嬢だけど、あまり言い返しすぎると分が悪いわ。あの令嬢は手当たり次第にストレスを発散しているだけ。気にすることはないわ、セイラ)
リリニーナは口数が少ない。考えを口に出すことを過度に控えがちだ。だがその心は決して氷のように冷たいことはなかった。
セイラは髪の色以外にも色々言われていたので、そのこともリリニーナは心配していた。男子生徒の前ではコロリと態度が変わる、と。
リリニーナから見ても確かに女子生徒と男子生徒の前では態度がかなり違うように見える。それも子爵令嬢が目を付けた一因だろう。
珍しいピーチピンクの髪にスミレの花の様な瞳。愛らしい雰囲気のセイラに、その瞳を潤ませて見つめられたらイチコロになる男子生徒は多いに違いない。
だが、セイラはそうではない。
リリニーナも十分誤解を生みがちな性格だが、そんな彼女が心配する程にセイラの対人スキルも少々変わっていた。
リリニーナはセイラと初めて会話したときのことを思い返す。
セイラはこのアカデミーに半年前に入学してきたのだが、リリニーナの婚約者でありシーザニア王国の王子に向かって馴れ馴れしく話しかけていたことが初対面のきっかけであった。
セイラのピンクの髪を珍しがる王子に対して、彼女は瞳を潤ませていた。それだけなら良かった。
セイラは鼻息荒く突如、私のハートもピンク色なの! と叫んだ挙句、王子に抱きつこうとした。普段は冷静な王子が怯えきった顔になったのをリリニーナはよく覚えている。
発言の内容は諦めたとしても敬語も付けず、ましてや王子に触れようとする態度は放ってはおけない。リリニーナは直ぐ様にセイラに注意した。
注意された彼女は戸惑ったもののリリニーナに礼を言った。そしてそれ以降もときどき男子生徒にヘンテコなことを言いながらも、王子や貴族に向かっての態度だけは正すようにはなったのだが。
それからセイラはリリニーナを頼りに時々話しかけてくるようになった。そして今、誰もいない放課後に二人きりでいるのには他にも理由があった。
こうして二人で話す機会を設けたのは、先日セイラが自身のとある秘密をリリニーナに打ち明けてきたことがきっかけだ。
ーーー私、異世界からやって来たんです。
ある日の放課後。たまたま教室を出るのが遅くなってしまったリリニーナと鉢合わせたセイラは突如、そう打ち明けてきた。
いつにもなく、真剣な表情の彼女の話をリリニーナは聞いてみることにした。そして驚くべき事実をさらに打ち明けられる。
セイラが言うにはこの世界は、彼女がもといた世界では物語の舞台だったのだという。その物語は主人公が得る評価、主に男性の登場人物からの評価によって物語の未来が変わっていくゲームだったらしい。そして今も彼女が知っている通りにこの世界は歴史を刻んでいるらしかった。
だがこのまま物語が進んでしまうとセイラ自身が望まない結果になってしまうとのことだった。そして、それを防ぐためにはリリニーナに力を借りたいとのことであった。
リリニーナはこの国の王子の婚約者である。
セイラの知るゲームのストーリー上では悪役であり、恋敵となるヒロインに冷たく当たるらしい。
だが実際、この世界にやってきたばかりのセイラが生きていく上で道を示したのはリリニーナだ。そのことに気づいたセイラはリリニーナを信用し、秘密を打ち明けてきた。
突拍子もない話を打ち明けてきたセイラにリリニーナはかなり戸惑ったが、話を聞くうちに信じる他はないと今は思っており、こうして人目につかぬように二人で話す機会を再び設けたのだった。
「もう一度言いますがリリニーナ様」
彼女は物語で知ったのだという、リリニーナが誰にも言っていない秘密を知っていた。そしてリリニーナの信頼を得たセイラは、彼女にこの国の向かう未来を打ち明けていた。
「リリニーナ様。どうか王子と結婚しないでください。あなたが王妃になると国が滅びてしまうのです」
そのスミレ色の眼差しはとても真剣なものだった。
セイラは、彼女にとって大好きな物語の舞台である王国を守りたいと思っていたのだった。
「うーん」
鈴の音のような声を響かせ、リリニーナは思案する。
幼い頃に結んだ縁談、お互い何の感情も持ち合わせていない婚約者。結婚が破談になったところで傷つく心は持ち合わせていない。
だがリリニーナとて侯爵令嬢。わがままを言えばそれも可能かもしれないが、家の尊厳にも関わる不始末には及びたくはない。
「前にも聞いたけれど、滅びた原因は私の秘密によるものではないのよね?」
「はい。リリニーナ様にかけられてる例の魔術痕が原因だという描写ではありません」
セイラは小さな声でそう呟く。リリニーナは緋色の目を細める。
リリニーナに取り付いている例の魔術。セイラがそう言っているものこそ、リリニーナが友人をはじめ家族にも話していない秘密そのものであった。
リリニーナの手の平には黒子程の大きさの魔術痕がある。いつ誰にかけられたのか、どんな魔法なのかもわからない。だがリリニーナにとって悪いものではないことを、リリニーナは知っていた。
「王国が滅びるのはどういう理由によるものだったのかしら?」
「……リリニーナ様と王子様の不仲が原因みたいです」
「ふーん」
「聞いたの貴女ですよねっ!?」
「失礼、興味が失せてしまって」
セイラは諦めがちにため息をつく。
リリニーナは9歳に王子と婚約して以来、未来の国王を支えるつもりで励んできたのだ。そんなリリニーナが今更、王子と不仲ごときで愚かな真似はしないだろうとリリニーナは冷静な頭で考える。たぶん、決定打は違うところにあるはずだと。
リリニーナは窓から望む、丘の上にそびえる白亜の宮殿を眺める。
「それに聞きたかったのだけど、私が王子と結婚して王国が滅びる以外の未来は知らないの? あなたへの好感度で話が変わるんでしょう?」
言ってみてリリニーナはあら、と思う。
セイラは王子からは嫌われていないものの、アカデミー内では変わった子扱いだ。もしかしたら元いた世界でも同じような振る舞いで物語を進めていたとしたら。
セイラはみるみる瞳に涙を溜め始めた。
「だって私、かっこいい男の人を前にしたら変なテンションになってしまって。まともに男の子と話したこともないし、何を言えば喜ぶかとか、全くわかりません。それは現実でも物語でも一緒でした。だから」
言いおいて、セイラは窓の向こうを眺める。いつしか緋色の空には暮れの色が滲み始めていた。セイラはスミレ色の美しい目を細めて遠くを見、静かに呟く。
「いわゆる最悪の結末。私、バッドエンドしか知らないんです。ええ、何度試しても……」
「ふーん」
「聞いてきたの貴女です! もう、他人事っ!」
リリニーナは頬を膨らますセイラを少しばかり不憫に思いながら、手の平の魔術痕を眺めていたた。
「リリニーナ様が王子と結婚しないことしか、バッドエンド回避はありませんから!」
横でそう力説する、セイラの声に耳を傾けながらリリニーナは考えた。
闇の魔法に憑かれていることを話せば破談になるだろうか?いや、話したところで空想話だと思われる。リリニーナに付く魔術痕はそういうものだと、彼女がよく理解していた。
では他の納得する理由を探さねばならない。けして婚約破棄などあの王子ーーー、あの蛇のような王子は認めてくれないだろう、と。
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