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4 大地を蝕む物
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聖堂の奥にはもう一つ広い部屋があり、カレイアと王太子のクリストフはすでに揃っていた。
「クリストフ殿下にご挨拶申し上げます」
テアとリヒャルドが胸に手を当てて挨拶すると、三年生のクリストフは優しい笑みを浮かべて軽く手を振ると、奥に来るように合図をしてきた。黒い瞳に黒い髪はどこにいても目立つ姿で神秘的だった。この部屋に入れるのは王家の者と神官長のエアリス、そして公爵三家の血を引く者だけ。窓はステンドグラスになっており、光は入るが中の様子は見えない造りになっている。壁には王家の紋章と公爵三家の紋章、そして祭壇には大地の精霊に捧げられた宝石の数々が山のように置かれていた。
机の上にはこの国の地図が広げられ、各地から集められた土が大きな地図上の上に敷き詰められている。カレイアはその地図を見下ろしながら指を差した。
「これを見てみろ」
リヒャルドと一緒に地図を覗き込むと、そこには各地にポツポツと黒い点が点在していた。
「“大地の澱”だ。こんなにも急激に増えたのは私達の代では初めてだな」
カレイアは冷静に言っているように見えるが明らかに点が多い箇所がある。それはこの国の最南端に位置するカレイアの家門が統治する領地、シュヴァルツ領だった。逆三角のようか形をしているこの国は、テアの家門が治めるヴァイスヴァルト領と王都そしてリヒャルドの家門が治めるシェーンヴァルト領はほぼ横一線になっており、シュヴァルツ領だけが離れて南下した位置に属している。それ以外にも細かに領地は分かれてはいるが、三家が占める割合は大きい。そしてその広大な領地には数カ所、黒く変色した土があった。
「冬の間にもカレイアがしっかりと領地を浄化していたというし、不自然だね」
クリストフの声色は至って優しいもので、カレイアに絶大なる信頼があるようだった。
「町や村が飲まれて森が広がっていてもおかしくないわね」
しまったと思ったが、すかさずびくりと跳ねたカレイアの肩を引き寄せるようにリヒャルドが手を回した。
「取り敢えず優先すべきはここでしっかりと清める事だよ。三人共、準備はいい?」
温厚なクリストフが場を仕切るとカレイアは気を引き締めたような目つきに変わった。確かにここで予測を立てても仕方がない。シュヴァルツ領へ向かうには途中で馬を変えたとしても四日は掛かる。馬車で向かうならもっとだ。気掛かりだったとしても今ここで出来る事をするしかなかった。
「カレイア、不安な気持ちは分かるけれど今は集中しましょう」
「そうだな。皆頼む」
三人は地図を囲むようにテアが西、東にリヒャルド、そして南にカレイアが立ち、クリストフが祭壇から水晶と取り出すと、地図上にポツポツと置いていく。三人は地図に手を翳すと声を揃えた。
「「「歩む者、境界を超える者、生まれ変わる者、闇を抱く者、その純然たる可能性を我がゼーレと共に大精霊コブに捧げよ。さすらば大地は清められん!」」」
黒い点は吸い込まれるように水晶に引っ張られていき、地図上に点在していた点は消えていた。そして白かった水晶にじわりとした黒い滲みが広がっていく。クリストフはそれらを元あった場所に戻した。
「殿下、大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。聖女の血を引いている私には造作も無いさ」
「……私は一度領地に帰ろうと思う。入学早々申し訳ない。クリストフ殿下、ご許可を頂けますでしょうか?」
「う~ん、それは学園長に聞いてみないとなんとも言えないかな。だけどまずはシュヴァルツ公爵に手紙を送ってみるのはどうだろうか? 幸いにも浄化は済んだし、こちらの状況報告とそちらの最新の情報を照らし合わせてからでも遅くないと思うよ」
「確かに、殿下の仰る通りですね。私は少し焦っていたようです。さすがはクリストフ殿下ですね!」
そう言って頭を下げると、美しい笑みで笑った。
「ちょ、カレイア!? そういう顔を他の男性に見せるのはあまりよくないんじゃないかな? そりゃクリストフ殿下はすでに婚約者もいるから気にされないだろうけど、今後勘違いをする輩も増えるかもしれないからね? クリストフ殿下は大丈夫だろうけど!」
「……テア、リヒャは何を言っているんだ?」
「落ち着けリヒャルド。カレイアはお前一筋じゃないか」
クリストフの言葉にパッと顔を輝かせたものの、カレイアの複雑そうな表情にすぐに枯れた花のように萎んでしまった。
「どこがです? カレイアは一途なんじゃなくて誰にも興味がないんですよ。だから僕も安心していたんです。……あ、言ってて悲しくなってきたな」
しかしテアはそのやり取りすらも仲睦まじく見えてしまい、今は苦しくて部屋を出てしまった。
「テア! 待ってくれ!」
聖堂の中はよく声が響く。後を追ってきたカレイアは心配そうに前に回ると見上げてきた。
「アベルの事は聞いたよ。私はテアを傷つける奴は許さない。この手で斬りたいくらいだ」
「斬りたいなんて物騒よ。別に罪を犯した訳でもないのに」
「テアをこんな風に傷付けるのは罪だろ!」
「でも学園長はそうは思っていないみたい。きっと他の男子生徒や大人達もそうなのよ。アベルは間違った事はしていないって」
笑ってみせたが上手く出来たかは分からなかった。
「テア、無理して笑わなくていいんだ」
「大丈夫よ。浄化も済んだし教室に戻るわ」
カレイアを避けて足を踏み出した瞬間、僅かに足がもつれてしまった。
「テア! 大丈夫か?」
「久し振りに遠隔で浄化をしたから疲れたみたい。ゆっくり戻るから大丈夫よ」
「カレイア、テアの事は私が教室まで送ろう」
申し出てきたクリストフ殿下があまりにも優しく微笑んでくるものだから、その腕を取る事にした。少し心の中にアベルへの反発精神があったのかもしれないが、そんな事をしても心の中は晴れる事はなかった。
「アベルの奴、テアにあんな顔させやがって」
カレイアは拳をぎゅっと握り締めると、大きく一歩を踏み出した。
「待ってカレイア! 言葉遣いが怖くなっているよ! まさか剣でアベルをブスッとするつもりじゃないよね? 落ち着こう、一旦深呼吸だ!」
殺気だったカレイアの目には涙が溜まっていた。
「リヒャ、あんまりだ。今更テア以外の許嫁だなんて……」
リヒャルドはカレイアをそっと腕の中に収めると、宥めるように背中をポンポンと叩いた。
「アベルだってテアの事が好きなんだから、来年テアが婚約者に指名されれば全て落ち着くよ」
「……もしリヒャルドが私以外にも許嫁を作りたい時にはちゃんと事前に言ってくれ」
「ありえない!」
「それでも叔父様が決めたらリヒャには覆せないだろ」
「それはないかな……」
よく聞こえなかったのか、カレイアは腕の中からもぞっと身を動かすとアーモンド型の目で見上げた。リヒャルドの呻くような声が一瞬漏れたが、すぐに取り繕われた表情には満面の笑顔が浮かんでいた。
「大丈夫だから安心して。僕はカレイア以外を妻にする事は絶対にないよ」
「ん、分かっている」
すると再びリヒャルドの胸に顔を戻した。
「カ、カレイア! 愛して……」
腕にギュッと力を込めようとした時、カレイアはとっさにその胸に手を突いて離れた。
「まずい、授業に戻るぞ! それじゃあリヒャまた今度!」
去っていくカレイアの後ろ姿を見つめながら、「また今度? お昼じゃなくて?」そう呟いた。
「君達は入学早々騒がしいな」
「学園長、立ち聞きなんて悪趣味ですね」
「気を利かせてあげたんじゃないか」
「僕としてはカレイアのあんなに可愛らしい姿を誰にも見せたくありませんでしたよ。……アベルの件、入学前からご存知でしたね?」
形の良い眉が僅かに上がったが、相変わらず読めない表情をしていた。
「アベル君は悪くない。殴られる義理もない。むしろ問題なのはテア君の方だね。嫁いだ貴族女性の中にはテア君が今回感じたような葛藤を抱えたまま上手に結婚生活を送っている者達が大勢いる。そんな貴族社会に一石を投じるような問題行動だったんだよ。この事実は近い内に社交界を振るがすだろうね」
「成程、そういう訳ですか」
リヒャルドはわざとらしくうんうんと頷いた。
「少なからず学園長もご自身のご結婚の中で感じる物があると。でも奥様方は我慢して良き妻を演じてくれている、そう思われているのですね? でも僕からしたらそれはもう結婚生活が破綻しているように思います」
「君はまだ結婚していないから分からないだろうが、世継ぎを作るというのは当主として当たり前の責任なんだ。いずれ結婚すれば分かる時が来る。理想だけではどうする事も出来ないのだと」
するとリヒャルドはクスッと笑った。
「リヒャルド君、何がおかしいのかな?」
「いえ、僕はただ何があってもカレイア意外を妻に迎えるつもりはありませんので、少々お考えが理解しがたかっただけです」
「そんな事を言って、もし子が出来なかった場合はどうするつもりなんだ?」
「僕はすでに父とこの話をしており、万が一の時は弟に家門を譲ると、そう念書も書いて渡してあるんですよ」
「馬鹿な……」
「馬鹿で結構です。愛する人を不幸にする爵位なら僕はいりません」
綺麗な会釈をすると、リヒャルドは聖堂を後にした。
「綺麗事だな」
長椅子に横たわっていた男は大きな欠伸をしながら起き上がった。
「いらしたんですか」
「折角昼寝してたのに、煩い餓鬼共のせいで目が覚めた」
「ここは神聖な聖堂ですよ。お昼寝に使わないで下さい」
「いいじゃん。この時間は誰も来ないんだし」
立ち上がった高身長の男は、ゴキゴキと肩を回しながらパッと振り返った。
「あ、そうそう。後で例の物届けてくれよな」
「それなら今お渡します。あ、どこに行くんです? ヘッセン先生!?」
しかしヘッセンと呼ばれた男性は、長い足であっという間に聖堂を出て行ってしまった。
「クリストフ殿下にご挨拶申し上げます」
テアとリヒャルドが胸に手を当てて挨拶すると、三年生のクリストフは優しい笑みを浮かべて軽く手を振ると、奥に来るように合図をしてきた。黒い瞳に黒い髪はどこにいても目立つ姿で神秘的だった。この部屋に入れるのは王家の者と神官長のエアリス、そして公爵三家の血を引く者だけ。窓はステンドグラスになっており、光は入るが中の様子は見えない造りになっている。壁には王家の紋章と公爵三家の紋章、そして祭壇には大地の精霊に捧げられた宝石の数々が山のように置かれていた。
机の上にはこの国の地図が広げられ、各地から集められた土が大きな地図上の上に敷き詰められている。カレイアはその地図を見下ろしながら指を差した。
「これを見てみろ」
リヒャルドと一緒に地図を覗き込むと、そこには各地にポツポツと黒い点が点在していた。
「“大地の澱”だ。こんなにも急激に増えたのは私達の代では初めてだな」
カレイアは冷静に言っているように見えるが明らかに点が多い箇所がある。それはこの国の最南端に位置するカレイアの家門が統治する領地、シュヴァルツ領だった。逆三角のようか形をしているこの国は、テアの家門が治めるヴァイスヴァルト領と王都そしてリヒャルドの家門が治めるシェーンヴァルト領はほぼ横一線になっており、シュヴァルツ領だけが離れて南下した位置に属している。それ以外にも細かに領地は分かれてはいるが、三家が占める割合は大きい。そしてその広大な領地には数カ所、黒く変色した土があった。
「冬の間にもカレイアがしっかりと領地を浄化していたというし、不自然だね」
クリストフの声色は至って優しいもので、カレイアに絶大なる信頼があるようだった。
「町や村が飲まれて森が広がっていてもおかしくないわね」
しまったと思ったが、すかさずびくりと跳ねたカレイアの肩を引き寄せるようにリヒャルドが手を回した。
「取り敢えず優先すべきはここでしっかりと清める事だよ。三人共、準備はいい?」
温厚なクリストフが場を仕切るとカレイアは気を引き締めたような目つきに変わった。確かにここで予測を立てても仕方がない。シュヴァルツ領へ向かうには途中で馬を変えたとしても四日は掛かる。馬車で向かうならもっとだ。気掛かりだったとしても今ここで出来る事をするしかなかった。
「カレイア、不安な気持ちは分かるけれど今は集中しましょう」
「そうだな。皆頼む」
三人は地図を囲むようにテアが西、東にリヒャルド、そして南にカレイアが立ち、クリストフが祭壇から水晶と取り出すと、地図上にポツポツと置いていく。三人は地図に手を翳すと声を揃えた。
「「「歩む者、境界を超える者、生まれ変わる者、闇を抱く者、その純然たる可能性を我がゼーレと共に大精霊コブに捧げよ。さすらば大地は清められん!」」」
黒い点は吸い込まれるように水晶に引っ張られていき、地図上に点在していた点は消えていた。そして白かった水晶にじわりとした黒い滲みが広がっていく。クリストフはそれらを元あった場所に戻した。
「殿下、大丈夫ですか?」
「もちろんだよ。聖女の血を引いている私には造作も無いさ」
「……私は一度領地に帰ろうと思う。入学早々申し訳ない。クリストフ殿下、ご許可を頂けますでしょうか?」
「う~ん、それは学園長に聞いてみないとなんとも言えないかな。だけどまずはシュヴァルツ公爵に手紙を送ってみるのはどうだろうか? 幸いにも浄化は済んだし、こちらの状況報告とそちらの最新の情報を照らし合わせてからでも遅くないと思うよ」
「確かに、殿下の仰る通りですね。私は少し焦っていたようです。さすがはクリストフ殿下ですね!」
そう言って頭を下げると、美しい笑みで笑った。
「ちょ、カレイア!? そういう顔を他の男性に見せるのはあまりよくないんじゃないかな? そりゃクリストフ殿下はすでに婚約者もいるから気にされないだろうけど、今後勘違いをする輩も増えるかもしれないからね? クリストフ殿下は大丈夫だろうけど!」
「……テア、リヒャは何を言っているんだ?」
「落ち着けリヒャルド。カレイアはお前一筋じゃないか」
クリストフの言葉にパッと顔を輝かせたものの、カレイアの複雑そうな表情にすぐに枯れた花のように萎んでしまった。
「どこがです? カレイアは一途なんじゃなくて誰にも興味がないんですよ。だから僕も安心していたんです。……あ、言ってて悲しくなってきたな」
しかしテアはそのやり取りすらも仲睦まじく見えてしまい、今は苦しくて部屋を出てしまった。
「テア! 待ってくれ!」
聖堂の中はよく声が響く。後を追ってきたカレイアは心配そうに前に回ると見上げてきた。
「アベルの事は聞いたよ。私はテアを傷つける奴は許さない。この手で斬りたいくらいだ」
「斬りたいなんて物騒よ。別に罪を犯した訳でもないのに」
「テアをこんな風に傷付けるのは罪だろ!」
「でも学園長はそうは思っていないみたい。きっと他の男子生徒や大人達もそうなのよ。アベルは間違った事はしていないって」
笑ってみせたが上手く出来たかは分からなかった。
「テア、無理して笑わなくていいんだ」
「大丈夫よ。浄化も済んだし教室に戻るわ」
カレイアを避けて足を踏み出した瞬間、僅かに足がもつれてしまった。
「テア! 大丈夫か?」
「久し振りに遠隔で浄化をしたから疲れたみたい。ゆっくり戻るから大丈夫よ」
「カレイア、テアの事は私が教室まで送ろう」
申し出てきたクリストフ殿下があまりにも優しく微笑んでくるものだから、その腕を取る事にした。少し心の中にアベルへの反発精神があったのかもしれないが、そんな事をしても心の中は晴れる事はなかった。
「アベルの奴、テアにあんな顔させやがって」
カレイアは拳をぎゅっと握り締めると、大きく一歩を踏み出した。
「待ってカレイア! 言葉遣いが怖くなっているよ! まさか剣でアベルをブスッとするつもりじゃないよね? 落ち着こう、一旦深呼吸だ!」
殺気だったカレイアの目には涙が溜まっていた。
「リヒャ、あんまりだ。今更テア以外の許嫁だなんて……」
リヒャルドはカレイアをそっと腕の中に収めると、宥めるように背中をポンポンと叩いた。
「アベルだってテアの事が好きなんだから、来年テアが婚約者に指名されれば全て落ち着くよ」
「……もしリヒャルドが私以外にも許嫁を作りたい時にはちゃんと事前に言ってくれ」
「ありえない!」
「それでも叔父様が決めたらリヒャには覆せないだろ」
「それはないかな……」
よく聞こえなかったのか、カレイアは腕の中からもぞっと身を動かすとアーモンド型の目で見上げた。リヒャルドの呻くような声が一瞬漏れたが、すぐに取り繕われた表情には満面の笑顔が浮かんでいた。
「大丈夫だから安心して。僕はカレイア以外を妻にする事は絶対にないよ」
「ん、分かっている」
すると再びリヒャルドの胸に顔を戻した。
「カ、カレイア! 愛して……」
腕にギュッと力を込めようとした時、カレイアはとっさにその胸に手を突いて離れた。
「まずい、授業に戻るぞ! それじゃあリヒャまた今度!」
去っていくカレイアの後ろ姿を見つめながら、「また今度? お昼じゃなくて?」そう呟いた。
「君達は入学早々騒がしいな」
「学園長、立ち聞きなんて悪趣味ですね」
「気を利かせてあげたんじゃないか」
「僕としてはカレイアのあんなに可愛らしい姿を誰にも見せたくありませんでしたよ。……アベルの件、入学前からご存知でしたね?」
形の良い眉が僅かに上がったが、相変わらず読めない表情をしていた。
「アベル君は悪くない。殴られる義理もない。むしろ問題なのはテア君の方だね。嫁いだ貴族女性の中にはテア君が今回感じたような葛藤を抱えたまま上手に結婚生活を送っている者達が大勢いる。そんな貴族社会に一石を投じるような問題行動だったんだよ。この事実は近い内に社交界を振るがすだろうね」
「成程、そういう訳ですか」
リヒャルドはわざとらしくうんうんと頷いた。
「少なからず学園長もご自身のご結婚の中で感じる物があると。でも奥様方は我慢して良き妻を演じてくれている、そう思われているのですね? でも僕からしたらそれはもう結婚生活が破綻しているように思います」
「君はまだ結婚していないから分からないだろうが、世継ぎを作るというのは当主として当たり前の責任なんだ。いずれ結婚すれば分かる時が来る。理想だけではどうする事も出来ないのだと」
するとリヒャルドはクスッと笑った。
「リヒャルド君、何がおかしいのかな?」
「いえ、僕はただ何があってもカレイア意外を妻に迎えるつもりはありませんので、少々お考えが理解しがたかっただけです」
「そんな事を言って、もし子が出来なかった場合はどうするつもりなんだ?」
「僕はすでに父とこの話をしており、万が一の時は弟に家門を譲ると、そう念書も書いて渡してあるんですよ」
「馬鹿な……」
「馬鹿で結構です。愛する人を不幸にする爵位なら僕はいりません」
綺麗な会釈をすると、リヒャルドは聖堂を後にした。
「綺麗事だな」
長椅子に横たわっていた男は大きな欠伸をしながら起き上がった。
「いらしたんですか」
「折角昼寝してたのに、煩い餓鬼共のせいで目が覚めた」
「ここは神聖な聖堂ですよ。お昼寝に使わないで下さい」
「いいじゃん。この時間は誰も来ないんだし」
立ち上がった高身長の男は、ゴキゴキと肩を回しながらパッと振り返った。
「あ、そうそう。後で例の物届けてくれよな」
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