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城主は乞食
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「ええい、忌々しい乞食猿めがっ」
怒鳴り声と共に盃が地面へと叩きつけられた。昨夜の雨に抜かるんだ地面。金銀で拵えられた名器が泥に塗れた。
「御見苦しいですぞ、若、左様なお振舞では勝てる戦も…」
「儂は既に家督を継いでおる、若などと呼ぶでないわっ」
まだ三十路にも届かぬ若輩なれども若と呼ばれたこの男、中国八ヶ国を治める大大名にして、謀聖と謳われる尼子伊予守経久が孫、尼子修理大夫詮久、その人。
また、これを諫めたは兄経久と共に尼子の時代を築き、家中の精鋭を集めた新宮党を率いる尼子下野守久幸である。
「義は我らにあるはず、当家が目をかけてやった恩も忘れる不忠毛利など、犬畜生も同然ではないか」
裏切りの国人、憎き毛利を成敗してくれんと血気に逸った若獅子が安芸へと進軍しふた月。吉田の荘たったひとつを治める小勢に対し、大きな戦果を挙げることすら叶わず、その猛りを持て余していた。
「小早川、熊谷、宍戸、天野まで、何故国衆が奴に与する、まるで大名気取りぞ」
「では、殿、申し上げます。あの毛利の弓取り、国衆家人は言わずもがな民草ですら味方につけ、我ら万の軍勢を前に臆せず、女子供すら白刃に身を晒す覚悟」
言いながら久幸が詮久の前に進み出でて、先の盃を拾い上げた。だが、詮久は黙ってその様子を見つめている。
「彼の城をとくとご覧じよ」
久幸が盃の泥を優しく拭い、叱るような目つきで詮久の眼を見据えるも、詮久は何も言わず、ただ言われた通りそれを見下ろした。
現在、尼子軍が本陣を敷く青山からは敵城がよく見え、だからこそ手が届きそうで届かない口惜しさに詮久の身は痒い。行き場のない苛立ちと強かに脈打つ血潮が詮久を狂わせる。
「我らが尼子と大内家を手玉にとる神算鬼謀、敵ながらも良き手本となされませ」
「手本とな」
苦虫をつぶす詮久に構わず久幸は続ける。
「ひいては御先代ですら計略で敗れたことをゆめゆめお忘れなきよう・・・お頼み申し上げる」
詮久は久幸がゆっくりと頭を下げるのを背中で感じた。先代経久を引き合いに出す久幸の諫言が詮久の肚をどんと打ちはしたものの、詮久は表情が崩れそうになるのをぐっと堪えた。
本陣青山の麓に流れる多治比川の向かい側、そびえ立つは吉田郡山城。
なんの変哲もない山城でありながら、久幸の言う通り守り固く、士気高々。
単純なことではあるがそれが詮久には不気味な恐ろしさにも思え、またそれが敵と自分との差であるという考えにも至る。
詮久とて経久の孫、愚かではない。だが不安を振り払おうと怒鳴り散らしてしまうほどには若く、青い。
「おい、助四郎」
「はっ、お呼びでしょうか」
さきほどから幕の外で控えていたのか詮久が久幸越しに呼ばわると、男が一人陣内に入って来た。
色白く、細い腰。とても武家の男とは思えぬ身なり。二人の言い合いを聞いていたのであろう、その身を強く強張らせている。
「あの乞食猿はこの青山に陣を敷かれると困る、そう嘆いていたのだな」
「はっ、この耳でしかと」
詮久の前で跪く助四郎はわざとらしく右耳を引っ張て答えた。この男なりに場を和ませようと、少しだけひょうきんを演じてみたものの、焼石に水。
「槍だ弓だと、駆け回るだけが戦の全てではないのう、爺よ」
「…おっしゃる通りでございますな」
嫌味ったらしい詮久の言葉に少し間を置きながらも久幸は嫌な顔ひとつせず頷くと、感情を表に出さない老練さを苦々しく思いながらも詮久はとりあえず溜飲を下げた。
「痛みに耐えた甲斐があったではないか、助四郎よ」
振り向き、にやけて調子の良いことを言う詮久の面に拳を打ち込みたい衝動を抑え込みながら助四郎は口だけで笑った。
所詮は父祖の威勢を借りて威張り散らすだけの男だ、そう強く念じながら。
「それがしが赤壁の黄蓋なれば、殿こそは美周郎」
尼子家という大きな家の中で祐筆という職にありつけているのだから、隠居するまで愛想笑いをしていればよい。助四郎とはそのような男であった。
「爺、薬師を呼んで、腹の痣を見せやれ、おそらくこの戦の第一功じゃ」
満足気な詮久を独り残し、久幸、助四郎の二人は幕をくぐり出た。
今回の密名は、助四郎本人にとって迷惑以外なにものでもなかった。
詮久は家臣団の前で助四郎の些細な失敗を咎め、一刻ほど蹴り続けるという蛮行に至った。そして、助四郎は尼子の内情という土産を引っさげて、大内家へと寝返った毛利家に入ったのである。
こうして、周瑜気取りの馬鹿息子に付き合う羽目になったのだが、蹴り続けられてできた腹の痣を見た敵将、毛利元就は彼を暖かく迎え入れ、標高の高い青山に尼子が陣取れば困ると助四郎に吐露。
そして尼子軍が手始めに、郡山城の北西一里の風越山に布陣したのを確認すると、助四郎は郡山城を脱出、風越山を登った。
当然、詮久は我が意を得たりと悦に入り、尼子軍は青山へと陣替えを済ませ今に至る。
「薬を塗っても痣は少しのこるそうだ、済まぬな助四郎、祐筆のお主にこんなことまで」
「いえ、これもお役目でありますれば」
久幸が呼んだ薬師は、手際よくすり潰した薬草を腹に塗り、布を巻きつけるとそそくさと去っていった。
他にも尼子軍には矢傷刀傷で苦しむ者多数あれば当然である。士気の低い大軍に薬師は何人いても足りないのだ。
「冷えるのう、ついでに温かいものでも如何か」
「下野守様、よろしいので」
「ああ、といっても吉川の陣に呼ばれておるだけだがな、お主一人分ほどは余計にあるであろう」
「それではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
二人は吉川の陣へと歩き始めた。その間ずっと彼の城が視界の端に居座り続く。
(大江流軍学も大したことはないのう)
吉田郡山城を見下ろしながら、助四郎は間者になっていたころを思い出した。
道すがら、本陣を囲む国衆はこの戦でいかに武功を立てるかなどと話題にしているのが聞こえたものの、助四郎にとって戦はもう終わったも同然。
(早う、富田に帰りたいものだ)
助四郎だけでなく皆負けるなどということは毛ほどにも思い浮かばない。
助四郎は溺愛する娘の顔を寒空に描きながら、国衆、吉川家の陣でぼたん鍋を味わった。
「ずいぶんと焼けたのう、ほとんど灰ではないか」
郡山中腹の尾崎丸。
その櫓から身を乗り出して男がぼやいた。
他人ごとのようでもあり、鈍く諦観の念が漂っている声色。
さらにその質素で小ざっぱりした身なりは百姓というよりも山中で修業に励む禅僧のようである。
男が見ているのは尼子軍に放火された城下の家屋に土倉酒屋。
大内氏館に加えて南蛮の寺を要する豪華絢爛な山口城下とは比べることなどできようもないが、それでも安芸吉田の民にとっては唯一の盛り場であった。
それを尼子方は包囲早々に焼いたのである。
西日で茜色に染まった町並は、今も火に包まれているように見え、男はその時の情景を先ほどから思い出しているのだった。
「ん?」
男が不意に振り向いた。
「うっ…」
振り向いた先にはちょうど戦装束の小柄な青年が櫓の梯子を登って来て顔を出したところであった。
殿っ、と声をかけようと思ったところ、ちょうど男の凝視する目に気が打たれ、間が抜けてしまったのだ。
「んん…ご報告、申し上げます」
青年は咳払いをした後にそう告げると、梯子を登り切って櫓の中に入った。
「尼子方、風越山から青山に陣変え、夜営の準備に取り掛かりました」
「うむ」
男はゆっくりと使いに向かって頷いた。
「して、主家からはどうじゃ」
「それが…」
使いの青年は拳を握りしめた。
「銀山城の武田にどうやら苦戦しておるようで」
「そうかそうか」
男は使いの肩に手を遣ると、やさしく微笑んだ。
「殿…」
「万の軍勢に囲まれようとも、そなたはそなたの働きをすればよい、あまり気を揉むな長い戦だ」
使いの目にうっすらと涙が滲み始め、手の力が和らいだ。
「最後はこの首ひとつで片が付く」
男が軽々と笑いあげながら、相手の肩に置いていた手を戻し、トントンと指で自分の首を叩いた。
「さればそれがしもお供致しましょう」
青年の目は本気である。
「それは頼もしいのう」
「では…」
一礼して使いがその場を去ろうとしたその時、獣とも鬼ともつかない大音声が郡山全体に響き渡った。
「父上ぇぇえええええーーー」
男はこの声を聞くと、ため息をついて額を押さえた。
「退けい、通せぇ」
声の主は尾崎丸に入るや足軽達を押しのけ梯子へと駆け寄り、ずかずかと音を立てて登って来た。足軽の乱捕りですらもっと静かなものだが。
「父上、この少輔次郎に兵を下され、必ずや助四郎の首を挙げましょうぞ」
声の主は男の前へと詰め寄ると、思いのたけをぶちまけた。
少輔次郎、熊を思わせる体躯に、虎の形相。しかしよく見れば顔のつくりは少年のそれである。
「兄上、それでは元の話と違いますな」
次郎の背中からひょっこりと童が顔を出した。
「徳、次郎を止めぬか」
童の顔を認めると男はうんざりしたように吐捨てた。
「兄上を止めるなどと、この身に出来ようはずもなく」
抱きついていた次郎の背中を跳び上がると、徳と呼ばれた童は次郎の横に着地した。後ろでひとつに束ねられた艶やかな髪が撥ね回る。
「して、二人ともなんの用かの」
「尼子が青山に陣取ったは、あの優男が裏切ったからとか」
「ああ、そうだな」
次郎の問い詰めに男は顎鬚を撫でつつ答えた。
「にも関わらず、徳寿丸はこれでよいのだなどと」
次郎は徳寿丸と呼ぶ童の衿首を掴んで、ぐいと引き寄せ、父の前に差し出した。
しかし、徳寿丸はといえば、足は浮き衣に吊られながらも平然としている。
「反間の計にございましょう」
徳寿丸が父に向かって、涼やかな声を響かせた。
「徳、いつ孫子を読んだ?」
「字はまだ読めませぬが、兄上が手習いしていた側で遊んでましたので」
「聡い子よのう」
男が感嘆しながら、徳寿丸を次郎から抱えた。
「なれど、父上」
次郎が割って入った。
「尼子に青山に陣取らせたはいかなる理にありましょうや、彼の山は郡山よりも高く川に囲ま・・・」
次郎のまくしたてる口を徳寿丸が手で制した。
「さしずめ尼子は街亭の馬謖、高ければ良いということではありませぬ」
「はっはっはっは、末は孔明か仲達か、この父も徳の才が恐ろしいわい」
この徳寿丸、後に豊臣政権において徳川家康、前田利家らとともに大老の一角を占め、日ノ本の西を任せると秀吉に言わしめた仁義の智将、小早川隆景である。
そしてこの麒麟児の名を冠された弟に負けじと弛まぬ努力を続ける少輔次郎、智勇兼備の名将となり鬼吉川と恐れられる吉川元春。
中国の覇者たる毛利本家を支える両川も初めての戦である。
両者それぞれの心持で臨むもまだ七つと十。この戦、寄せ手の総大将が尼子修理大夫詮久を迎え撃つは兄弟が父と慕う、この男。
乞食若殿と揶揄された臥薪嘗胆の日々に耐え、後世において西国桶狭間と称される有田中井田の戦いで華々しく初陣を飾り、数寄も芸にもわき目を振らず、ひたすら武略、計略、調略を業とする日輪の化身、毛利治部少輔元就。
怒鳴り声と共に盃が地面へと叩きつけられた。昨夜の雨に抜かるんだ地面。金銀で拵えられた名器が泥に塗れた。
「御見苦しいですぞ、若、左様なお振舞では勝てる戦も…」
「儂は既に家督を継いでおる、若などと呼ぶでないわっ」
まだ三十路にも届かぬ若輩なれども若と呼ばれたこの男、中国八ヶ国を治める大大名にして、謀聖と謳われる尼子伊予守経久が孫、尼子修理大夫詮久、その人。
また、これを諫めたは兄経久と共に尼子の時代を築き、家中の精鋭を集めた新宮党を率いる尼子下野守久幸である。
「義は我らにあるはず、当家が目をかけてやった恩も忘れる不忠毛利など、犬畜生も同然ではないか」
裏切りの国人、憎き毛利を成敗してくれんと血気に逸った若獅子が安芸へと進軍しふた月。吉田の荘たったひとつを治める小勢に対し、大きな戦果を挙げることすら叶わず、その猛りを持て余していた。
「小早川、熊谷、宍戸、天野まで、何故国衆が奴に与する、まるで大名気取りぞ」
「では、殿、申し上げます。あの毛利の弓取り、国衆家人は言わずもがな民草ですら味方につけ、我ら万の軍勢を前に臆せず、女子供すら白刃に身を晒す覚悟」
言いながら久幸が詮久の前に進み出でて、先の盃を拾い上げた。だが、詮久は黙ってその様子を見つめている。
「彼の城をとくとご覧じよ」
久幸が盃の泥を優しく拭い、叱るような目つきで詮久の眼を見据えるも、詮久は何も言わず、ただ言われた通りそれを見下ろした。
現在、尼子軍が本陣を敷く青山からは敵城がよく見え、だからこそ手が届きそうで届かない口惜しさに詮久の身は痒い。行き場のない苛立ちと強かに脈打つ血潮が詮久を狂わせる。
「我らが尼子と大内家を手玉にとる神算鬼謀、敵ながらも良き手本となされませ」
「手本とな」
苦虫をつぶす詮久に構わず久幸は続ける。
「ひいては御先代ですら計略で敗れたことをゆめゆめお忘れなきよう・・・お頼み申し上げる」
詮久は久幸がゆっくりと頭を下げるのを背中で感じた。先代経久を引き合いに出す久幸の諫言が詮久の肚をどんと打ちはしたものの、詮久は表情が崩れそうになるのをぐっと堪えた。
本陣青山の麓に流れる多治比川の向かい側、そびえ立つは吉田郡山城。
なんの変哲もない山城でありながら、久幸の言う通り守り固く、士気高々。
単純なことではあるがそれが詮久には不気味な恐ろしさにも思え、またそれが敵と自分との差であるという考えにも至る。
詮久とて経久の孫、愚かではない。だが不安を振り払おうと怒鳴り散らしてしまうほどには若く、青い。
「おい、助四郎」
「はっ、お呼びでしょうか」
さきほどから幕の外で控えていたのか詮久が久幸越しに呼ばわると、男が一人陣内に入って来た。
色白く、細い腰。とても武家の男とは思えぬ身なり。二人の言い合いを聞いていたのであろう、その身を強く強張らせている。
「あの乞食猿はこの青山に陣を敷かれると困る、そう嘆いていたのだな」
「はっ、この耳でしかと」
詮久の前で跪く助四郎はわざとらしく右耳を引っ張て答えた。この男なりに場を和ませようと、少しだけひょうきんを演じてみたものの、焼石に水。
「槍だ弓だと、駆け回るだけが戦の全てではないのう、爺よ」
「…おっしゃる通りでございますな」
嫌味ったらしい詮久の言葉に少し間を置きながらも久幸は嫌な顔ひとつせず頷くと、感情を表に出さない老練さを苦々しく思いながらも詮久はとりあえず溜飲を下げた。
「痛みに耐えた甲斐があったではないか、助四郎よ」
振り向き、にやけて調子の良いことを言う詮久の面に拳を打ち込みたい衝動を抑え込みながら助四郎は口だけで笑った。
所詮は父祖の威勢を借りて威張り散らすだけの男だ、そう強く念じながら。
「それがしが赤壁の黄蓋なれば、殿こそは美周郎」
尼子家という大きな家の中で祐筆という職にありつけているのだから、隠居するまで愛想笑いをしていればよい。助四郎とはそのような男であった。
「爺、薬師を呼んで、腹の痣を見せやれ、おそらくこの戦の第一功じゃ」
満足気な詮久を独り残し、久幸、助四郎の二人は幕をくぐり出た。
今回の密名は、助四郎本人にとって迷惑以外なにものでもなかった。
詮久は家臣団の前で助四郎の些細な失敗を咎め、一刻ほど蹴り続けるという蛮行に至った。そして、助四郎は尼子の内情という土産を引っさげて、大内家へと寝返った毛利家に入ったのである。
こうして、周瑜気取りの馬鹿息子に付き合う羽目になったのだが、蹴り続けられてできた腹の痣を見た敵将、毛利元就は彼を暖かく迎え入れ、標高の高い青山に尼子が陣取れば困ると助四郎に吐露。
そして尼子軍が手始めに、郡山城の北西一里の風越山に布陣したのを確認すると、助四郎は郡山城を脱出、風越山を登った。
当然、詮久は我が意を得たりと悦に入り、尼子軍は青山へと陣替えを済ませ今に至る。
「薬を塗っても痣は少しのこるそうだ、済まぬな助四郎、祐筆のお主にこんなことまで」
「いえ、これもお役目でありますれば」
久幸が呼んだ薬師は、手際よくすり潰した薬草を腹に塗り、布を巻きつけるとそそくさと去っていった。
他にも尼子軍には矢傷刀傷で苦しむ者多数あれば当然である。士気の低い大軍に薬師は何人いても足りないのだ。
「冷えるのう、ついでに温かいものでも如何か」
「下野守様、よろしいので」
「ああ、といっても吉川の陣に呼ばれておるだけだがな、お主一人分ほどは余計にあるであろう」
「それではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
二人は吉川の陣へと歩き始めた。その間ずっと彼の城が視界の端に居座り続く。
(大江流軍学も大したことはないのう)
吉田郡山城を見下ろしながら、助四郎は間者になっていたころを思い出した。
道すがら、本陣を囲む国衆はこの戦でいかに武功を立てるかなどと話題にしているのが聞こえたものの、助四郎にとって戦はもう終わったも同然。
(早う、富田に帰りたいものだ)
助四郎だけでなく皆負けるなどということは毛ほどにも思い浮かばない。
助四郎は溺愛する娘の顔を寒空に描きながら、国衆、吉川家の陣でぼたん鍋を味わった。
「ずいぶんと焼けたのう、ほとんど灰ではないか」
郡山中腹の尾崎丸。
その櫓から身を乗り出して男がぼやいた。
他人ごとのようでもあり、鈍く諦観の念が漂っている声色。
さらにその質素で小ざっぱりした身なりは百姓というよりも山中で修業に励む禅僧のようである。
男が見ているのは尼子軍に放火された城下の家屋に土倉酒屋。
大内氏館に加えて南蛮の寺を要する豪華絢爛な山口城下とは比べることなどできようもないが、それでも安芸吉田の民にとっては唯一の盛り場であった。
それを尼子方は包囲早々に焼いたのである。
西日で茜色に染まった町並は、今も火に包まれているように見え、男はその時の情景を先ほどから思い出しているのだった。
「ん?」
男が不意に振り向いた。
「うっ…」
振り向いた先にはちょうど戦装束の小柄な青年が櫓の梯子を登って来て顔を出したところであった。
殿っ、と声をかけようと思ったところ、ちょうど男の凝視する目に気が打たれ、間が抜けてしまったのだ。
「んん…ご報告、申し上げます」
青年は咳払いをした後にそう告げると、梯子を登り切って櫓の中に入った。
「尼子方、風越山から青山に陣変え、夜営の準備に取り掛かりました」
「うむ」
男はゆっくりと使いに向かって頷いた。
「して、主家からはどうじゃ」
「それが…」
使いの青年は拳を握りしめた。
「銀山城の武田にどうやら苦戦しておるようで」
「そうかそうか」
男は使いの肩に手を遣ると、やさしく微笑んだ。
「殿…」
「万の軍勢に囲まれようとも、そなたはそなたの働きをすればよい、あまり気を揉むな長い戦だ」
使いの目にうっすらと涙が滲み始め、手の力が和らいだ。
「最後はこの首ひとつで片が付く」
男が軽々と笑いあげながら、相手の肩に置いていた手を戻し、トントンと指で自分の首を叩いた。
「さればそれがしもお供致しましょう」
青年の目は本気である。
「それは頼もしいのう」
「では…」
一礼して使いがその場を去ろうとしたその時、獣とも鬼ともつかない大音声が郡山全体に響き渡った。
「父上ぇぇえええええーーー」
男はこの声を聞くと、ため息をついて額を押さえた。
「退けい、通せぇ」
声の主は尾崎丸に入るや足軽達を押しのけ梯子へと駆け寄り、ずかずかと音を立てて登って来た。足軽の乱捕りですらもっと静かなものだが。
「父上、この少輔次郎に兵を下され、必ずや助四郎の首を挙げましょうぞ」
声の主は男の前へと詰め寄ると、思いのたけをぶちまけた。
少輔次郎、熊を思わせる体躯に、虎の形相。しかしよく見れば顔のつくりは少年のそれである。
「兄上、それでは元の話と違いますな」
次郎の背中からひょっこりと童が顔を出した。
「徳、次郎を止めぬか」
童の顔を認めると男はうんざりしたように吐捨てた。
「兄上を止めるなどと、この身に出来ようはずもなく」
抱きついていた次郎の背中を跳び上がると、徳と呼ばれた童は次郎の横に着地した。後ろでひとつに束ねられた艶やかな髪が撥ね回る。
「して、二人ともなんの用かの」
「尼子が青山に陣取ったは、あの優男が裏切ったからとか」
「ああ、そうだな」
次郎の問い詰めに男は顎鬚を撫でつつ答えた。
「にも関わらず、徳寿丸はこれでよいのだなどと」
次郎は徳寿丸と呼ぶ童の衿首を掴んで、ぐいと引き寄せ、父の前に差し出した。
しかし、徳寿丸はといえば、足は浮き衣に吊られながらも平然としている。
「反間の計にございましょう」
徳寿丸が父に向かって、涼やかな声を響かせた。
「徳、いつ孫子を読んだ?」
「字はまだ読めませぬが、兄上が手習いしていた側で遊んでましたので」
「聡い子よのう」
男が感嘆しながら、徳寿丸を次郎から抱えた。
「なれど、父上」
次郎が割って入った。
「尼子に青山に陣取らせたはいかなる理にありましょうや、彼の山は郡山よりも高く川に囲ま・・・」
次郎のまくしたてる口を徳寿丸が手で制した。
「さしずめ尼子は街亭の馬謖、高ければ良いということではありませぬ」
「はっはっはっは、末は孔明か仲達か、この父も徳の才が恐ろしいわい」
この徳寿丸、後に豊臣政権において徳川家康、前田利家らとともに大老の一角を占め、日ノ本の西を任せると秀吉に言わしめた仁義の智将、小早川隆景である。
そしてこの麒麟児の名を冠された弟に負けじと弛まぬ努力を続ける少輔次郎、智勇兼備の名将となり鬼吉川と恐れられる吉川元春。
中国の覇者たる毛利本家を支える両川も初めての戦である。
両者それぞれの心持で臨むもまだ七つと十。この戦、寄せ手の総大将が尼子修理大夫詮久を迎え撃つは兄弟が父と慕う、この男。
乞食若殿と揶揄された臥薪嘗胆の日々に耐え、後世において西国桶狭間と称される有田中井田の戦いで華々しく初陣を飾り、数寄も芸にもわき目を振らず、ひたすら武略、計略、調略を業とする日輪の化身、毛利治部少輔元就。
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恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。
こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。
しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。
焔と華 ―信長と帰蝶の恋―
幸
歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。
政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。
冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。
戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。
※全編チャットGPTにて生成しています
加筆修正しています
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
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すみません、間違えて「ネタバレ含む」にタッチして承認をしてしまいました。運営に問い合わせて、取り消せるか聞いてみます。
御指摘、ありがとうございます。間隔開けて編集してみます。
その後、内容についても感想頂けたらと思います。