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沢木一代は、金色の刺繍が施された革張りのソファにゆったりと体を沈め、朝のニュース番組を眺めていた。リビングはガラス製のペンダントライトの柔らかな光に照らされ、大理石調の置物や派手な西洋絵画が並ぶその部屋には、小金持ち特有の醜い豪華さが漂っている。壁際の棚には夫の遺影が飾られているが、埃をかぶり、一代自身ももう何ヶ月も手に取っていない。
彼女は上質なニットのカーディガンと落ち着いた色合いのスラックスという普段着で、髪は整えられているが、化粧だけはいつものように濃く鮮やかだった。小ぶりだが明らかに高価な指輪が、彼女の指で控えめに輝いている。
『青森市内の住宅地で熊の目撃が相次いでおり、市は住民の安全確保のため、猟友会に出動を要請しました。市民の皆様には、くれぐれも注意をお願いします』
テレビ画面に流れるニュースキャスターの言葉を聞くと、一代は眉間に深い皺を寄せ、すぐさまスマートフォンを掴み自治体へ電話をかけた。
「あのねぇ、また熊を殺すって言ってるけど、あなたたち、一体何考えてるのですか?」
電話口に出た職員は戸惑いを隠せず、「ええと、市民の安全を考えてやむを得ず対応している状況でして……」と説明しようとしたが、一代はそれを強い口調で遮った。
「熊だって生きているんです! あなたたち、可哀想だと思わないの? 動物を殺すなんて……。こんな非人道的な行為を許していいと思っているの?」
職員が控えめに「ですが、人に危害が及ぶ可能性もありまして……」と反論しかけるが、一代はさらに激しく責め立てる。
「私は元教師なの! 子どもたちに命の大切さを教えてきました! あなたたちはなんなの!? こんなことは絶対にあってはならないってことはわかる!? 小学生でもわかることがわからないなんて公務員の知能も落ちたものね!!」
勢いよく電話を切った一代だったが、怒りは収まらず、今度は猟友会の番号を押した。
「ちょっと、あなたたち猟友会は動物を殺すことしか考えてないわけ?恥ずかしくないの?」
猟友会の男性が苛立ちを隠さず返す。「奥さん、こっちだって市の要請でやってるんですよ。住民の安全が第一でしょうが」
「安全、安全って言えば何でも許されると思ってるの? あなたたち、撃ち殺すのが楽しいだけでしょう? 動物虐待が趣味なの? 趣味で動物を殺して回って恥ずかしくないの?」
男性が感情を抑えきれずに言い返した。「いい加減にしてくださいよ! こっちは危険な仕事なんです。そんな勝手なこと言われる筋合いはありません!」
「勝手なのはそっちでしょう!罪のない動物を平気で殺して楽しむなんて気が狂っているとしか思えない。SNSで全部拡散します! 世間に裁かれなさい!!」
怒りのまま電話を乱暴に切った一代は、息を整えるとソファに再び深く腰を下ろし、自身のXアカウントを開いた。
『青森市役所と猟友会に厳重に抗議しました! 無抵抗な動物を虐殺する非道な行為に対し、私は黙っていられません。これからも命を守るため、戦い続けます!』
文章を打ち込み投稿すると、次々と「いいね」がついていく。彼女の顔には使命を果たした満足感が浮かんだ。
続いて近所の主婦たちの投稿を眺め、その平凡な日常の自慢話に呆れ、鼻で笑った。
「あの人たち、本当に人生が退屈なのね。哀れ……」
そう呟く彼女の耳には、壁越しの隣家の笑い声すら苛立ちの種だった。
近所の人々と顔を合わせる時は、「まぁ、お宅のお庭は素敵ね」「いつもおしゃれね」と愛想よく振る舞っているが、内心では常に辛辣な批評を繰り返しているのだった。
その日もクレームを入れ終えると、まるで日課を終えたかのように表情を緩ませ、テレビをぼんやり眺め始める。
広い邸宅の中で、沢木一代の歪んだ日常は、今日も静かに過ぎていった。
彼女は上質なニットのカーディガンと落ち着いた色合いのスラックスという普段着で、髪は整えられているが、化粧だけはいつものように濃く鮮やかだった。小ぶりだが明らかに高価な指輪が、彼女の指で控えめに輝いている。
『青森市内の住宅地で熊の目撃が相次いでおり、市は住民の安全確保のため、猟友会に出動を要請しました。市民の皆様には、くれぐれも注意をお願いします』
テレビ画面に流れるニュースキャスターの言葉を聞くと、一代は眉間に深い皺を寄せ、すぐさまスマートフォンを掴み自治体へ電話をかけた。
「あのねぇ、また熊を殺すって言ってるけど、あなたたち、一体何考えてるのですか?」
電話口に出た職員は戸惑いを隠せず、「ええと、市民の安全を考えてやむを得ず対応している状況でして……」と説明しようとしたが、一代はそれを強い口調で遮った。
「熊だって生きているんです! あなたたち、可哀想だと思わないの? 動物を殺すなんて……。こんな非人道的な行為を許していいと思っているの?」
職員が控えめに「ですが、人に危害が及ぶ可能性もありまして……」と反論しかけるが、一代はさらに激しく責め立てる。
「私は元教師なの! 子どもたちに命の大切さを教えてきました! あなたたちはなんなの!? こんなことは絶対にあってはならないってことはわかる!? 小学生でもわかることがわからないなんて公務員の知能も落ちたものね!!」
勢いよく電話を切った一代だったが、怒りは収まらず、今度は猟友会の番号を押した。
「ちょっと、あなたたち猟友会は動物を殺すことしか考えてないわけ?恥ずかしくないの?」
猟友会の男性が苛立ちを隠さず返す。「奥さん、こっちだって市の要請でやってるんですよ。住民の安全が第一でしょうが」
「安全、安全って言えば何でも許されると思ってるの? あなたたち、撃ち殺すのが楽しいだけでしょう? 動物虐待が趣味なの? 趣味で動物を殺して回って恥ずかしくないの?」
男性が感情を抑えきれずに言い返した。「いい加減にしてくださいよ! こっちは危険な仕事なんです。そんな勝手なこと言われる筋合いはありません!」
「勝手なのはそっちでしょう!罪のない動物を平気で殺して楽しむなんて気が狂っているとしか思えない。SNSで全部拡散します! 世間に裁かれなさい!!」
怒りのまま電話を乱暴に切った一代は、息を整えるとソファに再び深く腰を下ろし、自身のXアカウントを開いた。
『青森市役所と猟友会に厳重に抗議しました! 無抵抗な動物を虐殺する非道な行為に対し、私は黙っていられません。これからも命を守るため、戦い続けます!』
文章を打ち込み投稿すると、次々と「いいね」がついていく。彼女の顔には使命を果たした満足感が浮かんだ。
続いて近所の主婦たちの投稿を眺め、その平凡な日常の自慢話に呆れ、鼻で笑った。
「あの人たち、本当に人生が退屈なのね。哀れ……」
そう呟く彼女の耳には、壁越しの隣家の笑い声すら苛立ちの種だった。
近所の人々と顔を合わせる時は、「まぁ、お宅のお庭は素敵ね」「いつもおしゃれね」と愛想よく振る舞っているが、内心では常に辛辣な批評を繰り返しているのだった。
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