1 / 1
果たしてトリは何者なのか
しおりを挟む「とりあえず、焼いてみればいいんじゃないですか?」
「……いやいやいや、ちょっと待て」
「ではやはり、煮た方がよろしいでしょうか?」
旅の最中、うっかり森に迷い込んでしまって空腹で歩き続けていた二人の目の前にはいま、鳥が横たわっている。
狩りで撃ち落としたわけではない。
テオの頭の上に、いきなり落ちてきたのだ。
上空では黒い大鷲が旋回しているから、おそらくあれにやられたのだろう。
落とした獲物を大鷲が狙っているのは確かだが、人間を警戒して、なかなか降りてはこない。
ジークハルトが睨むと、大鷲は怯えたように飛び去っていってしまった。
黙ってたたずんでいれば美女と見まごうほど美しい顔立ちをしたこの男だが、主人であるテオに危害が及びそうになる時には、別人のようにおそろしい形相を見せることがある。
テオがなんとも言えない面持ちでその様子を眺めていると、気を取り直した様子で「失礼しました」と言い、華やかな笑みを浮かべる。
二人の前には、まん丸とした小鳥が残された。
顔はひよこのように愛らしいが、頭には立派なトサカが三本あり、羽と尾はフクロウに似ている。
なんの鳥だろう、見たことがない。
「怪我をしているなら、手当てしてやった方がいいんじゃないのか……?」
「さすがテオ様、お優しい。しかし、目の前に落ちてきたのもなにかの縁。あなたの空腹を慰めるために食べてあげた方が、この鳥も喜ぶかと」
そうだろうか。
森を歩き続けて今日で三日。
持ち合わせていた食料は昨日で底をついた。
今日は川の水以外口にしていない。
食べ物が落ちてきたというなら幸運なことだが、テオにはどうしても、目の前の鳥を食べる気にはなれなかった。
「でも、小さいし、食べるところ、そんなになさそうだし……」
「こんなに丸々太っているのだから、脂もしっかりついていることでしょう。ご安心を。このジークハルトが完璧に骨から肉をそぎ落として、立派な焼き鳥にして差し上げましょう」
やっぱり焼くつもりなんだ。
ジークハルトの手先が器用なのは知っているが、目の前で小鳥を捌くところなど、できれば見たくはない。
「顔もなんだか可愛い気がするし……?」
「そんなことはありません。不遜な顔をしているではありませんか。可愛いというのなら、私に言ってください」
「……そうだな。かわいいかわいい」
めんどくさいので、ジークハルトの頭を撫でながらそう言ってやった。
テオは虚ろな目で、棒読み状態であったが、ジークハルトは嬉しそうにデレッとしている。
ジークハルトの身長はテオよりも二十センチほど高い。頭を撫でられるためにわざわざ頭を下げるところはちょっと可愛いと思った。
「……珍しい鳥だから、売ったら高くつくんじゃないのか?」
今すぐ殺すぐらいなら、売った方がまだ良心的だ。
テオは代案を出すことで説得にかかろうとした。
「そうかもしれませんね。でもテオ様は、ご実家に戻ればお金がたくさんあるではないですか」
テオは別に家出をしてきたわけではない。
世界のことをもっとよく知るために旅をしているだけだ。
確かに、金に困っているわけではない。
森を抜けてどこかの村にでも行けば、手持ちの宝石と食料を交換してもらえるだろう。
いま必要なのは、金よりも食料だ。
「大丈夫です。このわたくしが毒味もしっかりしますから……!」
ジークハルトが、腰に装備していた小型のナイフを振りかざした、その時――気絶していた鳥が目を覚ましてバタバタと暴れ出した。
「あ」
「ほ、ほらやっぱり、可哀想じゃないか!」
鳥は、片方の翼が傷ついていてうまく飛べないらしく、二人の目の前から逃げることもできずにあがいていた。
その哀れな姿に、テオはたまらず、鳥を胸に抱き込むようにして刃の脅威から守った。
「テオ様に庇われるなど……なんと羨ましい」
目つきが怖い。
本物の殺気を感じた。
「と、鳥よりも、魚が食べたい気分だなぁ……なんて」
とっさに適当なことを言い出したテオに、ジークハルトはすっと穏やかな表情に戻る。
「わかりました。さっき水を飲んだ川に戻って、釣りをしましょう」
たまに暴走気味になるが、基本的には物分かりがいいのがジークハルトの美点だ。
「とりあえずその鳥は、非常食として取っておくということで」
一瞬だけ鋭い眼差しを投げかけられて、鳥がビクリと震える。
「……とりあえず、命拾いしたな、おまえ」
魚を食べて元気を取り戻した鳥がいきなり人語を喋りはじめるのは、もう少しあとの話だ。
END
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる