果たしてトリは何者なのか

詩条夏葵

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果たしてトリは何者なのか

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「とりあえず、焼いてみればいいんじゃないですか?」

「……いやいやいや、ちょっと待て」
「ではやはり、煮た方がよろしいでしょうか?」

 旅の最中、うっかり森に迷い込んでしまって空腹で歩き続けていた二人の目の前にはいま、鳥が横たわっている。

 狩りで撃ち落としたわけではない。
 テオの頭の上に、いきなり落ちてきたのだ。

 上空では黒い大鷲が旋回しているから、おそらくあれにやられたのだろう。
 落とした獲物を大鷲が狙っているのは確かだが、人間を警戒して、なかなか降りてはこない。
 ジークハルトが睨むと、大鷲は怯えたように飛び去っていってしまった。

 黙ってたたずんでいれば美女と見まごうほど美しい顔立ちをしたこの男だが、主人であるテオに危害が及びそうになる時には、別人のようにおそろしい形相を見せることがある。
 テオがなんとも言えない面持ちでその様子を眺めていると、気を取り直した様子で「失礼しました」と言い、華やかな笑みを浮かべる。

 二人の前には、まん丸とした小鳥が残された。
 顔はひよこのように愛らしいが、頭には立派なトサカが三本あり、羽と尾はフクロウに似ている。
 なんの鳥だろう、見たことがない。

「怪我をしているなら、手当てしてやった方がいいんじゃないのか……?」
「さすがテオ様、お優しい。しかし、目の前に落ちてきたのもなにかの縁。あなたの空腹を慰めるために食べてあげた方が、この鳥も喜ぶかと」

 そうだろうか。
 森を歩き続けて今日で三日。
 持ち合わせていた食料は昨日で底をついた。
 今日は川の水以外口にしていない。
 食べ物が落ちてきたというなら幸運なことだが、テオにはどうしても、目の前の鳥を食べる気にはなれなかった。

「でも、小さいし、食べるところ、そんなになさそうだし……」
「こんなに丸々太っているのだから、脂もしっかりついていることでしょう。ご安心を。このジークハルトが完璧に骨から肉をそぎ落として、立派な焼き鳥にして差し上げましょう」
 やっぱり焼くつもりなんだ。

 ジークハルトの手先が器用なのは知っているが、目の前で小鳥を捌くところなど、できれば見たくはない。
「顔もなんだか可愛い気がするし……?」
「そんなことはありません。不遜な顔をしているではありませんか。可愛いというのなら、私に言ってください」

「……そうだな。かわいいかわいい」
 めんどくさいので、ジークハルトの頭を撫でながらそう言ってやった。
 テオは虚ろな目で、棒読み状態であったが、ジークハルトは嬉しそうにデレッとしている。

 ジークハルトの身長はテオよりも二十センチほど高い。頭を撫でられるためにわざわざ頭を下げるところはちょっと可愛いと思った。

「……珍しい鳥だから、売ったら高くつくんじゃないのか?」
 今すぐ殺すぐらいなら、売った方がまだ良心的だ。
 テオは代案を出すことで説得にかかろうとした。
「そうかもしれませんね。でもテオ様は、ご実家に戻ればお金がたくさんあるではないですか」

 テオは別に家出をしてきたわけではない。
 世界のことをもっとよく知るために旅をしているだけだ。
 確かに、金に困っているわけではない。
 森を抜けてどこかの村にでも行けば、手持ちの宝石と食料を交換してもらえるだろう。

 いま必要なのは、金よりも食料だ。
「大丈夫です。このわたくしが毒味もしっかりしますから……!」

 ジークハルトが、腰に装備していた小型のナイフを振りかざした、その時――気絶していた鳥が目を覚ましてバタバタと暴れ出した。

「あ」
「ほ、ほらやっぱり、可哀想じゃないか!」

 鳥は、片方の翼が傷ついていてうまく飛べないらしく、二人の目の前から逃げることもできずにあがいていた。

 その哀れな姿に、テオはたまらず、鳥を胸に抱き込むようにして刃の脅威から守った。

「テオ様に庇われるなど……なんと羨ましい」
 目つきが怖い。
 本物の殺気を感じた。

「と、鳥よりも、魚が食べたい気分だなぁ……なんて」
 とっさに適当なことを言い出したテオに、ジークハルトはすっと穏やかな表情に戻る。
「わかりました。さっき水を飲んだ川に戻って、釣りをしましょう」
 たまに暴走気味になるが、基本的には物分かりがいいのがジークハルトの美点だ。

「とりあえずその鳥は、非常食として取っておくということで」
 一瞬だけ鋭い眼差しを投げかけられて、鳥がビクリと震える。

「……とりあえず、命拾いしたな、おまえ」

 魚を食べて元気を取り戻した鳥がいきなり人語を喋りはじめるのは、もう少しあとの話だ。


END
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