8 / 8
奇跡を起こすなんて聞いてないっ!
しおりを挟む「大分充実してきたよねぇ」
『良い家だ。精霊達は頑張ったな』
『ふふ、セツの発想も良かったわ。まさか巨木を丸っと家にするなんてね』
『つりーはうすだったか? これなら人目も欺けよう』
きゃっきゃと飛び回る妖精様達。その前には、天へとそびゆる大きな木があった。
複数の樹木が絡まり、一見幹にも見える幅は十メートルもあろうか。木々同士が複雑に絡まる隙間に部屋を造り、セツは新たな家にする。
その空間が広くなるよう、精霊達が頑張って木々を育成してくれた。小ぢんまりとした物だが、寝台やチェストを置いたり、煮炊き用の竈を設えたりするには十分な空間。
小さくとも楽しい我が家である。
「外に畑も欲しいなあ。いちいち買いに出るのも億劫だしね。簡単な葉物や野菜に不自由しない程度で良いから」
長期保存可能な食糧と別に、前世を思い出したセツはサラダやジュース的なビタミンを切望する。この世界に栄養素という概念はない。だから、当然のように寿命も短く、大抵は六十歳前後でこの世を去る。
それを別にしても毎日が充実するよう、セツはコツコツ努力した。
……色んな菌や虫の卵とか、生食には注意が必要なんだよね、たしか。そういったモノは寒さに弱いとか聞いたけど…… 冷凍なんか出来ないしなあ。やれても冷たい井戸水につける程度かな?
そこまで考えて、ふとセツの脳裏に浮かんだ祖父宅の井戸。幼いころから慣れ親しんだアレが、非常に懐かしい。
「井戸水……そうだ。ポンプの井戸が欲しいかも」
『ぽんぷの井戸? ぽんぷとはなんだ?』
「こんな感じで、取っ手をガシャガシャやると水が上ってくる仕組み。出来るかな?」
『自然に汲まれる水があれば良いのね? 任せて♪』
桃色でソバージュ的な髪を揺らめかせる妖精が踊ると、石窯横の木から管が伸び、綺麗な水が湧き出る。その下には水を受け止めるような石製の鉢が出てきて、唖然とするセツを余所に立派な水場が出来上がった。
四隅の一角が削られ、余剰分の水をツリーハウスの外へと流している。
ちなみに、その外にはいつの間にか池が掘られていて、ちょろちょろ流れていく水が溜まっていた。
あまりに自然過ぎる一連の作業。思わず唖然とするセツの前で、石製の鉢を造ってくれたらしい茶色の妖精が、どやっと胸を張っている。
あれだ。神社とかで見かける御手水。なるほど、これならお水は使い放題ね。
「うわあ、なら、ここを二段にして…… そうそう。で、上の段に水切りみたいな格子を…… きゃーっ、すごいっ!」
精霊達は、調子にのったセツの要望にもそつなく応えてくれる。
彼女の望む通り、一段だった石鉢は姿を変え、腰の高さな所から下段にそれぞれ高さの違う石鉢を取り付けた。
一番上は野菜を洗ったり調理したりな水場。中段、下段は汚れ物を洗うための場所。下段で食器の汚れを落として洗い、中段で綺麗にすすぐ。
段差があることで色々使い道の出来る多目的な水場だ。これも祖父宅で見た仕様。近くを通る小川を板で仕切って、上流では籠一杯の野菜や果物を冷やし、下流で洗い物をする。先人の知恵である。
「ふふ、冷たいここに浸しておけば、保存と洗浄の一挙両得ね。助かるわ」
異世界不思議現象。彼等に出来ないことなどないのだろう。精霊王と名乗るだけはあるなと、セツの顔が嬉しそうに綻んだ。
「これがあったら実家の仕事も楽になるのになあ。井戸にも、さっき話したようなポンプがあれば、すごく暮らしに役立つのに……」
少ししんみりとする少女の背中。
だが、精霊王と呼ばれる妖精達と歌姫のやり取りに耳をすませていた精霊らは即座に動く。
後日、再び故郷を訪れたセツが、驚きに眼を見張るまでがお約束だ。
こうして無意識に現代知識をばら撒き、精霊らの力を借りて無双するセツ。
後に聖女と呼ばれる彼女は、良くも悪くも、毎日元気にはっちゃけている。
「………………」
「親父…… どうするよ、その金」
ここはセツの家。深い沈黙を打ち破り、項垂れて動かない父親にセツの兄が声をかけた。
そこには金貨が一杯に詰まった袋。セツを問答無用で拐っていた貴族が置いていったものだ。
形として、ジョセフらはセツを雇ったことになっている。この金子がその対価。普通の平民なら何十年も遊んで暮らせる金額だ。
まるで娘を売り飛ばしたかのような罪悪感に苛まれ、セツの父親は懊悩する。
村長に頼んで領主に直訴もした。こんな金は要らない。娘を返してもらってくれと。
だが、しがない男爵でしかない領主では、伯爵家相手に何の手も打てないと説明され、セツの家族は絶望する。
……なんで、こんなことに。
御貴族様の気まぐれで家族を奪われる話はよく聞いていた。妻や娘を妾にとか、子供を下働きにとか、傍若無人な貴族らには、とかく良い噂がない。
……しかし、こちらはその御子息を助けたのに…… 礼を言われこそすれ、娘を拉致られるいわれなどなかったはずなのに。
ぐっと唇を噛み締め、セツの父親は娘の代金だろう金貨の袋を自分から遠ざけた。
それを悔しげに眺めつつ、家の奥に消えるセツの兄。母親も深く嘆いたまま、部屋から出てこない。
まるで火が消えてしまったかのような悲しみに陥るセツの家族を、村の者達が心配そうに見守っていた。
そして数日経ち、奇跡が起きる。
「なんだ、これ………」
セツの家の洗い場に、突如として現れた謎の物体。それは勝手に動き、水が出たり消えたりしていた。
変な管が伸びた壁。その管の上には取っ手があり、それが左右に動く度に出てくる水。
見覚えのない鉢にみるみる溜まっていく水を凝視し、セツの兄が恐る恐る取っ手を動かした。右に動かすと綺麗な水が迸る。そして、左に動かすと止まった。
思わぬ怪奇現象を目の当たりにし、唖然とするセツの兄。その後ろにやってきた母親も、何が起きたのか分からず眼を見開いていた。
そんな彼等の下に誰かが駆け込んでくる。
「ちょ……っ! ちょっと来てくれっ! 名指しなんだっ!」
「名指し……?」
訝りつつもセツの家族は案内に従い、村の広場へと向かった。そこでも展開されている謎現象。
村が共同で使っている井戸が石の囲いで覆われ、家の洗い場同様に変な管が出ていた。そしてその管の横には長い取っ手があり、それがガシャガシャ上下する度に大量の水が管から溢れている。
「ここ見てっ!」
「……あっ?!」
セツの兄と母親は思わず手で口を押さえた。そうしないと叫びだしてしまいそうだからだ。
忙しなく動く長い取っ手。その側面に書かれた流麗な文字。
『セツは元気。これはセツからの贈り物』
微かに発光する文字に眼を滑らせて、セツの兄は涙を浮かべる。なんの奇跡だ、これ……と。
……そうか。あいつは元気か。
思わず泣き崩れる二人を励ます村人達。
その後、仕事から帰ってきて話を聞いた父親は、物凄い勢いで広場に駆け込むと、井戸にしがみついて号泣した。
「生きてるっ! 生きてるんだなっ? セツぅぅーーっ!!」
おんおん男泣きする父親を呆れた眼差しで見つめながら、セツの兄や母親も目尻に涙を浮かばせる。
この奇跡は長く秘匿され、誰もが口をつぐんだ。
自分の与り知らぬ奇跡を後で目にしたセツは、大きく破顔する。彼女が聖女として故郷に凱旋するまで、あと数年。
にっかり笑う精霊王達は、歌姫をこよなく愛していた。それこそ珠玉の宝物みたいに。
そんなこんなで異世界逃亡中のセツは、あちこちフラフラ彷徨いながら、無自覚に奇跡の欠片を撒き散らしていた。
歌姫様のお惚け道中は、まだまだ続く♪
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる