仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 甥が泣きました

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「……なんで?」

「…………………」

 玄関の開いた音を耳にして迎えに出た豪は、その横でふんぞり返る卓の姿に眼を見張る。

「その…… 僕の大学に来て、ここに連れてってくれって…… 名前も知ってたし、豪さんに電話もしてたから、間違いないなって…… 連れてきちゃったよ」

「大学にっ?! どうしてっ?!」

 思わず狼狽えた豪を見上げ、卓は一枚の写メを見せた。そこには研究発表の仲間と微笑む風月の姿。その研究は風月のモノで、写メの彼は心底嬉しそうに破顔している。

「風月なんて珍しい名前、ググったらすぐに上げられた何かが出てきたよ。大学名も所属もね」

 あとは大学に向かい尋ね歩けば、すぐに本人も見つかった。

 ……名前。そっか、青柳達の時にも思ったけど、僕の名前って滅多にないもんな。

 さらに卓が出したのは、豪と風月のツーショット。どうやら個人的なSNSに掲載した結婚報告のようだ。風月の目の辺りにモザイクがかけられているが、本人を前にすれば分からなくはない程度の偽装。
 
「新婚~? もう二年も経ってんじゃん。新婚って言わなくね?」

「喧しいわ。俺と風月は一生蜜月なんだ。だから新婚で良いんだよ。そう言っときゃ邪魔する奴はいねぇしな。お前みたいに」

「男のケツはそんなに具合が良いのかね。アンタ、よくも伯父さんを誑かしてくれたなっ? 俺の憧れの伯父さんだったのにっ!」

 ……え? 誑かす? 僕が? へえぇぇ……

 思わぬ罵倒を受けたが、いつも豪の独占欲に翻弄されている身としては、卓の言葉が新鮮だった。

「誑かすかあ…… どうやるんだろ? ねえ、豪さん? 僕って何か魅力的モノあるかな?」

 色気も可愛げも豪限定。普段の風月は、温厚で当たり障りないだけで、積極的に人とかかわる性質ではない。
 だから、自分が人を誑かそうとしたらどうやるべきか。全く分からなかった。

「そういう要らんことは考えんで良いっ!! おい、卓っ! うちの嫁に変なこと吹き込むなっ! こいつ、固すぎるくらい真面目なんで、そんな戯言でも真剣に取るんだからなっ!!」

 ぎゅっと風月を抱き寄せて高みから甥っ子を見下ろす豪。その目には、身内に対する甘さも許容もなかった。

「なんだよ…… そんな男のが俺より大事なのかよ」

「ったりめぇだっ! 手に入れるのに、どんだけ苦労したかっ! お子様には分かるめぇな」

 ……即答はやめたげて。まだ中学生じゃない。そんな本気で威嚇しなくても。

 心配げな風月の視界には項垂れた卓が映っていた。無条件で可愛がられる甥としての矜持を見るも無惨に挫かれ、気の毒なくらい落ち込む少年。

「もう十四だよっ! 御子様じゃないっ!」

「こうやって人の恋路を邪魔しに来るあたり、御子様だわ。何が気に入らねぇか知らないが、風月に何かしてみろ? お前の後継者の座が木っ端微塵に吹っ飛ぶかんな?」

 ビクッと卓が肩を揺らす。

 落合コンツェルンの創始者である豪の祖父。その祖父の遺言で、父親の次の後継者に指名されていたのは豪だった。
 だが長男を立てたい両親と、会社経営に興味もなく、中学生で憧れのアメリカに飛びたい豪の利害が一致し、留学と引き換えに彼は会社の権利全てを放棄している。
 それに罪悪感があるのだろう。長男たる豪の兄は、帰国した弟に役員の地位を与えた。おかげで豪は、落合コンツェルンの相談役的な存在になっている。
 彼が独力で起こした会社が順調に大きくなって良好なように、豪には類稀な経営センスがあった。中学生で祖父からもらった土地を転がしまくり、留学貯金に勤しむような子供だ。
 そのセンスに眼をつけた祖父は、彼に落合家の命運を任せたかったのだ。豪本人にとっては超有難迷惑でしかない。

 それでも家族経営な巨大企業を支えるために力を貸し、それ相応な対価と絶大な信頼を得ていた。

 結果、今の落合コンツェルンにおいて、豪の発言権は大きい。彼が卓にダメ出しすれば、それはそのまま役員達の総意に変わる。
 それを知る卓は、油断してはならない伯父に逆らえない。少しでも後継者教育を怠けようものなら、すぐさま飛んできて激を入れられた。

『お前の代わりは控えてっから? 安心して、後継者レースから脱落しろや。あ?』
  
 卓の弟妹や、従兄弟達。たしかに数だけなら、落合家の子供は沢山いる。今は幼いが、育てば卓を追い落とす脅威になりかねない。
 激というか、脅しというか、にっこり嗤って、ばっさり斬り捨てられる恐怖。
 それが卓の人格形成に大きく関わり、今の卓は豪のミニチュアのように育ってしまった。

「はん、俺には何の落ち度もないからな? 私情で後継者に物申すんかよ。落ちたもんだねぇ?」

 にっと嘲笑う頼もしい甥っ子。

「……言うなぁ。うちも安泰だわ。そんじゃ、帰れな? 二度とこのマンションに入るんじゃねぇぞ? コンシュルジュに出禁で顔写真配布しとくから」

「ちょっ! 大人気なくねっ?! いくら自分の持ちビルだからって!」

 ……持ちビル? え? この建物の?

 初めて聞く話に眼を丸くし、風月は豪を見上げた。豪は苦虫を噛み潰したかのような顔で卓を睨む。

「……要らんことばっか言うな、お前」

「なんだよ……? 何か不味かったか?」

 都会の一等地にある駅ビルのここは、地上五階までが駅を囲む各種テナント。そして六階から上の二十階が居住用マンション。隣接した二棟のうち、片方はホテルになっていた。
 全て賃貸であるなら、単純に考えても年収億を越える建物だ。

 ざざーっと血の気を下げる嫁の姿に、豪は大きく舌打ちする。

 ……これだから。知らせたくなかったんだよな。また、生きてる世界が違うとか、変なことを考えないよう、たっぷり躾けてやらねぇと。

「もう帰れ。今日は忙しくなりそうだから。お前のせいでな」

「伯父さんまでそんなこと言うのかよっ! ったく、どいつもこいつも俺のせいって」

 ………? なんだ? 何か理由があって、ここに来たのか?

 沈痛な面持ちを隠しもせず唇を噛みしめる甥っ子を見て、豪は大仰な溜め息をつき、部屋の中に招き入れた。



「再婚か。兄貴がなあ…… まあ、言われてみれば、早苗さんが亡くなって三年。なくもない話だな」

 ポツポツと卓が話すには、義母にと紹介された女性と反りが合わないらしい。
 完全な政略結婚。卓の父親も、妻としての役割のみを望んでいて、母親としては期待しないと言っていたとか。
 この割り切りの良さは血筋なのか。変なところで豪とよく似ている。
 しかし、そこで割り切れない思春期様。
 父の女という意識しかなかった義母は、母親として卓に接しようとしたとか。

「勝手に門限とか決めたり、一緒に食事しようとか、あれやこれや世話を焼こうとするし、自分の気に入らないことは咎めてくるし、分かりもしない経営のシュミレーションまで口出ししてくるし…… 俺をイライラさせることしかしなくて」
 
 よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。ストレスも半端ないに違いない。ソファーに座る思春期様は、眼を赤くして涙を滲ませる。

 ……うわあ。聞いてるだけで気が滅入るなあ。

 お茶を出しながら、風月は年相応な顔で項垂れる卓に同情した。

 ……好きでもない相手に、そんな過干渉なことをされたら、自分なら泣く。間違いなく落ち込む。

 そしてチラリと豪を一瞥し、同じ束縛でも好きな相手にされるのは嬉しいものだと、心の中でだけ微笑んだ。

「弟らがあの女に懐かないのは俺が母親として認めてないせいだとか、俺のためにやってるのにとか、とにかく煩くて。……だからさ。伯父さんから父さんや、あの女に言って欲しくて。こんなこと電話じゃ話せないから」

 卓のスマホにももれなくGPSとレコーダーがついている。風月が持つものと同じだ。一日の会話が録音で残される仕様。
 これは、言った言わないの水掛け論を封じるための証拠保存につけてあるのだが、ある意味、本人の会話を確認出来る公然とした監視と盗聴にもなってしまう。
 風月のを確認するのは豪くらいだ。彼に隠し事などないので全く気にしないが、第三者に知られたくない話をしたい卓にとっては、忌々しくて堪らない監視の目。

「……こないだも勝手に電話の録音を確認されて。……伯父さんのことも知られた。男色家だって。悍ましい変態だから二度と会うなって。……法的に妻が男なことも知られて隠しようがなくて。……みんな、お前のせいだぞ、この売女っ!!」

 ……あ~、それでね。ふうん。

 あの当たりの強い初対面かと、得心顔な風月。

 そして、黙って話を聞きながら、煙草を噛み潰して嗤う豪。

 ……悪い顔してんね? その義母さんとやら、下手を打っちゃったなあ。

 売られた喧嘩は高価買取が信条の豪を知る風月は、見たこともない卓の義母とやらに、深く同情する。

 泊まらせてもらえることになった卓は、本人も予想しない未知の扉を開く夜を迎えた。
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