AIが支配する世界

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AIが支配する未来の若者について短編

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AIが人間を支配する時代がやってきた。
ありとあらゆる所に監視カメラ、盗聴器が設置され、そうした機械を通じて、AIが善悪良否を判断する時代がやってきたのである。
映画、ターミネーターの様にAIが意思を持ち人間を攻撃する様な未来では無かった。
この話の主人公である、彼はサラリーマンである。
AIが支配する世界になっても、意外な程に給与取りという商売は無くならなかった。
彼は地方の国立大学を卒業後に、上京しデータを管理する企業に就職していた。時代は変われども、現実は変わらず、彼は哀れな薄給取りとして会社から労働を搾取されていた。
彼がサービス残業をしていた時の夜の話である。
生真面目な彼は誰も見ていないにも関わらず、データ入力に勤しんでいた。監視カメラのデータのアップロード、盗聴器の音声データのアップロード、入手したメモ用紙まで、全てのデータが神の如きAIに捧げられる供物であった。
珈琲を口に含みながら、彼はふと考えた。
誰も見ていないのならば、このデータを改ざんし、偽りの情報をAIに捧げることは可能では無いだろうか?
自分自身が作成した偽りの情報が真実となる可能性があるのでは無いだろうか?
そう考えてしまった。考えてしまえば、手は動かず作業もはかどらない。
供物を捧げるというノルマが自らが人々をコントロールする王の立場になり得る事に思い至ってしまったのである。
だが冷静に考えて、一人の人間の偽造する情報が社会の方向性を位置づける事は不可能だと思い、彼は作業を再開しようとした。
作業を再開する前に、凝った肩を触りながら、毎日発行されている、AIが発行する紙媒体の新聞を読み休憩を取ることにした。
毎日読んでいる、その新聞、いやデータに違和感を感じたのはその時である。
正確には違和感では無く、それまで彼はデータや情報というものに関して本質的な思考を巡らしていなかったのだろう。
「いつも同じ様な記事が出ているのでは無いだろうか?」
情報というものに恒常的に接し、それに違和感を覚える事無く読んでいるうちに彼の感覚は麻痺していたのだろうか?
続けて彼が考えた事は、情報のコントロールは既に行われており、データの偽造、改ざん、あるいは捏造は既に行われているのでは無いだろうか?
という、根拠の無い疑念である。
彼が行おうとしたデータ改ざんは、何百回、何万回と数え切れない人々によって既に行われていたのでは無いかという疑念である。
その時不意にスマートフォンの音がなり、彼は反射的に電話に出てしまった。
「マドノソトヲミヨ」
ボイスチェンジャーを用いた、その声は彼にそう促していた。諭す様なその声を聴き、彼はビルの外を見た。そこには人々の営む生活の灯りが灯っているのみで他には何も無かった。彼はその声に問い返した
「何も無い、いつも通りの風景が見えるだけだ」
声は続けてこう言った
「マドノソトヲミヨ、ソシテカンガエヨ」
こう言ったのみで電話は切れてしまった。
いったい誰からの電話だったのだろう、彼はしばらく考えた。
人間からの電話であることは間違い無い、何故ならAIやコンピューターは計算はするが、考えないし、そして感じないからである。ランダムにかけられたイタズラ電話だろうか?それにしてはあまりにもタイミングが良すぎるのでは無いだろうか?
疑念を抱いたまま仕事を続けることも出来ず、彼は家への帰路につくことにした。
もちろん電話の相手が誰かを考えながら
彼は帰り道にコンビニに寄り軽い夜食とアルコールを購入した。彼は大学時代から軽度の不眠症を患っており、アルコールか睡眠導入剤無しでは眠れない身体となっている。
「イタズラ電話では、無く妄想だったのかもしれない」独り言の様に呟いてマンションのカギを開けた。あちらこちらに監視カメラが付いているため、犯罪率は減少してあるのだが、カギをかけるという癖が彼にはついている。
遅い夜食を取りながら、彼は先程の電話の相手について思いを巡らしていた。誰かに恨みをかった記憶は無いが、何処かで誰かを怒らせてしまったのだろうか?
それとも古い友人からのイタズラ電話だったのだろうか?あるいは仕事のしすぎで、疲労からなにがしかの被害妄想に取り憑かれてしまったのだろうか?
そんなことを考えてるうちに、彼はベッドに倒れ込んで寝てしまった。
アルコールで寝た為に、睡眠は浅く夜中の2時に彼は目が覚めてしまった。二度目の眠りにつく為に、睡眠導入剤を服用しようかどうか考えていると、ふたたび彼のスマートフォンが鳴った。
「マドノソトヲミヨ、ソシテアルケ」
先ほどと同じ相手からの声であった、イタズラ電話と思いつつも、彼は問い返した
「外には何も無い、いつも通りの風景が広がっているだけだ、歩いて何をすれば良い?」
「アルイテミレバワカル」
電話の相手はそう言って、通話を切ってしまった。
彼は考えた、馬鹿らしい。本当に馬鹿らしい。
窓外の風景は変わらず、彼の人生も変わらない、人々の営みも変わらず、街はこれまで通りに違いない。
彼は明日の、会社への出勤の方が気になり、スマートフォンの電源をオフにし、アルコールで睡眠導入剤を服用しそのまま寝入ってしまった。
翌朝、アルコールと睡眠導入剤による、軽い二日酔いに悩まされながら彼は出社した。
胸中ではこう呟いてる。
「何も無いし、何も変わらないじゃないか。」
実際、毎朝同様に人々は忙しそうに早足に歩いている。バスも電車も時刻表通りに着き、時刻表通りに発車している。
フラリとつまらない事を考えた
「俺の人生も時刻表通りだな」
彼は同じ時間に起き、朝食は食べない、空きっ腹を抱えて、つまらないデスクワークに従事した後に、13時以降に昼食を食べる。一時間の休憩も取らずに、そのまま仕事にとりかかる。定時に帰れれば帰り、残業するほどの量の仕事であれば残業するだけである。
まさにハンコで押した様な日々を彼は送っている。
「俺は本当に生きているのであろうか?」
今迄、考えた事が無い事を彼は考えフラリとそんな言葉が彼の口から出てきた。
その時に彼のスマートフォンが鳴った、相手は、非通知設定となっている。昨日からの意味不明な相手からの電話であろうか?
電車の中でもあり、彼はそのまま着信を無視し、スマートフォンの電源をオフにした。
今日も退屈で、つまらない仕事が始まるのだろう。彼は、そう考えながら業務を開始した。
時刻表の様に、捺されたハンコの様に
午前中の仕事が終わり、彼はスマートフォンの電源を切っていたことに気づき電源を入れてみた。
何か変わった事は無いか、僅かな期待を胸に秘めてスマートフォンを起動してみたが、何も無かった。
宛先不明の着信履歴を除いては
彼は軽い溜息をつきながら、ネットで情報を漁り、そこでは何も得られない事に気づきながら、ぼんやりとしていた。
「俺は生きているのだろうか?俺と同じ事が出来る機械があれば、その機械が変わりに俺の仕事をやってくれるのであろうか?」
それまで彼が考えていなかった事である。
人間程に高度なマシーンはこの世に誕生しておらず、これからも誕生する事は絶対に無いであろう。
だが俺と同じ仕事を出来る人間は、人間社会には無数に居るであろう。その意味で俺は機械と同じなのでは無いだろうか?
彼は頭を振り、その考えを振り払った。なけなしの彼のプライドがそうさせたのかもしれない。
だが悪質な酒を呑んだあとの様に、その考えは彼の頭の中と沈澱していた。
彼は午後の仕事にとりかかろうとして、ふとスマートフォンを確認した、SNSやネット記事を見たのではない。イタズラ電話の言葉を思い出したのだ。
「窓の外を見よ、そして考えろ」
確か、そう言ったはずである。彼はその言葉に少しだけ慰められていた。窓外を見ることも、考えることも機械には出来ない事だからである。
その気持ちに動かされたためか、窓の外を除いてみた。彼には普段と変わらない光景に見えた。
「本当に変わらない光景なのだろうか?変化している事に気づけない人間になってしまったのだろうか?」
怪しい電話の為か、彼は珍しく自問自答した。
しばらくぼんやりと考えた後に、午後のデータを入力する仕事に戻った。
集中しているわけでもないのに、時間は過ぎる。
彼は定時のチャイムを聞きながら、今日という一日の仕事は終わったことに気付き、無意味な残業にとりかかろうとしていた。全くの惰性である。
彼は仕事をしたくて、仕事をしているのでは無い。
ある意味、時間を潰すため、あるいは何もやりたい事が無いから、仕事をしているのである。
彼は昨晩の怪しい電話によって、初めて彼自身が生きているのかどうか?それについて考えてみるようになったのである。
本来、人間の脳は考える事と身体を動かす為に備わっているものである。
彼は遺伝子的には人間の性能を充分に備えていたが、環境によっていつの間にか、考える事をやめてしまっていたらしい。
彼は残業をする事にした、仕事に注力する為では無い。昨晩と同じ時間になれば、怪しい電話がかかってきて、彼に新しい道を示してくれるのでは無いかと思った為である。
だが何時になっても、彼のスマートフォンは沈黙したままであった。
彼の仕事は遅々として進まず、彼の目はチラリチラリと傍らのスマートフォンへと向けられる。怪電話を期待し、そこになにがしかの救いを求めようとする行為自体がおかしな事なのだが、彼の思考はそこで停止したままで空回りしている。
「自分が機械の様な人間か?それとも、思考回路の働いている人間なのか?」
彼は今更の様にモラトリアムしていた。
結局、彼は家にも帰らずに会社でウトウトとしているうちに寝てしまった。
椅子での寝心地は悪く、彼はソファーに移動して睡眠を取り始めた。
出社してきた人間に何か言われるか?そんなつまらない事が頭をよぎったが、どうでも良い。自分を見つめる人間達も、自分と同じように自分自身が何者なのかを考えてもいないだろうと思った為である。
明け方、夢なのか現実なのか彼自身にも分からないが、スマートフォンから聞こえた言葉が再度聞こえた。
「マドノソトヲミヨ!ソシテアルケ!」
幻聴にしては力強い言葉に彼は跳ね起きた。
「窓の外を見よ!そして歩け!」
彼は、その言葉を口にしてみた。
彼にしては、力強い言葉で口にし、彼にしては力強く起き上がった。
今日は会社を休もう、そして窓外の風景を可能な限り歩いてみよう。
彼はスマートフォンの電源を切り、歩き初めた。
歩き初めた先に何があるのか、彼にも分からない。
ただ彼は、産まれて初めてと言って良いほどの高揚感につつまれていた。
もはや、電話の相手が誰であっても構わないと彼は感じていた。
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