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幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
『ちあきちゃん、だーいすき』
天使と見紛う眩しい容姿をした子供が満面の笑みを浮かべてギュッと抱きついてくる。
『おれも! りつがすきだよ』
抱きしめ返す自分の姿も、天使同様に子供の姿だ。
『ちあきちゃん、ぼくのおよめさんになって』
天使は子供のおれの首筋にちゅっちゅとキスを繰り返す。そのくすぐったさに笑いながら、子供のおれは困った顔をした。
『おれとりつはおとこだから、あるふぁとおめがじゃないなら、けっこんできないぞ?』
『ぼく、ちあきちゃんのためにあるふぁになるよ! だから──』
天使の声が遠くなる。ああ、夢から醒めるんだな、と理解した。
好きって気持ち以外の難しいことを考えなくてよかった頃の記憶に、もっと浸っていたかった。
「──き。千秋──」
律の声が聞こえてくる。起きなきゃ──。
*****
ゆっくりと目を開ければ、いつもと同じく、自分を覗き込む幼馴染みの顔が一番に視界に飛び込んでくる。背景には見慣れた天井。自室で迎えるいつもの朝だ。
「おはよう、千秋。今日も寝坊助さんだね」
「うるさい……おはよう、律」
上半身を起こしながら軽口に噛みつき、一言遅れて朝の挨拶を返す。幼馴染みはにこにこと笑っている。自分と違って朝もスッキリ起きられる彼は、今日も朝から無駄に爽やかだ。
──αは早起きに苦労したりしないのかな。昔から、律が寝坊してるとこ見たことない。
まだ眠い目をぐしぐしと目をこすってから、幼馴染みの顔をじっくり見つめた。
──今日も眩しい顔してるなぁ…。
甘く整った顔にさらさらのナチュラルブラウンの髪。しっかり筋肉がついているのに、むさくるしい印象のない引き締まった身体。幼馴染みの波多野律は、街を歩けば高確率でスカウトの声がかかるような稀有な美貌をしている。
気恥ずかしいので本人に言うつもりはないけれど、そんじょそこらのアイドルより律の方が格好いい、と千秋はこっそり思っていたりする。だって、幼稚園から高校二年生の今に至るまでずっと一緒に過ごしてきて見慣れているはずなのに、いまだに時々「律、格好いいな!?」とハッとしてしまうほどなのだ。
眼福な容貌を見つめたまま少しぼんやりしていると、視線の先の爽やかな笑顔にちょっぴり意地悪そうな色が滲む。
「目を開けたまま二度寝するつもりなら、勝手に着替えさせるけど?」
手の指をわきわきと曲げ伸ばしする動きだけ見れば間抜けっぽいのに、楽しそうな律の笑顔と一緒だとドラマのワンシーンか何かのように見えてしまうのは何かのバグだと思う。だが、止めなければ言葉通りに嬉々として自分を着替えさせようとするのを知っている千秋は肩をすくめ、ドアに向かってあごをしゃくった。
「起きたよ。着替えるから下で待ってて」
「はいはい」
ひらりと手を振って律は大人しく部屋を出ていってくれた。
男同士なので、着替える時に出ていってもらう必要はないんじゃないか、と疑問に思われるかもしれない。だが、筋肉がしっかりついている律の前で、ヒョロガリ一歩手前の身体を見せることになるのは抵抗がある。
──手持ち無沙汰だからなのか、着替えてる時のおれを律はガン見してくるしなぁ……。
見ても何も面白くないだろうに、千秋の着替えを見守る時の律はずっとにこにこ笑っているのだ。千秋の貧相な身体を馬鹿にしているわけではないことぐらいはわかるが、いたたまれない気持ちになるので毎回退出を促している。
──律の顔見ると一気に目が醒めるけど、見惚れてぼーっとしちゃうのが問題だよな。
千秋は小さく溜め息を吐く。幼馴染みは人を惹きつけるといわれるαなので、致し方ないことだと思う。平凡なβの千秋が抗えるわけはない。男だしβの自分でもそこそこの頻度で幼馴染みにドキッとしてしまう。キモいから本人に言えるわけないが。
第一性である男女の他、人類がα、β、Ωの第二性をもっていることが判明して以来かれこれの月日が経つ。
αとΩには第一性を覆すほど顕著な性質が現れる者も多く、αは他者を率いるカリスマ性や優秀な遺伝子をもち、女性とΩを孕ませることができる。そしてΩは発情期をもち、男性とαの子を孕むことができる。
αとΩは希少な存在で人口の一割もいないが、人口の大半を占めるβは第二性として特筆する特徴をもたない。
物心つく前から千秋と律はずっと親しくしているが、中学生の頃に行われた第二性検査での結果を受けて以来、千秋はいろいろと考えてしまうのだ。
──αだったよ!って律は嬉しそうに自分の結果を教えてくれたけど。おれがβだって知ったら不思議そうにしてたな。
千秋自身としては何も不思議ではない。平凡な黒髪に黒目、特徴の薄い顔に平均的な身長。その他大勢の中に埋もれてわからなくなるような自分の『並』っぷりをよくよく理解している。
「そんな『並』が、家が隣同士の幼馴染みってだけで、当たり前のように律の隣にいるのっておかしいよな」
卑屈になっているわけではない。律がいない時に聞こえてくる周りの声がきっかけで至った考えなのは確かだが、誰よりも千秋が一番納得してしまった。だって、律は格好いいしすごいやつなのだ。幼い頃だって天使のようなきらきらしい姿をしていたけれど、成長するにつれどんどんハイスペ度が増している。
第二性結果が判明する中学の頃はもちろん、高校でも、律は男女問わず人気者だ。第二性の話題は堂々と話すようなものでもないのだが、抜きん出て目立つやつの情報はみんな知りたがる。中学の頃検査結果をたまたま見知っていたらしい知り合いの口が軽かったとかだろうか、高校でも噂されてαだということが知れ渡っている。
──まあ、顔も良いし体格もいい。頭もいいし運動神経もいい、ってなれば、噂なんてなくてもわかるよなぁ。
律は、自分のような『その他大勢』とは──何もかも平凡な自分とは、違う。
毎朝飽きることなく起こしにくるのも、時には着替えを嬉々として手伝いたがるのも、面倒見がよすぎるを通り越していたたまれない心地にすらなる。
「おれがαだったり、もしくはΩだったりすれば……αの律の隣にいても変じゃないんだけどな」
αやΩは、ヒートやラットと呼ばれる発情期をもつ特異な体質であるがゆえに、専用の学校が用意されている。そのため、βとともに一般の学校に通うαやΩは、ごく少数だ。αである律も専用の学校に行くことになるだろう、と千秋が考えたのは自然な流れだと思う。
けれど、律は「千秋と一緒じゃなきゃ高校行く気しない」と駄々をこね、結局進路が別れることはなかった。それを嬉しく思う気持ちはあるけれど──律を大事に思うがゆえに、いつまでも自分に構ってないで、αらしい華々しい道を進んでほしい、と強く思ってしまうのだ。
「いつまでもべったりじゃ、だめだろ」
律には何度かやんわり話しているものの、そのたびにはぐらかされている。それ以上強く言えない自分に言い聞かせるようにひとりごちて溜め息を吐いてから、千秋はのろのろとベッドから降りた。律を待たせている。制服に着替えなければ。
「──ん?」
部屋の外、廊下からギッと音がしたような気がしたが、家鳴りだろうか。木造住宅では珍しいことでもないので、千秋は深く気にすることはなかった。
着替えや洗顔などを手早く済ませ、律がくつろぐリビングへと向かった。親は既に出勤しているが、朝食を用意してくれているのでいつものように律と一緒に食べる。どちらの親も共働きな上、自分たちの高校進学を機に勤務時間を変更したため、朝に顔を合わせることは少ない。親が恋しいという年でもないので、ある程度放っておかれるのは気楽でいい、と千秋は思っている。
「ねえ千秋。相談したいことがあるんだけど」
いつもと違ったのは、そんな風に律が切り出してきたことだ。
「珍しいな。何の話?」
味噌汁を啜りながらキョトンと首を傾げると、端正な顔が物憂げに歪む。
「ちょっと長くなるかもしれないから、学校終わってから時間くれる?」
「いいぜ」
学校が終わった後は、一緒に過ごすことも、それぞれ別に過ごすこともどちらもある。互いの家を約束もなく行き来することが多いため、改まって約束をするのはなんだか新鮮だった。
──そういや、ちっさい頃は、律といろんな約束するのが好きだったな。
朝方の夢の余韻を引きずって、ついそんなことを連鎖的に思い出した。
──いつから約束しなくなったんだろう。
曖昧な記憶の地層を掘り返すことにぼんやりし始めたが、「早く食べないと、遅刻するよ」と律に急かされ、ハッと我に返る。千秋は慌てて残りの朝食をかき込んだ。
*****
「で、相談って?」
学校を終え、律を伴って自室に帰るなり、隣り合ってラグに座る幼馴染みへ千秋はズバリ切り出した。授業の間もずっと「律の相談ってどんなことだろう」と頭の半分を占めていたので集中できなかったのだ。まあもともと勉強熱心なタイプではないので、いつもと大きく変わったわけではないのだが。
「千秋、助けてくれる?」
律が自分の手を両手で包み込むようにして握ってきた。体格に見合った大きな手に自分の手が楽々包み込まれてしまうことにも、乾いているのにじわりと熱い手の温度にも、なんだかそわそわしてしまう。
「俺、αだから失敗しないって思われてて──」
「実際失敗なんかしたことないだろ」
落ち着かないのを誤魔化すように、律の言葉に食い気味で突っ込めば、幼馴染みは緩く首を振った。
「そんなことない。千秋は知ってるはずだけど」
「失敗なんかあったか?」
「いろいろある。けど、自分から言いたくない」
律は眉間に皺を寄せて口を尖らせている。
──律がでっかい失敗してるとこなんて記憶にないんだけどなぁ?
記憶を思い返してみても、律はずっと優秀だった。千秋が知らない時間や出来事ももしかしたらあるかもしれないが、お互いの家族よりもずっと一緒に過ごしているといっても過言ではない自分でも心当たりがないのだ。優秀ゆえに、律は自分に求めるハードルが高いのだろう。
──そういうところも、平凡なおれとは違うよな。
律がαらしい意識の高さを持つことを、いい傾向だと思う一方で、遠い存在になっていくことを寂しいとも思ってしまう。
──そんなこと、言えないけど。
いつまでもべったりじゃだめなんだから、と心の中で強く唱え、千秋はギュッと奥歯を噛んだ。
「……言いたくないなら聞かねぇけど。結局、おれは何を助ければいいんだ?」
平凡な自分が律の助けになれるようなことがあるとは思わないが、大事な幼馴染みが頼ってきているのなら応えないわけにはいかない。話を遮ったのは自分だが、気を取り直して続きを促す。
「練習に付き合ってくれる?」
不安げな表情に一瞬言葉に詰まった。
──いつも堂々としている律の甘え顔なんて……!
みんなの前で完璧なαの律が、自分の前でだけこんな顔をしているという優越感にそわそわした。弱みを見せてくれているのが嬉しい、と思ってしまう自分を我ながらキモいと思う。
──でも、こんな姿見せられて、突き放せるわけないじゃんか~!
ぐらぐらしそうな理性も、不謹慎にも緩んでしまいそうな口許も、千秋は必死でこらえきる。
「……おれにできることなら、何でも付き合う」
言葉を発するまでに少し不自然な間が空いたけれど、及第点だろう。幼馴染みとして正しい対応ができているはずだ。その証拠に、律が眩しいくらいの笑顔になったのだから。
「千秋、ありがとう! 大好き」
律にギュッと抱きつかれ、びっくりして千秋は固まってしまう。
小さい頃は身長も体格も変わらなかったのに、手の大きさと同じく、今は律の大きな身体にすっぽりと収まっている。その変化が、悔しいような誇らしいような寂しいような──心がぐちゃぐちゃに乱れていて今は考えられない。
「そ、そういうの、ぽんぽん言うの、よくないぞ」
固まったままの千秋は、やっとの思いで喉から震える声を絞り出す。当然だが、律を抱きしめ返すなんてことはできない。小さい頃ならいざ知らず、今の自分は何もかも違いすぎるので。
小さな頃と変わらない距離感のままの幼馴染みは、たしなめられたことが不満なのか、肩口に甘えるように頭を擦りつけてくる。その仕草に心臓が跳ねる。
「そういうのって?」
「だ、だいすき、とか……勘違いされたらどうするんだよ」
その単語を口にするのもいささか気恥ずかしくて、ごにょごにょと不明瞭な声になった。律は「えー?」とまったく響いてない調子でグリグリと頭を擦りつけてくるのをやめない。
「俺が千秋を大好きなのは、昔からずっとでしょ?」
耳元に吹き込まれる声の甘さにドッ!と心臓が大きく鳴った。が、ここで勘違いしてはいけない!と千秋は心の中で盛大に叫ぶ。
「……それもそうだな」
抱擁も「だいすき」という言葉の応酬も、小さい頃なら不自然ではないやり取りだった。律は優秀だけど、自分がどれだけ人を惹きつけるのか無頓着なんだろう。
頭もいいし運動神経もいいし何でもできるけど、その分情緒の成長が鈍いとかそういうあれなのかもしれない。きっとそうだ。周りから黄色い声を向けられても、呼び出されて告白されても「そういうの考えられない」ってバッサリ断ってるくらいだし。
そんな相手に自分一人だけドギマギしてるのはおかしいな、と少し冷静になれた千秋は、小さな子供をなだめるような手つきで律の背中をぽんぽんと叩く。格好よく育ったしいいにおいもするけど、律はまだ子供、と脳内で何度も繰り返す。いや同い年の自分だってまだ子供なんだけどさ。
「……好きの意味が、伝わってなさそうだな」
「ん?」
律が低い声で何か呟いたが、脳内の自分の叫びに夢中になっていた千秋は集中力を欠いていてよく聞こえなかった。
「何でもないよ。練習、今から付き合ってくれる?」
「はいはい、いいよ、何すんの?」
やや自棄な心地で律を促す。
何の練習がしたいのか、先に話を聞くべきだったと──律の言葉を聞いた千秋は後から悔やむことになる。
「まず、キス。キスの練習がしたい」
「…………へぁ?」
律が練習したがっているのが思ってもみない方向だった為、千秋はポカンと口を開けて固まった。
抱擁が緩む。代わりに肩と頬に手を添えられて、律のきれいな顔が自分のそれへと寄せられてくる。
「千秋……」
「ちょっと待って顔が近い!」
ムードを出そうとしているのか天然なのか、律が自分を呼ぶ甘い声に脳が痺れかけた。危ない。かろうじて残っていた正気を振り絞り、腕を突っ張り背をしならせて千秋は律とのキスを回避する。
「近づけなきゃキスできないでしょ?」
「そうだけど!? ていうかそもそも、キスの練習ってなに!?」
目を白黒させながら千秋は数拍遅れの突っ込みをかます。それでも、律は「冗談だよ」なんて笑って流す気配がない。引く様子のない幼馴染み前に、千秋は頬を真っ赤にして狼狽える。
「キスとか、好きな人とすることじゃん……」
ごにょごにょと情けない声で、考え直せと千秋は幼馴染みに訴える。
何もわかっていない子供の頃ではないのだ。
お互いに子供だった時分、律はキスが好きだったようで、頻繁に自分とキスをしたがった。自分もそれを受け入れていた。
──胸がふわふわして嬉しくなるから、律とちゅーするのが好きだった、けど……!
今の律がどうであれ、千秋は年相応の情緒をしていると思っている。その行為のもつ意味をわかった上でするのは、いろいろとまずいと思うのだ。
──幼馴染みってだけじゃ満足できないくらい意識しちゃいそうだから、ダメだろ……!
「助けてくれるって言ったじゃん」
「うっ……」
傷ついた顔の律を見ていると良心が痛む。それでも、千秋はそれを簡単に許せない。
「だってさ、後々思い出した時に黒歴史に──」
「ならない。絶対」
きっと派手に後悔するはずだとやんわり拒もうとしたが、思いがけずきっぱりと可能性を否定されて、言葉に詰まった。
──今の自分たちがキスしたとして、律にとって黒歴史にならないなら……小さい頃のことも、黒歴史じゃないのかな。
自分は女の子でもないしΩでもない。αの男である律にとって恋愛対象になるはずがないから、昔に交わしていたキスも律にとっては黒歴史になってるに違いない、と思っていたけれど──もしかして勝手な決めつけだったのだろうか。
──それなら、そこまで必死に拒むこともないのか……? いや、だからっておれが律に相応しいかはまた別の話だし……。
「他の相手なんて考えられない。千秋がいいんだ」
「ううう……!」
そこまで言われれば、だめだと強く拒絶できなかった。
「下手なままでいたくないんだよ」
真剣な表情で言い募る律に千秋は「昔は──」と口を開きかけたが、続く言葉を無理矢理呑み込んだ。
──昔ちゅーしてた頃は、下手なんて思ったことなかったけどな……なんてうっかり口にするところだった。危ない。
不思議そうに「ん?」と薄く微笑む幼馴染みに、「……なんでもない」と首を振る。小さい頃の無邪気なキスの記憶を次々と脳裏に思い出しては恥ずかしくなる。口をくっつけるだけなんだから、上手も下手もなかったのに、と思う。
──律とちゅーすると嬉しい気持ちになってたことだけはくっきり覚えてる。
単にキスが好きなのか、律だったから嬉しかったのか、考えたことはないけれど。
──他の相手としたい、なんて思ったことないんだよな、おれも。
先ほどの律と同じ気持ちである、ということを千秋は恥ずかしくて言葉にできなかった。喉でつっかえる言葉が多すぎて気まずい心地で視線を彷徨わせると、頬に添えられていた律の手が滑り、指先が千秋の唇をそろりと撫でる。
「上手くなるためには、何だって練習が大事だろ?」
律の声がとろりと甘くなる。うっとりと流されかけそうになっていた千秋だったが、律の言葉に引っ掛かりを覚え、少しだけ肩を強張らせた。
「……たしかに。練習は大事だよな」
これ以上なく納得した千秋は、突っ張っていた腕をゆっくりと折り畳み、律のきれいな顔に自分の顔を寄せる。
「千秋……」
嬉しそうに笑う律の前で、そっと目を閉じる。瞼の裏に焼きつく幼馴染みの笑顔は、どこまでも眩しい。泣きたくなるほど。
──好きな人相手じゃなかったら、ただの練習だ。
わかっていたことなのに、胸がつきんと痛む。
自分は幼い頃から一緒の幼馴染みで気安いから頼りにされたにすぎなくて、周りに期待されている優秀なαの律は失敗できなくて──だから、自分とのキスなんてただの練習でしかないし、深い意味はないのだ。
──きっと、いくらキスをしたって、律はおれを幼馴染み以上に意識することなんてないんだろう。だって練習なんだから。
それでいいはずなのに。律は優秀なαなんだから。男でβの自分が、律の特別になるわけないのに。
──好きになってほしいなんて、思っちゃいけないのにな。
大好きだから、大切だから、その隣を望むべきではない。幼い頃から誰よりも特別に想ってきたからこそ。
第二性の結果が出て以来、グラグラしても、ドキドキしても、心の中で何度も「勘違いしちゃいけない」と自分に言い聞かせてきた。誰より傍で過ごしてきたけれど、律はいつか、自分の知らない女性かΩのものになるんだから。
ふに、とやわらかい感触を唇に感じた。懐かしさと切なさで千秋の胸はギュッとなる。
──役得だって、割り切った方がいいよな。
大事な律の役に立てる。幼馴染みはいつか誰かのものになるけど、今目の前にいるのは自分だ。
──期間限定だけど、意識されないけど。ひとかけらでも手に入るのは、嬉しいじゃないか。
ちゅ、ちゅ、と啄むようなキスが繰り返される。
──ふにってくっつけて終わりじゃなかったっけ。
幼い頃のキスはそれだけだったのに。練習したいと言い出しただけはある。律はキスのやり方を勉強しているらしい。
昔とは違うことに感心する心と、成長した律に置いていかれて寂しく思う心地とで千秋の心は静かに揺れる。
「……っ!?」
自分の唇が、律の唇で挟み込まれる。驚いて目を開けた千秋に構わず、律はそのまま千秋の唇を食むようにして刺激する。こんな風に、唇を甘く噛まれたり吸われたりするのもキスのうちなんだろうか。恥ずかしくてドキドキして、千秋は再び目を閉じた。
「可愛い……」
うっとりとした律の吐息が顔にかかる。雰囲気作りも練習のうちなんだろう、とわかっているのにドキッとした。
「ん……」
自分の鼻から甘えるような音が漏れたことに自分でびっくりする。律にキモく思われてないかな、とそわそわするが「千秋、可愛い」ととろけるような声が返ってきて信じられない心地になる。
「もっと聞かせて……」
「う……や……」
信じられない、と思うのに、本気で言っていてほしい、と思っている。
名前を呼ばれることも、可愛いと言われることも、唇を食べられていることも。律のくれる何もかもが嬉しくてドキドキした。
「律……」
想いは口にできない。だからせめてと名前を呼べば、薄く開いた唇にねろりと舌先が差し込まれる。
「っ、……んぁ」
──これが、練習……!?
優しいのに強引な舌は、逃げる千秋の舌を絡めとる。舌先を擦り合わせるだけでどきどきして、夢中で応えているうちにぞくぞくする感覚が芽生えていることに気づいた。腰骨あたりがぞわぞわする。
意識的なのかそうじゃないのかはわからないが、ぞわぞわする感覚を煽るように、少し前まで肩にふれていたはずの律の手が、ゆっくりと鎖骨を辿り、胸から腹へ撫でさするように下りていく。
──あちこちさわられると、なんか、興奮、する……!
身体の中心に急速に熱が溜まっていくのがわかった。その状態を知られたくなくて身体を離したいのに、律の身体は千秋の力ではびくともしない。
律の手はさらに下へ。芯を持ち始めたそれに指先がふれる。衣服越しであっても衝撃で、千秋はぴくんと身体を震わせた。その反応にどうしてかスイッチが入ったように、律はその場所をまさぐる。
──待て待て待てって……! そこは、それこそ好きな相手としかさわらないようなとこ!
心の中で絶叫するが、現実の千秋は律のキスや愛撫を受け止めるのにいっぱいいっぱいだ。特に、自分じゃない誰かの──大事な幼馴染みの手によってふれられている箇所は、快感がダイレクトに響く場所なのがよくない。そこに与えられる刺激が千秋にはいささか強すぎた。あっという間に、ふれられている場所は硬く張り詰める。
「う、あ……や、ら……」
羞恥と混乱に首を振り、痺れる舌でろくに話せないながらも千秋はわずかばかりの抵抗をみせた。
「千秋。これも、練習だから」
耳に吐息ごと吹き込まれ、ゾクゾクゾクっと腰が重たくなるような甘い痺れが走り抜ける。「許して?」という律の言葉はイエスしか受けつける気がない響きをしているのがわかってしまう。実際、律を強く拒絶することは千秋にはできない。
「汚れちゃうから、制服脱がすね?」
言うや否や千秋の返事を待たずに、律は器用にズボンを寛げる。溢れ出た先走りで下着には濃い染みができていた。
「そんな、とこまで……っ?」
「ここも気持ちよくできないと、だろ?」
律が恍惚とした顔でうっそりと笑う。しなやかな手が下着の中に侵入して、硬くなっているものをギュッと握った。
「っ!!」
限界の近いそれは握られただけで弾けそうだったが、荒い息を吐いてなんとか堪える。
「千秋、可愛い……」
律はうっとりとした声をこぼし、こめかみにキスしてくる。それらの仕草は優しいのに、手はぐちゅぐちゅという水音を立て容赦なく分身を扱いてくる。自身が溢れさせた先走りがその動きを滑らかに助け、淫靡な音を響かせていることがどうしようもなく恥ずかしい。
「あ、あ、あああ……っ!」
陰茎への直接的な刺激と甘い言葉に追い立てられて、頭の中で白い光が明滅を繰り返す。バチバチと弾けるそれに焼かれ身体が燃えるように熱かった。
「りつぅ……っ」
自分を苛み、同時に高めているのは彼本人なのに、助けを求めるように幼馴染みの腕をぎゅっと掴んでしまう。
事前に了承してないのに勝手なことするな、と怒るべきなのかもしれないけど。付き合わされるこっちの身にもなってほしいという気持ちが半分、律の手で気持ちよくされて嬉しいというのが半分で、上手く怒れる気がしなかった。それらの感情すらも、高みに押し上げられて限界の近い今はどうでもいい。
──イキたい……っ、イキたいイキたいイキたい!
その衝動が強く全身を支配している。
「千秋、気持ちよさそう。可愛いよ」
「そん……っ、わけ、なぃ……っ、は、うぁっ……!」
「俺の手でイッて、千秋」
囁いた律が、こぼれる甘い喘ぎごと呑み込むように唇で千秋の口を塞ぐ。
「ん、ぅ、ん、んん……っ、んんんぅぅっ!」
律の舌に口腔内を舐め回されながら、蜜の溢れる先端を指先でぐりゅっと刺激された千秋は腰を大きく震わせて、律の手の中に白濁を吐き出した。
これほど激しい絶頂は人生で初めてで、千秋は余韻にぼんやりしてしまう。
千秋の舌を吸い上げてから律がゆっくりと唇を離した。
「付き合ってくれてありがとう。もう一回する? それとも、次は明日にする?」
「……は?」
にっこり笑う幼馴染みに千秋は胡乱な目を向けたのだった。
*****
「千秋のここ、すぐピンと勃つようになったね。可愛い」
胸元をまさぐる手が、そこにある突起を指先でくにくにと弄ぶ。捏ねられるたびにじんじんとした甘い感覚が腰に下りていく。千秋は眉をひそめてその快感をやり過ごそうとしていたが、胸に顔を寄せた律に、ぺろ、ちゅく、と乳首を舐めしゃぶられて悲鳴を上げる。
「あ、あ、あ、舐めるの、だめってぇ……!」
「さわってないのにちんこ勃つようになってきたね。気持ちいい場所になったんだ?」
成果が嬉しいのかなんなのか、律はとろけるような顔で笑う。
──律がこんな、雄っぽい顔するなんて……
きっと自分以外の誰も知らないだろう、色気の滲んだ表情に千秋は優越感とときめきを覚えてしまう。胸はきゅんと甘くときめき、それは疼きとなって下腹部に伝わる。
学校から帰った自室のベッドの上、どちらもシャツと下着だけになって向かい合って座る体勢では何も誤魔化せない。初めての練習の時のように先走りで汚れてはいないが、そこが膨らみ始めている変化を律は見逃さなかった。布地の上からやわやわともどかしく刺激され、物足りなさに千秋は小さく喉を鳴らす。
「ぅ、んあ、あ、律ぅ……」
視線で訴え、彼の手に自分のそれを擦りつけるけれど、律は欲をたたえた眼を細めるだけだ。
「うん、どうしてほしいか、聞かせて? 千秋」
「さ、さわって……おれも、律の、さわらせて……」
恥ずかしいことをねだっている自覚はある。だがこれからの時間で味わう快感のためならそんな言葉も口にできたし、その羞恥心にすら昂ぶりを覚える。そろりと律の中心部分にふれると、その持ち主は満足そうに笑って千秋の下着を脱がせる。
「うん。たっぷり練習しようね」
「あっ……」
幼馴染みのしなやかな指先が後孔の窄まりに這わされた。そこは彼の指を歓喜するようにヒクついた。
***
練習と称した行為は、ほぼ毎日続いている。
──もう、練習いらないだろ、絶対!
どの行為も、何度も何度も繰り返していて、なのに律は一向に満足する気配がない。完璧主義もたいがいにしろよ、と思うけれど、それを言ったら練習が終わってしまうから。千秋は何も言えない。
上手くなるために、キスを。相手を気持ちよくするために、局部への愛撫を。初めての時でもいっぱいいっぱいだったのに、今はそれ以上の行為が追加されている。
『すぐにイッたら格好悪いだろ? でも、相手の手で気持ちよくなれないと失礼だし。我慢しつつ気持ちよくなるための練習』
そんな説明とともに、千秋から律の局部にふれることになった。αの陰茎だからか、自分のものとはサイズやいろいろ違うそれを、手や口で刺激するのは大変で。でも律が息を乱したり、一見グロテスクなそれが可愛い反応をしたりするのを見ると満たされて、もっといろいろしてあげたくなって困った。
『乳首をさわるのは力加減が大事なんだって。……胸がない? いや、乳首はあるだろ? 気持ちよく感じてもらえるようになるまで、慣れていく練習』
αの律がつがう相手が、女性なのか男のΩなのかはわからないが、性別がどうであれたしかにみんな乳首はある。そんな説明をされると、胸をさわられることを嫌だとも言えなかった。最初は気持ちいいとも感じなかった場所なのに、じんじんと鈍く痺れるようになり、いつしかそこで快感を拾えるようになった。
『ここも、気持ちよくなれるようになるまでは毎回慣らすらしいから。慣らす練習をさせてほしい』
『それはさすがに──』
後孔にふれられた時は、後戻りできなくなる気がするからとかなり強めに拒絶した。律との練習によって性感帯に変わりつつあった乳首のように、そこも作り変えられるのではと思うと怖くなったのだ。だが律は、首を振る千秋に食い下がった。キスや乳首や陰茎への刺激で千秋の理性を崩し、さらなる未知の快感を期待させた上で──完璧なαは自分だけに甘えてみせた。
『千秋、お願い。一緒に練習してほしい』
律に頼まれるとてんで弱い千秋は結局頷いてしまったのだ。
『慣らす、だけなら』
女性が相手なら後孔にふれることはない。だが、女性も交合前は慣らすというし、男のΩだって発情期以外は慣らすのが必要だというから、狭く濡れないβの男の後孔は練習にちょうどいいのだろう。一生排泄にしか使う予定のなかったそこは、受け入れるためのあれこれを覚えこまされるようになった。
洗浄の仕方も覚えたし、日々の練習でさわられるのが常態化してからは帰宅直後に風呂へ直行し全身きれいにするのが習慣になってしまった。指で広げられ何度も慣らされていくうちに、そこで気持ちよくなれるのだとも教えられた。
──おれ、律との練習が終わったら、誰ともこういうことできなくなるんじゃないの?
律の手が自分に伸ばされなくなった後の未来が怖い。なのに、大好きな幼馴染みから頼られる幸福感と二人だけの秘密を重ねていく喜び、未知の快感が、未来への不安に目隠しをする。
後孔を指でいじられる最中、律には何度か唆された。
『ここ、もっと強くされたら気持ちいいって思わない? 指よりもっと太くて熱いもので』
流されすぎる自分に自分自身ですら呆れる千秋だったが、挿入だけは絶対に拒否をした。
──だって、そこまで行き着いちゃったら、それはもう本番じゃん。
その一線は絶対に越えちゃいけないと思ったのだ。そこまで許してしまったら、絶対に戻れない。今ですら、律との練習をふとした時に思い出して身体が疼いてるのに。
律は千秋の願う最後の一線は守ってくれた。けれど、その代わりと言わんばかりに、律からは首を噛まれることが増えた。
『い……っ』
Ωでもないのにうなじを噛まれるのが不思議で、でも噛まれるたびに、ぐるぐると身体の奥が熱くなるようだった。
──なんか、最近の律、いいにおいがする。
色気づいて香水でもつけるようになったのかな、と思えばなんとなく腹が立ったので、その香りを褒めたりしなかったけど。
毎日、毎日、練習は続く。
家も隣で、小さな頃からずっと一緒で、出来のいい律のことをどちらの親も信頼していて。共働きだし夜も遅かったりあちこち出張に行ったりしてる親たちは、自分たちがナニしてるかなんて知らない。
その秘密を、関係が終わるまで、知られずにいると千秋は思っていたのだ。
***
──なんか、からだ、あつい……?
朝から少しぼんやりする自覚はあったし律にも心配されたのだが、たいしたことないだろうという判断のもと登校すれば、じわじわと熱が上がっているようだった。一時間目と二時間目はやり過ごしたが、三時間目の体育の授業なんてとてもじゃないが参加できそうにない。
──風邪とかそういう感じじゃない……? なんで、こんな、後ろが……?
律と練習する時に感じる後孔の疼きに似ている。いや、それをもっと何倍にも濃くしたような渇望に身体が支配されていくようだった。自分の身体がどうなっているのか、不安で、怖くて、千秋は机に突っ伏したまま動けない。
小さく震える肩に、大きな手が優しくふれた。ふわりと香るのは最近とても好ましく思う、幼馴染みの纏う香りで。
「千秋。保健室に行こう」
他の生徒が教室から移動していく中、律は慌てた様子もない。授業よりも何よりも、千秋を優先するのが当たり前だというように、そこにいた。
「立てる? 無理そうなら抱えてくよ」
「い、いい。あるけると、おもう」
ふらふらしながらも、律の手を借りて立ち上がる。しっかりと千秋の腰を支えた律は、空いている手で軽々と二人分の鞄も持った。
「たぶんそのまま病院に行くことになると思うから、荷物持ってくね」
「なんで……」
「千秋のことは俺が一番わかってるから。ほら、行こう」
支えられながら保健室に移動し、保健医と律が何事か話し合っているのをぼんやりと聞いていれば、優秀な幼馴染みの言う通り病院へ直行することになった。
自分の身体に何が起きているのか不安でいっぱいの千秋の背中を、律はずっとさすってくれていた。
緊急性が高いと判断されたのか、さほど待つことなく通された診察室には、律も付き添ってくれた。今更ながら、保健の先生でも親でもなく、幼馴染みが付き添っているのを不思議に思っていると、バース科の専門医だという中年男性が律を見て「なるほど」と頷いている。
「小平さん、驚かないで聞いてくださいね。小平さんは第二性がΩになっています。転化という現象です」
「え……」
熱でぼんやりしている頭の中を医者の言葉がぐるぐると回る。診察室に通される前に採血された血液検査の結果の数値が云々という説明は右から左に抜けていく。
──おれは、ずっとβだったけど……転化したって……? Ωって? どうして?
混乱する千秋の背中を律が撫でてくれているが、それでもすぐに落ち着けるようなものではなかった。
「特定のαの精を受け続けると変わることがあるんです」
医者は付き添っている律にちらりと視線を向けた。その言葉の意味に思い至り、千秋はおろおろと首を振る。
「そ、そこまでのこと、してな……です」
「なるほど。ですが、うなじを噛まれたりはしていませんか?」
「それは──」
「噛みました。そのせいですよね」
喉を詰まらせた千秋に代わり、律が堂々と答えた。誇らしげですらあるように聞こえる声に、医者は苦笑している。
「うなじへの噛みつきだけで転化させるのはかなり珍しいですが。小平さんのつがいは情熱的なんですね」
「つがい……」
「幼い頃から一筋なので」
自分が、一生当てはまることがないはずだった関係性の片割れとして語られている。そして律は当然のようにその関係性の呼称を受け入れている。
「発熱は、転化によって発情期を迎えたためです。抑制剤を出しておきますが──」
「必要ないです」
医者の言葉を遮って律は処方を断った。褒められた態度ではないと思うのだが、医者は慣れているのか、あっけらかんとした笑顔で「抑制剤は出しておきます」と再度繰り返した。
「転化してすぐはフェロモンが安定しないので、お守りにでもしてください。つがい契約が一発で上手くいかないことや、発情周期が乱れることの方が多いですから」
つがいを危険に晒したくはないでしょう? という医者の言葉に律は渋面で頷いたのだった。
***
病院から帰る先は自宅の自分の部屋のはずだったのに。どうしてか、連れ帰られたのは律の部屋だった。ドアを開けた瞬間に、好ましい香りでいっぱいの空間にくらくらした。頻繁に行き来していた部屋のはずなのに、どうしようもなくドキドキする。もう限界と思っていた熱がさらに上がったように思えた。
身体を支えてくれていた律の手が衣服を脱がしにかかって、千秋はだるい身体で精一杯抵抗する。
「まっ……、りつ……だめ、うしろ、きれいにしてない……!」
さわられるのが嫌なわけじゃない。むしろさわってほしくて身体は疼いている。だけど、きれいに洗浄していない後孔を律の前に晒すのは抵抗があった。
──なんか、後ろ、ぬるつくし……変だから。
いやいやと首を振る千秋のささやかな抵抗をきれいに無視して、律は性急な手つきでどんどん衣服を取り払っていく。
「発情期なんだから、繋がれるようになってるはずだよ。それに、身体つらいでしょ?」
「あ……っ、んん!」
下着の上から尻のあわいを撫でられると、それだけで身体がぞくぞくした。
「普段から反応がいいけど、今はいつも以上に敏感になってるんだね。千秋、可愛い」
「ん、あ、やぁ……」
ぐちゅ、と濡れた音がするのが恥ずかしい。待って、と呟いた唇に、律ががぶりと噛みついてきた。
「ねえ千秋。千秋がΩになるまで俺は待ったよ? だからこれ以上待ちたくない」
「りつ……」
頬に、瞼に、身体中にキスを落とし、あちこちを愛しげに撫でさすりながら、律はたっぷりと溜め息を吐く。
「やっとだよ。これならおれたちお似合いだよね? おれのになってくれるよね? 千秋がβのままでも俺にとっては誰よりも大好きな千秋だったけど。αとΩなら誰にも文句言われないだろ? つがいになれるし結婚できる。結婚して、千秋」
「つがいとか、結婚とか……」
βの自分では考えられなかったことをいきなり申し込まれても、と千秋は戸惑うが、律の眼の強い光に言葉を呑んだ。
「千秋、千秋、好きだよ。大好き」
「あ……」
──子供の頃、何度も交わしてた「だいすき」の言葉と無謀な約束。
いつか見た夢を、遠い記憶を、千秋は思い出す。天使のような姿をしていた幼い頃から、律は変わらず自分を好きなままなのだと──むしろもっと欲を孕んだ熱さで自分を想っているのだと、霧が晴れるようにすっきりと、やっと千秋は理解した。
周りの声で何度も繰り返されていくうちに、平凡な自分じゃ相応しくないと、いつしか律への想いを諦めるようになったけど。本当は、自分だって──
「おれも、りつが、すきだよ……っ、すき、だいすき……!」
「うん」
押さえ込んでいた想いを胸から解き放って口にすれば、律がとてもしあわせそうな顔で笑った。
「千秋がおれを好きでいてくれること、わかってたよ。千秋のことは俺が一番わかってるから。でも、千秋の口から言ってもらえて嬉しい」
律は「千秋」「好き」「可愛い」をひたすらに繰り返しながら、千秋の身に残る衣服をすべて取り払い、自身も荒々しい手つきで服を脱ぎ捨てる。
千秋はベッドに押し倒され、覆い被さってきた律の手によって愛液でぐしょぐしょの後孔を指で慣らされた。
「転化が完全になったから、いつもよりぬるぬるだ。今日は発情期だからかな。俺の指を離したくないって吸いついてくる。すごくえっち。可愛い、千秋」
「んっ、んっ、りつ、や、きもちぃ……っ」
身体の中の気持ちよくなれるところを律の指が擦り上げていく。その心地よさにとろとろと乱れれば、目の前の雄が恍惚とした笑みを浮かべてゆっくりと指を引き抜いた。
「可愛い。千秋の気持ちよさそうな顔、最高。もっと気持ちよくなろ?」
食い締めるものを失い切なげにヒクつく窄まりに、硬く滾ったものが押し当てられる。
「あ……、それ、律の……」
「うん。俺のちんこ。つがいになるもんね? 結婚するもんね? 練習じゃなくて本番しよ? いいよね」
ぷちゅ、と律の欲望の先端が、千秋のぬかるみにキスするようにふれている。それを、拒まなくていいことが、望んでもいいことが、嬉しい。
「いれて……律の、つがいになるから。練習でおわるの、やだから」
恥ずかしくて、でも、とびきりしあわせなことをねだったのだと自覚しながら、千秋は満面の笑顔になった。
「っ、可愛すぎ……! ああもう!」
「ああっ!」
指とは比べ物にならない圧倒的な質量の熱が、胎内に押し込まれる。衝撃と、瞼の裏が白く弾けたような強い快感に、わけもわからないうちに千秋は吐精していた。互いの腹が千秋の放った白濁で汚れている。
「挿れただけでイくとか、えっち……可愛い、千秋。もっと気持ちよくなろうね。千秋の好きなとこ、たくさん擦ってあげるから」
「あっ、やっ、りつ、りつ、まって……っ! おれ、まだ、からだへん──っ」
「大丈夫、たくさん気持ちよくなるだけだから──」
身体の反応に心が追いつかず狼狽えている千秋にうっとりと笑って、律は抽挿を開始した。
「あっ、あっ、あっ、だめ、きもちぃ、そこだめ……っ!」
「だめじゃないよ、千秋が可愛くなっちゃうとこだよ。ほら、気持ちいいね、千秋? 可愛い。可愛いなぁ……!」
「んぁっ、まって、ぇ……!」
制止の声は届くはずもなく──練習と称したふれあいで知り尽くされた身体は、長年飢え続けていた律に散々に貪られたのだった。
*****
「……はっ!」
ぱちりと目を開ければ、まだ窓の外は暗い。どうやら中途半端な時間に目を覚ましてしまったようだ。
──まあ、律に起こされずにおれの方が早起きするなんてないしな。
隣に眠るつがいはおそらく穏やかな寝顔をしているはずだが、部屋が暗いのでよく見えなくて残念だ。
転化が判明した日、たっぷりじっくり交わった。というか、律に離してもらえなかった。
そんな状況でナニをしていたか隠し通せるわけもなく──それぞれの親には第二性がΩへ転化したこと、それによってつがいになること、結婚することを報告した。律の諦めの悪さ──もとい初恋への一途さからやりかねないと思われていたようで、転化もあまり驚かれなかったことに千秋の方が驚いたくらいである。
「結婚、かぁ……」
第二性がβと判明してから、忘れようとした幼い頃の約束を、そして千秋の想いを、律が諦めずにいてくれたから今こうして同じベッドで眠ることを許される関係になれている。そのことに千秋は深く感謝している。
「隣にいさせてくれてありがとう。大好きだぞ」
想いが通じ、つがいになれたことでタガが外れたのか、散々に抱き潰されることも多く、「加減しろ!」と怒ってばかりではあるけれど。律のくれる愛は嬉しくてしあわせで気持ちいい。
律のように「一生離さない」と言葉にすることはほぼないけれど、千秋だって「同じ気持ちなんだからな」と毎回思っていたりする。うなじへの噛みつきだけで第二性を転化させた律も律だが、千秋だってよっぽどだ。
千秋は再び寝直すことに決めて、律の腕の中に潜り込む。好ましい香りに包まれて、きっと優しい夢が見られるはずだ。
愛しいつがいの隣で目覚める朝を楽しみに、千秋は笑いながら瞼を閉じた。
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