一休みの遊戯部屋

MEIRO

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一日体験

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 ――世の中には、特殊な仕事というものが、存在する。
 求人広告には載っていないような、そんな仕事だ。
 そういうのは、たいていネットでもできれば、いくらでものっているが、よくわからないような仕事に挑戦し、自ら冒険する人は、そうそうおらず。
 自分から、そういった仕事を探してみようと思わなければ、それは目にとまることのない情報だろう。

 と、まあ。
 つい最近バイトをやめた俺は、楽な仕事はないかと、あえて求人広告はみず、インターネットで、情報をあさった。
 そこで――その仕事を見つけたのだった。

 さらに、一日体験してみて、だめならやめることもできるようで。
 なにより、給料が普通のバイトと比べて、少しばかりよく、業務内容も、難しくなさそうときた。
 それならばと、俺はすぐにそこへ電話したのだった――。

 + + + + + +

「よ、よろしくお願いします」

 俺はのっていたエレベータから降りながら、付き添いの人に軽く頭を下げる。

「まあ、今日は体験なんだから。そんな硬くならなくて、だいじょうぶだよ。ほら、ハッスルハッスルー」

 と、少し軽い返答をしたその人は。
 今日、俺に仕事を教えてくれる――勇次ゆうじさんという人だ。
 そして、俺とその人は、ペアで、ある場所へと着ていた。

「とりま。ここが、依頼人のが待ってる部屋だから。あんまかたくならないでいいよ。ほら、ハッスルハッスルー」

 その声に、俺は「はあ……」とあいまいに答えて。
 勇次さんが指をさした先をみる。
 何の変哲もない、マンションのドアのようだが。
 まあ、ここはマンションでもなく、ちょっとばかし、リーズナブルに泊まれる感じの――ホテルなわけだが。

 勇次さんは、なれた様子で、部屋のドアをノックする。
 すると――がちゃ、とドアが開き、

「あ……、どうぞ……」

 部屋から出てきたのは、前髪が少し眺めの、大人しそうな女性だった。
 勇次さんは出てきた女性に名乗り、部屋へと通してもらい。
 俺もそれにならうようにして、自分の名前をボソッと言い、部屋に入った。
 言いなれていない名前を口にするのに、少し照れがあったからだ。
 まあ、それはさておき――。

 迎え入れてくれた彼女は、勇次さんを見て、少し疑問を覚えたように、俺のほうを見てから、部屋の奥へと向かっていき。
 そして、奥の部屋には、ベッドと、テーブルがあり。
 女性と勇次さんは、テーブルの前に置かれた椅子に腰を下ろしすと、

夏井なついくんも、そこに腰をかけて」

 夏井。それは――偽名だ。
 いわゆる、源氏名というやつで。
 だから、さっきは、少し恥ずかしかったのだ。

 ようするに、勇次さんも同じく、本名は別にあるのだが。
 それは俺の預かり知らぬ部分であり――。

 俺は勇次さんに言われたとおり腰を下ろすと。
 ポケットからペンとメモを出し。
 目立たないように、それらを手に持った。
 もちろん、しっかりと仕事を覚えるためだ。
 そして、仕事を覚える準備をした俺の眼前で、勇次さんは俺に手の先を向けると、

「このこ、新人なんですが。ご一緒させていただいても、よろしいでしょうか?」

 勇次さんが聞くと、女性は「はあ……」と、あいまいに返事をし、

「わ、私はかまいません……。はい……。なんでも、大丈夫です……」

 なにやら緊張しているのか。
 おずおずとした調子で、女性は返事をした。
 それを受け、勇次さんは、その女性にお礼を言うと、持っていた鞄から用紙を取り出し、本日の仕事内容に関する受付を始めた。

 少し笑える雑談を織り交ぜながら、要望をきき。
 その流れで、女性をリラックスさせるような言葉運びで。
 少しずつ、“空気作り”が行われていた。

 人は見かけによらないとはこのことで。
 そこにいたのは、先ほどちゃらちゃらした風にしみせていた、勇次さんではなく。
 なんてことのない会話の中にすら、心配りがあり、ほっとさせる。
 少しずつ、女性の中にあった緊張がほぐれていくのを、はたからでも、はっきり理解できた。

 そしてこれが、ここで働くということなんだと。
 勇次さんへの尊敬とともに、俺は感じたのだった。
 それから、受付が終わり――。

「と、まあ。こんな感じだ。特に、難しいことはなかっただろ?」

 勇次さんが訊いてくる言葉に、俺は素直に、はい、と返事する。
 確かに、難しいことはなく、メモはしっかりとったので、受付の流れは問題なく覚えられそうだ。
 しかし、受付の内容を聞いた俺は、その業務内容に驚愕していた。

 もちろん、応募の電話をするときに、どのようなことをするのかは、きちんと目を通していた。
 だが、いざこうして、目の当たりにしてみると。
 こんな世界が実際にあるんだと。
 俺はすっかり空気に飲まれてしまっていた。

 そして、うっすらとのどの渇きを覚えていると。
 「あ、そうでした」と、女性――綾子さんが言う。
 名前は、受付のときに、聞こえてきた。
 まあそれも、偽名なのかもしれないが――。
 綾子さんはバッグの中から、コンビニの袋を取り出すと、そこから二本、お茶の入ったペットボトルを取り出し、

「ちゃんと、新品ですから。よかったら」

 と、しっかりキャップの部分を見えるようにして。
 ひとつを勇次さんに渡し、もうひとつを、俺にも差し出してくる。

「いいんですか? ひとつは綾子さんの、自分の分として買ったものですよね?」

 確かに。
 俺もここに来るのは、もちろん事前に伝えてあったようだが。
 素直に受け取るのは、軽率かもしれない。

 勇次さんの言葉に、俺はペットボトルを受け取ろうとした手を引っ込める。
 すると、綾子さんは大げさに、ぶんぶんと、手を横に振ち、

「わ、私のは……、ちゃんと、ありますから……」

 そう言って、綾子さんは、お茶のキャップを、パキッ、と空け。

「緊張してるみたいだし、よかったら飲んでください」

 綾子さんはそう言って、お茶を俺へ差し出した。
 そこで、俺は確認するように、勇次さんのほうを見て。
 彼がにこやかにうなずいたのを、確認してから。

「あ、ありがとうございます。緊張していたので、助かります」

 俺は言う必要のないことを言いながら、一口だけ、お茶をいただき。
 勇次さんと綾子さんが、あはは、と和やかに笑うのを聞きながら、俺はペットボトルのキャップををしめ、持ってきていた鞄へとしまった。
 そして――空気が変わり、

「夏井くん」

 綾子さんを意識した、声量の抑えられた声に、俺は、はい、と返す。

「最初はわからないことや、戸惑うことが沢山あると思うけど。とりあえずは、ベッドにあがったら、しっかり――切り替えていかなきゃいけないって言うのだけは、しっかり覚えておいてね」

 そう話す勇次さんの目は、いまでとは別人のようだった。
 俺がその様子に圧倒されながら、返事をすると、勇次さんは優しく微笑み、綾子さんの待つベッドへと向かった。

「すみません、おまたせいたしました」

「彼は、一緒に遊んでくれないんですか?」

 綾子さんは冗談っぽくそう言う。
 受付をしていくなかで、今日の俺の立ちいちも、把握しているはずなのだが。
 彼女のなかにあった緊張は、すっかり解けたようだ。

 むしろ、本当に俺がここにいてもいいのだろうか。
 と、俺のほうが緊張しているのだが。
 そもそもの話、体験者を許容できる人にのみ、お声がけをしていたらしく、まったく問題なとのことだ。
 だが、そういわれたどころで、という話である。
 仕事を覚えるために、まじめな表情でいたらいいのか、もっと別の表情をしたほうがいいのか、色んなことが、だんだんわからなくなってきていた。
 そして、そんな俺を置いてけぼりに、話は展開していき――、

「まあ、それは、夏井くん次第ですかね。けど……、難しいよね?」

「は、はい……。できましたら、仕事を覚えるため、見学させていただきたいと、いいますか……」

 またも、いらない台詞。
 この場面にふさわしくない言葉だと理解しつつも、緊張で頭がまわらず、ぼんやりと返しながら、適当な椅子に腰を下ろした。
 その様子に、勇次さんは苦笑いを浮かべると、

「とにかく、夏井くんは、慣れてからということで……」

「なるほど。つまり、彼をその気になれば、一緒に遊べるんですね?」

 綾子さんは、少しいたずらっぽく言うと、するする、と服をぬぎだしていく。
 それを受け、

「まあ、そういうことです」

 肩をすくめて返す勇次さん。
 そうして、目のやり場に困る俺の眼前で、彼も苦笑いをしつつ、一枚一枚、服を脱いでいき――準備が整うと、

「では――」

 勇次さんはそう言ってベッドの上で、四つんばいになった。
 それから、彼は、まるで犬にでもなったかのように、低音で、わんわんと、鳴いた。

 もちろん、彼の趣味というわけではない。
 それが、あらかじめ決められた――プレイなのである。
 演技であり、なりきり。
 そして、間の抜けたようなそれを、それを全力でする勇次さんの姿に、俺はなぜか美しさを感じた。

 彼の心配りは、いつ始まったのかさえわからないほど、ずっと続いていた。
 俺が緊張していれば、おどけて見せ。
 お客さんに、たいしても、また別のやりかたで、空気を緩やかにしていく。 
 そして、今。
 ふざけたような動作の中にも、相手を喜ばせてあげよう、というのが、伝わってくるようだ。
 それにたいし、綾子さんは嬉しそうに笑みを浮かべると。
 おもむろに手を――自分のしりにまわした。
 そして――、

「あら、おりこうさんな、わんちゃんですね。そんなわんちゃんには……」

 綾子さんはそういって、ふんっ、と。いきみ、

 ぷううううぅぅううぅぅううううぅぅ~~……

 と――放屁音。
 もちろん、それをしたのは綾子さんだ。
 そして、綾子さんはそれを手に握ると、

「ほら。よく嗅いでくださいね~」

「――わふっ!?!?」

 勇次さんが苦しそうに声をあげる。
 それはそうだ。
 綾子さんに、強烈そうな握りっ屁を嗅がされたのだから――と。
 何も知らずに見ていたら、そう思うだろう。

 しかし、あれは演技だ。
 受付の際に、そういった打ち合わせがあったのである。

 勇次さんは、それにのっとって、苦しそうにしているだけなのである。
 それにしても、すごい演技力だ。

「おっ、おげぇぇっ……、え……? うそ……」

 本当に臭がっているようにしか見えない。
 そんな彼の演技力に、綾子さんは興奮を覚えたのか、綾子さんは、ふふっ、と笑みを漏らす。

「そんなに喜んでもらえたら、仕込んできた甲斐があります」

 綾子さんはそういって、再び自分の手を知りのほうへと持っていき、

 ぷっすうううぅぅううぅぅうううぅ~~……

 すかしっ屁。
 彼女はそれを手にぎゅっと握ると、勇次さんの鼻へ、ぽふっ、とかぶせた。

「いぃっ!?!? ぎっ……、ちょっ……」

 綾子さんから握りっ屁を受け、勇次さんの頭部が、ぐらりと揺れる。
 そして、勇次さんが目を回した様子で、ベッドに横たわったのみて、綾子さんはさらに動いた。

「――むぐっ!?」

 驚きの声をくぐもらせる、勇次さん。
 仰向けになったところを、綾子さんに顔面騎乗を受けたのだ。

 本当に、すごい――演技力だと、俺は思った。
 俺はそのやり取りに、圧倒され。
 迫力に、ぞっと、鳥肌を立てていた。

 あんなに大人しそうだった、綾子さんに、こんな一面があったとは――。

 俺は驚きを隠せずにいた。
 というか――、

「ねえ」

 ちらりと、綾子さんが、こちらを見る。

「あなたも、やってみますか?」

「……へ?」

 話を振られるとは、思っておらず、呆然とする俺。
 すると、そんな俺に、綾子さんは笑みを向けると、

「何事も、経験です。それに、これから、あなたもスタッフになるんですよね?」

 綾子さんは、そんな風に俺に声をかけながらも、

 むっすうううぅぅうううぅうぅぅぅぅ~~……

「おぉっ……!? ごっ……! なづ……! ずげ……っ!」

 鼻先に、綾子さんから屁をすかされ。
 なにやら、それっぽい叫び声をあげる、勇次。
 そのほとんどが、綾子さんの尻に吸収され、言葉になっていなかった。
 そして、その様子を見て、

「じ、自分は……、その……」

 綾子さんへの返答に迷う俺。
 仕事を見学させてもらって、数分といったところだが。
 俺はすっかり、怖じ気てしまっていたのだ。

 ――気づいていた。
 勇次さんの苦鳴が演技でないことに。
 漂ってきた匂いに、俺は理解させられてしまったのだ。

 本当に、しゃれになっていない。
 卵の腐った臭い、なんてものを数倍通り過ぎたような。
 脳を溶かされるかのような、臭いが漂っており。
 今にも吐きそうだ。

 それを鼻先に受けている、勇次さんの苦しみはどれほどのものか――。
 それを考えただけでも、逃げ出したくなった。

 だが、本当のところ、どうなんだろう。
 こういうケースは稀なのだろうか。
 本来なら、もう少し緩やかな、内容であったりするのかもしれない。
 だが、なんともいえない。

 給料は、普通にバイトをすよりは、だいぶ高い。
 だとするなら、割に合っているのだろうか。
 俺はいつのまにか、現実逃避をするかのように、色々と計算をしていた。

 と、そのとき。
 すっ、と綾子さんが、勇次さんの顔から立ち上がる。

 そして、俺は勇次さんの様子を見て――。

 心臓が止まるかと思った。
 先ほどから、ずいぶん静かだと思っていたが、それはそうだろう。
 勇次さんは、いつのまにか――白目をむき、きぜつをしていたのだから。

 その様子に、俺は固まっていると、

「ねえ。まだ、物足りないんですけど……」

 綾子さんは、そういって俺のほうへと近づいてくる。

「ねえ。まだ、時間ありますよね?」

 綾子さんはそういって、手を自分の尻のほうまわす。

「ねえ。お願い。せっかく、今日を楽しみにしてきたんだから……」

 綾子さんはそういって、

 ふっしゅううううぅぅぅううぅぅううぅっぅ~~……

「ねえ、夏井さん」

 綾子さんはそういって、俺の鼻先に、握った手をかぶせたのだった――。
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