そこは、何の変哲もない村だった

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

文字の大きさ
4 / 5

それは、何の変哲もない小屋だった――。

しおりを挟む
 ――壷だ。
 目の前には、何の変哲もない、壷があり。
 そこにあるのは、壷だけで、壷のみだった。

 サイズは、人の頭よりも一回り程大きいような、感じで。 
 形が、なんだか特徴的な壷だった。
 下半分は、いたって普通の壷、といった風なのだが。
 上半分が、どういう訳か、いびつな形をしているのである。

 首の部分が不自然に――きゅ、っとすぼまっており。
 一番特徴的なのが、口の部分、何かを受け止めるかのように。
 包むかのように。
 計算されたかのように、開きかけの花びらのように。
 まるで――何かを、包み込むかのように。
 ひらいていた――。

 + + + + + +

 目の前にある壷は、どうして、そのような形をしているか。
 それについて、考えてみれば、嫌な発想しか思い浮かばなかった。
 俺はげんなりしながら壷の観察し、もう一つ、疑問に思ってたことについて理解した。

 なぜ、臭いが漏れないのか。
 まあ、小屋のつくり、というのもあるだろうが。
 事実は、俺の想像よりも、ずっとシンプルで、ずっと恐ろしいものだった。

 壷に、ずっしりとした――蓋がのっかっていたのだ。
 これでは、臭いが漏れようがない。
 漏れようがない――はずなのに。
 俺をいまだに苦しめ続けているいるこの臭いは、なんなんだろうか。

 いや、わかってはいるけれども。 
 そりゃあ、壷に、空気を吸引する機能でもついているのであれば、話は別だが。
 目の前の壷は、どう見ても、ただの壷だ。
 そんな特殊な機能などあるはずもなく、なにかの拍子に、臭いは当然、逃げていくだろう。
 とはいえ、壷の外に漏れ出すぶんなんていうのは、本当に些細なものだろう。
 もっといえば、小屋の外に漏れ出すのは、さらに些細なものになるということだ。
 しかし、だとするなら。
 男が嗅ぎ続けていた臭いは、どれほどまでに――。

 恐らく、男がいる――その壷の中に。
 うめき声は、確かに小屋の中から聞こえてきたのだから、その推測は、間違いないだろう。

 じゃあ、胴体は。

 まあそれも、簡単な仕掛けだろう。
 ここにきて、いきなりグロテスクな展開、なんていうのは考えづらい。
 もしそうであったなら、彼の命の火は、とっくのとうにきえているだろうし。
 恐らく、首から下が、地中に埋まった状態になっている。
 だから、男は逃げることができないのだ――。

 本当に、考えただけでぞっとする。
 まだ事実を、目にしているわけではないのだが。
 俺の考えが、外れている気がしない。
 ならば、急いで、壷の蓋を開けてやらなければ。
 そう思い、小屋の中に足を踏み入れた俺は、木造の床の上にしゃがみ込み、壷の蓋あけようと手をのばした。
 と――そこで、

 ――パッ

 ……。
 なんだ。

 唐突に、視界が明るくなった。
 壷が、よく見える。
 どういうことだろう。
 天井が、やけに明るくなった。

 俺はゆっくりと上を見る。
 小屋が明るくなった理由が、すぐにわかった。
 そりゃあ――電球がついているんだから。明るいわけだ。
 しかし、どうして――、

「あんた」

「――っ!?」

 背後から聞こえてきた声に、俺の心臓が跳ねる。
 見ると、そこにいたのは、成美さんだった。

「あんた。梅子のとこにきた、お客さんだね」

 彼女は、戸のすぐ横の外側の壁へと、手を伸ばしながら言う。
 なるほど。そこに、電気のスイッチがあったのか。
 よっぽど気が動転していたんだろう。
 視野が狭くなっていたみたいだ。
 呆然と、俺がそんな考察をしていると、

 チリィン……

 唐突に、鈴のような音が聞こえてきた。
 そしてそれは、一度ではなく。

 チリィン……

 やはり、村の何処かにスピーカーでもあるのか。
 村中に響くかのような音で、その音は鳴っていた。

「ちなみになんだけど。この村のルールをやぶったら、どうなるのか。梅子からは聞いてる?」

 成美の言葉に、俺は真っ白な思考のまま。

 チリィン……

 ただ首を横に振った。

 チリィン……

 成美さんは、「そう」とだけつぶやくと、

「まあでも、その壷をみたあとなら――わかるわよね?」

 成美さんがそう言ったあと。
 どこからともなく、村中から、複数の足音が聞こえてくる。

 チリィン……

 十? 百? 小屋のほうへと、足音が近づいてくる。

 チリィン……

 足が震えてくる。

 逃げないと。
 男のことを考えている余裕は、もうない。
 とにかく、早く――。

 あれ。

 動かない。
 足が。
 これは、

「まさか……、梅子さんに……」

 盛られたか。
 毒を?
 痺れさせるような毒?
 いや、眠気を誘う毒かもしれない。
 だんだん、瞼を開けているのが、つらくなってきた。

「へぇ。梅子ってば、こうなることを、予想してたのかしら」

 俺の様子を見て、成美さんが感心したようにつぶやくが、

「うーん……。けどあの子に、そんな計算なんて……」

 自分の考えにしっくりきていないのか、成美さんは首をかしげると、

「まあ、なんにせよ。捕まえる手間が省けたんだから。いいか」

 成美さんは思考を中断し、少しずつ集まってくる村人達と、なにやら会話を始める。
 だが、俺の意識はそこで限界を向かえ、村人たちの会話を耳にすることなく、途切れることとなった――。

 + + + + + +

 ――そこは、なんの変哲もない、村だった。
 そして、なんの面白みのない、ただの村だった。
 自然に囲まれ。
 綺麗な空気にかこまれ。
 ただぼんやりとしていて。
 のんびりと過ごすには、丁度いい、そんな村だ。
 村民は、建物を円状に建て、静かに暮らしているようだ。
 建物の並び方としては、些か歪とも思えるよう形だが、原因は村の中央にある、建物が原因だろう。
 人が住むには小さすぎるような、そんな建物だった。
 それが、何かを祀るかのように、ぽつんと、たれられているのだった――。

 そして――ある晴れた日のこと。

「はあ……。ガスで、お腹がはっちゃってるよぉ……」

 可愛らしいおかっぱの女性が、その小屋へと入っていく。
 それから、しばらくして――、

 ぼぶうぅっ!!

 どう聞いてもそれは、放屁音以外のないものでもないような音だった。
 目に見える確証はないが、小屋の中に入っていった女性が、放屁したのは間違いないだろう。
 小屋が揺れたかと思うような風圧と共に、そんな音が、その建物の中から聞こえてきた。
 もし、それが本当に屁だとしたら、小屋の中は、恐らく屁の臭気で隅々まで満たされたことだろう。
 今しがた響いた音は、そう思えるような。
 短く、爆風のような一発だった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

コント文学『パンチラ』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
春風が届けてくれたプレゼントはパンチラでした。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

坊主という選択

S.H.L
恋愛
髪を剃り、自分自身と向き合う決意をした優奈。性別の枠や社会の期待に縛られた日々を乗り越え、本当の自分を探す旅が始まる。坊主頭になったことで出会った陽介と沙耶との交流を通じて、彼女は不安や迷いを抱えながらも、少しずつ自分を受け入れていく。 友情、愛情、そして自己発見――坊主という選択が織りなす、ひとりの女性の再生と成長の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...