扉のない部屋

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

文字の大きさ
1 / 1

部屋から出る方法

しおりを挟む
「――かかったな!」

 男のような、太い声が部屋に響く。
 しかし、姿は見えない。
 それに対し、少女は警戒するように、何もない部屋を見回した。

 本当に何もない。
 少女の周りにあるのは、ぐるりと囲む、石壁だ。
 出入りするための扉などもなく、彼女は姿のみえない何者かにはめられ、状況はいまにいたるのである。

 少女の名前はアメル。
 冒険者だ。

 身動きのとりやすい上下の服装に、最低限の荷物。
 彼女はどうやら、素手で戦うタイプのようで、

「もう、きさまはこの部屋からでることはできんぞ。出入り口を隠してしまったから、外からの助けも期待できん。まあ、この城に来るような頭のいかれたやろうは、きさまぐらいだろうから。助けをあてにするのは、やめておいたほうがいいだろうがな」

 がはは、と。
 何者かが笑った。
 すると、アメルは癖のある赤いセミロングの髪を、わしわしとかいて言った。

「けど、出る方法は、あるんだよな?」

「……あ?」

「じゃねえと、お前もこの部屋から出られないだろう?」

「…………」

 押し黙る。
 図星なのだろうか。
 しばらくの沈黙が流れたあと、

「ない……」

 何者かはそう言う。
 その声に、アメルが「んー?」と返すと、何者かはふっふ、笑った。

「仮に、あったとしても。きさまには関係のないことだ。なぜなら――」

 ぷううぅぅ……

「あ……」

 それは――唐突だった。
 放屁の音が部屋に響き。
 やらかした、といわんばかりに――アメルが苦笑いをした。

「わるい。屁が出た」

「…………」

 再び押し黙る、姿の見えぬ何者か。
 その息遣いが、かすかに震えている。

 戸惑っているのだろうか。あるいは怒りなのかもしれない。
 姿が見えないので、感情をみてとることはできず。
 そんな何者かの様子に、アメルは失態ごまかすようにあはは、とわらうと、

「そんなに、おこらないでくれよ。な? それに、屁ぐらい、誰だって――」

「きっ、きさまぁっ! 女だろうが! 少しは、慎みと……、いうものを……」

 ふと、何者かの声がやみ、その様子に、アメルは「ん?」首をひねる。
 すると、少ししてから――「うぅっ……!」という、苦しそうな何者かの声が響いた。

「ぐっ……、き、きさまっ……」

「ど、どうした?」

 何事だ、と。疑問を覚えるアメル。
 思いのほか深刻そうな声を受け、彼女は表情が少しだけ硬くした。
 それから、少しの間があり、

「ま、まさか……、姿の見えない俺を、攻撃するために……っ!?」

 驚愕、といったふうな何者かの声に、アメルは「は?」気の抜けた声を返す。
 しかし、何者かの耳にそれは通らず、

「ど、毒ガス……? そ、そうか……、その手があったのか……」

「…………」

「確かに、この部屋は通気性が、うっ……、悪い……。その弱点をついたというわけか……。くっ……、おのれ……、よくも……」

 と――そこで。
 何者かは、「……っ!」と再び声を詰まらせると、

「――ぐはっ……!?!?!?」

 ダメージを受けたかのような、何者かの声。
 しかし、アメルが何かをしたということもなく――ドサァ、と。
 人が倒れこむような音が部屋に響いた。

「ぃ……、さま……。また、屁を……?」

 何者かが訊く。
 すると、

「あ、あれ? ばれたか……」

 少し恥ずかしそうに、アメルは顔をうっすらと赤らめて苦笑いをした。

「いやぁ。きっちり――すかせたと思ったんだけどなぁ……」

「なにを……、ふざけたことを……。きさま……、こんな、技を隠し持って……」

 ますます苦しそうな、何者かの声。
 それを受け、アメルは心外だと言いたげに「おいおい」と返した。

「ふざけてるのは、そっちだろ。こんなのが、技なわけ……。あ」

「……なんだ?」

 不意にあげられたアメルの声に、何者かの声が止まる。
 すると、

「もう一回……、でそう……」

 アメルがそう言うと。
 数秒ほど、沈黙が流れ――、

「よ! よせっ! この部屋は換気ができないんだ……! たのむっ! これ以上は……!」

 はっきりとわかるほど、うろたえた様子の何者かの声。
 その声に、アメルは少しむっとした表情を浮かべると、

「だったら。私を閉じ込めるのを諦めて、部屋をあければいいだろうが」

「そ、それは……」

「っていうかさ。あけないっていうんなら……、わかるよな?」

 アメルはそういって、声の聞こえるほうへ、引き締まった尻を、くい、と向けた。
 すると、

「ちょっ、ちょっとまて……! 待つんだ! ここは、落ち着いて話を……」

「いやいや。早くしないと、もう、でちゃうって」

「ひいぃぃ……」

 はじめの様子など見る影もなく。
 何者かは、弱った声を漏らす。
 その様子に、アメルはため息をつくと、

「だから! 本当にでちゃうから! 早くして! なんか、やばそうな波が来ちゃったしさぁ! 早くどうにかしないと……」

 アメルそういうと――ぺたぺた、と、はだしのような足音がなった。
 もしかすると、姿の見えない何者かは、裸なのだろうか。
 あるいは、人間とは違った種類のものかもしれない。

 まあ、それはいいとして――。
 足音から察するに、その者はどうやら、アメルから距離をとったようで。
 その気配を感じたアメルは、何かをひらめくように、あっ、と声を上げると、

「そうか! 距離をとれば、少しはましに……!」

「うわっ! こっちくんなっ!」

 アメルは距離をとろうと、適当に背後側の部屋の角へと向かったのだが。
 その行動に何者かが慌てたように声をあげたのだった。
 すると、アメルは何かに気づいたように、はっ、と声をもらし、部屋の角をみつめる。

「てめえ! 姿が見えないことをいいことに、今、隙をつこうとしやがっただろ!」

「ぐっ……」

「ぐっ、じゃねえ! もういい! こうなったらここで――」

 むにぃ……

 それは――偶然だった。
 アメルが適当に突き出した部屋の角。
 目には見えないが、そこから何かの感触が、アメルの尻へと返ってくる。
 それはまるで、何かの頭部のような形をしていて――、

「むむうう!?!?」

 と、何者の声がくぐもる。
 その様子に、アメルは――にやりと笑みを浮かべると、

「ふうんっ!!!!」

 ぷっすううううぅぅううぅぅううぅぅううぅぅ~~……

 力強い声とは裏腹に。
 それはそれは、完璧な――すかしっ屁だった。
 アメルとしては、想定外の音だったようだが。
 それはさておくとして――、

「んぶっ!? うっ――ぶうううぅぅ!?!?!」

 断末魔のような、何者かの声。
 その様子に、アメルは少し顔を赤くすると、

「いやいや。そこまでなのかよ……。っていうか、昨日、何食べたんだっけ……?」

 アメルはそういって、「まあいっか……」と、ほほをかくと、

「それじゃあ、全部だしきっちゃうからな」

「……っ!?!?」

 アメルの言葉に、驚愕した様子の、何者かの声。
 その声に、アメルはやれやれと肩をすくめると、

「だからいっただろ。やばいのがきたって」

「ぁ! のむ……っ! こ、ょりを……!」

 その声は、ほとんど言葉になっておらず。
 アメルは、なにを言ってるんだ、という顔をすると、

「そんじゃ、とっととやっちまうか」

 彼女はそういって――、

「ふんっ!」

 ぶううううぅぅ……!

「ふうぅん!」

 ぷううぅぅ……!

「ぐっ……」

 ぶびぃ……

「くっ……」

 ふっすううぅぅ~~……

 と――そんなかんじで。
 アメルはそのあとも――約、数十発。
 放屁をしつづけた。

 いったい体のどこに、そんなガスがあったのか、不思議だが。
 アメルはひととおりの放屁を終えると、

「よし、おつかれさん。それじゃあ――これで最後だ……」

 す――ふすうううぅぅううぅぅううぅぅううぅぅううぅ
 すかああぁぁああぁぁああぁぁ~~……

 そして、アメルが一息ついたころ――。

 部屋の一部に。
 いつのまにか、扉が出現していたのだった――。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

コント文学『パンチラ』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
春風が届けてくれたプレゼントはパンチラでした。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...