覚悟を決めてください

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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数字の恐怖

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「おい……、おいおい。何の冗談だよ、こりゃあ……」

 仰向けでそうつぶやく男の目の前には――尻があった。
 男は薄暗い空間に顔だけをつっこんだ状態で、それを見ていたのである。
 つまりどういうことかというと――、

「それじゃあ。まもなく始めますので、覚悟をすませてください」

 そんな女の声が、男へかけられる。
 髪長い、おとなしそうな雰囲気のある綺麗な女性だった。
 彼女は布団をはいだ状態のベッドの上に仰向けになった状態で、丁度お尻の位置にくるように仕掛けた箱に腰をのせていたのだ。
 要するに。どうやら、男が顔だけを入れた箱の上に女が尻を乗せているといった、奇抜な状況のようで、

「これが罰……? こういっちゃあなんだが……、軽すぎないか……?」

 その言葉から推測するに、男は罰を受けているようだ。
 だが、その罰の内容に彼は拍子抜けをしている様子で。
 そんな男の声に、女は柔らかな口調で答えた。

「まあ、人それぞれだと思います。人によっては、ごほうび、なんて思う人もいるかもしれませんが……。あなたはどうでしょう?」

「いや。まあ、別にわるい気はしないかな。薄暗くはあるけど。あんたの形のいい尻が、うっすらと見えるしな」

 男が言うと、女は苦笑いをして口を開く。

「けど、いいましたよね? このあと、どうなるのかを……」

「ああ、けど……。“それ”もそうなんだけどさ。俺にとって、別に、嫌悪するほどの対象でもないんだよな」

 その発言に、女は少し意外そうに「ほう」と驚く。

「心がお広いんですね?」

「だろ? だからさ、今日のところは、勘弁して逃がしてくれねぇか?」

 男が悪そうな笑みを向けて言うと、女はくすくす、と小さく笑った。

「さて。無駄話は、このくらいにして、そろそろ始めましょうか」

「ちぇ。くえねなぁ……」

 やれやれと、男は観念した様子で苦笑いを浮かべる。

「それじゃあ、はじめますね」

 女はそう言って――「ふぅん」と腹に力を入れた。
 すると――、

 ぷううぅぅ~……

 放屁音が、女の尻から鳴る。 
 そして、男はあらかじめ、こうなることを知らされていたのだろう。
 彼はわずかな動揺すら見せず、余裕の表情で、鼻を鳴らして見せた。

「へっ、やっぱりこんなもんだよな」

「ほう。あまり、苦しくなかったですか?」

「ああ、別に。なんてことないな」

 男のいうとおり、臭気は平均的といった感じで。
 とはいえ、ちょっと鼻に来る感じだが。
 彼は言葉のとおり、内心でも余裕を感じでいた。
 その様子に、「ほう」と女は少しだけ楽しげな口調で返すと、

「それでは、丁度一分後に“次の”がきますので。覚悟を決めてください」

 女はそういって、ストップウォッチのスタートボタンを押した。
 男はそんな彼女の言葉を、鼻で笑って返す。

「そんなん、覚悟の必要もねえや」

 男が言うと、女は「そうですか」と。
 それっきり、一分間すぐ近くに置いてあった本を手に取ると、黙々と読み出し。
 しばらくしたあと――、

「――じゅう」

 唐突だった。
 彼女はおもむろに口を開くと。

 九、八、七――と。
 カウントダウンを始めた。
 そして――ゼロのタイミングで。

 ぶっ……ぶうぅ~~……!

 なんてことのない、ただの放屁音。
 それを受け、男は余裕で。
 それどころか、ふあぁ、とあくびをした。
 女はそんな彼の様子に、「ほう」と驚きつつも、しっかりとタイマーをリセットしてから、

「それでは、丁度一分後に次のがきますので。覚悟を決めてください」

 彼女は一分前と同じような台詞を口にした後、カウントを始めた。
 と――そんなかんじで。
 察しの言い方であれば、薄々気づくのではないかと思うが。
 これは、『同じ一分間を繰り返す』という流れの罰のようで。
 それからも、彼女は『次の一分』がくるたび、その十秒前から「さん……、にい……、いち――」とカウントし、

 ぶっ……びびっ……

 ぷううぅぅ……

 ぶすうぅ~……

 と、女は放屁を繰り返した。
 そして、

「にい……、いち――」

 ぶううぅぅ~~……

 最初の一発目から、十分が経過したころ。
 その間、ずっとうたたねをしていた男が、おもむろに口を開く。

「あんた、すごいな」

 男の声に、女はストップウォッチを操作しながら「へ?」と返す。
 その声に、男は余裕そうに笑って返した。

「屁なんざ、出そうとしても、そう簡単にだせるもんじゃないだろう」

 男が言うと、女はぽかんとし。
 少ししてから「ああ」と微笑んだ。

「そうなんですよ。昔っから、ガスが異常に溜まりやすくて……。そういう体質なんですかね?」

 その返事に男は「ふうん」と返し。
 話を膨らませることもなく押し黙る。
 すると、女はさらりと会話をおわらせ、読書に戻った。

 そして、またしばらくしたあと――。
 三、二、一、と女はカウントをし、

 ぶううぅぅ~~……

 カウントし、

 ぷっ……ぷううぅぅ~~!

 さらにカウントを続け、

 ばふううぅぅ~~……

 彼女はきっかり、一分ごとに放屁を繰り返した。
 そうして――さらに一時間が経過したころ。
 男が唐突に、「うっ」と声を漏らす。
 その表情が若干青く。
 だんだんと、苦しそうな顔をするようになってきた。
 しかし、

「それでは、丁度一分後に次のがきますので。覚悟を決めてください」

 女は相変わらず、同じ言葉を繰り返し。
 ストップウォッチを操作した。

「なあ……」

「なんですか?」

 男の声に、女は疑問の声を返す。

「あと……。何時間だ……?」

「えっと……。あと、8時間弱ですね。それが、どうかしました?」

「い、いや……、なんでもない……」

 女の声に男はそう答えて、押し黙った。
 それから、さらに一時間ほどの時間がが経過したころ、

「にい……、いち――」

 むしゅう~……

 女はほとんど音のない放屁をし。
 男が「うぐっ……」と顔をしかめる。
 そして、彼は再び、ストップウォッチの音を耳にしながら。
 これまでと同様に、眠って時間をやり過ごそうと、目を閉じた。
 だが、唐突に限界が来る。

「たのむ……」

「へ? 何をですか?」

 最初と変わらない調子の女の声。
 男はそんな様子にすら、薄ら寒さを感じつつ、おもむろに口を開いた。

「あ……、あと、一時間ぐらいに……、減らしてくれないか?」

「……」

 押し黙る女。

「たのむ……。もう限界なんだ……。だから――」

「じゅう」

 と、ようやく女が口を開いた、かとおもえば。
 「きゅう……、はち……、なな……」と、続け。
 その声に、男は凍りつく。

「や……、やめ……」

「――ごお……、よん……」

「ぁ、あぁ……」

「――にい……いち……」

 そして、

 ぷううぅぅ~~……

 何の変哲もない、ただの、一発の放屁。
 しかし、男にとって、それは単なる一発目などではなく、

「おっ……おええぇぇ……」

 胃の圧迫感に耐える男。
 つまり、今の彼にとって、なんてことのないただの一発ですら。
 精神的な負荷となっていた。

「にい……、いち――」

 一分ごとに、

 ぶふうぅ~~……

 必ずくる臭い。
 いっぱついっぱつは、些細なものでしかないのだが。

「にい……、いち――」

 そのいっぱついっぱつは、

 ぷうぅ……ぶびいいぃ……!

 彼のメンタルを少しずつ、確実に削っていたのだ。
 そして、

「いち――」

 ぶっ……!!

 表面張力のように、ゆらめくストレスが、

「いち――」

 ぶばびっ……!!

 ついに――、

「いち――」

 むっしゅうぅ~~……

 ……。
 ついに、男のメンタルがくずれ、その目から、涙があふれだした。
 そして、男は訊いてしまう。
 きいて、しまった。

「ぁ……、あどっ……。なんっ、時間……」

「へ?」

 と、ここにきてもなお最初と同じ調子の女。
 途中男を無視した様子もみられたが、質問の内容によるようで。
 彼女の許容する内容であれば、変わらずやさしい口調で答えてくれるようだ。
 とはいえ、このタイミングでのその返しは、いささか寒気を覚える様子ではあるが――それはさておき。
 男の問いに、女はにこやかに答えると、

「うーん。いまは、あと6時間強、ってところですね」

「っ……」

 声を詰まらせる男。
 そんな男の耳に、

「――じゅう」

 九、八、と。
 女のカウントする声が響いていき、

「いち――」

 ふ――しゅううぅ~~……

 ここにきて、すかしっ屁。
 そのねっとりとしたあたたかな空気は、男に腐卵臭のような臭いを感じさせ。
 へし折れたメンタルをさらに追い込むように、しみこんでいった。
 そして、絶望する男に女は言った。

「それでは、丁度一分後に次のがきますので。覚悟を決めてください」
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