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第十四話
しおりを挟む悪事千里を走るというが、目黒のおかげで、お昼頃には俺タスクに対する風当たりも和らいできたように思える。放課後には冷戦状態も終結し、
「タスク、もう帰るの?」
「放課後どっか寄ってかない?」
「うちら奢るし。久しぶりにカラオケ行こうよ」
平和な日常が戻ってきた。
ともあれ、問題が全て解決したわけではない。
「ダメダメ、タスクはあたしと帰るの。二人で遊ぶんだから」
割り込んできた塩沢に恐怖を感じる。
もしもここで対応を誤れば、俺タスクの命はない。
ネット小説のヒロインさながら、階段から突き落とされてバッドエンディングを迎えることになるだろう。となると役割としては塩沢は悪役令嬢で甘神は……今はこんなことを考えている場合ではないとハッと我に返り、
「その前に塩沢に話がある」
怒ってます感をアピールしつつ、塩沢を連れて人気のない場所へ向かう。
「何度言えば分かるんだよ。俺は今、誰とも付き合う気ないって言ったじゃん」
「……うん、聞いたよ。だから何?」
俺から視線をそらすと、とぼけたような顔で爪を眺めている。
「じゃあ、なんで俺らが付き合ってるみたいなことになってんだよ」
「俺らって?」
「俺と塩沢が、だよ」
「……ふーん、そうなんだ」
あくまで白を切るつもりらしい。
だが口元がにやついているのを見て、
「俺のことを散々嘘つき呼ばわりしたくせに、お前こそ、よく平気で嘘がつけるよな」
「何のこと?」
「俺タスクの家に泊ったって、周りに言いふらしてるだろ」
「は? 誰から聞いたの、それ」
途端、低い声を出す塩沢に俺は内心ビビりまくっていたが、
「俺タスクに対する態度がおかしかったから、隠れて盗み聞ぎしたんだよ」
「嘘はいいから、誰に聞いたのか言えよ」
塩沢を問い詰めるつもりが、またもや窮地に陥っている俺。
だからこの際はっきりと言ってやった。
「言っとくけど俺、お前みたいな元ヤンとは絶対に付き合わないからなっ。怖いんだよマジでっ」
しかし塩沢は俺の、決死の覚悟で臨んだ叫びをスルーすると、
「元ヤン……ってことは、情報源は里香か」
つぶやくように言う。
意外にも、塩沢の声は冷静だった。
「友達だと思ってたのに。陰であたしに嫉妬してたんだね、あいつブスでガリ勉だから」
そういうこと言うなよと言い返したい気持ちをぐっとこらえる。
下手に庇えば目黒の身が危ないと判断したからだ。
「タスクもそう思うでしょ?」
「……いい加減、俺に付きまとうのはやめてくれ」
きょとんとする塩沢に、俺は畳みかけるように告げる。
「さもなきゃ警察に行く。俺は本気だ」
「警察って……そんな大げさな……」
「俺を階段から突き落としたの、お前だろ?」
鎌をかけると、塩沢の顔がにわかに強張った。
「思い出したんだ、あの時のこと。俺の身に何が起きたのか……」
「タスクが悪いんじゃんっ」
顔を真っ赤にして、塩沢は怒鳴るように言い返してくる。
「あたし、タスクが一生懸命サッカーしてるとこ、見るの好きだった。応援してたのに。いきなり部活辞めるとか言い出して……なんでって問い詰めたら、彼女と一緒にいる時間を増やしたいからって……馬鹿じゃんっ。マジふざけんなよって思って……」
それで頭に血が上り、衝動的にやってしまったと。
結果的に助かったものの、笑って許せることではない。
そもそも塩沢を許すか否かの権利はタスクにあって、俺にはないのだが、
「まさか、あんなことになるなんて思わなかった。軽く押したつもりだったし、タスクは運動神経がいいから大事にはならないって。けどタスクは動かなくて…………私、すぐに救急車呼んだんだよ。夜眠れなくなるくらい後悔したし、助かったって聞いて、ほっとした……」
「ならなんでまた、ホームから俺を突き落とそうとしたんだよ?」
「……ホーム? 何のこと?」
目に涙を浮かべて不思議そうな顔をする塩沢に、「その顔には騙されないぞ」という気持ちを込めて、いかめしい顔を作る。おそらく甘神の存在に脅威を感じ、タスクを他所の女に取られるくらいなら殺してやるという心理が働いたのだろう。
「塩沢、今後一切、俺タスクに近づかないって約束するなら、殺人未遂の罪で訴えるのをやめてやる」
「……殺人って……あたし、別にタスクを殺そうとしたわけじゃ……」
「親父にはもう話した。すげぇ怒ってたよ、お前のこと」
さすがに親の話をすると、事の重要さを理解したらしく、塩沢の顔色が変わった。
ちなみにタスク父に話したというのは嘘で、ただの張ったりだが。
「自分の息子を殺されかけたんだから、当然だろうな。あの様子じゃ、警察に行く前にお前の家に乗り込むぞ」
「……そんなことされたら、あたし、ママに殺される」
よほど恐ろしい母親がいるのか、珍しく塩沢は怯えていた。
「だったら二度と俺タスクに近づくな。二人きりになるのも、話をするのもこれで最後だからな」
塩沢は一瞬だけ縋るような視線を向けてきたが、俺が怒った演技を続けると、やがて諦めたようにうなだれる。
「……分かった。ごめんなさい。信じてもらえないかもしれないけど、あたし本気でタスクのこと好きだったんだよ」
そう言われても罪悪感はなかった。
本気で好きなら、今のタスクが別人であることにも気づいたはずである。
塩沢はタスクが好きというより、恋に恋をしている感じだった。
何はさておき、これで一つ問題が片付いた。
これでもう、命を狙われずに済む。
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