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第十七話

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 昏睡状態から回復するケースは珍しいと聞くが、奇跡は起こると信じている。例えば事故で二十七年間昏睡状態だった女性は、愛する息子の声がきっかけで目覚めたという。ということで、タスクの愛する女性、甘神に頑張って呼びかけてもらったのだが、



「無反応ですね」



 俺タスクが呼び掛けたところで結果は同じだった。



「志伊良さんのご両親にも、お願いしてみてはどうでしょう?」



 必死に頼み込んでタスク父母を草士タスクの病室に連れてきたものの、



「まだ若いのに、事故に遭うなんて可哀そうになぁ」

「本当に。親御さんのお気持ちを思うと胸が痛むわ」

「タスク、お前も自転車に乗る時は気をつけるんだぞ」

「パパの言う通りよ。ター君、いっそまた、車で送り迎えしてもらったら?」



 ひとしきり俺タスクの心配をした後で、



「悪いな、タスク。草士くんにかける言葉が見つからないよ」

「ママも同じ。気の毒すぎて、草士くんのこと、まともに見られないわ」

「……帰るか?」

「ええ、帰りましょう」



 二人は早々に家に帰ってしまった。

 滞在時間はわずか五分程度。



 ――まあ確かに、病院にいると気が滅入るからなぁ。



 けれど二人の声を聞いて、草士の中にいるタスクが僅かに反応したのを、俺は見逃さなかった。それで確認のために、後日二人の会話を録音した音声を草士タスクに聞かせたところ、



「今、目もとがぴくぴくって動きませんでしたか?」

「だろ? 俺も気づいた」



 結局、草士タスクが目覚めることはなかったが、両親の声に反応することは分かった。

 おそらく意識はあるのだろう。回復の兆しが見えた気がした。

 

 とりあえずその日から、タスク両親の音声を聞かせることにしたのだが、



「御伽さん、今の人、御伽さんと同じ学校の方ですよね?」



 病室を出る時、廊下で見慣れた制服の女子とすれ違った。

 一瞬、目黒かなと思いきや、ギャル風の髪型で、逃げるように俺たちの前から姿を消す。



 ――塩沢っぽかったけど……まさかな。



 顔は見ていないので断定はできないが、塩沢でないことを願いたい。

 けれど次の日も、その次の日も彼女を病院で見かけたので、



「塩沢、俺タスクに付きまとうのもいい加減にしろよ」



 ビビりつつも彼女を追いかけ、思い切って声をかける。



「誰とも付き合う気がないって何度言えば――あっ」



 振り返った彼女の顔を見たら、別人だった。

 背格好が似ていたので、勝手に塩沢だと思い込んでいたようだ。



「ごめん、人違いだった」



 華やかな顔立ちの塩沢とは対照的な、印象の薄い顔立ち。

 俺(草士)の女版みたいな女子に、慌てて頭を下げる。



「……病院で……じゃねぇよ」



 小声で彼女が何か言ったようなので、「ん?」と耳を傾けると、



「病院で女といちゃついてんじゃねよっ」



 初対面の女子に怒鳴られたのは生まれて初めての経験で、ついぽかんとしてしまう。

 ってかヤンキー? めっちゃ怖いんですけど。



 固まって動けない俺をキッと睨みつけると、彼女は走り去ってしまった。



 ――タスクよ、お前、もしかして彼女にまで手を出して……。



 いや、それはない。



 美形な人種が苦手な俺と違って、タスクは面食いだ。

 タスクと同等か、それ以上の顔面偏差値がないと、奴の食指は動かない。



 ――だったら単なる八つ当たりか。



 きっと付き合っていた彼氏と別れたばかりで、むしゃくしゃしていたのだろう。彼女の学年もクラスも知らないが、同じ学校なのでまた会うかもしれない。その時は怒鳴りつけられる前に逃げようと心に決める。



 しかし俺の心配は杞憂だったらしく、その後、学校で彼女に会うことはなかった。

 捜せば会えたかもしれないが、そこまでする理由はない。

  

 

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