愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活

四馬㋟

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人の噂は倍になる

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 黒須七穂は元諜報員である。 
 人心を掌握し、情報を集めることを得意としている。

 ある時は薄幸の美青年に化けて金持ちの年増女から情報と金を巻き上げ、ある時は超絶美少女に化けて金ぴか禿げ親父から情報と金を巻き上げ、贅沢三昧の日々を送っていた。しかし不運にも、その能力に目をつけた龍堂院一眞に捕らえられ、こき使われて、現在は安月給でストレスと戦う日々を送っている。

 ――ただでさえ仕事が山積みだっていうのに、使えない新人の教育とか、ありえねぇだろ。

 一に蛇ノ目に関する情報収集、二に上位貴族に関する情報収集、三四がなくて、五に胡蝶の乳兄弟の監視及び情報収集と、寝る間も惜しんで働いているというのに。もっとも鬼畜上司のように分身の術でも使えれば、話は別だが。

 ――まぁ、あいつは特別だからな。先祖返りで、人間よりも妖怪に近い。

 不死身の蛇ノ目と同じく、人知を超えた存在だ。その能力の高さゆえに、皇太子の公務のサポート及び教育係としての仕事をこなし、時たま胡蝶といちゃつきつつ、同時に複数人の警護もこなしているわけである。

 ――自分に厳しく、他人にも厳しいってタイプだよな。

 甘いのは根っから惚れてる女――胡蝶に対してだけ。

 ――だからって、俺に対する当たりがきつ過ぎる。

 あんまり腹が立ったので、龍堂院に化けてホテルで待ち合わせしていた池上水連と一緒にいるところを知り合いの記者に撮らせ、出来上がった記事を紫苑皇子の執務室に置いてきたのだが、

 ――すげぇちっさいけど、気づくだろ。

 あの用意周到な皇子様のことだ。
 すぐに皇后にチクって、龍堂院をこらしめてくれるに違いない。

 ――それに新人教育は面倒だが、使えるようになれば楽できるかもしれないしな。

 池上水連という名の混ざり者――水に長時間潜っていられて、催眠術を使うことができる彼女はおそらく諜報員向きだろうから、教育をお前に任せると龍堂院一眞に言われた時はすぐさま反発したものの、

「はぁ? あんな色っぽい美人と四六時中一緒にいて、間違いが起きたらどうするんだ」
「セクハラ及びパワハラでしかるべき罰を与える、お前に」
「……彼女に誘惑されたら?」
「深刻な妄想壁及び虚言壁があるとしてしかるべき罰を与える、お前に」

 どちらにしろ罰を受けるのは男だけで、美人は無罪放免かよと「けっ」と吐き捨てる。

「どうせそれなりの女でもあてがって、姫さんをあきらめさせようって魂胆だろ?」

 絶対そうに決まっている、お前の思い通りにはなるものかと、一眞を睨みつけると、

「考えすぎだ」

 呆れたように一蹴されてしまった。

「ともかく、これは仕事で、お前に拒否権はない」

 というわけで、晴れて後輩ができたわけだ。

 ――まず何からやらせるかな。

 諜報員に必要なのは高いコミュニケーション能力――相手に心を開かせ、信頼させて、情報を引き出す力である。

 それで早速、胡蝶のいる村に水連を送り込み、村人として溶け込むよう指示したのだが、


 ――そろそろひと月くらい経つか。うまくやってるかなぁ。


 様子を見に行ったところ、彼女に対する村人たちの評価は、


「なによ、あの女、いっつもツンとしちゃってさ」
「そうそう、すれ違っても挨拶もろくにしやしない」
「いいとこの奥さんだったんじゃないの? お高く止まってるのよ」

 
 上々とは言えなかった。
 その上、


「やたら色気のある女だよなぁ、彼女」
「そりゃ若い未亡人だからな、夜は寂しい思いをしてんじゃないの?」
「俺がもっと若けりゃ、慰めに行くんだがなぁ」

 
 村に溶け込むどころか、悪目立ちしていた。
 
 だがまぁ、最初はこんなもんだろと思いつつも、水連を呼び出して報告させる。


「姫さんとは接触できたか?」
「……いえ、まだです。お兄様である虎太郎さんとは、二、三度言葉をかわしました」

 どうやら人と関わることが苦手らしく、水連は疲れた顔をしていた。


「なら、姫さんに関する情報は?」

 
 村に滞在する以上、何もやらせないわけにもいかないので、さっそく胡蝶に関する情報収集を頼んだのだが、

「それが……お嬢様のことを尋ねると、皆さん口を閉ざしてしまって……」

 小さな村なので、些細なこともすぐに噂として知れ渡る。
 当然、公家の血を引くお姫様、胡蝶が乳母の家に幽閉されていることも公然の秘密だ。

「理由は自分で分かってる?」
「……私がまだ皆さんに信用されていないから、ですよね?」

 うんまあ、分かっているのならあえて指摘するまでもないかと頷き、

「だったら次は能力を使ってみなよ」
「……いいんですか?」

 いいも何も、本来の目的は水連の混ざり者としての力を試すことにあるのだから、使ってもらわないと困る。

「あと、情報っていってもピンキリだから、姫さんと一番長く一緒にいて、彼女のことをよく知っている人物をピンポイントで落とすといい」
「……分かりました、うまくできるか自信はありませんが、やってみます」

 
 


 ***





 後日、


「お嬢様っ、お嬢様っ」
 
 散歩から戻って来たお佳代は台所にいる胡蝶を捕まえると、

「あの女には絶対に近づいてはなりませんよっ」

 両肩を掴んで激しく揺さぶられた胡蝶は、「ちょっと落ち着いてよ、母さん」と目を回してしまう。

「誰のことを言ってるの?」
「例の未亡人――池上さんのことですっ」
「水連さんがどうしたのよ」
「向こうからあたくしのほうに近づいてきて、話しかけてきたんですわっ」

 それで? とお料理の味見をしつつ話を促すと、

「真剣に聞いてくださいませっ」
「ちゃんと聞いてるわ。母さんこそ、もっとゆっくり話して」
「これが落ち着いていられますかっ。あの女、よりにもよってこのあたくしにお嬢様のことを聞いてきたんですのよ」

 あら、そうなの、と胡蝶はきょとんとする。

「母さんったら、いつの間に水連さんとそんなに仲良くなったの?」
「仲良くなったわけではありませんっ。会えば軽く世間話をする程度ですわっ。それなのに――」
「母さんったら、どうしてそんなに怒っているのよ」

 お佳代の剣幕に驚いて、胡蝶は手を止めた。

「わざわざ話しかけてくれたのに、水連さんに失礼な態度をとったら許さないわ」
「失礼な態度? とんでもない、あたくしだってだてに年を取っているわけではありませんからね、表向きはにこやかに、穏やかに話しましたよ」
「ならいいじゃないの」
「よくありませんわ。聞けば彼女、他の村人にもお嬢様のことをあれこれ聞きまわっているそうで、恐ろしいじゃありませんか」

 確かに不思議だと思いつつ、

「もしかして私に会って、話がしたいのではないかしら」

「いいえ、そんな雰囲気ではありませんでした。お嬢様が普段どのようなお話をされているのか、何に興味があるのかなど……なんだかあら探しをしているようで気分が悪くなりましたわ」

 水連のことを思い出して、「そんな感じの人ではなかったけれど」とつぶやく。
 しかしお佳代は聞く耳をもたず、


「いいですか、お嬢様っ。あの女には絶対に近づいてはいけません、話しかけることも目を合わせることも、このお佳代が許しませんからねっ」

 一方的に話を終わらせると、ぷりぷりしながら再び散歩に出て行ってしまった。
 


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