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第十一話
しおりを挟む「そこまでじゃ、ザイオン」
突然、上空から声をが聞こえたかと思ったら、目の前にワイスさんが現れて驚きました。
一体どこから出てきたのでしょう。
「ワイスか、久しぶりだなぁ」
「師匠と呼べと、何度言ったら分かる」
「魔法を一から教えてくれたことには感謝するよ。けど、あんたは俺より年下だろ? 年下は年上を敬うのが筋じゃないのか?」
「相変わらず減らず口を……」
どうやらお二人は知り合いのようです。
ワイスさんは疲れたようにため息をつくと、
「だが今はおぬしと言い合う気にはなれん。早急にイオくんを連れ帰らんといかんのでね」
私を迎えに来てくれたのですね、助かりました。
「なんだ、またドラゴンを人間に変えて弟子にするつもりか? あんたも物好きだな」
ワイスさんは答えず、私に向かって手招きしました。
「ヨルンが心配しておる。わしと帰ろう」
迷わずワイスさんのところへ駆け寄ろうとしましたが、「ちょっと待った」とザイオンに引き留められ、そのまま抱き上げられてしまいました。現在、私の体重は軽く六十キロはあるのですが、彼は軽々と持ち上げています。
「邪魔をするでない、ザイオン」
「このお嬢さんをどうするつもりだ? 繁殖用の母体にするのか?」
「……口を慎め、ザイオン」
ワイスさんが珍しく怒りを押し殺したような声を出しました。
あけすけな言い方をされて、私も思わず固まってしまいます。
「だったら俺にくれよ。ツガイにするから」
「ならん」
「どうして?」
「第一にイオくんはものではない。第二に、イオくんをツガイにしたければ許可が必要になる。クレイヴァル公爵家……ヨルンの許可と、何よりイオ君自身の許可が必要じゃ」
クレイヴァルと聞いて、ザイオンの顔色が変わりました。
「イングリット……烈火の魔女イングリット・オリヴィア・クレイヴァル、あの女エルフには何度殺されかけたことか……」
一体誰の話をしているのでしょう。
不思議がる私に「ヨルンの母君じゃよ」とワイスさんがこっそり教えてくれます。
「イングリット殿は貴族出身でありながら凄腕のハンターじゃ。幼い頃、肉親をドラゴンに食い殺されてな、以来ドラゴンのことを心底憎んでおる。夫婦仲がうまくいかず、家を出たのも、それが原因じゃ」
分かりました。
今後イングリットさんに会うことがあったら――そんな機会がないことを切に願いますが、全速力で逃げることにします。
「やったのは俺じゃないっていうのに…執拗に追ってくる」
「イングリット殿にとっては、ドラゴンも魔獣も似たようなものじゃからのう」
「だったら人間はどうなんだ? 人間が人間に殺されら、無関係の人間にまで復讐するのか? しねぇだろ」
確かにザイオンの言い分にも一理あります。
私も他人事ではありませんから。ただドラゴンだからという理由で、殺されたくはありません。
世の中、いい人もいれば悪い人もいる。
ドラゴンも同じです。
人間を食べるドラゴンもいれば、私のように無害なドラゴンも必ずいるはずですから。
そんなことより、
「ギュルルっ(いいかげんおろして)」
口輪をつけているせいで、ハッキリとした鳴き声は出せませんでしたが、ザイオンには伝わったようです。
分かったよ、としぶしぶ答えると、彼はそっと私を地面におろしてくれました。
「けど、あんたのことを諦めたわけじゃないから。必ず見つけ出して、会いに行くよ」
二人の会話から、なんとなく状況が見えてきました。
ザイオンの正体はドラゴンで、ワイスさんの弟子。
自分で自分に魔法をかけて、人間の姿に化けているようです。
おそらくハンターの目を欺くため――イングリットさんから身を隠すためでしょう。
「発情期がきたら教えてくれ。俺が相手をしてやる」
セクハラ発言はやめてくださいと言い返したいところですが、彼は人間ではなくドラゴンです。
これが動物世界の常なのねと、私はあえて聞こえないふりをしました。
動植物の中には、絶滅しそうになると雌の数が増えたり、繁殖力を高める行動を起したりするものもいます。ですからザイオンが私にこなをかけるのは、自己保存と種の存続が目的であって、私のことが好きだからというわけではありません。
そもそも出会ったばかりで、お互いのことを何も知らないのですから、好きになるはずがありません。
私は逃げるようにワイスさんのところへ駆け寄ると、早く帰りましょうと彼を急かしました。
「そうじゃな、急がんと、ヨルンが血眼になって君を捜しておる」
ワイスさんが杖を取り出して呪文を唱えた途端、私とワイスさん、二人の身体が宙に浮き上がりました。
次の瞬間、全身に振動が走り、脳が揺れるのを感じました。
「よし、着いた」
瞬間移動? 転移魔法? どっちでしょうか。
魔法の後遺症で頭がくらくらしましたが、気づけば目の前にクレイヴァル公爵邸があり、ホッとしました。
私たちに気づいた執事さんやメイドさんたちが嬉しそうに手を振ってくれます。
まもなくヨルンの姿も見えてきました。
まっすぐこちらへ向かってきます。
よほど強い麻酔薬を使われたのでしょう。
誘拐されてから、すでに二日も経っているとワイスさんに教えられた時は驚きました。
「イオっ、イオっ」
泣き腫らしたような目に、乱れた金色の髪。
柔らかな温もりに抱きしめられた瞬間、帰って来たのだと実感しました。
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