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第二十三話
しおりを挟む繫殖期になると、動物たちはパートナーを得るために様々な求愛行動をとります。
ダンスを踊ったり歌をうたったり、身体の大きさ、美しさを見せつけたり、雌のために巣を作ったり、上手に絵を描いてみせたり、おいしい食べ物をプレゼントしたり――人間世界にも共通することばかりで笑ってしまいます。
「そしてドラゴンの求愛行動は意中の相手に優しく噛みつくことじゃ」
そのことをワイスさんに教えられた私は、思わず耳を疑ってしまいました。
ほんの少し前、耳たぶに噛みついてきたヨルンを「もう噛まないで」と叱ってしまったばかりです。
「イオ君はドラゴンのくせにドラゴンのことをなんも知らんのじゃのう。ヨルンが気の毒になってきたわい」
ワイスさんに白い目で見られても、私は何も言い返せませんでした。
無知というのは実に恐ろしく、恥ずかしいものです。
せっかく求愛してくれたヨルンにひどいことを言ってしまいました。
穴があったら入りたいです。
「その様子じゃと、ヨルンの涙ぐましい努力にも気づいておらんようじゃのう」
落ち込む私に追い打ちをかけるようにワイスさんは続けます。
「ヨルンはドラゴンになる魔法を完全にはものにしておらん。ドラゴンになることはできるが、維持が難しく、今のところ丸一日が限界じゃ」
丸一日も変身できれば十分なのでは? と思いましたが、
「イオ君、ドラゴンは発情すると、丸三日間飲まず食わずで交尾するのじゃぞ。そんなことも知らんのか」
思わず固まってしまった私に、
「なぁに、心配はいらん。優秀な我が弟子のことじゃ。次の発情期までには間に合わせるじゃろう」
今から必死に勉強すれば次の試験には合格するだろう、みたいな口ぶりです。
私の肩をポンポンと叩くと、ワイスさんは笑って去っていきました。
その日から私はヨルンの目を盗んで図書室に忍び込み、ドラゴンに関する本を読み漁りました。
私の知りたかった情報はすぐに見つかりました。なぜならドラゴンの繁殖方法が記されたページにだけ印がつけられ、しおりが挟まっていたからです。その上、何度も読み返したらしく、そのページだけ紙がよれよれになっていました。
私は周囲に誰もいないことを再び確認すると、素早く本を開きました。
雌ドラゴンが発情すると、雄ドラゴンもつられて発情します。
雌一体に対して、近くに複数の雄ドラゴンがいた場合、雌をめぐって争いになることもあります。
そして勝利したドラゴンが子孫を残す権利を得てツガイとなり、雌と共に三日間、洞穴にこもります。
鱗をこすり合せたり、尻尾を絡ませたりする行為は人間でいうところの愛撫に当たります。
その途中で雌ドラゴンが抵抗して逃げようとすることもありますが、たいていの雄ドラゴンは雌の身体に噛みつき、力づくで事に及びます。ドラゴンは巨体で、鋭い牙や爪もありますから、興奮のあまり力の加減ができず、激しい交尾の最中にケガをすることもあります。ですがドラゴンの身体は非常に丈夫なため――私はそこで本を読むのをやめました。そっとしおりを戻して本を閉じ、本棚にしまいます。
「ナナ、顔が赤いけれど、どうしたの? 風邪でも引いた?」
なぜかヨルンの顔をまともに見ることができません。
どうやら知恵熱が出てしまったらしく、その日はそのまま寝込んでしまいました。
***
暑い夏が終わり、秋が来る頃にはヨルンの傷も癒えて、動けるまでに回復しました。
途端、外へ出てドラゴンになろうとするので、私は必死に彼を止めて、もうしばらく身体を休ませるよう説得しました。ですが後日スパルタ体質のワイスさんが来て「じっとしておれんのなら仕事を手伝ってくれ」とヨルンを強引に連れて行ってしまいました。お昼までには戻るとのことです。
幸い、私はまだ人間の姿だったので、ドラゴンに戻る前にやりたいことをやってしまおうと厨房に入ります。そこでヨルンの昼食用に、キノコと野菜のキッシュ――生クリームがないのでミルクを使いました――を作ったのですが、
「いい香りがすると思ったら、何を作ってるの?」
急に後ろから声をかけられてドキっとしました。
それまで料理を手伝ってくれていた若いメイドさんの姿がありません。
代わりに見慣れない男の人が私の手元をのぞき込んでいました。
「見たこともない料理だ、味見してもいいかな?」
色白の肌をした、端正な顔立ちの青年です。
耳が尖っているのでエルフなのでしょうが、ヨルンやヨルン父よりも優しげな顔立ちをしています。おまけに白髪です。
思わず一切れ差し出すと、彼は一口食べて目を輝かせました。
「うん、おいしい。食感がいいね。外はサクッとしているのに、中はふわふわでしっとりしている。野菜の甘みもよく出ていて、キノコの苦みに合う。ヨルンは幸せ者だね。こんなにおいしい料理を毎日食べられるなんて」
ということはヨルンのお客様でしょうか。
料理を褒められて照れる私を見、彼はにこやかに話し出します。
「自己紹介がまだだったね。私の名前はアルフレッド・ヴァンタ。君の話は弟から聞いているよ、イオ」
弟? と首を傾げつつも、私は余計なことは言わずにいそいそとお茶の用意をします。
お客様にはお茶を出さねばなりません。お茶請けは何にしましょう?
そうだ、隠していたクッキーがありました。
「君はドラゴンなのに、本当に人間のような行動をとるんだね。なんて興味深い存在なんだろう」
優雅な仕草でキッシュを口にしながら、彼はマジマジと私を見ていました。
ヨルンやヨルン父にどことなく似ているからでしょうか、じっと見られても特に嫌悪感はありません。
「粗茶ですが……」
ハーブティーを差し出しつつ、「ヨルンとはどういったご関係ですか?」とさりげなく切り出します。
「ヨルンは私の大事な甥っ子だよ。まぁ向こうは、滅多に会いにこない伯父のことなんて忘れているだろうけど」
お客様ではなくまさかの身内。
私は慌てて居住まいを正しました。
第三者――親戚の目ほど恐ろしいものはありませんから。
ヨルンの評判を下げないよう、粗相のないようにしなくては。
「イングリットの件は私も聞いたよ。災難だったね」
「……イングリットさんは悪くありません」
キッシュを食べ終えたアルフレッドさんはおいしそうに食後のお茶をすすると
「どうして彼女をかばうの? 君を殺そうとしたんだよ?」
それは私がドラゴンだから。
けれどそれだけでは答えにならない気がして、
「イングリットさんに何かあれば、ヨルンが傷つきます」
これでもまだ言葉が足りないのではと心配しましたが、アルフレッドさんは納得してくれたみたいです。
「君の言い分はわかった。私も可愛い甥っ子に恨まれたくはないからね、ここは慎重な判断を……」
その時です。
アルフレッドさんの言葉を遮るように「陛下っ」とヨルン父が血相を変えて飛び込んできました。
「こんなところで何をしているんですかっ」
こんなに慌てたヨルン父を見たのは初めてです。
おまけに今、アルフレッドさんのことを「陛下」と呼んでいましたが、まさか……。
「アーネスト、ようやく来たか」
アルフレッドさんは落ち着き払った態度でティーカップを置きました。
「それじゃあ失礼するよ、イオ。君とはまた近いうちに会うことになるだろう」
ヨルン父に引っ張られるようにして、アルフレッドさんは出ていきました。
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