青と虚と憂い事

鳴沢 梓

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三章 碧落と悠遠

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その日は自然と、目覚ましが鳴る前に起きてしまった。
散々僕らを苦しめてきた猛暑はどこに行ったのかと天気の神様を問い詰めたくなるような、爽やかな朝だった。
今日は大事な日。碧をボーカルに迎えたバンドの初ライブだ。
僕は跳ねる髪を抑えながらそそくさとベットを出て、準備をした。



電車に揺られライブハウスに到着すると、碧がステージで歌の練習をしていた。

「おはよう、まだ一人?」
「悠さん、おはようございます。わたし一人ですよ」

まだ朝だと言うのに、碧の声は耳を貫くようによく聞こえた。
初めて併せた時から格段に上手くなっている。普段発する声も聞き取りやすいものになっていた。

そんなことを考えていると、後ろでドアの開く音がする。

「…おはようございます」

振り向くと、眠そうな隼人が重たい足取りで近づいて来た。

「眠たそうだな、夜遅くまで仕事だったのか?」
「10時まで残業………」
「大変でしたね…」

もはや単語しか発さない隼人に、苦笑する碧。
隼人はとぼとぼと重たい足取りで一人楽屋に向かった。

「神楽はいつもギリギリで来るし、隼人は少し寝るだろうから、先に僕らだけで併せておこうか?」
「いいですね、お願いしてもいいですか?」
「もちろん」

僕はそう答えて、持っていたケースからギターを取り出し、ステージに上がった。
碧の隣に立つ。アンプに繋ぎ、音を確認する。
碧が「準備は出来たか?」と問うような表情で僕の顔を見てきたので頷く。
その瞬間に、微かな息を吸う音が聞こえた。

~~~♪

最初のボーカルソロ。いい感じに音が乗っている。それに合わせてタイミングよく指先で弦を弾く。
碧はずっと一切音程を外さずに歌いきった。
3分程の音はあっという間だった。

「良い感じですね!すごく歌いやすいです」
「碧もすごく良かったよ。きっとお客さんも満足してくれる」
「そうだと嬉しいですね」

碧はそう言いながらマイクを置いた。
それと同時に、陽気な挨拶が聞こえてくる。
神楽だ。思っていたより早い時間だった。

「もう併せてんのー!?早くなーい!?」

神楽は「俺もやりたーい」と駄々を捏ねるように不機嫌な表情になる。
碧は、やはり苦笑しながら言った。

「神楽さんもやりましょうよ」
「やるー!」

まるで宝くじがあたったかのような笑顔でステージに上がってくる神楽。
隼人が起きてくるまで三人で併せる事になった。

ふとスマホを取りだし時刻を確認する。まだ昼前だ。時間には余裕がある。

「やりますよ、悠さん」
「ごめんごめん、やろうか」

そう声をかけてきた碧は、誰よりも楽しそうだった。
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