超空想~異世界召喚されたのでハッピーエンドを目指します~

有楽 森

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夢に咲く花

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 ナキイは病室の、眠るルイの横で踵をそろえ、左手だけを耳のカフスに添え背筋を伸ばし立っていた。


《貴様!自分が何をしたのかわかっていないな!?良くも堂々と報告できたな!》


 ナキイはカフスから聞こえてくる怒鳴り声に、盛大に顔をしかめた。
 カフスに添えられた左手が震えているのは、決して犯した罪に恐れたからでなく、むしろ極度の緊張から解放された高揚感からだった。
 ナキイは何か言う度に大きく息を吐き呼吸を整えた。


「申し訳ございません。ですが本当にあの薬が効くがどうか、……確認も必要かと思いまして……」


 ナキイは他に良い言い訳が思い浮かばず、出まかせを口にした。説得力に欠けるのは承知の上だ。上官である男、コウユイはそれまでに輪をかけて声を張り上げた。


《馬・鹿・者!薬を試すタイミングは私が決める!貴様が勝手に判断することじゃない!》


「ごもっともで……」


 効くはずがないとほぼ確信していたのに、気が付けば薬を試そうなどとほざいていた。考えれば考える程に自身の矛盾が頭を悩ませた。正直に話せばそれこそ、激怒されそうだ。


《どいつもこいつもどれだけの責任の元で、その薬を託されているのか理解していない!お前もそれなりの処分を覚悟しておけ!》


「お前もというのは、もしかして……」


《チャカのやつも民間人に投与したんだ。お前たちが勝手に使ったために私が持ってる一つしか残っていないんだぞ!?戻ったら覚悟をしておけ。後悔させてやる》


 地を這うような低い声。後悔させてやる、このセリフを吐く上司の表情がアリアリと思い浮かび、ナキイは苦虫を潰したような苦い顔になる。


《我々の任務は民間人の保護でも、不明生物の排除でもない。へルメル殿下の護衛だ。そのための我々だ。はき違えるな。薬が効かなかったと報告を二件聞いても意味がないんだよ。まったくお前たちは…………》


 何度頭に叩き込んでも、今一心が晴れない存在意義を聞き、首を垂れていたナキイがはたと顔を上げた。

 今の物言いは奇妙だ。ナキイは使用したと報告はしたが、まだ死亡したとは言っていない。むしろその後の経過を報告する前に怒鳴られたので、正確に言えば報告すらしていない。

 ただし口を挟むしにしても、ここは慎重に選択しなければならないだろう。決して間違えてはならない。余計なことを口にすれば、火に油を注ぐ結果となるのは目に見えている。


「あの、話の腰を折るようで申訳ないのですが、もしやチャカが薬を投与した民間人は死亡したのですか?」


 もはや何を言っているのかおおよそ聞き取れない程にまくし立てるコウユイに対し、ナキイは恐る恐る尋ねた。コウユイは何を今更と思ったに違いない。カフスから漏れるため息が聞こえる。


《零型》


 カフスから聞こえてくる低い声に苛立ちと困惑が入り混じる。


《お前も知っているだろう。それじゃないかと私と殿下は考えている。急ぎ特定するよう言ったが、まあ十中八九間違いないだろう。テア山の滴が効かない毒などそれしか考えられないからな》


 最近発見された毒 ”零”


 いかなる薬、魔術を用いても解毒不可能であることから、こう名付けられたのだが、テア山の雫の別名≪終わりの零≫と同じ零なのはなんとも皮肉だ。

 近年出没する正体不明生物から検出される毒の殆どがこれであるが、一般には公表されておらず、政府上層部と軍部の一部にしか知らされていない。
 軍人であっても末端の人間は存在すら知らないだろう。

 ナキイは任務上≪零≫の存在を知っており、巨大蜘蛛を見た時も真っ先にそれを疑った。吐血に引っかかりを覚えたが、ルイの症状を見て零を、ほぼ確信していた。

 だが薬は効いた。

 一時の感傷から衝動的に口に出してしまってから、投与するまでの僅かな時間の中で、何度、抱かせてしまった希望を撤回しようと思ったことか。

 零ではない証拠になったと自身を慰めても、これが軍人として恥ずべき行為なのは変わりない。

 だがそれもたった今、風向きが変わった。

 零か否かは重要な問題で、もしもこの毒が零であるならば打開策を打ち出せずあぐねいていた現状への光明となる。


「まさか、私が投与した民間人は回復しております」 


《何だと!?》


 驚いたのはカフスの向こうも同じようだった。


「まだ意識は戻っておりませんが、医師は回復に向かっていると。それともチャカの方でも一度は回復の兆しを見せたのでしょうか?」


 それか毒の種類が違うのか。もしも他にも複数の毒が混じっているのだとすると非常に厄介だ。混乱は必須で、最悪の事態になりかねない。


《いや、そんな報告は受けていない。確認だが、先程お前が報告してきた不明生物は蜘蛛に類似、黒く背中に赤い線、それから体長は足を含めず一メートル程。間違いないな?》


「はい。間違いありません」


《その民間人の種はわかるか?》


 ナキイはベッドに横たわるルイをよく観察した。赤い髪の毛に動物の耳。今は見えないが長毛な尻尾もあったはずだ。


「耳と尻尾の形状から狼人か、その近種と魔人との混血だと思われます」


《チャカが投与した民間人は純血の魔人だった。負傷後すぐに投与したが助からず、投与して十分後に死亡したと聞いている。お前の方は瀕死だったと言っていたな》


「私が見た限りではその様に見えました」


《患者の詳しいデータを知りたい。血液のサンプルとカルテを転送するよう要請しろ。そちらに人を送る》


「了解致しました」


 通信を終えたナキイは、大きく息を吸い天井を仰いだ。胸の中心に手を当て、目は閉じ口元には笑みを浮かべている。

 人種、投与した時間、毒を受けた場所。それ以前にそれらは本当に零だったのか。

 確認しないといけない事は山ほどあるが、ずっと対処しようがなかった《零》の解毒法が見つかったのかもしれないと思うと、気持ちが逸り、それだけで叫びたくなった。

 医者から病室から出るのを禁じられているナキイは、ベッドヘッドのボタンを押した。数秒のコール音の後応答する震える声は、医者でも助手女でもなく受付にいた少年だった。
 カルテと血液サンプルの件を伝え《解りました。伝えます》と返ってきた返事が、なんだか疲れている。
 今は院内の洗浄をしているはずで、忙しいのかもしれないがこちらも急を要する。優先してもらうしかない。

 彼らを待っている間、他にすることがなかったからだが、ナキイはルイをじっと観察していた。
 初めて零で死ななかった人物かもしれない人だ。奇跡を目の当たりにしているのだから、《零》を知るものならば誰だって興味をそそられるはずだ。

 テア山の雫の効果で、少なくとも顔の火傷跡以外はすっかり綺麗に塞がっている。火傷跡はだいぶ薄くなっているものの、見てすぐにわかる程度には残っている。痕になっているのだからいくらか前の物だろうが、完全に消えない、あるいは消えるのに時間がかかっているのが、ナキイは不思議だった。

 《テア山の滴》をして完ぺきとは程遠く、これも《零》が関係しているとしたらますます興味深い。


「失礼します」


 火傷痕に手を伸ばしかけた時、ドアをノックせずに助手の女が入ってきた。

 全身を薄い膜で覆い、銀のトレーを押す手にはぴったりと張り付く手袋をしている。入ってすぐに部屋を見渡した助手の女は首を傾げた。


「お連れの方はどちらに?まだ戻られていないのですか?」


「え?」


 互いに廊下に出るのを禁止されているのだから、シャワーを浴び終えれば合図があるはずで、あれから随分経つが戻って来ていない。

 言われるまで気が付かなかったのは間抜けだが、ナキイは胸騒ぎを覚え、二つの部屋を直接つなぐ扉を見た。


――コンコン――


 ナキイは部屋同士をつなぐドアをノックした。
 着替えているかもしれない孝宏への配慮だったのだが、いくら待っても返事は返ってこない。念の為ナキイはもう一度ノックをするがやはり返事はない。


 ――シャー………――


 ドアに顔を寄せ耳を澄ませると、かすかにシャワーの音が聞こえてきた。
 二枚のドアを隔てているのにも関わらず聞こえてくる、にナキイは違和感を覚えた。

 元からシャワー室との距離がさほどないか、あるいはシャワー室のドアを開けっぱなしにしているか。返事がない以上まだシャワーを浴びているはずだが、それにしてはあまりにも音にブレがない。
 一気に緊張感を増すナキイを見て、助手の女も表情を曇らせた。


「開けますよ!」


 ナキイは大声で一声かけ、同時にドアを躊躇なく開いた。

 何ともなければ誠心誠意謝れば良い。孝宏の安全を確認するのが、何より最優先事項だと考えたからだが、残念ながらナキイの懸念は当たってしまっていた。

 扉を開けると、幾分か空気が冷えた部屋の中央付近で、裸のままの孝宏がうつ伏せで倒れていた。必死の思いでここまで這ってきたのか、ドアが開いたままのシャワー室から床が濡れている。


「なっ……」


 血の気が引いた。

 ナキイは孝宏に駆け寄り、助手の女はすぐさま空いている方のベッドの布団を素早く捲った。両手を前へ、掌を下へ向け揃えで突き出すと、術式の詠唱を始めた。


「シンドウさん!」


 孝宏の全身は濡れすっかり冷え切っていて、渇き紫色にくすんだ唇が細かく震えている。抱き起せば喉から胸にかけて、真新しいひっかいたような傷が目に入った。

 繰り返し引っ掻いたと思われる傷は、薄い皮膚を破り、深く抉れ、滲む血が赤くぬめる。
 身を揺すり頬を叩き、何度も名前を呼んだが、苦しげにゆがめた顔を小さく振るだけで返事はないく、もやは一刻の猶予もない様に思われた。

 ナキイはすぐさま孝宏を抱きかかえ、隣の処置室へ連れ出した。助手が準備を済ませたベッドに寝かせた途端、ルイと同じように緑色のそれが孝宏を包ん込む。

 助手の女がすかさず布団を被せると、医者を呼ぶための、壁に設置されたボタンを押した。


「あなたは隣の部屋で待っていて下さい」


 助手の女に孝宏を託し、ナキイはドアを閉じた。


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