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第一章~王女の秘密~
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「ああ、そうだった。窓の外を見てごらん」
お父様が徐に立ち上がった。側近が窓を開ける。
私は少し浮かれ気分でカーディガンを羽織り、お母様と一緒に窓に歩み寄った。
私の部屋の窓から、王宮の中庭が良く見渡せる。
常に美しく保たれた庭は、季節によって姿を変え、いつも私の心を和ませてくれている。
今は秋も深まり、植えられた花もしおれ始めている。時期に植え替えられてしまうでしょうけれど、今の花も季節を感じ、私は嫌いじゃない。
こうして三人で庭を眺めるのも、随分久しぶり気がする。
私たちはとても忙しい。
お父様もお母様も常に公務に明け暮れ、遠方への視察ともなれば、顔を合わせられない日も珍しくない。
それに比べ、殆どの時間を城で過ごす私は、傍目からは、遊び惚けている様に見えるかもしれない。けれど、私は私なりに忙しい。
将来王位を継いだ時の為の勉強に、戦闘訓練。今は敵をおびき寄せる、エサとしての役割がある為に控えているだけで、普段なら王女としての公務も、少しはある。
それにしたって今が一番忙しい。顔を合わすのは朝食の時ぐらいで、昼はネイノーシュと、夜は一人の時が多い。
それが今日はたくさん頭を撫でてもらい、三人で寄り添い庭を眺めている。
とても贅沢な気分だ。
「あら?あれは……」
中庭の中央に設置された噴水の前に、人が数名いる。
誰だろうと考える前に、私は彼を見つけてしまった。
短く整えられた白髪に、スラリと伸びた背。体に合うように作られた黒いスーツは、白髪も相まって美しい。
アートだ。遠目でも分かる。
彼は私を見ている。 体が熱い。
「ア……あれはネノス?」
アートがいるのだから、横にいるいる白髪の男はネイノーシュに間違いない。ならば、その周囲の数名は護衛か、何かだろう。
お父様が手を振った。
それが合図だった。
アートとネイノーシュが天に向け腕を突き上げ、彼らを中心に白い、小さい何かが吹き荒れ、思わず目を閉じた。
甘い香りが鼻をくすぐる。
アートが入れてくれた花の香りの紅茶。あれとよく似た香りが、胸に一杯に広がり、私は目を開けた。
すると、庭は一変していた。
色褪せた季節の花々は消え、その代わり、小さな白い花が咲き乱れる。
さっき紅茶と同じ香りと思ったのは、この花の香りだったのだ。
「これって……もしかして……」
マンナから聞いたアノ国の英雄物語。
その物語の中で、英雄が姿を変えたとされている花が兆しの花で、アノ国では特別な意味を持つ花だ。
物語に憧れた私は、私の庭で育てている。けれど、気候が合わないのか、中々花が咲いてくれず、毎年葉を茂らせるだけで終わっている。
だから自生ているのが見たいと思っていた。でもそれを知る人は殆どいない。
何故なら、私の庭では他にもいろんな花を育てており、上手く花が咲かないのも、この花だけじゃない。
兆しの花を一緒に見ると約束したのはたった一人。アートだけ。
雪が降り積もった冬とは違う、真っ白な光景は、本当に見事という以外なかった。お父様とお母様も穏やかに微笑み、白い花が咲き乱れる光景を眺めている。
「彼から提案があったんだ」
お父様が言った。
「あなたを元気つけたいのですって」
お母様も言う。
彼って誰の事?
普通にそう聞けば良いだけなのに、この時の私は何故か、答えを聞くのが怖くて、窓枠にかけている自身の手に視線を落とした。
どうしてそうしたのか、自分でも良く分からない。後にして思えば、二人の声色や表情から、いつもと違う何かを感じ取ったのかもしれない。
唐突に湧き出した疑惑は、私に色眼鏡を掛けさせて。二人の視線は庭全体ではなく、庭の中央に向けられている気がしてくる。
突如疑心暗鬼に陥った私の脳は、あらぬ疑いを次々と掘り起こしていく。
「綺麗な花だ。本当なら冬に咲く花だそうだよ。アイナは知っていたかい?」
「香りも良いわね。可能なら庭に植えさせて……」
「いっその事、寝室に飾りたいな。安眠できそうだ」
「香水なんかも良いわね。もしかしてあるんじゃないかしら」
「後で花の名前を聞くとしよう」
ねえ、お父様? お母様?
今、どこ見てるの?
私、俯いて、お庭なんて見ていないのよ。
お父様? 何故、どうかしたのか……って聞いてくれないの?
ねえ、お母様? 私、手が震えて止まらないの。
子供の頃みたく摩って、温かくしましょう……って言って欲しいわ。
「あぁ!」
「あっ……」
お父様とお母様が同時に、焦って声を上げた。
気が付いてくれた! 私の考えすぎよね。だって。さっきは私の事をあんなに…………
喜び顔を上げた私が見たのは、私ではなく、庭に釘付けになるお父様とお母様の顔。
庭では、転んだアートが立ち上がろうとしていた。
「やんちゃなのかしら……まったく、もう……」
お母様が小さく零した呟きは、これまで、私が必死に否定してきたすべてを肯定する、そんな力を持っていた。
アートが立ち上がり、まっすぐこちらを、私を見ている。
急激に、体温が冷めていく。
お父様と母様は、彼を見に来たのね。私ではなく、アートを。
アートが……………グレンウィル・アルテム……お前が本物なのね。
お父様が徐に立ち上がった。側近が窓を開ける。
私は少し浮かれ気分でカーディガンを羽織り、お母様と一緒に窓に歩み寄った。
私の部屋の窓から、王宮の中庭が良く見渡せる。
常に美しく保たれた庭は、季節によって姿を変え、いつも私の心を和ませてくれている。
今は秋も深まり、植えられた花もしおれ始めている。時期に植え替えられてしまうでしょうけれど、今の花も季節を感じ、私は嫌いじゃない。
こうして三人で庭を眺めるのも、随分久しぶり気がする。
私たちはとても忙しい。
お父様もお母様も常に公務に明け暮れ、遠方への視察ともなれば、顔を合わせられない日も珍しくない。
それに比べ、殆どの時間を城で過ごす私は、傍目からは、遊び惚けている様に見えるかもしれない。けれど、私は私なりに忙しい。
将来王位を継いだ時の為の勉強に、戦闘訓練。今は敵をおびき寄せる、エサとしての役割がある為に控えているだけで、普段なら王女としての公務も、少しはある。
それにしたって今が一番忙しい。顔を合わすのは朝食の時ぐらいで、昼はネイノーシュと、夜は一人の時が多い。
それが今日はたくさん頭を撫でてもらい、三人で寄り添い庭を眺めている。
とても贅沢な気分だ。
「あら?あれは……」
中庭の中央に設置された噴水の前に、人が数名いる。
誰だろうと考える前に、私は彼を見つけてしまった。
短く整えられた白髪に、スラリと伸びた背。体に合うように作られた黒いスーツは、白髪も相まって美しい。
アートだ。遠目でも分かる。
彼は私を見ている。 体が熱い。
「ア……あれはネノス?」
アートがいるのだから、横にいるいる白髪の男はネイノーシュに間違いない。ならば、その周囲の数名は護衛か、何かだろう。
お父様が手を振った。
それが合図だった。
アートとネイノーシュが天に向け腕を突き上げ、彼らを中心に白い、小さい何かが吹き荒れ、思わず目を閉じた。
甘い香りが鼻をくすぐる。
アートが入れてくれた花の香りの紅茶。あれとよく似た香りが、胸に一杯に広がり、私は目を開けた。
すると、庭は一変していた。
色褪せた季節の花々は消え、その代わり、小さな白い花が咲き乱れる。
さっき紅茶と同じ香りと思ったのは、この花の香りだったのだ。
「これって……もしかして……」
マンナから聞いたアノ国の英雄物語。
その物語の中で、英雄が姿を変えたとされている花が兆しの花で、アノ国では特別な意味を持つ花だ。
物語に憧れた私は、私の庭で育てている。けれど、気候が合わないのか、中々花が咲いてくれず、毎年葉を茂らせるだけで終わっている。
だから自生ているのが見たいと思っていた。でもそれを知る人は殆どいない。
何故なら、私の庭では他にもいろんな花を育てており、上手く花が咲かないのも、この花だけじゃない。
兆しの花を一緒に見ると約束したのはたった一人。アートだけ。
雪が降り積もった冬とは違う、真っ白な光景は、本当に見事という以外なかった。お父様とお母様も穏やかに微笑み、白い花が咲き乱れる光景を眺めている。
「彼から提案があったんだ」
お父様が言った。
「あなたを元気つけたいのですって」
お母様も言う。
彼って誰の事?
普通にそう聞けば良いだけなのに、この時の私は何故か、答えを聞くのが怖くて、窓枠にかけている自身の手に視線を落とした。
どうしてそうしたのか、自分でも良く分からない。後にして思えば、二人の声色や表情から、いつもと違う何かを感じ取ったのかもしれない。
唐突に湧き出した疑惑は、私に色眼鏡を掛けさせて。二人の視線は庭全体ではなく、庭の中央に向けられている気がしてくる。
突如疑心暗鬼に陥った私の脳は、あらぬ疑いを次々と掘り起こしていく。
「綺麗な花だ。本当なら冬に咲く花だそうだよ。アイナは知っていたかい?」
「香りも良いわね。可能なら庭に植えさせて……」
「いっその事、寝室に飾りたいな。安眠できそうだ」
「香水なんかも良いわね。もしかしてあるんじゃないかしら」
「後で花の名前を聞くとしよう」
ねえ、お父様? お母様?
今、どこ見てるの?
私、俯いて、お庭なんて見ていないのよ。
お父様? 何故、どうかしたのか……って聞いてくれないの?
ねえ、お母様? 私、手が震えて止まらないの。
子供の頃みたく摩って、温かくしましょう……って言って欲しいわ。
「あぁ!」
「あっ……」
お父様とお母様が同時に、焦って声を上げた。
気が付いてくれた! 私の考えすぎよね。だって。さっきは私の事をあんなに…………
喜び顔を上げた私が見たのは、私ではなく、庭に釘付けになるお父様とお母様の顔。
庭では、転んだアートが立ち上がろうとしていた。
「やんちゃなのかしら……まったく、もう……」
お母様が小さく零した呟きは、これまで、私が必死に否定してきたすべてを肯定する、そんな力を持っていた。
アートが立ち上がり、まっすぐこちらを、私を見ている。
急激に、体温が冷めていく。
お父様と母様は、彼を見に来たのね。私ではなく、アートを。
アートが……………グレンウィル・アルテム……お前が本物なのね。
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