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第一章~王女の秘密~
48~ジージール 1~
しおりを挟むジージールがアイナに言われ、騒ぎの元を調べに宿の外に出た時、煙はまだ一筋しか上がってなかった。煙が立ち上るその場所を突き止めた時、ジージールはあまりの腹立たしさに舌打ちをした。
もうもうと立ち上る割には、ほとんど臭いも熱もない。
やられた。この場所はジージールにアイナが耳打ちをしてきた場所だ。気を逸らす為にワザとあんな事を言ったに違いない。まんまと彼女の策略に乗ってしまったというわけだ。
久しぶりに兄上なんて呼ばれて嬉しかっただけに、ショックも大きかった。
一発くらいなら許されるだろうか、ジージールは拳を握り、踵を返した。
ジージールが初めてアイナに会ったのは、まだ7歳の頃だった。
四人兄弟の末っ子。兄たちには母との思い出があるのに対し、ジージールは極端に少なかった。乳母として城に務める母と会えるのは年に数回で、それもわずかな時間のみだ。
正直な所、アイナの事を恨んでいた。
姫の遊び相手を引き受けたのも、始めは母と一緒に居たかったからだった。
ジージールがアイナと初めて顔を合わせた時、彼女にいけ好かない子供といった印象を持ったのは、マンナの後ろに隠れ、中々顔を出さないアイナが、マンナは自分のものだと言わんばかりに映ったからだ。
今からでもやらないと言おうか。脳裏をかすめたが、それでも母と一緒に居られるのならと、マンナの後ろから出てくるのを根気強く待った。
やがて、マンナの後ろから顔を出したアイナに、ジージールは少なからず驚いた。彼女は黒髪黒い目を持っていたのだ。
ジージールはカラス羽の者と会うのは初めてだったし、この頃のジージールは諸事情から髪を白くしていたが、本来は黒い髪を持つ。
魔力の高さ故に黒くなるカラス羽ではなく、単純に先祖返りというやつで、ご先祖様に同じような体質の人がいたというだけの話。
魔法どころか、魔力の扱いすら危ういアイナに対し、ジージールは7歳にして片手で数えられる程だが魔法を扱えたし、魔力のコントロールも同年代と比べても上手だった。
それでも自分と同じ黒髪の少女に興味を引かれ、その時、ジージールの中で何かが変わった。
アイナの方も国王と同じく、白い髪を持つジージールに、すぐに興味を示した。
初めの緊張が嘘かのように、アイナがジージールに付いて回る様になると、周囲は何かと可愛らしい兄妹の様だ、と囃し立てた。
見た目は似ていないし、髪の色も違う。一緒なのは目の色だけ。
ジージールはとても兄妹とは思えなかったが、三歳のアイナはそれを素直に受け取り、ジージールを”兄上”と呼んだのだった。
まだ三歳だったアイナには”兄上”の発音が難しかったらしく、なので確にいえば、”あぃぅえ”だ。
あぃぅえ、あぃぅえ、言いながら自分の後を付いてくる幼い女の子は実に愛らしく、まだ少年であったジージールの庇護欲をそそった。
好きにならないはずがなかった。
いつの間にかアイナは、ジージールにとって母を奪った憎い奴から、可愛い妹になっていった。
末っ子だったジージールは母がいない分、家では甘やかされる事も多く、子供の甘やかし方は良く知っていた。
己の経験を駆使し、可愛くて仕方ないと猫かわいがりすれば、甘やかしすぎだとマンナに注意され、魔力制御の訓練が苦手なアイナの為に、自分も魔法の訓練に勤しみ一緒にやろうと誘い、アイナに勉強を教えたくて自身も勉学に励んだ。
その結果、予定よりも早く遊び相手を卒業し、本格的に護衛としての訓練を積む羽目になったのだが、しかしそれは必然だったといえるかもしれない。
そんな経緯があるからだろう。ジージールの心境はとても複雑だった。
ついこの前まで自分の後ろをついて歩き、魔法が使えないと落ち込んでいた妹の、逞しい成長ぶりに感心はするものの、出し抜かれてしまっては苛立ちを覚える。
ジージールは笑うに笑えない失態に、今すぐ頭を抱え小さくなりたい気分だった。アイナの言葉を純粋に喜んでいた分、悔しいやら悲しいやらだ。
夏の避暑地での出来事は、当然ジージールも聞いている。
長年のあれやこれやと仕掛けた努力が報われ、ついに二人が出会い恋に落ちた。
あの二人が本当に恋仲になってくれれば、後はきっと上手く行くはずだった。
アイナも王子が実は避暑地で出会った男の子だと知れば、運命的な出会いだと態度を軟化させるはずで、それで本当に二人が結婚すれば、すべてが丸く収まる。
皆が幸せになれるなんて都合の良い思惑だったが、本当に都合よく考えすぎた。
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