上 下
58 / 108
第一章~王女の秘密~

45

しおりを挟む
 この小部屋、実は城のいくつかの出入り口と繋がっている。

 私は、今来た道とは別の通路への入り口を開けると、すぐさま裸足で駆けだした。
 町娘を装う為にはいて生きた靴では動きにくかったので、脱いだ。

 暗い通路を、記憶を頼りに走る。
 私が走った後に明かりが灯り、光を道が浮かび上がった。


 早くしないと、アートが敵に見つかってしまう。
 気持ちばかりが急いて、何度か足がもつれそうになった。

 魔力を張り巡らせ、走る速度はどんどん増していき、やがて見えてきた目的の場所、通路の突き当りを、私は魔力を込めた拳で叩いた。


――ガンッ――


 音が鳴り、階段が現れた。同時に声が聞こえてくる。私を探す声だ。

 私は武器を後ろに構え、階段を駆け上がり、地上に出ると同時に振り切った。

 手に持った武器が重い何かを捕え、骨を砕き、肉を抉った。


「ぎゃあ!」


 男が短い悲鳴を上げ、転げる様に倒れた。
 男は血が流れる足を抑えながら、喘ぎ私から距離を取ろうともがいている。頭を叩く。

 横から振り抜けば、男はこと切れた様に大人しく、動かなくなった。
 

 そこは屋敷のニ階にある、かつては食堂として使われていた部屋だった。出入り口のすぐそばにいたのはこの男だけだったが、部屋の中もう一人女が、外にはバラバラと複数人の足音が聞こえてくる。


 外は……一、ニ、三人? それくらいなら平気ね。

 けれど、思ったより人が少ない。
 こんな場所だからかしら。アートの所へ行かれたら不味いわね。


 殺気の籠った視線が私に向けられた。


「きゃぁああ! こ、こんな所に出るなんて!」


 私は大げさすぎる程の悲鳴を上げながら、逃げ出した。

 先程聞こえてきた、彼らの牢屋での会話は相当焦っていた。そこへ血眼になり探していた人物が現れたらどうする? それこそ何が何でも捕まえようとするはずだ。


 何とか部屋の外へ出ようと、食堂の入り口に向かい走り出した私を、敵の女は興奮気味に吐き出し笑った。


「馬鹿だな、お姫様!」


 そうは言いつつも、私は油断しない、彼女の顔にそう書いてある。

 でもね、油断しようが、しなかろうが、実力の差を埋めるのはどうしたって難しいものよ。


 敵の持つ得物は幅広の刀身を持つ片刃の短刀。扱いやすいが見た目より重い。

 私は敵が振りかぶったところで、彼女の真下に入り、足を踏みつけ、縦に構えた棒を突き上げた。バチンという弾ける音を耳で捕えながら、私は続けざまの腹に拳を打ち込む。

 敵は顎の骨が砕け、後ろに仰け反りながら倒れた。

 止めに膝を踏みつけ割る。


「あああああああ!」


 女の悲鳴が響いた。
 部屋の外を通り過ぎようとしていた足音が止まり、こちらに向けられる。

 次が来る。
 ドアの前で聞き耳を立てていると、カチャリと金属音が聞こえてきた。

 素早くドアの前から飛び退くのと、ドアから剣が突き破り出てくるのは、ほぼ同時だった。

 私は棒を二本使い、ドアから生える剣を叩き折る。けれど、それも罠だった。

 剣は根本から折れたが、次の瞬間閃光がほとばしり、私の視力を焼いた。

 咄嗟に目を閉じたが、完全には防げず、私の視界を白い影が遮る。

 私はさらに、ドアから距離を取った。


――ダン!――


 ドアが壁にぶつかり跳ね返る音と術式を紡ぐ呟きが聞こえ、私は迷わず、影でしかない人物に向かって飛び込んだ。相手の腹に棒を突き刺し、後ろに蹴り飛ばす。

 敵の放った魔法は私の魔法具が弾いてくれる。バチンと音をたてた。

 他にもいた数名内、一人は私が蹴り飛ばした敵の下敷きになり、もう二人は廊下へと逃れたようだ。

 呪文を唱える声が二重に聞こえてくる。

 私は倒れた男の上に飛び乗り、声のする方へ棒を、勢いを付けて向けた。

 棒の長さは精々五十センチ程。彼らに致命傷を負わせるには長さが足りない。


 けれど、これは棒で、伸ばすのは自由自在。

 背の低い私の弱点をカバーしてくれる優秀な武器だ。

 四つ折りから二つ折りへと変化した棒は、今度はただの棒ではなく、鋭利な刃物を持っていた。

 刃先は呪文を唱えていた敵の、それぞれのお腹と胸に刺さっている。
 引き抜くと血が噴き出し、彼らは膝から崩れ落ちた。

 仲間の下敷きになった者は、意識を失っているのかもしれない。

 うんともスンとも言わないもの。

 私は足元に転がる敵に二度、三度、刃を突き立てた。


――ピィイイイ……――


 笛の音が一瞬の静寂をつんざき、屋敷中に響き渡った。


 一人仕留め損ねた?

 笛の音が聞こえたのは左だけど……念の為、両方……。


 私は廊下に倒れた二名に、もう一度刃を突き立てた。



 食堂から庭園が見下ろせるようになっている。

 このまま中庭に飛び降りても良いのだけれど、もう少し、敵を引き付けた方が良いかもしれない。


 私は武器を元の棒へ戻すと、視界がきかないまま、廊下を足音のする方へ向かって走り出した。






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

地味に見せてる眼鏡魔道具令嬢は王子の溺愛に気付かない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,449pt お気に入り:262

俺が、恋人だから

BL / 完結 24h.ポイント:1,107pt お気に入り:26

首筋に 歪な、苦い噛み痕

BL / 連載中 24h.ポイント:931pt お気に入り:19

夏の終わりに、きみを見失って

BL / 連載中 24h.ポイント:362pt お気に入り:3

最低なふたり

BL / 完結 24h.ポイント:795pt お気に入り:26

侯爵令嬢の恋わずらいは堅物騎士様を惑わせる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:194

天才中学生高過ぎる知力で理不尽をぶっ飛ばす!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:115

モラトリアムの俺たちはー

BL / 連載中 24h.ポイント:519pt お気に入り:22

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:1,934

処理中です...