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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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 この時には森の木々の間から、日差しが入り始めて随分を明るくなっていた。鳥や獣の鳴き声が聞こえている。

 売られた喧嘩をどうしようか考え込んでいた私の耳に、独特な鳴き声が聞こえてきた。

 甲高いのに、濁った声で、短く切るように鳴く。エヴィウォークだ。


 そう思う前に私は全身に魔力を巡らせた。


 あれを狩る時に重要なのは、あれの魔術にかからない事。鳥のような姿で飛び回り、獲物を見つけると魔法で動けなくし、それからゆっくり啄み喰う。

 今のは仲間を呼ぶ時の鳴き声だ。今なら魔法を使う前に叩き潰すのは可能だ。


 これも彼の父親から教わった。


 私は手ごろな石を拾うと、鳴き声から魔獣の位置を特定し、投げ付けた。だたそれだけ。

 石は確実にエヴィウォークの頭を捕え、木の枝に止まっていたエヴィウォークはともあっけなく地面に落ちる。


「え?」


 あっけに取られたオーリーが、構えたばかりの銃を下ろした。

 勝ち誇って胸を張り、フフンと笑みを浮かべる私はさぞ得意げに見えた事だろう。


「素直なゴリラさんは、か弱い殿方を放ってはいられない性分なの。守って差し上げますわ」


 オーリーの頬が引きつる。なんとなく、笑っている様にも見えるけれど。


上手く行ったかしら喧嘩は買えたかしら


 







 エヴィウォークの一番厄介な点は、先程オーリーも言っていた様に、複数で狩りをするところだ。

 大抵は同じエヴィウォーク同士で徒党を組むのだけれど、今の様に獲物に気付かれるのもはばからず仲間を呼ぶ場合、五割以上の確率でがいる。



 ドドド……



 地面が揺れる。


 来た。

 私は木の幹を蹴り、バウンドして樹上に登る。オーリーの方もを避け、離れた木に登り、目を眇め照準器を覗き込む。

 さすがにあの人の息子なだけある。の事をよく知っているらしい。


 は長く鋭い爪を持ち、体を覆う艶めく鱗は鉄よりも固く、耳まで避けている大きな口にはやはり鋭い牙がずらりと並ぶ。

 モーモーリは土のドラゴンとも呼ばれる魔獣だ。


 モーモーリはドラゴンの名に違わず、口から炎を吹く。しかも、土の中を移動するモーモーリは一応目はあるが視力は宜しくないので、手当たり次第に火を噴きまくる。それはもうめちゃくちゃに。

 なのでモーモーリが相手の場合、駆除を目的にするなら、奴の掘った穴に毒を仕掛けるか、穴に魔法を放つ事が多い。

 けれど、土の中でもモーモーリは素早く、また、奴の鱗は鉄よりも固ければ、高い魔力特性を持つ。

 魔法を使うのが魔獣だけれど、モーモーリはその魔法をすべて鱗の強化にでもつぎ込んだと言われる程、防御力に優れた魔獣。
 穴を使って仕留める方法では成功率が低い上に、死体を回収できないという難点がある。

 ではどうするのかというと、弱点を突くのだ。

 もちろんどんな生き物にも弱点は存在し、モーモーリの場合は腹の部分と目が急所。そこを突けば致命傷を与えられる。


 たぶんだけれど、オーリーもそれを狙っているはず。なにせ、これはすべて彼のお父様から教わった事だから。


 なら、順序も当然分かっているはず。私は地面のひび割れが大きく盛り上がり、モーモーリが飛び出してくる直前に声を張り上げた。


「スタァビァ!」


 これは猟師たちが使う仲間に自分の行動を知らせる言葉で、自分が先に行く、お前は待て。という意味になるらしい。

 オーリーに何の反応も見られないけれど、聞こえたはずだ。さすがに落ち着いている。


 言うと同時に、私はモーモーリ目掛けて飛び降りた。

 モーモーリの鱗は固い。固いけれど中身は柔らかく、強い衝撃を受ければ脳振盪を起こす。

 魔獣も所詮動物、私たちと何も変わりはしない。そう教わった。


 私はモーモーリの頭に蹴りを入れると同時に、魔力を流し込んだ。
 急激な魔力の流入は体の不調を引き起こす。何度も繰り返していると慣れる上に、魔法を強化してしまう為、使うのは一回だけ。

 けれどそれで充分だった。

 久しぶりの対魔獣戦闘だったけれど、何とかなりそう。私はホッとして笑みを零した。

 ここでしくじったら、私は刃物のような爪の餌食になっていたに違いもの。


 モーモーリが動きが鈍らせ、頭をフラリと揺らす。私はすかさずモーモーリの薄く開いた口の端を掴み、穴から引きずり出しながら思いっきり、木の幹に叩きつけた。


 ゴアッ 


 モーモーリが変な声を出して、あお向けて腹を晒し、そこへ立て続けに五発。モーモーリの腹に弾丸が撃ち込まれた。


 ゴアアアアアッガッガッガァ゛ァ゛ァ゛ッ


 撃ち込まれた弾丸に仕込まれた魔法が、奴の中で暴れ始めた。

 どんな魔法が込められた弾かはわからないけど、この苦しみ用だ。内側から焼いたのか、それとも、風の魔法で切り刻んでいるのか。

 モーモーリは苦痛にまみれた叫び声を上げ、土の中に逃れようとした。けれど、全身が隠れる前にあっけなく息絶える。


「ふう……」


 良い労働の後は気分が良い。それにこの鱗は高く売れるらしい。綺麗な状態でこんなに一杯あるのだから、きっと高値が付くはず、私も手伝ったのだから半分貰っても文句はない……わよね?

 バックの中のお金はわずか。城に帰るにしろ、帰らないにしろ、まずはお金だ。



 


 







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