アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

文字の大きさ
112 / 159
第二章~自由の先で始める当て馬生活~

42

しおりを挟む
 私が一番やりたい事は何か。

 決まっている。

 エリンの恋の応援。これ。


 そして私は今、町へ来ている。

 一人じゃないの。オーリーとエリンとイヴの三人も一緒。

 出場する武闘大会へのエントリーついでに、皆で町で遊ぼう、と三人に声をかけたのだけれど、本当は当て馬作戦のため。


 心に引っかかっていた問題もほぼ解けて、憂いが殆どなくなった今だからこそ、全力で作戦に打ち込めるというもの。


 けれど大きな問題が一つ。


 私は作戦実行に当たり、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。

 エリンの人物像を把握しきれていないので、それはそれは何パターンも。

 けれど、そこまでしてようやく気が付いた。

 当て馬が一人で頑張った所でどうしようもなくない?という事実に。


 私がいくら呷った所で、そもそもエリンが奮起するとは限らないし、最悪諦めて誰も幸せにならないパターンだってありうる。

 つまり、エリン自身をサポートする役目が必要なのだ。


 兄上には何らかの形で協力してもらうつもりだけれど、エリンと全く面識がないので、そもそもサポート役は無理。

 何より兄上から当て馬作戦なんて止めておけなんて言われているので積極的に協力してくれるとは思えない。

 マンナにも同じ事を説教された過去があるので、兄上の言い分はも分かる。

 けれど、私は可愛いエリンの恋を応援したいの。

 これは、友人として同然の感情ではないかしら。

 そして、自分の心の声に耳を傾けるのも、また大切ではなくて?


 要はやり過ぎなかったら良いのよ。


 というわけで目下の目標は、イヴを仲間に引き入れる事。


 イヴならエリンを良く知っているし、協力してくれればきっと上手く行くはず。

 イヴもエリンの事を心配して、応援する様な素振りがあったし、たぶん大丈夫だと思うの。


 このお出かけで、イヴと話ができると良いのだけれど。





「ね、オーリー?」


 私は隣を歩くオーリーの裾を、指先で摘まんで引っ張った。

 目線は顔ごとではなく、上目遣いを意識して瞬きをする。
 ちょっとあざといくらいがちょうど良い。

 相手にあからさまに媚を売っている方が、対抗心に火がつきやすいもの。


「ん?どした?」


 オーリーに猟をしている時の緊張感はなく、表情は緩みリラックスしている。


 今日のオーリーはいつもの猟師姿じゃなく、完全にオフなスタイル。

 緩やかにうねる髪を下ろし、彼が好むゆったりとしたカジュアルな服装と、ごつめの耳飾りがいくつか耳に光る。
 耳飾りはすべて魔法具だし、髪だって下ろしただけ。なのに猟師としての彼と、あまりにも雰囲気が違い過ぎて、さすがの私でも少しドキドキしてしまう。

 これが女をたらしこむ時のオーリーなんだわ、きっと。


「どこかで美味しいの食べたくない?」


「美味しいのって……」


 オーリーが言葉を飲み込んだ。音を立てて喉ぼとけが上下する。


 いったい何を想像したのかしら。


 想像しただけでそんな風になる食事なんて、私、興味しかないわ。
 後で聞いてみましょう。


「二人もお昼まだでしょう?」


 ここで話を振りながら、エリンの反応を伺う。


「まぁ……」


 そして、思わず感嘆の声を上げた。


 エリンはいつもの様子で私を見ていた。

 私が振り向いた一瞬だけ、表情を取り繕う刹那、こちらを見るエリンの顔は静かな怒気を孕んでいた。


 まさしく嫉妬する女の顔。


 早速の手応えに込み上げてくる、拳を突き上げたくなる衝動を、私はグッと堪えた。


「もちろん、まだよ」


 エリンではなく、イヴが答える。


 今はまだお昼前、当然食べていないと思ったのよね。その為にこんな時間に待ち合わせしたんだもの。

 私はカバンの中から、ジェスから貰ったチラシを取り出した。


 ドキドキしながら、チラシの角を両手で摘まんで、三人に見せる。


「これは?」


 チラシを見て首を傾げたエリンに対し


「これってつい最近できたばかりの店だよな?」


 しっかりお店の存在を把握しているオーリー。
 イヴは言われてようやく「あぁ」と頷いた。

 エリンかイヴが食いついてくると思ったのだけれど、まさかオーリーが反応するなんて。ちょっと意外。


「ジェスが、オーリーのお母様がくれたの」


 私は行った事がないからジェスの話を聞く限りだけれど、このお店は綺麗な内装に綺麗な食器、お洒落で高級感すら漂うらしい。

 もちろん食事も菓子も美味しくて、貴族の気分を味わえるともっぱらの評判。

 それらが若い人にも手が届く価格で提供されていると、人気のお店らしい。


 とはいえ、貴族の気分は、元王女の私は散々味わっているので新鮮味もなく、その部分に私の興味はない。

 私の好奇心を惹きつけたものはそこじゃないの。

 このお店で提供される食事と菓子なの。


 この店のコンセプトは異国。提供されているのは外国の料理や菓子。


 種類も豊富で、オワリノ国ではあまり食されない外国の物もあるそう。


 しかもよ? この手の店は好きな食事を自由に選んで良いの。


 私は考えただけで、素敵な気分になる。

 お城の食事はすごく美味しいけれど、メニューは決められているから自分では選べない。

 他に私が知っている味といえば、魔物退治の際に堪能する野性味あふれる食事だけ。

 もちろん選べないし、むしろ、あるだけ感謝しなくてはならない。

 お父様とお母様は外国への公務もあるので、異国の味を知っているけれど、殆どの時間を城で過ごす私は、知識としては知っていても、実際に味わう機会は殆どない。

 もしかすると、庶民の方が様々な食事を楽しんでいるかもしれない。


 そして、今の私は一庶民。

 好きな食事を選べる立場にある。

 

「もし、お昼決まってないならって、ジェスから貰ったのだけれど……」


 この店に行ってみない? 全部言えなかった。

 だって、私の提案に三人は無言で視線を交わしたんだもの。


 すぐに気が付いた。これ駄目なパターンだって。


 一瞬、覚えた疎外感と落胆。

 だけれど、次の瞬間には感情が高ぶり、私は歓喜に身を震わした。


 あぁ、この三人、通じ合ってるって感じがすっごく良いわ。


 けれどこの場合は恋愛物語ではなく、どちらかというと青春物語かしら。


 幼馴染の三人は、成長と共に疎遠になっていくのだけれど、町に引っ越してきたばかりの新しい友人をきっかけに、再び交流が始まっていく。

 それぞれが決して短くない、互いに知らない時間を過ごしてきた。

 それだというのに、三人はあっという間に昔のように通じ合うの。

 懐かしさと共に幼い頃の気持ちも蘇り、三人で世界が完成していた頃へと引き戻される。

 けれど昔は三人だけだった世界も、新たな友人の存在により歪み、崩れ、変化していく。

 いつまでも幼い頃のままではいられない。誤解とすれ違いを乗り越え、成長し友情を深め合っていく物語…………


 私、嫌いではないわ。むしろ好きよ。


 更に言えば……いいえ、今は私の好みはどうでも良いの。


 彼らの無言を、どう取るべきかが問題なの。


 もしかしてだけれど、私の提案は三人の趣味とは合わなくて、困らせてしまったのかもしれないわ。


 それならと、私はすぐに思考を切り替えた。


 今日の目的はイヴとお話をして、仲間になってもらう事なのだから。

 別にチラシの店でなくても良いの。


「美味しいものなら、別にここでなくても良いの。三人のおすすめのお店があるなら、ぜひ行ってみたいわ。例えば良く食べている物とか……知りたいわ」 


 そう、例えば、さっきオーリーが喉を鳴らした時に思い浮かべていた食事とか。


 ワクワクしている私を他所に、三人は再び顔を合わせた。


 もしかして、庶民ってお昼ご飯食べないのかしら。

 私が思っているより、食を楽しんだりしないのかしら。


 けれどアートは、魚の形の焼き菓子を美味しそうに食べていたわ。


 あら?

 けれどあれは確か、私が見ていたから買ってくれたのよね。

 なら、やっぱり食事に拘りがないのかしら。


 何かを言いたそうな6つの目を順に見ながら、私はそんな事を考えていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」 聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。 死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。 シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。 「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」 それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。 生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。 これは互いの利益のための契約結婚。 初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。 しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……? ……分かりました。 この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。 夫を好きになったっていいですよね? シェラはひっそりと決意を固める。 彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに…… ※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。 主人公が変わっているので、単体で読めます。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました

お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。 その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

処理中です...