142 / 159
第二章~自由の先で始める当て馬生活~
72
しおりを挟む「兄上……」
私は殴られながら、ただフヨフヨ浮かんでいる映し身を見た。映し身の黒硝子は冷たく私を見下ろしてるだけ。
もうどのくらい殴られたのか分からないけれど、時間にしたら、きっと、ほんの数分も経ってない。
男は良く体を鍛えていて、魔法を使わなくても、拳は十分に重く、身体強化をした状態でも確実にダメージは蓄積していく。
後、どのくらい耐えれば…………良いのかしら。
「殺人鬼でも、仲間が大事か。他人は簡単に殺すくせにな」
男が周囲に聞こえる様に言った。
もしかすると、このままでは、私に向けられている悪意が、エリンにも向く様になるのかしら。それはいけない事だわ。
兄上を待っていては、危険かもしれない。
だからといって、こんな事しかできないの、中々に嫌いよ。
「私と、彼女が仲間ですって?」
私が笑うと、男も同じように笑った。得意満面に、人を見下す笑みだ。
「いつでも捨てられるのは、駒というのよ。覚えておきなさい」
言うと同時に、一発、油断していた男の腹に、身体強化を施した拳を叩き込む。
「う、動く…」
間髪入れず、私は剣で女の、エリンを拘束している方の腕を、エリンごと貫いて引き抜いた。
エリン、ごめんなさい。
男は目を見開き、ついでに口から汚らしい物を吐き出して、殴られた腹を抱えて身を屈めた。女の方も腕が緩んで、エリンが転げ落ちる様に倒れ込む。
「これで!」
エリンを気にせず戦えるわ!
私は剣を鞭に変え、女を責めた。
「身体強化もしていなかったみたいだったし、動けなくなるのは分かっていたの。魔法を使っていれば少なくとも、私を止められたでしょうにね。映し身を警戒したのが裏目に出たわね」
今、私が笑っていたとしても、別に楽しいとかではないの。
けれど、ほら、何というか。あるでしょう?
雰囲気というの?鞭を振るう時はオホホホと高笑いをするお約束。
これも私の悪い癖よね。つい、演技をしないのを忘れてしまうの。
兄上には調子に乗り過ぎるってよく言われるし、カクは何も言わないけれど、マンナには周囲の状況をよくよく観察しなさいって注意されたわ。
なんて、思い出に浸っていたのが良くなかった。事を急いて、エリンを後回しにしてしまったのが悪かった。
シンディアの存在を忘れていたのが、そもそもの間違いだった。
「大人しく、してくれるかしら?」
気が付けば、今度は、シンディアがエリンを人質に取っている。肩の刺し傷から流れる血が、私の罪悪感をこれでもかと刺激する。
「お友達の命、大事でしょう?ちゃんと調べは付いているの。下手な小細工は通用しないわよ」
「演技は必要ないというわけね。け・れ・ど!演技が下手なシンディアには言われたくないわ!」
全く事態は収拾していないのに、またこれなの!?
私の未熟さが招いた結果でもあるのだけれどね! けれど、シンディアに八つ当たりするくらいは許されると思うの!
「本当にもう、何なの!?ちょっと次から次へと!少しは自重してくれないかしら!?」
本当にね、コイツラの目的何なのかしら。こんな事して、どうなるというの。
「シンディア、あなた達の目的は何なの!?」
「知れた事。殺人鬼を捕らえて、町の人を護る」
は?今なんといったのかしら? 町の人を? 守るですって?
ふ、ふふ、ふ、ふ、ふ……
「ふざけるんじゃないわ!!!!」
我慢していた鬱憤が一気に爆発した。
私、さっき、頑張れって言ってもらえたんですけれど?
――ダンッ――
あなた達の誘導に、何度も引っかかるはずないじゃない!
――ダンッダンッダンッ――
威嚇なのか、八つ当たりなのか、自分でも理解できないまま足を踏み鳴らす。
「魔獣を使って何を企んでいるのか分からないけれど、こんな場所でちまちまと悪事を重ねて何になるのかしら!?仮にも国家転覆を狙っていたのに、恥ずかしくないのかしら!?」
「殺人鬼のご乱心ね」
「うっさいですわ!演技も魔法の技術も中途半端な分際で! 偉そうな口を叩くんじゃないわよ!」
「なっ……私の魔法は一流だ!」
「どこが一流よ!こんな所で人質取って立てこもっている時点で、たかが知れてるわ!転移魔法が展開できないだけでしょう!?、言い訳なんてみっともないわ!」
シンディアがギリリと奥歯を噛みしめた。悔し気に、赤く歪んだ顔で私を睨み付けている。
本当、気持ちよいといったらない。
「適当に言ったのに、まさかの図星!あなた達、自分で仕掛けておいて逃げられなくなっているのね!」
「逃げたくて必死なのはそっちでしょう?大量虐殺の犯人さん?」
「逃げたくても逃げられないなんて、無様じゃないの!寧ろ無能じゃないかしら。オーホッホッホッホ!」
「だ、誰が無能だ!?無様を晒すのはそっちだ!私が本気出したら、こんな建物吹っ飛ばすのも簡単なんだぞ!」
「自分が本気を出せばというのは、創作物の中では小者が言う台詞なんですけれど!?それとも、私は取るに足りない小者ですって言う自己紹介かしら?」
「う、煩い!煩い!目的が済んだ帰るさ!頼まれたってこんなくに「黙れ!」」
シンディアの言葉を遮るように、男が怒鳴った。
早すぎるわ。もう起き上がれたの?
いいえ、まだ本調子ではなさそうよね。立ち上がるのもやっとみたい。
「俺たちは遊んでるわけじゃないんだ」
これは、私に言ってるのではないわよね?
男が睨む先にはシンディアがいて、そのシンディアはごくりと喉を鳴らす。同時にシンディアの顔つきが変わった。
「この子を殺されたくなければ武器を捨てて……決して、消さないで、武器は顕現させたままにしなさい。消したらその瞬間この子を魔法で吹っ飛ばすわ」
エリンの胸に魔法の印が浮かび上がった。
これは……はったりではなさそうね。映し身は、私への攻撃じゃないので反応しないって、たぶんシンディアも気付いたのだわ。
私は奥歯を噛みしめた。
「分かった。言う通りにする。するから、エリンに酷い事しないで」
手に握っていた鞭を一つ投げ捨てた。シンディアは何も言わず、けれど、エリンの胸元の魔法印が光を強めた。私は二つ目の武器も捨てる。
エリンが人質に取られ、魔法をかけられ、迂闊に手が出せなくなってしまった。せめてエリンだけでも助けられないかしらと、考えていたその時だった。
「もう良いわ」
用は済んだと口を開いたのは、本当に驚いたのだけれど、なんとエリンだった。
胸の魔法の印をひと撫でして、指先に引っ掛け、そのままシンディアの腕に置いた。
「動かないで。動くと腕を吹き飛ばすわよ」
状況を理解できていないのは、おそらくだけれど、シンディアも一緒のはず。ポカンと開いた口が僅かに引きつっている。
戸惑う私たちを他所に、エリンはにっこり笑って、握った拳を突き出した。
「これで形勢逆転ね。思いっきりやっっちゃって」
そのパンチの真似をするの、ズルいわ。
可愛すぎるじゃない。
0
あなたにおすすめの小説
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
あなたのためなら
天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。
その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。
アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。
しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。
理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。
全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
【完結】サポートキャラって勝手に決めないで!
里音
恋愛
私、リリアナ・モントン。伯爵令嬢やってます。で、私はサポートキャラ?らしい。
幼馴染で自称親友でヒロインのアデリーナ・トリカエッティ伯爵令嬢がいうには…
この世界はアデリーナの前世での乙女ゲームとやらの世界と同じで、その世界ではアデリーナはヒロイン。彼女の親友の私リリアナはサポートキャラ。そして悪役令嬢にはこの国の第二王子のサリントン王子の婚約者のマリエッタ・マキナイル侯爵令嬢。
攻略対象は第二王子のサリントン・エンペスト、側近候補のマイケル・ラライバス伯爵家三男、親友のジュード・マキナイル侯爵家嫡男、護衛のカイル・パラサリス伯爵家次男。
ハーレムエンドを目指すと言う自称ヒロインに振り回されるリリアナの日常。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
多人数の視点があり、くどく感じるかもしれません。
文字数もばらつきが多いです。
【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…
まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。
お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。
なぜって?
お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。
どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。
でも…。
☆★
全16話です。
書き終わっておりますので、随時更新していきます。
読んで下さると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる