アヒルの子~元王女は世界で一番憎い人と結婚します~

有楽 森

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第二章~自由の先で始める当て馬生活~

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「兄上……」


 私は殴られながら、ただフヨフヨ浮かんでいる映し身を見た。映し身の黒硝子は冷たく私を見下ろしてるだけ。


 もうどのくらい殴られたのか分からないけれど、時間にしたら、きっと、ほんの数分も経ってない。

 男は良く体を鍛えていて、使、拳は十分に重く、身体強化をした状態でも確実にダメージは蓄積していく。


 後、どのくらい耐えれば…………良いのかしら。



「殺人鬼でも、仲間が大事か。他人は簡単に殺すくせにな」


 男が周囲に聞こえる様に言った。

 もしかすると、このままでは、私に向けられている悪意が、エリンにも向く様になるのかしら。それはいけない事だわ。
 兄上を待っていては、危険かもしれない。


 だからといって、こんな事しかできないの、中々に嫌いよ。



「私と、彼女が仲間ですって?」


 私が笑うと、男も同じように笑った。得意満面に、人を見下す笑みだ。


「いつでも捨てられるのは、駒というのよ。覚えておきなさい」


 言うと同時に、一発、油断していた男の腹に、身体強化を施した拳を叩き込む。


「う、動く…」


 間髪入れず、私は剣で女の、エリンを拘束している方の腕を、エリンごと貫いて引き抜いた。


 エリン、ごめんなさい。


 男は目を見開き、ついでに口から汚らしい物を吐き出して、殴られた腹を抱えて身を屈めた。女の方も腕が緩んで、エリンが転げ落ちる様に倒れ込む。


「これで!」


 エリンを気にせず戦えるわ!


 私は剣を鞭に変え、女を責めた。


「身体強化もしていなかったみたいだったし、動けなくなるのは分かっていたの。魔法を使っていれば少なくとも、私を止められたでしょうにね。映し身を警戒したのが裏目に出たわね」


 今、私が笑っていたとしても、別に楽しいとかではないの。

 けれど、ほら、何というか。あるでしょう?

 雰囲気というの?鞭を振るう時はオホホホと高笑いをするお約束。

 これも私の悪い癖よね。つい、演技をしないのを忘れてしまうの。

 兄上には調子に乗り過ぎるってよく言われるし、カクは何も言わないけれど、マンナには周囲の状況をよくよく観察しなさいって注意されたわ。


 なんて、思い出に浸っていたのが良くなかった。事を急いて、エリンを後回しにしてしまったのが悪かった。

 シンディアの存在を忘れていたのが、そもそもの間違いだった。



「大人しく、してくれるかしら?」


 気が付けば、今度は、シンディアがエリンを人質に取っている。肩の刺し傷から流れる血が、私の罪悪感をこれでもかと刺激する。


「お友達の命、大事でしょう?ちゃんと調べは付いているの。下手な小細工は通用しないわよ」


「演技は必要ないというわけね。け・れ・ど!演技が下手なシンディアには言われたくないわ!」


 全く事態は収拾していないのに、またこれなの!?

 私の未熟さが招いた結果でもあるのだけれどね! けれど、シンディアに八つ当たりするくらいは許されると思うの!


「本当にもう、何なの!?ちょっと次から次へと!少しは自重してくれないかしら!?」


 本当にね、コイツラの目的何なのかしら。こんな事して、どうなるというの。


「シンディア、あなた達の目的は何なの!?」


「知れた事。殺人鬼を捕らえて、町の人を護る」


 は?今なんといったのかしら? 町の人を? 守るですって?


 ふ、ふふ、ふ、ふ、ふ……


「ふざけるんじゃないわ!!!!」


 我慢していた鬱憤が一気に爆発した。


 私、さっき、頑張れって言ってもらえたんですけれど?


――ダンッ――


 あなた達の誘導に、何度も引っかかるはずないじゃない!


――ダンッダンッダンッ――


 威嚇なのか、八つ当たりなのか、自分でも理解できないまま足を踏み鳴らす。


「魔獣を使って何を企んでいるのか分からないけれど、こんな場所でちまちまと悪事を重ねて何になるのかしら!?仮にも国家転覆を狙っていたのに、恥ずかしくないのかしら!?」


「殺人鬼のご乱心ね」


「うっさいですわ!演技も魔法の技術も中途半端な分際で! 偉そうな口を叩くんじゃないわよ!」


「なっ……私の魔法は一流だ!」


「どこが一流よ!こんな所で人質取って立てこもっている時点で、たかが知れてるわ!転移魔法が展開できないだけでしょう!?、言い訳なんてみっともないわ!」


 シンディアがギリリと奥歯を噛みしめた。悔し気に、赤く歪んだ顔で私を睨み付けている。


 本当、気持ちよいといったらない。


「適当に言ったのに、まさかの図星!あなた達、自分で仕掛けておいて逃げられなくなっているのね!」


「逃げたくて必死なのはそっちでしょう?大量虐殺の犯人さん?」


「逃げたくても逃げられないなんて、無様じゃないの!寧ろ無能じゃないかしら。オーホッホッホッホ!」


「だ、誰が無能だ!?無様を晒すのはそっちだ!私が本気出したら、こんな建物吹っ飛ばすのも簡単なんだぞ!」


「自分が本気を出せばというのは、創作物の中では小者が言う台詞なんですけれど!?それとも、私は取るに足りない小者ですって言う自己紹介かしら?」


「う、煩い!煩い!目的が済んだ帰るさ!頼まれたってこんなくに「黙れ!」」


 シンディアの言葉を遮るように、男が怒鳴った。


 早すぎるわ。もう起き上がれたの?

 いいえ、まだ本調子ではなさそうよね。立ち上がるのもやっとみたい。


「俺たちは遊んでるわけじゃないんだ」


 これは、私に言ってるのではないわよね?

 男が睨む先にはシンディアがいて、そのシンディアはごくりと喉を鳴らす。同時にシンディアの顔つきが変わった。


「この子を殺されたくなければ武器を捨てて……決して、消さないで、武器は顕現させたままにしなさい。消したらその瞬間この子を魔法で吹っ飛ばすわ」


 エリンの胸に魔法の印が浮かび上がった。

 これは……はったりではなさそうね。映し身は、私への攻撃じゃないので反応しないって、たぶんシンディアも気付いたのだわ。

 私は奥歯を噛みしめた。


「分かった。言う通りにする。するから、エリンに酷い事しないで」


 手に握っていた鞭を一つ投げ捨てた。シンディアは何も言わず、けれど、エリンの胸元の魔法印が光を強めた。私は二つ目の武器も捨てる。

 エリンが人質に取られ、魔法をかけられ、迂闊に手が出せなくなってしまった。せめてエリンだけでも助けられないかしらと、考えていたその時だった。


「もう良いわ」


 用は済んだと口を開いたのは、本当に驚いたのだけれど、なんとエリンだった。

 胸の魔法の印をひと撫でして、指先に引っ掛け、そのままシンディアの腕に置いた。


「動かないで。動くと腕を吹き飛ばすわよ」


 状況を理解できていないのは、おそらくだけれど、シンディアも一緒のはず。ポカンと開いた口が僅かに引きつっている。

 戸惑う私たちを他所に、エリンはにっこり笑って、握った拳を突き出した。


「これで形勢逆転ね。思いっきりやっっちゃって」


 そのパンチの真似をするの、ズルいわ。

 可愛すぎるじゃない。
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