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第6話 百合の天国の扉

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 私にとっては早い夕食だった。
 食事を終えた私は自分にあてがわれた部屋でまったりぐったりだ。

 向こうの世界では家族が寝静まった頃にこっそり夕食を食べていた。
 学校から帰ったら、SNSをチェックして、それからゲームやマンガ、そのうち寝落ちしてしまうので夕食が遅くなるのだ。

 この異世界では陽が落ちる前に夕食を済ませるのが一般的のようだ。
 それは仕方ない事だ。
 なにしろロウソクが夜の明かりなので使うのがもったいなし、めんどくさいし、そもそも暗い。

 私は自分の部屋を見渡した。
 白い壁はまさに中世ヨーロッパのようでお姫様気分にさせてくれる。
 その白い壁に大きな鏡が備え付いていた。
 その下に化粧台、ドレッサーが置かれてある。
 ドレッサーの引き出しを開けたら……なにも入ってない。
 自分で購入せよということか……さっそくマアガレットにお金をおねだりしなくては。

 そうこう企んでいたら薄暗くなったので燭台のロウソクに火をつける事にした。

「え~とチャッカマン、チャッカマン」

 この異世界にそんな便利グッズなどありはしない。

「火がない、火がない、ひー!」

 ひょっとして火打ち石で火をつけるのか?
 無理無理!
 私は軽くパニックになったが、暖炉の近くに黒い小さな箱を見つけた。

 中を開けるのに手間取ったが、中から先端が黒い棒が何本か入っていた。
 これってひょっとして……マッチでーす。
 私はマッチの存在は知っていても使ったことがなかった。

「しゅぱぱぱって擦るんだよね?」

 箱の中を見ると紙ヤスリのような物が入っている。
 これで擦って摩擦で火をつけるんだ、きっと。
 さっそくマッチ棒を紙ヤスリに擦り付けた。

 “しゅぱぱ!”
「きょえっぴ! ぎょえっぴ!」

 紙ヤスリで自分の指を擦ってしまった。
 指を押さえて必死に痛みを我慢する私。
 なんて私はおバカさんなのでしょう。
 なにもかも上手くいった試しがない私。
 そんな私を見兼ねたみゃー助が異世界で再出発させてくれたのだろうか?
 
 悔やんでいたら辺りがさらに暗くなってきた。
 悔やんで悩んでばかりいたら、あっという間に時間が過ぎてもったいない。
 私は気を取り直し再チャレンジを実行した。
 今度は慎重に……

 “しゅぱっ”

 今度は上手くいった。
 私は恐る恐る燭台のロウソクに火を付けた。
 だってマッチでロウソクに火を付ける経験がないのだから。

「あっつ!」

 マッチはすぐ短くなって指を燃やしかねなくなり、急いで暖炉に投げ捨てた。
 火のついたロウソクを燭台から抜いて、火のついてないロウソクに火をつけていった。
 燭台のロウソク全部に火が灯り、暗闇が明るくなった。
 といってもたかがロウソクの明かりだ、LEDには敵わない。

「ふぅ」

 それでも暗闇の中の光はうれしい、私は安堵の吐息を吐いた。
 泡わわわ!
 なんということでしょう。
 私の吐息でロウソクの火が消えてしまった。
 私のハッピーバースデーにはまだ早いのに。

 私はまだ火が消えてないロウソクを燭台から外して、消してしまったロウソクに再点火をした。

「ふ……」

 危ない危ない! また吐息を吐いてしまうところだった。
 私は口を手で押さえて安堵を我慢した。
 ロウソクの明かりを付けるだけでこんなに事件が起きるなんて……しかもケガ人まで出して……私は……
 私は落ち着ける場所を探してベットに近付いた。

 ベットに腰を下ろした。
 シーツを撫でてみる。
 白く清潔なシーツはうれしい。
 こういう所は女性だけの屋敷って感じがする。
 ふかふかのベットは思わず子供心をくすぐりジャンプしたくなる。

「ぼよ~ん、ぼよ~ん」

 まっ、私ったらはしたない。
 これからこの異世界で淑女として過ごさなくてはならないのだから、お淑やかに過ごすのは必須事項だ。
 でもこのジャンプで悩みも軽くなった気がする。

 部屋にはあとテーブルとイスがあるだけで他になにもない。
 なんて殺風景な、通販で小物を購入しなくては。
 そのためにマアガレットから資金をたからなくては……
 暇な私の結論はどうやってマアガレットから金品をせびるかの一点にしぼられた。

 マアガレット……少女漫画から飛び出したかのような美しい外見の女性……自分が世界の中心にいると思っている女性……ヒロイン気質なのに女性にしか興味がない……その興味が私に向かって来て……

「うぃやぁぁぁ!」

 私の脳裏にあの拷問室の光景が甦った。
 裸のまま、身動きが取れないように縛られて、私の身体を好き勝手にいじられたあの地下の拷問室。
 マアガレットを始めカレンダ、エルサにテルザが代わる代わりに、時には全員で私をかわいがってもらった秘密の花園という名の拷問室。

 マアガレットや皆んなが、私の身体を好き勝手に……私は……私は……もう……

 “ぶるぶる”

 身体が、身体が震える……
 駄目、思い出しちゃ! 早く忘れないと。
 忘れようともがくのだが、次から次へとあの記憶がフィードバックしてくる。
 泡わわわ!
 あの忌まわしき記憶がどんどん甦り、またパニックになりそうだ。

 こういう時は身体を動かして! 運動をしてリフレッシュだ!
 私は立ち上がり、駅のホームで見かけるオヤジが傘でゴルフスイングをしているのをマネてみた。

「ナイスショット!」

 泡わわわ!
 周りの人の迷惑を顧みず自分のショットに夢中のオヤジのマネは、ただただ恥ずかしいだけだ。

 とにかく気持ちの整理をしよう……そういえばあの日が来たらどうしよう……
 近代になるまで生理用品などはなかったはず。
 私は重くないのですが、それでも辛い。
 やはり皆んなに聞かないと……

「うぃやぁぁぁー!」

 皆んなにこの事を聞いたら、また見せ物にされてしまう!
 どんな選択をしてもイヤらしい目に遭ってしまう。

「あ、あ、あぁ~ん」

 そんな事を思っていたら拷問室の出来事をまた思い出してしまった。
 ひんやりとした地下室なのに、熱気でむんむんとして汗が止まらない……身体から流れ落ちるのは汗だけでなく……
 忘れなきゃ、忘れなきゃ!
 私は頭を押さえて首を振って記憶除去を謀ったが、頭に浮かんでくるのはマアガレットの接近して来る顔と唇……そして熱い吐息と濡れた……

「だめ! 行って、行ってぇぇ!」

 私は忌まわしいマアガレットととの記憶を手で払い除けようともがいた。

 “バン!”
「ユリ! 遊びに来たわよ!」
「きょえっぴ‼︎」

 突如マアガレットが部屋に飛び込んで来た。
 彼女はすでにネグリジェのような寝巻きに着替えていて、手にはランプを持っていた。

 ランプの光に照らされた彼女はとても神秘的に見えた。
 普段は盛りに盛っている髪型が初めてあった時と同じように髪を垂らしていて、その姿は十代半ばの少女のように見えた。
 白いネグリジェが女神や天使が着るキトンのようにも見える。

 ランプで照らされた部分だけが明るいはずなのに全体が輝いて見える。
 なんて美しい人なんだろう……
 見ている分には、とても清らかで純真な乙女に見える。
 
 彼女は私に近付き、ベットの上を私にくっ付くように右隣に座った。
 私は離れたかったが身体が動かない。

「どうかしたの?」

 彼女はとても綺麗で透き通った声で私に聞いて来た。

「いえ……」

 私は上手く反応出来ずに当たり障りのない答えを返した。
 それに彼女の綺麗な声の奥に、私はなにかイヤらしい含みも感じ取って怖くて動けなくなっていた。

 ひやっ! 私の敏感な所になにかが!
 そのなにかはマアガレットの手で、私の内腿に手を置いてさすりながら再び話かけた。

「ユリ……身体が熱いわ」

 そんなはずはない!
 マアガレットが急接近して来て、身体は恐怖で凍えるように震えているはず!

「い、いえ~ぃ……」

 マアガレットの指が内腿をイヤらしくさすっているので、上手く喋れない。
 私は身を固くして、心の中でバリアの発現を祈った。

「ユリ、ワタシたち姉妹なのよ。
 ひとりじゃないの」

 えっ? 姉妹は便宜上の事ですからお構いなく。
 マアガレットの上半身が私に寄りかかって来て、体重を受け止めるハメになった。
 バリアを発動したいのに出てこない! 所詮、生身の人間では無理だ。

「ユリ、さっきイってぇぇ! て、叫んでいなかった」

 えっ、聞かれていた? 『行ってぇぇ!』て、私の記憶から消えない裸のマアガレットの亡霊の事なんだけど。
 記憶のマアガレットを必死で拒否ってた心からの叫びなんですけど。
 彼女は戸惑っている私の左肩に手を置いてそっと抱き寄せた。

「ユリ……ワタシたちが、ワタシが居るのよ……だから、ひとりアソビをする必要はないのよ」

 な、なんのことですか⁉︎
 私は思わずマアガレットの顔を見て、マアガレットも私の顔を覗き込んで見つめ合ってしまった。

「ユリ、大好きよ」

 さっきまでの少女のような純真さが、今は小悪魔のような妖艶な表情に変わっていた。

 泡わわわ……逃げ出したいのにマアガレットの瞳から目をそらせない……
 それに、ここで逃げたら洗脳という魔改造から解けたことがバレてしまう。
 バレたらまた地下の拷問室に直行だ。
 それだけはイヤ! また魔改造という名の拷問が待ち構えている。

「あっ!」

 マアガレットは私をベットに押し倒してしまった。

「ユリ、ひとりでイかないで……ワタシと一緒にイきましょう」

 泡わわわ! マアガレットの長い金髪が私の顔にかかって来た。
 私の顔にかかった髪の毛を彼女の細い指で優しく払い退け、私の顔をその指で撫で回した。

「フフッ、かわいいユリ……」

 自分が可愛いのは自分で知ってますから……
 マアガレットの接近してくる顔と唇……そして熱い吐息と濡れた……
 先程の思い出したくない思い出そのままの展開が再び……
 だいたいマアガレットのイヤらしい顔のドアップを思い出して拒否ってたのに、なんでそうなるの!

「ワタシのユリ……」

 マアガレットは私の唇に指を滑らせもて遊んでる……
 チガイマス! 百合は百合のモノデス!

 なんとか抵抗しなくては!
 でも上手く身体が動かせない……動かないのはマアガレットが乗っかっているだけではなく、なぜか分からないけれども…‥.動かない。

(ぎょえっぴ! ぎょえっぴ!)

 彼女の顔が……唇が……近付いて来る……抵抗しなくてはならないのに……これは……
 きっと魔法です! 異世界特有の魔法で、私は彼女の硬化魔法で動けなくなっているのだ……きっと……
 マアガレットが目を閉じた……いけない、だめだめ……このままじゃ……
 
 “ブチュー”

 ついに唇をふさがれてしまった。
 あっあっ……だめぇ、口を放さないと……舌を噛み切って……はぁん……服がぁ……胸がぁ……下着がぁ……ああん……

「ハァハァ、ユリ、いいわ、最高よ!
 一緒に天国の扉を開きに行きましょ!」

 あんあん……天国の扉……幸せの世界……楽しい楽園……アミューズメントパーク!

「行きたい、イきたい! ヘ、ベブンズドアァ……」

 私は地下の拷問室の時のように、身体がふわふわして頭が変になりそうで……もうたまりません!

 私はいつの間にか意識を失っていた。
 その夜、私はマアガレットの二人でヘブンズドアというアミューズメントパークの安全装置が壊れたアトラクションに乗って、天国の扉を開きそうになった夢を見ました。
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