【完結】その家族は期間限定〜声なきΩは本物に憧れる〜

天白

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現れたのは小さな天使と、鷲のような男 1


 鷹木に連れて来られたのは、都市開発の一環として建てられた隣町にある大型ショッピングモール。その中のコース料理が主体のイタリアンのお店だった。藍時一人なら決して訪れることのないその店の料理は、前菜からスペシャリテに至るまで、繊細で上品な盛り付けと味が売りだった。

 周囲の人間が次々と出てくる料理の一品、一品をいちいち絶賛し、鷹木もまた「値段の割に質がいい」と、特に藍時にも勧めたパスタに舌鼓を打っていた。藍時は向かいに座る鷹木の所作を見て真似しながら、「すごいですね」と感心した口ぶりで、出てくる料理を胃に詰め込んだ。

(おいしい、んだよな……?)

 味覚はある。そのはずなのに、藍時は料理の美味さがわからなかった。しかしわからないなどと言おうものなら、せっかく連れて来てくれた鷹木に失礼だ。藍時は最後のデザートまで胃の中に流し込んだ後、店を紹介してくれた鷹木に当たり障りのない礼を言った。

『ありがとうございます。すごく美味しかったです』

「それはよかった。また来月にでも誘うから、一緒に来ようね」

『先生は、他の患者さんともこうして出かけたりするんですか?』

「必要とあればね。でも、気に入ったお店に連れてきたのは、藍時君が初めてかな」

『心が広いんですね』

「でしょう?」

 ふふん、と笑う鷹木に、藍時は目線を上げた。そのまま頤に手を添え、何かを考える仕草を見せた後、わざとらしくも真面目な表情で質問する。

『先生って……血液型はO型ですか?』

「いや、B型だけど。いきなり、どうして?」

『心が広くておおらかなので』

「ああ、O型だと性格がおおらかだとか、大雑把だとか言われる信憑性のないあれね。そんな藍時君は、うーん……A型?」

『違います』

 鷹木相手にならこういった他愛ない会話もできるようになった藍時だが、これは何もはじめからできていたわけではない。クリニックへの通院が始まってから半年は、自分の発言すべてが否定されるのではないかと恐れ、言葉のラリーはなかなか続かなかった。時間はかかるものの、クリニックでの通院で得られる効果をようやく実感するようになった藍時は、ただ流されるまま受診をしていた当初より、今ははっきりと治療という目的のために通っている。

 会計が終わり、店を出てから改めて鷹木に頭を下げると、藍時は自分の想いをぽつりぽつりと打ち明けた。

『まだ、誰かと付き合うとか、そういった気持ちにはならないのですけれど……』

 藍時は他人から向けられる好意的な態度に鈍感な方だが、誰かれ構わず、ましてや弟のように可愛がっているというただの患者相手に、五千円のコース料理をぽんとご馳走できるほど、鷹木が慈善的でないだろうことも知っている。いや、正確にはたった今、知ったのだが。

(でも、だからって先生に、俺が好きなんですか? なんて聞けない。もしかしたら、本当に気に入っているだけで連れて来てくれたのかもしれないし、明日食べるものもままならない貧乏な俺を憐れんでご馳走してくれているだけかもしれないし……)

 だからもしもそれが自分の勘違いでないならば何か答えなければならないと、藍時は今の気持ちの正直な部分と建て前を織り交ぜた、模範的な回答を口にする。

『でも、いつかまた、誰かを想うことができるようになれたらいいなって、そう思っています』

 人間不信の傾向にはあるものの、決して人間が嫌いというわけではない。いつかまた、の部分は本当だ。しかしそれを強く願っているわけではない。

(誰かを想った先で裏切られるのは、もうまっぴらごめんだから)

 鷹木は藍時のその言葉に乗せる真意を察したのか、フッと短く笑みを漏らした。そして僅かに震えている藍時の肩に手を乗せると、

「焦らなくていい。私は君がどんな答えを導き出そうとも受け入れるよ。これでも医師の端くれだからね。寛容ではあるつもりだよ」

 目を細めて、藍時を優しく包み込むように言った。

「さて、帰ろうか。家まで送るよ。その前に、お手洗いに行ってくるから、ここで待っていてくれ」

 肩に乗せた手でそのままポンポンと軽く叩くと、鷹木は藍時を残してその場から去っていった。

 一人ポツン、とその場で立ち尽くす藍時はただ何もせず待っているのも暇なので、店から少し離れたフロアガイドの傍まで歩くと、他にどんな店が入っているのか物色するように眺め始めた。特に興味があって見ているのではない。「Ωだ」とコソコソ噂する周囲の視線から、注意をそらすためでもあった。

 影で囁かれることに慣れはあっても、いい気持ちはしない。だが、意識が何かに集中していれば、遠慮ない数多の視線もさほど気にならない。

 だからこの三秒後、藍時のもとにそれが訪れたのは、きっと彼を憐れんだ神様が起こした、些細な気まぐれに違いなかった。

「ママ!」

「えっ?」

 相も変わらず、子どもの「ママ」には敏感な藍時だが、それは自身の足元から聞こえてきた。同時にドン! と何かがぶつかる鈍い衝撃が足元に走ったかと思うと、今度はぎゅっと強い力で抱き締められる。

 何だ? と驚いた藍時は視線を落とすと、そこでは黒々とした髪の小さな少年の旋毛がこちらを向いていた。

「うっ、うう~!」

「ボク、どうし……っ?」

 その時、零れるように落ちた言葉は、確かに藍時の口から発せられていた。

(声、が……)

 久しく耳にしていない自身の声に驚き、藍時は口元を塞ぐように手を添える。もう二度と喋ることができないかもしれない。そうやって悲観した日もあった。だが、目の前のこの子ども相手にはどうだろう。

 藍時は再び唇だけを動かした。

「どう、した、の? ボク……迷子、かな?」

「うっ……ひぐっ……ママぁ……!」

 たどたどしくはあるものの、藍時の声は確かに少年へ届いたようだ。少年は涙で濡れた顔を藍時に向けながら、首を縦に振った。

(治った? でも、どうして? さっきまでまったく出なかったのに)

 長年悩まされていた問題が一気に解消し、喜びと困惑が混在しつつも、今は目の前の子どもを泣き止ませることが先決だと、藍時はポケットからハンカチを取り出して涙を拭い、その小さな背中を上下に擦った。

「ママっ……ママ~!」

 歳は四、五歳あたりだろうか。急に親と逸れてしまったのだろう。少年はなおも自分のことをママだと呼んで離さない。しがみつく腕はか弱くも力強く、自分と会うまでどれほど不安だったのかが見て取れた。

 藍時はよしよしとあやしながら、少年が落ち着くのを待った。

「ううっ……ひっく……」

「大、丈夫? ここには、誰と、来たの、かな?」

「うっ、えっぐ……パ、パパぁ……」

「パパ……お父、さん、だね……」

 嗚咽を漏らしながらではあるが、少年は藍時の質問に答えた。てっきり母親と逸れたものだと思っていただけに、その答えは意外だった。
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