【完結】その家族は期間限定〜声なきΩは本物に憧れる〜

天白

文字の大きさ
9 / 51

「この子のママになりませんか?」 1

 眠りから覚めた藍時が最初に目にしたものは、見知らぬ天井だった。全体が水色のそこには、ところどころに雲のような形の白い模様が浮かんでおり、まるで空の上にいるかのような感覚に陥る。実際、仰向けに寝そべる藍時の下にはふっかりと、かつ弾力のある何かが敷かれている。これはベッドだろうか。この一年は煎餅布団で生活をしていた藍時からすると、この寝心地のよさは堪らなかった。

 まだ半分しか開かない瞼で、藍時は視線だけを左右に動かすと、ここがどこかの室内だということがわかった。部屋の角にはプラスチックでできた収納箱がいくつもあり、そこからロボットの玩具やぬいぐるみのようなものが、ひょこひょこと顔を出していた。

(子ども部屋?)

 第一印象はそれだった。初めて目にするその部屋は、当然のように心当たりがない。いったいここがどこで、何の部屋なのかを把握しようと、他の情報を探すため辺りを見渡していると、ベッドの中からぴょこっと何かが現れた。

「えっ?」

 驚きのあまりに声が出る。そしてその何かは、クリクリとしたあどけない瞳を藍時に向けた。

「おはよう!」

 それははつらつとした幼い少年だった。顔を見て一瞬、誰だ? と思うのと同時に、その少年の名前が藍時の頭に浮かんだ。

「じゅん、君……?」

「うん!」

 少年こと純は、元気よく頷いた。

(また、声が……)

 藍時はゆっくりと身体を起こしつつ、自分の喉元に手を当てた。なぜ、この少年の前では喋ることができるのだろう。そしてなぜ、この子は自分の目の前にいるのだろう。

(というか……一緒に寝ていたの?)

 ますます状況がわからずに混乱していると、純は嬉しそうな笑みを浮かべてこの部屋の扉に向かい、大きく叫んだ。

「パパ! ママが起きたよ!」

「ま、ママ? あの、ママって……」

 またもや自分のことをママと呼ぶ純。彼に聞き返すと、開いた扉の向こうから、ネクタイを外したワイシャツ姿の秀一が姿を現した。

「ああ、おはようございます……ってもう、昼ですけどね。よく眠れましたか?」

「ぁ……」

 ふふっと笑う秀一は、以前の姿とどこかが違った。それはスーツの上着を脱いでいるからではなく、ましてや下に穿いているのがスラックスだからというわけでもない。違うのは髪型とその色だ。以前は襟足が長めのまっすぐに下ろしたミディアムヘアだったせいで気づかなかったが、室内にいるからか今はその右側を掻き上げたかのように後ろへ流している。そこに現れるハイライトのようなグレーが疎らながらも鮮やかで、丁寧な口調の彼からは想像もつかない髪型だが、強面の顔にはよく合っていた。

 よく見ると、上二つのボタンを外したワイシャツの中から、シルバーのネックレスが覗いている。ついているチャームは指輪のようだ。

(それにしても……)

 本当に背が高く、身体の大きい男だ。二メートル近くはあるのだろう。もたれかかっている扉の上枠に、彼の頭がつきかけている。ここがどこなのかはわからないが、もう少し彼の背丈に合った設計にはならないものだろうか。そんなことを思っていると、秀一の方からこの状況に対する説明があった。

「ここは私と純の家です。昨夜、あなたが急に倒れたので、ひとまずここへ連れてきました」

「ぁ……」

 そう言われて藍時は思い出す。職を求めて歓楽街へ行き、柄の悪い連中によって無理やり風俗で働かされるところだったのだ。職を失い、金銭的に余裕がなくなったとはいえ、昨日の自分はどうかしていた。冷静になった今ならわかる。一日働くだけで数万も稼げるなど、そんな上手い話があるわけがなかった。

 己の軽率な行動を恥じる藍時は、ガクンと落ちる頭を支えた。それをどう感じたのか、純が「ママ? どこか痛いの?」と心配の言葉をかけてくる。

「ん……大丈、夫。反省してる、だけ……だから……」

 長らく使われていなかった声帯がぎこちなく震えて、小鳥のさえずりのように音を奏でる。

(ああ、本当に声が出るんだ……)

 目元がじわりと潤んでいく藍時の頭を、純がその小さな手の平でよしよしと撫でた。餅のように柔らかなそれが、藍時にとって懐かしさを感じるほど心地よく、そして温かかった。

 そんな二人の様子を秀一は目を細めて眺めながら、「それじゃあ」と口を開いた。

「出会ったのも何かの縁ですし。とりあえず、一緒に昼食を食べませんか?」
感想 11

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

ネガティブなΩがスパダリαから逃げる

ミカン
BL
オメガバース

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

最悪の婚姻から始まるただ一つの愛

統子
BL
最悪の婚姻だった。 皇太子の正室として迎えられながら、 与えられたのは祝福ではなく、冷たい部屋と拒絶だけ。 触れられることすら恐ろしく、 ただ静かに時間が過ぎるのを待つしかなかった。 けれど—— 差し出された手は、思っていたものとは違っていた。 無理に触れない。 急がない。 ただ、こちらの様子を確かめるように、少しずつ距離を縮めてくる。 気づけば、隣に座ることが当たり前になり、 言葉を交わす時間が、夜の習慣になっていた。 触れられるたびに怖さは消え、 代わりに残るのは、離れがたい温もり。 これは、最悪の婚姻から始まった関係が、 やがて“ただ一人”へと変わっていく物語。 望まれなかったはずのはじまりが、 いつしか、何よりも大切なものになるまでの—— 静かで、優しい、溺れるような愛の記録。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。