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番外編
幸せな日々
「あぅ~、そえ、ゆーちゃんの~!」
「やー! だいちゃんのだもー!」
「うぇーん! こーちゃんもだべだぃー!」
キャンキャンと高い鳴き声と共に、ドタバタと暴れ回る小さな足音が三人分。鳴き声から泣き声へと変わりつつあるいつもの光景を目の当たりにしながら、俺はテキパキと夕食の準備をしていた。
「ゆーちゃん、みみー!」
「だいちゃんも、みみー!」
「こーちゃんのはー!?」
「「「みみー!!」」」
会話としてちゃんと成立してなさそうなこれらの発言も、彼らの中ではしっかりと成立している。とはいえ、主に鳴き声の方が目立つのだが。
そしてこの光景を騒がしいと捉えるのか、賑やかしいと捉えるのか、それとも微笑ましいと捉えるのかも人それぞれだ。そうだな。俺だったら……
「ウォーン! 俺は食い物じゃねえよっ!!」
突如、小さな鳴き声に混じって一際大きな声が部屋中に轟いた。ビリビリと震える室内に小さな彼らはピタッ! と一瞬で鳴くのを止めた。
やはり獣人が成人すると、遠吠えも一層迫力がある。そう思いながら大きな身体の黒い狼こと耀太君に、俺は苦笑を浮かべながら謝罪する。
「ごめんね、耀太君。ウチの子達の面倒を見させちゃって」
「べ、別に面倒見てるわけじゃねーし! 宗佑にーちゃ……兄貴に用があって来ただけだし!」
つっけんどんな物言いで返す耀太君はフン! と鼻息を荒くする。だが、すぐにその態度は崩されてしまった。
「ガジガジ」
「いたたっ!? ちょ、今耳を噛んだの、誰だ!? 幸輔か!?」
「あ、今噛んだのは勇輔だよ」
「ガブッ」
「いったぁ!? 尻尾噛むな、勇輔!」
「うぇーん!」
「それは大輔。そこで泣いているのが幸輔」
「もう、どれが誰だかわかんねーよー!」
見た目がそっくりな三つ子の男の子達。全員が灰色の狼の獣人で三歳になった我が子達は、叔父の耀太君が大好きだ。今日も夕方過ぎに彼が遊びに来てから、ずっとくっついて離れない。こちらは家事が捗るので耀太君が来てくれるのは大いに助かるのだけれども、先ほどから耀太君は可哀想なくらいに噛まれまくっている。この子達のパパも同じ狼なのに、彼らにとって黒い耳や尻尾はおもちゃに見えるらしい。
そんな耀太君に俺は助け船を出した。
「ほら! 勇輔、大輔、幸輔~! ご飯、できたぞ~!」
「「「ワン!」」」
俺が声かけをすると、それまで泣いていた子も含めて元気のいいひと吠えが返ってきた。
すぐさま耀太君から離れて、パタパタと駆け足で一目散に向かう先は俺の足下だ。そして三人揃ってバッと両手の平を翳してみせる。俺は順番に彼らの手を濡らしたハンドタオルで拭いてやった。洗面所で手を洗う代わりに、幼い今はこうして手を拭いているのだ。
完了すると揃ってテーブル席へそれぞれが着席する。まだ身体が小さい為、テーブル前には子供用の椅子を三脚分並べてあるのだ。椅子の脚が若干高いが、抱っこして座らせる必要がなくなったのはいつからだろう。αだからか三人共に身体能力が高く、椅子に座るコツをすぐに覚えてしまった。当初は転ばないかと冷や冷やしたものだが、当の三人はけろりとしているのでその光景にも慣れてしまった。とはいえ、着席できるまで見守りは欠かせない。αといえど、まだ三歳なのだ。
俺は三人に向かって声を張り上げた。
「はい、それではみんな。元気よく~!」
「「「いただきまーす!」」」
揃って手を合わせると、マイスプーンを掴んでそれぞれがオムライスを食べ始めた。今日は同じ服を着せているせいもあって見分けがつきにくいかもしれないが、右から長男の勇輔、次男の大輔に三男の幸輔だ。本当に見分けがつきにくいけれど。
「オムライス、美味しい?」
「「「おいしー!」」」
通常の子よりも立派な歯が生え揃う我が子達は、今ではすっかり大人と同様の物を食べてしまう。獣人だからといって特別に食べさせてはいけない食材もなく、アレルギーが発症しないよう注意して食育を行った結果、好き嫌いもなく食べ物をペロリと平らげてくれるようになったのは、親としてとても嬉しい。こうやってすくすくと育っていくのを見られるのは、生きてる親の特権だな。
俺は大人用の大盛りオムライスを一皿、手に取った。
「いたたっ……これで禿げたら恨むからなぁ…」
耀太君が耳を擦りながらヨタヨタとこちらへやって来た。見たところ、全然禿げていない。リアクションがいちいちオーバーなのではないか。それにその辺りは子供達も手加減していると思うし、何より……
「そんなに痛いかなぁ?」
「はあ!? 痛くねえの!?」
母親だからとて噛まれないわけではない。もちろん、本気で噛まれては怪我どころの騒ぎではないけれど。
今のところは赤い痕がつくくらいの可愛いものだ。だからこんなに耀太君が痛がることの方が不思議でならない。俺は首を横に振った。
「毎日噛まれているからかなぁ? なー?」
「「「アオーン!」」」
三人揃って元気な遠吠え。それを見て、嘘だろと耀太君は項垂れた。
俺は空いている席にオムライスを置くと、椅子を引きながら彼に促した。
「ほら、耀太君も。あったかいご飯を食べた、食べた!」
「ケースケはほんと、肝っ玉かーちゃんだよなぁ」
「伊達に六人の母ちゃんはやってないからな!」
「それもすげぇよなぁ」
大きなお尻を椅子の上に乗せながら、耀太君は皿の前で手を合わせた。
俺から明かすつもりはなかったのだが、いまだに現役の陸郎からあの顔合わせの日にとくと吹き込まれたのだろう。田井中家以外で俺が恵の生まれ変わりであることを知っているのはパパと耀太君の二人だけだ。パパはともかく、耀太君もこの事実を信じてくれるとは少し意外だったけれど、嬉しかった。
子供達同様、オムライスを食べ始める耀太君は目の前の三人の様子が気になるらしい。不意にティッシュを掴んで勇輔の口元に宛がった。
「ああ、ほら! 口の横から飯が出てるから! えぇーと、大輔!」
「だいちゃん、ぼくだよ!」
「あ!?」
世話を焼いてくれるのは助かるけれど、いまだに三つ子を見分けられない耀太君。顔も匂いもそっくりだと、いくらαとはいえ見分けるのは難しいらしい。
そんな中、オムライスを半分まで食べた幸輔が悲しそうに俯いて、身体をもじもじと動かした。あ、さては……
「どうしたの、幸輔」
「ママぁ…………おしっこ……」
「おしっこ? 漏れそう?」
「ふぇっ……でちゃった~!」
「あらら」
わんわんと泣き出す幸輔の傍に急いで近寄ると、椅子からポタポタとそれを滴らせていた。あちゃ~。ご飯の前にトイレに行かなかったからだな。
俺は不安で泣きじゃくる幸輔の頭を撫でた。
「明日からはご飯の前に必ずトイレに行くんだよ。さ、パンツを替えような」
「うん!」
幸輔を抱き上げると、察した耀太君が雑巾を取り出し、手際よく椅子を拭いてくれた。
「幸輔達ってこの前までオムツをしてなかったっけ?」
「覚えが早くてね。もう外してもいいだろうってパパが」
「へー」
椅子の掃除と二人の子達の見守りを耀太君に任せると、俺は幸輔を連れて子供部屋に向かった。
手間という部分で言えば、まだオムツをつけてくれていた方がこちらとしても楽ではある。だが、この三人は本当に覚えが早い。上手いかどうかはさておき、トイレだけでなく、食事の仕方や挨拶などもすんなりと覚えてしまった。成長のスピードは人それぞれではあるものの、今は脳がスポンジ並みだ。どんどん学習していく方がいい。
今回に関していえば、きっと耀太君が来たことによって舞い上がってしまい、いつもなら粗相前にできることをつい忘れてしまったのだろう。声かけしなかった俺も悪いし、ここで叱ってはいけない。それよりもこのことを反省し、今後自分自身で改善できればオーケーだ。
身体を拭いて着替えを済ませると、再びダイニングへ戻る。耀太君の前に行くと、幸輔は照れながらもお礼を口にした。
「おじちゃ、ありがとぉ」
「おう。しっかり飯を食えよ!」
耀太君は幸輔を抱き上げると、椅子に座らせた。頭を撫でられてほっとしたのか、幸輔は再びスプーンを握った。勇輔と大輔も幸輔の帰りを待っていたのか、三人は揃ってオムライスを食べ始めた。
「ありがとう、耀太君」
「いーよ」
耀太君は本当にいい子だ。単位がギリギリでなんとか高校を卒業した後、最難関と言われる国立大学へと進学した。本人曰く、身体を動かす方が得意とのことだけれど、頭もいい。現在は悠々自適なキャンパスライフを楽しみつつも、ちょこちょこウチへと遊びに来てくれる。本人曰く「兄貴に用が~」だけれど、実際は甥っ子達の育児を手伝ってくれるのだから、家に入れない理由がない。
さて。新しいオムライスを作るとしよう。俺は置き時計を見ながら、ボウルの中に卵を割り入れた。パパはたくさん食べるから卵も一食につき三個は必要だ。一食で一パックをあっという間に消費してしまうとは、結婚前では考えられなかったことだけれど、今はそれが少しだけ嬉しい。
油を引いて熱したフライパンに溶き卵を流し入れ、固まり始めたところでチキンライスを投入する。くるんと巻いたオムライスを皿に盛りつけると同時に、「「「ワン!」」」と三人が大きく吠えた。
ああ、グッドタイミング。三人がオムライスを平らげたのを確認すると、俺は彼らにお願いをした。
「三人とも、お迎えに行ってきてくれる?」
「「「ワン!」」」
嬉しそうに吠えると、三人はパタパタと玄関まで駆け出した。
「「「パパー!」」」
「ただいま。お前達。ご飯は食べたか?」
「「「ワン!」」」
玄関から楽しそうな声が聞こえてくる。人間の俺にはわからない些細な気配も幼い我が子達は察知する。それは大好きなあの人が相手だからだろうか?
ダイニングに入ってくる灰色の狼に、俺はオムライスを持ったまま笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい、パパ」
「ただいま、ママ」
腕に背中にと、子供達を抱くパパが俺に向かって微笑み返した。三人とも、本当にパパが大好きだな。
「勇輔、大輔、幸輔。パパを迎えてくれてありがとう」
「「「ワン!」」」
「じゃあ、次はお皿を片づけような」
「「「はーい!」」」
「耀太君、悪いけど手伝ってくれる?」
「わかった」
大好きなパパを迎えた子供達は満足したのか、ピョンピョン飛んでテーブルの方へ向かった。大盛りオムライスをペロリと完食した耀太君はすぐさま、片づけを始める子供達のフォローに回ってくれた。
パパこと宗佑はスーツのジャケットを脱いで鞄をソファの上に置くと、配膳する俺の傍に来て優しく鼻を擦りつけた。
間近で見る狼の顔も、もう怖くはない。それどころか、可愛い我が子達にそっくりのこの人がとても愛しい。
「オムライス、たくさん食べてね」
「ああ。いつもありがとう、ママ」
毎日、俺の作る食事にお礼を言ってくれる優しい人。こんな夫はなかなかいないと、母さん達から羨ましがられている。
俺の頬に鼻を擦りつけるのは、いつものことだ。特別なことはしていないつもりだが、近くで子供達を見てくれている耀太君が……
「帰ってから早々にイチャついてんなよな。教育に悪いだろ」
と、俺達を見てつまらなさそうに言った。決してイチャイチャしているつもりはない。しかしこれは傍からそう見えるのか。
すると、オムライスの皿を手に取った宗佑が、さも今気づいたとばかりにポツリと言った。
「なんだ。耀太、来ていたのか」
「来ちゃ悪いのかよっ」
ガウッ! と耀太君が短く吠える。対して宗佑はフッと柔らかく微笑んだ。
「いや、助かるよ。ありがとう」
「にーちゃん……」
俺は感動する耀太君に小さく笑った。耀太君も宗佑が大好きだからなぁ。もっと怒ってもいいと思うのに、甘々だ。
「耀太。今夜は泊まっていきなさい。どうせ明日は休みだろう?」
「え? いいのか?」
「もちろん」
「やった! ……あ、いやっ……兄貴がどうしてもっていう話なら、仕方ねーなぁ!」
宗佑の誘いに、今度はブンブンと嬉しそうに尻尾を振る耀太君。でも宗佑はというと……
「これで今夜はゆっくりできるな」
「何か言ったか?」
「いや?」
ボソリと俺にだけ聞こえるように囁いた。浮かれている耀太君には聞こえなかったらしい。もう、パパってば。
若干赤くなる頬を手で覆い隠すと、耀太君が泊まることを聞きつけた我が子達は嬉しそうに尻尾を振り出した。
「おじちゃ、いっしょにねゆの?」
「ぼく、おじちゃとねゆ!」
「ぼくもねゆー!」
キャンキャンと吠えながら耀太君に抱きつく三人に、耀太君もまた大きく腕を広げて抱き締めた。
「おう! 寝るか! みんなで!」
「「「アオーン!」」」
騒がしくて、賑やかで、微笑ましくて、それでいて毎日が楽しい。
こんなに幸せな毎日を送ることのできる俺は、本当に恵まれたΩだ。
「ママ」
「何? パパ」
「耀太が子供達を見てくれるそうだ。今夜は久々に二人きりで寝ようか」
「……宗佑。顔がやらしい」
「圭介にだけだよ」
そっと触れる唇があたたかい。これこそ教育に悪いのかもしれない。でも、とても幸せだ。
可愛い我が子達を気遣ってくれる、優しい周りの人々。そして愛しい番と共に暮らすこの日々が、ずっと続きますように。
えんど!
「やー! だいちゃんのだもー!」
「うぇーん! こーちゃんもだべだぃー!」
キャンキャンと高い鳴き声と共に、ドタバタと暴れ回る小さな足音が三人分。鳴き声から泣き声へと変わりつつあるいつもの光景を目の当たりにしながら、俺はテキパキと夕食の準備をしていた。
「ゆーちゃん、みみー!」
「だいちゃんも、みみー!」
「こーちゃんのはー!?」
「「「みみー!!」」」
会話としてちゃんと成立してなさそうなこれらの発言も、彼らの中ではしっかりと成立している。とはいえ、主に鳴き声の方が目立つのだが。
そしてこの光景を騒がしいと捉えるのか、賑やかしいと捉えるのか、それとも微笑ましいと捉えるのかも人それぞれだ。そうだな。俺だったら……
「ウォーン! 俺は食い物じゃねえよっ!!」
突如、小さな鳴き声に混じって一際大きな声が部屋中に轟いた。ビリビリと震える室内に小さな彼らはピタッ! と一瞬で鳴くのを止めた。
やはり獣人が成人すると、遠吠えも一層迫力がある。そう思いながら大きな身体の黒い狼こと耀太君に、俺は苦笑を浮かべながら謝罪する。
「ごめんね、耀太君。ウチの子達の面倒を見させちゃって」
「べ、別に面倒見てるわけじゃねーし! 宗佑にーちゃ……兄貴に用があって来ただけだし!」
つっけんどんな物言いで返す耀太君はフン! と鼻息を荒くする。だが、すぐにその態度は崩されてしまった。
「ガジガジ」
「いたたっ!? ちょ、今耳を噛んだの、誰だ!? 幸輔か!?」
「あ、今噛んだのは勇輔だよ」
「ガブッ」
「いったぁ!? 尻尾噛むな、勇輔!」
「うぇーん!」
「それは大輔。そこで泣いているのが幸輔」
「もう、どれが誰だかわかんねーよー!」
見た目がそっくりな三つ子の男の子達。全員が灰色の狼の獣人で三歳になった我が子達は、叔父の耀太君が大好きだ。今日も夕方過ぎに彼が遊びに来てから、ずっとくっついて離れない。こちらは家事が捗るので耀太君が来てくれるのは大いに助かるのだけれども、先ほどから耀太君は可哀想なくらいに噛まれまくっている。この子達のパパも同じ狼なのに、彼らにとって黒い耳や尻尾はおもちゃに見えるらしい。
そんな耀太君に俺は助け船を出した。
「ほら! 勇輔、大輔、幸輔~! ご飯、できたぞ~!」
「「「ワン!」」」
俺が声かけをすると、それまで泣いていた子も含めて元気のいいひと吠えが返ってきた。
すぐさま耀太君から離れて、パタパタと駆け足で一目散に向かう先は俺の足下だ。そして三人揃ってバッと両手の平を翳してみせる。俺は順番に彼らの手を濡らしたハンドタオルで拭いてやった。洗面所で手を洗う代わりに、幼い今はこうして手を拭いているのだ。
完了すると揃ってテーブル席へそれぞれが着席する。まだ身体が小さい為、テーブル前には子供用の椅子を三脚分並べてあるのだ。椅子の脚が若干高いが、抱っこして座らせる必要がなくなったのはいつからだろう。αだからか三人共に身体能力が高く、椅子に座るコツをすぐに覚えてしまった。当初は転ばないかと冷や冷やしたものだが、当の三人はけろりとしているのでその光景にも慣れてしまった。とはいえ、着席できるまで見守りは欠かせない。αといえど、まだ三歳なのだ。
俺は三人に向かって声を張り上げた。
「はい、それではみんな。元気よく~!」
「「「いただきまーす!」」」
揃って手を合わせると、マイスプーンを掴んでそれぞれがオムライスを食べ始めた。今日は同じ服を着せているせいもあって見分けがつきにくいかもしれないが、右から長男の勇輔、次男の大輔に三男の幸輔だ。本当に見分けがつきにくいけれど。
「オムライス、美味しい?」
「「「おいしー!」」」
通常の子よりも立派な歯が生え揃う我が子達は、今ではすっかり大人と同様の物を食べてしまう。獣人だからといって特別に食べさせてはいけない食材もなく、アレルギーが発症しないよう注意して食育を行った結果、好き嫌いもなく食べ物をペロリと平らげてくれるようになったのは、親としてとても嬉しい。こうやってすくすくと育っていくのを見られるのは、生きてる親の特権だな。
俺は大人用の大盛りオムライスを一皿、手に取った。
「いたたっ……これで禿げたら恨むからなぁ…」
耀太君が耳を擦りながらヨタヨタとこちらへやって来た。見たところ、全然禿げていない。リアクションがいちいちオーバーなのではないか。それにその辺りは子供達も手加減していると思うし、何より……
「そんなに痛いかなぁ?」
「はあ!? 痛くねえの!?」
母親だからとて噛まれないわけではない。もちろん、本気で噛まれては怪我どころの騒ぎではないけれど。
今のところは赤い痕がつくくらいの可愛いものだ。だからこんなに耀太君が痛がることの方が不思議でならない。俺は首を横に振った。
「毎日噛まれているからかなぁ? なー?」
「「「アオーン!」」」
三人揃って元気な遠吠え。それを見て、嘘だろと耀太君は項垂れた。
俺は空いている席にオムライスを置くと、椅子を引きながら彼に促した。
「ほら、耀太君も。あったかいご飯を食べた、食べた!」
「ケースケはほんと、肝っ玉かーちゃんだよなぁ」
「伊達に六人の母ちゃんはやってないからな!」
「それもすげぇよなぁ」
大きなお尻を椅子の上に乗せながら、耀太君は皿の前で手を合わせた。
俺から明かすつもりはなかったのだが、いまだに現役の陸郎からあの顔合わせの日にとくと吹き込まれたのだろう。田井中家以外で俺が恵の生まれ変わりであることを知っているのはパパと耀太君の二人だけだ。パパはともかく、耀太君もこの事実を信じてくれるとは少し意外だったけれど、嬉しかった。
子供達同様、オムライスを食べ始める耀太君は目の前の三人の様子が気になるらしい。不意にティッシュを掴んで勇輔の口元に宛がった。
「ああ、ほら! 口の横から飯が出てるから! えぇーと、大輔!」
「だいちゃん、ぼくだよ!」
「あ!?」
世話を焼いてくれるのは助かるけれど、いまだに三つ子を見分けられない耀太君。顔も匂いもそっくりだと、いくらαとはいえ見分けるのは難しいらしい。
そんな中、オムライスを半分まで食べた幸輔が悲しそうに俯いて、身体をもじもじと動かした。あ、さては……
「どうしたの、幸輔」
「ママぁ…………おしっこ……」
「おしっこ? 漏れそう?」
「ふぇっ……でちゃった~!」
「あらら」
わんわんと泣き出す幸輔の傍に急いで近寄ると、椅子からポタポタとそれを滴らせていた。あちゃ~。ご飯の前にトイレに行かなかったからだな。
俺は不安で泣きじゃくる幸輔の頭を撫でた。
「明日からはご飯の前に必ずトイレに行くんだよ。さ、パンツを替えような」
「うん!」
幸輔を抱き上げると、察した耀太君が雑巾を取り出し、手際よく椅子を拭いてくれた。
「幸輔達ってこの前までオムツをしてなかったっけ?」
「覚えが早くてね。もう外してもいいだろうってパパが」
「へー」
椅子の掃除と二人の子達の見守りを耀太君に任せると、俺は幸輔を連れて子供部屋に向かった。
手間という部分で言えば、まだオムツをつけてくれていた方がこちらとしても楽ではある。だが、この三人は本当に覚えが早い。上手いかどうかはさておき、トイレだけでなく、食事の仕方や挨拶などもすんなりと覚えてしまった。成長のスピードは人それぞれではあるものの、今は脳がスポンジ並みだ。どんどん学習していく方がいい。
今回に関していえば、きっと耀太君が来たことによって舞い上がってしまい、いつもなら粗相前にできることをつい忘れてしまったのだろう。声かけしなかった俺も悪いし、ここで叱ってはいけない。それよりもこのことを反省し、今後自分自身で改善できればオーケーだ。
身体を拭いて着替えを済ませると、再びダイニングへ戻る。耀太君の前に行くと、幸輔は照れながらもお礼を口にした。
「おじちゃ、ありがとぉ」
「おう。しっかり飯を食えよ!」
耀太君は幸輔を抱き上げると、椅子に座らせた。頭を撫でられてほっとしたのか、幸輔は再びスプーンを握った。勇輔と大輔も幸輔の帰りを待っていたのか、三人は揃ってオムライスを食べ始めた。
「ありがとう、耀太君」
「いーよ」
耀太君は本当にいい子だ。単位がギリギリでなんとか高校を卒業した後、最難関と言われる国立大学へと進学した。本人曰く、身体を動かす方が得意とのことだけれど、頭もいい。現在は悠々自適なキャンパスライフを楽しみつつも、ちょこちょこウチへと遊びに来てくれる。本人曰く「兄貴に用が~」だけれど、実際は甥っ子達の育児を手伝ってくれるのだから、家に入れない理由がない。
さて。新しいオムライスを作るとしよう。俺は置き時計を見ながら、ボウルの中に卵を割り入れた。パパはたくさん食べるから卵も一食につき三個は必要だ。一食で一パックをあっという間に消費してしまうとは、結婚前では考えられなかったことだけれど、今はそれが少しだけ嬉しい。
油を引いて熱したフライパンに溶き卵を流し入れ、固まり始めたところでチキンライスを投入する。くるんと巻いたオムライスを皿に盛りつけると同時に、「「「ワン!」」」と三人が大きく吠えた。
ああ、グッドタイミング。三人がオムライスを平らげたのを確認すると、俺は彼らにお願いをした。
「三人とも、お迎えに行ってきてくれる?」
「「「ワン!」」」
嬉しそうに吠えると、三人はパタパタと玄関まで駆け出した。
「「「パパー!」」」
「ただいま。お前達。ご飯は食べたか?」
「「「ワン!」」」
玄関から楽しそうな声が聞こえてくる。人間の俺にはわからない些細な気配も幼い我が子達は察知する。それは大好きなあの人が相手だからだろうか?
ダイニングに入ってくる灰色の狼に、俺はオムライスを持ったまま笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい、パパ」
「ただいま、ママ」
腕に背中にと、子供達を抱くパパが俺に向かって微笑み返した。三人とも、本当にパパが大好きだな。
「勇輔、大輔、幸輔。パパを迎えてくれてありがとう」
「「「ワン!」」」
「じゃあ、次はお皿を片づけような」
「「「はーい!」」」
「耀太君、悪いけど手伝ってくれる?」
「わかった」
大好きなパパを迎えた子供達は満足したのか、ピョンピョン飛んでテーブルの方へ向かった。大盛りオムライスをペロリと完食した耀太君はすぐさま、片づけを始める子供達のフォローに回ってくれた。
パパこと宗佑はスーツのジャケットを脱いで鞄をソファの上に置くと、配膳する俺の傍に来て優しく鼻を擦りつけた。
間近で見る狼の顔も、もう怖くはない。それどころか、可愛い我が子達にそっくりのこの人がとても愛しい。
「オムライス、たくさん食べてね」
「ああ。いつもありがとう、ママ」
毎日、俺の作る食事にお礼を言ってくれる優しい人。こんな夫はなかなかいないと、母さん達から羨ましがられている。
俺の頬に鼻を擦りつけるのは、いつものことだ。特別なことはしていないつもりだが、近くで子供達を見てくれている耀太君が……
「帰ってから早々にイチャついてんなよな。教育に悪いだろ」
と、俺達を見てつまらなさそうに言った。決してイチャイチャしているつもりはない。しかしこれは傍からそう見えるのか。
すると、オムライスの皿を手に取った宗佑が、さも今気づいたとばかりにポツリと言った。
「なんだ。耀太、来ていたのか」
「来ちゃ悪いのかよっ」
ガウッ! と耀太君が短く吠える。対して宗佑はフッと柔らかく微笑んだ。
「いや、助かるよ。ありがとう」
「にーちゃん……」
俺は感動する耀太君に小さく笑った。耀太君も宗佑が大好きだからなぁ。もっと怒ってもいいと思うのに、甘々だ。
「耀太。今夜は泊まっていきなさい。どうせ明日は休みだろう?」
「え? いいのか?」
「もちろん」
「やった! ……あ、いやっ……兄貴がどうしてもっていう話なら、仕方ねーなぁ!」
宗佑の誘いに、今度はブンブンと嬉しそうに尻尾を振る耀太君。でも宗佑はというと……
「これで今夜はゆっくりできるな」
「何か言ったか?」
「いや?」
ボソリと俺にだけ聞こえるように囁いた。浮かれている耀太君には聞こえなかったらしい。もう、パパってば。
若干赤くなる頬を手で覆い隠すと、耀太君が泊まることを聞きつけた我が子達は嬉しそうに尻尾を振り出した。
「おじちゃ、いっしょにねゆの?」
「ぼく、おじちゃとねゆ!」
「ぼくもねゆー!」
キャンキャンと吠えながら耀太君に抱きつく三人に、耀太君もまた大きく腕を広げて抱き締めた。
「おう! 寝るか! みんなで!」
「「「アオーン!」」」
騒がしくて、賑やかで、微笑ましくて、それでいて毎日が楽しい。
こんなに幸せな毎日を送ることのできる俺は、本当に恵まれたΩだ。
「ママ」
「何? パパ」
「耀太が子供達を見てくれるそうだ。今夜は久々に二人きりで寝ようか」
「……宗佑。顔がやらしい」
「圭介にだけだよ」
そっと触れる唇があたたかい。これこそ教育に悪いのかもしれない。でも、とても幸せだ。
可愛い我が子達を気遣ってくれる、優しい周りの人々。そして愛しい番と共に暮らすこの日々が、ずっと続きますように。
えんど!
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灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
素敵な作品をありがとうございます😊
素敵な作品に出会えて夢中で一気読み❣️
最後にホッコリ暖かくなりました💓
出来れば番外編読みたいです😍
待ってますので是非是非幸せのお裾分けお願いします🙇
ご感想をくださりありがとうございます(^^)
数年前に書いた作品に嬉しいお言葉をくださりありがとうございます!
はじめはコメディを書きたい!という思いと勢いで作ったのですが、あれよあれよという間に長編になってしまいました(笑)
現時点で連載のものが2本ほどありますので今すぐに番外編を作ることは難しいですが、ご期待にお応えしたいなと思いますので、気長にお待ちくださると嬉しいです(*^^*)
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
ご感想をくださりありがとうございます(^^)
こちらの作品を読んでくださりありがとうございます!
数年前に書いたものなので、頂いたご感想を読んでジーンとしてしまいました(T_T)
元々、コメディ感強めに書こう!と決めていたものなので、まさか最後がこうなるとは書いている自分でも予想外のことでした(^_^;)
お楽しみいただけたようで、とても嬉しいです。
また、他の作品にも目を通してくださること、ありがたく思います。
アルファポリスさんにはコメディ要素強めのものと、シリアス要素強めのものが混在しております。いずれもストーリー重視となっておりますが、その中のどれかがturarin様の中でおもしろいと思ってもらえたら、何よりです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
面白かったです。
えんど!寂しい〜
ずっと読んでいたい物語でした。
ご感想をくださりありがとうございます(^^)
そう言ってくださると書き手としてとても嬉しいです(*˘︶˘*).。.:*♡
また何か思いついたら番外編など書くかもしれません。
その時はまた、お付き合いくださると嬉しいです(^^)