溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
46 / 184
サーリーク王国のアルファたる者

しおりを挟む
 リヒトをひたすらに甘やかすというご褒美タイムも、しかし三日が限界だった。
 四日目にユリウスは渋々登城した。
 本当はいつまでもリヒトを腕に抱っこして、食事も入浴も排泄もぜんぶぜんぶ世話をしたいところだったが、そうも言っていられない。

 ユリウスは国王陛下の謁見室でクラウスと合流した。
 今日は兄弟三人のみでの会合なので、ある意味私的な要素の方が強かったが、ユリウスもクラウスも正装をしている。

 ほどなくして長兄マリウスが姿を現した。
 マリウスはまずクラウスをハグし、そしてユリウスを締め上げた。いや、恐らくハグなのだろうけど、あまりの力にユリウスの喉から呻き声が漏れた。

「よくきた、ユリウス」

 満面の笑みでユリウスを抱擁した長兄が、鼻をくんと鳴らして、唇の端を上げた。

「蜜月、大変結構」
「……はぁ?」
「オメガの匂いがおまえにべったりと移っているな。仲良きことはすばらしいことだ!」
「うわ。僕のオメガの匂いを嗅がないでください。リヒトが穢れる」

 ユリウスが顔をしかめてマリウスから距離を取ると、国王陛下がふっと真顔になって、男らしく濃い眉をひそめた。

「そのわりにおまえの匂いが薄いな。抑制剤は減らすと、クラウスに約束したんじゃなかったのか」

 ユリウスはすかさずクラウスを睨んだ。
 次兄は両手を挙げて、しずかに首を横に動かした。

「末っ子を心配する権利は、兄上にもある」
「その通りだユーリ。そうクラウスを睨むな。俺に隠そうとしたおまえが悪い」

 二人の兄に諫められ、ユリウスは嘆息を漏らした。

「マリウス兄上にバレたら、僕に過干渉するでしょう」
「過干渉のなにが悪い! 可愛い弟のことだ。いかにおまえ自身といえど、俺の可愛い弟の体調を損なうことはゆるさんぞ!」
「ほら~。だから嫌なんですよ」

 ユリウスは半眼になり、次兄へと文句を言った。クラウスが苦笑を浮かべながら、まぁまぁと長兄を宥めてくれる。

「だが兄上の心配も当然だ。ユーリ。抑制剤は」
「減らしました! ちゃんと減らしてます! ただ、この三日はリヒトにべったりだったので」

 こちらにもやむを得ない事情があったのだ、とユリウスは弁明した。

 クラウスに言われた通り、抑制剤はあれ以降きちんと減量していた。
 しかしさすがに四六時中おのれのオメガと触れ合っていては、理性の限界だった。
 これまでは夜中にこっそりと部屋を出て、体の奥に渦巻く欲望を発散させてきてはいたが、自分が離れたせいでリヒトがまたベッドから落ちてはかなわない。
 ふだんは一度寝たリヒトが夜中に起きることなどなかったから、完全に油断していた。
 だからこの三日、抑制剤の力を借りてユリウスは、リヒトから離れることなく過ごしていた。

「そういうわけで止む無く抑制剤を服用しましたが、ちゃんと自己管理はできていますので!」

 心配無用、と二人の兄へ告げると、マリウスがガシっとユリウスの肩に腕を回し、耳元で囁いた。

「娼館の紹介が必要なら相談に乗るぞ」
「……アマル殿に告げ口しますよ」
「バカ言うな。俺が利用するわけないだろう。宰相たちの噂話でな。アルファに評判のいい娼館が」
「間に合ってます!」

 ユリウスは肩の上の兄の顔を押しのけた。

 マリウスが「なにっ」と目を剥いて、
「おまえ、誰か他にオメガが居るのか」
 と食い下がってくる。

「兄上、ユーリにはユーリの事情があるのですから」

 クラウスがマリウスを黙らせようとするが、長兄はしたり顔で頷いた。

「俺はなにも責めているわけではないぞ。我が国のアルファたる者、おのれのオメガに尽くすのは当然だが、一夫多妻を認めていないわけではない。余所の国でもアルファが複数のオメガを娶るのが当然という文化を持つところもある。俺は可愛い末弟が二股をかけたとしても」
「兄上、いい加減怒りますよ」 

 ユリウスは長兄の言葉を遮って、にっこりと笑ってそう言った。
 マリウスがそうっとユリウスの肩から腕をどけて、視線を逸らした。

「まずい。本気で怒らせた」
「久しぶりに見ましたね。ユーリの氷の微笑」
「あれは怖いんだ。母上によく似た顔で冷ややかに笑われると」

 ぶるり、と胴震いをしたマリウスがクラウスと囁き合った後、わざとらしい咳ばらいをして、話題を変えた。

「よし! 真面目な話をしよう。デァモントの話を」
「僕たちは最初からその話をしにきたんですけどね、兄上」
「ユーリ。その顔をやめてくれ。母上に叱られている気分だ」
「兄上が僕を揶揄うのをやめると誓ってくだされば、いつでも」
「わかった、降参だ降参。俺が悪かった」

 一国の王が勢いよく頭を下げる。
 クラウスが眼差しだけで和解を勧めてきた。ユリウスはそれに頷いて、目元をゆるめた。

「兄上の謝罪を受け入れます。それで、デァモントですが、マリウス兄上は委細をどこまでご存知でしょうか」
「おまえたちの報告書はすべて頭に入っている。おまえはどうするつもりなんだ、ユーリ」

 表情を引き締めたマリウスが、今後の動きについて問うてきた。
 ユリウスは凛とした声で自分の考えを伝えた。

「僕の要求は二つです。一つは、僕のオメガの安全。今後永久にデァモントはリヒトに関わらせない。そしてもう一つは、五感を奪う秘術とやらの開示」
「だがそれを果たすには、教皇への接触が不可欠となる」

 クラウスの指摘に、ユリウスは頷いた。

「はい。相手は一国の王にも等しい立場の人間です。僕の動機は非常に私的なものではありますが、相手が相手ですので、サーリーク王国の外交大臣の立場を大いに利用させていただこうと思ってます」
「おまえの行動如何で、国や兄上に迷惑がかかることとなってもか」
「はい。サーリーク王国のアルファたる者、おのれのオメガが第一です」

 きっぱりと断言したユリウスに、マリウスとクラウスが同時に吹き出した。
 兄たちは笑いながら顔を見合わせ、左右からユリウスの背を叩いてきた。

「おまえは真実俺たちの弟だなぁ」
「王家の血筋とはくや、と恐ろしくもなりますね。オメガに盲目的なところは確実に引き継がれるのですから」

 くつくつと喉を鳴らして笑う二人の兄は、ユリウスの意見に全面的に同意してくれた。

 ユリウスは兄たちへと、自分で組み立てた作戦の概要を説明した。
 途中、クラウスが内容の補足や追加の提案をしてくれた。
 マリウスはひとつひとつに頷きながら、疑義を差し挟み、三人はさらに推考を重ねた。

 最終的に、外交大臣であるユリウスが国王の名代としてデァモントへ赴くこと、その警護をクラウスら第一騎士団が担うことが決まった。

 ある程度の話がまとまり、肝心の決行はいつにするかという段で、クラウスがはたと手を打った。

「そういえば、ゲルトから今朝新たに聞いた情報がひとつ」
「なんです?」
「教皇は冬のある時期に、十日間の『冬ごもり』をする、と」
「冬ごもりとはなんだ?」

 熊やウサギでもあるまいに、とマリウスが首を捻った。
 クラウスがゲルトの言葉を思い出しながら語った。

「冬眠ではなく、特別なお勤め、と信者たちには理解されているようです。冬ごもりの間教皇は、信者たちの前に姿を現さず、中央教会の地下に籠り断食修行をされるのだ、とゲルトは申していました」
「教会の地下」

 ユリウスはその単語を繰り返した。

「どうした」

 長兄に問われ、ユリウスは指先で顎に触れた。

「そこに本当に教皇は居るでしょうか?」
「と言うと?」
「信者に賃金も払わず働かせて作った反物で、ひと財産築いているような男ですよ? 誰にも会う必要のない儀式など、絶好の機会ではないですか」

 ユリウスは唇の端を皮肉げに持ち上げた。

「なるほど。こっそりと教会を抜け出して、どこかでひとり豪遊している、と」

 クラウスが頷き、肩を竦めた。

「豪遊かどうかはわかりませんけどね。反物を売り捌くルートは築いているかもしれませんね。その冬ごもりはいつだと言ってましたっけ?」
「ちょうど今月の……新月を挟んで十日間とあの男は話していたが」

 デァモントの神話によると、新月は月神デァモントの神力が弱る時期とされる。
 新月の夜は、女神は月の神殿の最奥部に籠り、その姿を隠す。
 そして冬が一段と深まるこの時期の新月が、もっとも女神の力が弱まっているのだという。
 それに倣った儀式が中央教会で行われているのだろう。

「新月……」

 ユリウスは室内をぐるりと見た。
 ユリウスが暦を探していると、この部屋にはそれが置かれていないと知っているマリウスが扉へ向かい、
「誰か居るか」
 と声を張り上げた。
 扉はすぐに開き、近侍が姿を現した。

「月齢が表示されている暦を持て」

 マリウスの命令に近侍が「はっ」と返事をして即座に出て行った。
 ほどなくして、暦が届いた。  

「ありがとう」

 ユリウスは彼へ礼を告げ、受け取った暦を卓上に広げた。
 三人で頭を突き合わせてそれを覗き込む。

「今月の新月……って、明後日じゃないかっ!」

 ユリウスは思わず叫んでいた。

「猶予はないな。ユーリ、どうする」

 クラウスが落ち着いた声音で問うてくる。
 ユリウスは即答した。

「無論、いまから準備をして本日中に出立します。よろしいですね、陛下」

 ユリウスの判断を聞いたクラウスが、近侍へなにか指示を出している。
 それを横目にユリウスは長兄へと確認をした。

 するとマリウスが大きく頷き、
「そうだな、やはり俺も行こう!」
 と唐突に言い出した。

 ユリウスとクラウスは同時に口を開け、「はぁ?」と気の抜けた声を漏らしてしまった。 

 


 
 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

処理中です...