溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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アルファは神を殺す

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 国を離れて五日。
 デァモントまでの道々で、ユリウスは各国の首脳陣と繋ぎをとり、精力的に働きかけを行った。

 各国へはサーリーク王国国王、マリウスの名で先に書状が届いている。そこに大方の用件は記されていたため、対話は円滑かつ端的に進んだ。

 道程は順調だ。
 クラウス率いる第一騎士団はすでにデァモントまであと少し、というところまで進んでいるだろう。

 護衛のための小隊を借りて首脳陣たちとの面会に回っていたユリウスも、騎士団に合流するため可能な限りの早さで馬を進めていた。

 しかし、シャムールという小国を通過している最中、ゲルトの様子が明らかに変わった。
 ユリウスたちにデァモントに関する洗いざらいを証言した彼は、重要証人としてこの道行に同行させていた。
 ユリウスの行動が多くの信者を救う一助になることを期待しているゲルトは、ここまで大人しく従ってのだが……シャムールの郊外に差しかかった段で、視線に落ち着きがなくなったのだ。

 きょろきょろと周囲を見渡し、気もそぞろな彼に気づいたユリウスは、馬の速度をゆるめ、馬身をゲルトの横につけた。

「どうした」

 ユリウスの問いに、ゲルトが忙しないまばたきをして、
「いえ……」
 と歯切れ悪く答える。

「気になることがあるのか」

 ユリウスは重ねて問い詰めた。ゲルトの黒い瞳が泳いでいる。なにかあるのは間違いない。そのなにかを、ユリウスに告げていいものかどうかを逡巡している。

「ゲルト。迷うな」

 厳しい声音で、ユリウスは男を叱咤した。

 おのれのオメガのため、デァモントへ出向くことを決めたのはユリウス自身だが、これはゲルトが始めた賭けでもある。信仰心ゆえに教皇に背けないゲルトが、貧困に喘ぐ信者を解放するため、ユリウスにすべてを賭けたのだ。

「きみは僕を動かすに至った。そのきみが、いまさら迷うな」

 片手を伸ばし、ユリウスはこぶしでゆるくゲルトの胸を叩いた。
 ゲルトがハッとしたようにそこを押さえ、唇を噛んで頷いた。

「シャムールを越えれば、森が広がっています。その森を背にする形で、デァモントの中央教会と教皇区は存在します」

 ゲルトはまだ見えぬその森の方向を指さし、語った。
 一度言葉を切り、浅い呼吸を三度繰り返した後、また口を開く。

「デァモントから一番近い国が、このシャムールです。私はここで、物資の補給をしておりました」

 物資の補給。
 それは旅商に卸すための反物のことだ。
 すなわちデァモントで作られた反物はシャムールのどこかで保管されている、ということである。

「場所はどこだ」
「……案内します」

 ゲルトがうなだれるようにして頷いた。
 手綱を持つ手が震えている。ここに来て……故郷へと繋がる道に立ってみて、ゲルトはいよいよおのれの成そうとしていることへの恐怖に襲われているようだった。

 彼は敬虔なデァモント信者だ。
 その信仰心の深さゆえ、教皇ヨハネスはゲルトが裏切ることはないだろうと判断し、反物を売り捌く役目を彼に与えた。

 ゲルトは教皇の言葉を信じている。
 来るべきときのために金銭を蓄えよ、という神の預言をハーゼから聞いた、という教皇の言葉を。

 教皇を疑うということは、ハーゼを疑うということだ。
 ハーゼを疑うということは、デァモントを信じていないのと同義である。

 だから疑えない。
 ゲルトは教皇を疑うことができない。

 いま、ユリウスを伴ってデァモントへ乗り込もうとしているおのれの行為は、果たして神の目にどう映っているのだろうか。

 魂の救済を得るために、ゲルトはこれまで信者として祈りを捧げてきた。
 神への信心に揺らぎはない。
 ただ恐ろしい。ひたすらに恐ろしい。
 おのれの『これ』は、教皇への背信行為に他ならないと、知っているから恐ろしい。
 恐怖が震えとなってゲルトの全身に広がってゆく。

 ユリウスにそれを振り払ってやることはできない。信仰とは、他者によって左右できるものではないと、デァモント信者たちと話しをする中でそう学んでいた。おのれで乗り越えるしかないのだ。

 ただ、ここまで来たのだから最後まで走ってもらわなければ困る。

「迷うな」

 もう一度その言葉をゲルトへと放って、ユリウスは顎をしゃくった。     
 ゲルトはユリウスの目を見つめ返し、それから手綱を握りなおした。

 馬の頭を進行方向へと向けて進みだす。ユリウスらはその後に続いた。

 二度の休憩を挟み、日没前に小さな村に到着する。
 村、といってもそれぞれの家屋は離れて建っており、ぽつ、ぽつと屋根が見えるだけだ。

 一軒の屋敷の前でゲルトは馬の足を止めた。

「あちらに、厩舎があります」

 ゲルトの案内でユリウスたちはまず厩舎に馬を繋いだ。飼葉と水を与え、二人を見張りに残してユリウスはロンバードと残り三名の騎士団員、そしてゲルトを伴い中へと入った。
 鍵はゲルトが門の横の植木鉢の下から取り出してきた。

 灯りはすべて落ちており、しんと静まり返っている。
 ゲルトは玄関を抜け、正面にある階段は上らずにそのまま直進すると、ひとつの部屋の扉を開いた。

 そこには壁一面に棚が設置されており、反物がぎっしりと並んでいた。

「こういう部屋が、あと六つあります。私はここからカゴに入るだけを持ち、商隊に紛れて販売し、なくなればまたここへ戻ってきます」
「補給場所はここだけか?」
「いいえ。ここは陸路用です。商船を使った販路もあり、そちらは海側に補給場所を作っているようです」
「きみは行ったことは?」
「ありません」
「なるほど」

 ユリウスは顎をさすり、一本の反物を抜き出した。
 細かな緋色の花の柄の、うつくしい織物だった。これを織るのにどれだけの女たちが酷使されたことか。

「ゲルト、きみはこの十二年……ハーゼをあやめてからの十二年はデァモントに戻っていないと言っていたな」
「……はい」   
「では、売り上げた金銭どうやってヨハネスに渡していたんだ」
「それは、こちらに……」

 ゲルトは倉庫となっている部屋を出て、玄関横へと戻ると、そこにあったひとの背丈以上に大きな柱時計を開いた。
 柱時計の中には金庫が入っていた。

 ユリウスは目配せだけでそれを開けるよう促した。
 ゲルトがダイヤルをひねり、目を合わせてハンドルを動かした。
 ガチャリ、という音とともに金庫が開いた。

 中は空だった。

「最後にここに来たのは?」

 ユリウスの問いにゲルトが、三か月ほど前ですと答える。
 なるほど、と頷いて、ユリウスはロンバードへ視線を向けた。
 大柄な男は軽く片眉を上げて、茶色い目を上へと動かした。
 ユリウスはまばたきでそれに応え、騎士団員へと声を掛ける。

「ハッシュ、デューク、アンディ、僕は少しここで調べものをする。ゲルトを連れて、先に本隊に合流しろ」

 ユリウスに名を呼ばれた三人は、戸惑ったように互いに顔を見合わせたが、
「ロンバードも居るし、外にはエーリッヒとジオの二人も居る。僕もすぐに追いつく」
 ユリウスが重ねて声を掛けると、了解の言葉と敬礼を返してきた。

「兄上にこれを」

 ユリウスは封蝋で閉じたクラウス宛の書類を団員に預け、四人が屋敷から出て行くのを見送った。

 扉が閉じると、静寂が降りてくる。

「さて、と」

 ユリウスはロンバードを振り向いた。

「二階か?」
「恐らく」

 短い問いに短い返事が返る。
 ユリウスは絨毯敷きの階段へと足を踏みだした。

 この屋敷には誰かが居る。

 そこのことをユリウスは、ここへ入った直後に確信していた。それはロンバードも同様だ。この男が警戒に意識を研ぎ澄ませる気配が、ずっとユリウスの背後でしていた。

「よくわかったな」

 第三者の存在になぜ気づいたのかを問えば、ロンバードが肩を竦めて、
「外に比べて屋敷内の空気が思ったより冷えていませんでしたからね」
 と答えた。

 それから彼はユリウスへと、
「そういうあんたもよく気づきましたね」
 と言った。

 ユリウスは片頬で笑って告げた。

アルファは鼻が利くからね。ここは中々匂うな」

 二階へ上がったユリウスは、奥の部屋の前で足を止めた。
 ロンバードが腰の剣に手を掛け、しずかに息を吸い込んだ。      

 
 
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