溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
135 / 184
かなしみの匂い②

しおりを挟む
 不可解だ。
 ものすごく、不可解だ。

 ユリウスは眉間にしわを寄せながら、香り高い紅茶を口に運ぶ。
 屋敷ではテオバルドの給仕もそれなりにはなってきているが、やはり王城の執事は格が違う。紅茶ひとつでそれがわかるのだから、国王も良い人材を揃えているものだ。

 文句なしに美味い茶を嚥下したユリウスだったが、その眉間から憂いは晴れなかった。

「どうした、えらく不機嫌だな、ユーリ」

 ユリウスの向かいに座るマリウス……サーリーク王国国王が眉をひょいと上げ、唇の端で笑った。

「おまえのオメガの五感がすべて治癒したと聞いたから、祝いのひとつでもと思ったんだが」
「それはどうもありがとうございます」

 ユリウスが礼を述べると、マリウスが大仰に頭を抱え、隣に座る次兄へと訴えた。

「おいクラウス。俺たちの弟がなぜか随分と素っ気ないのだが」
「兄上。私は言いましたよ。ユーリはめでたく五感が治癒したリヒトと蜜月中なので、呼び出すのは控えた方が良い、と」
「ずるいぞ。自分だけ逃げようとするのは」
「いいえ。マリウス兄上ひとりの咎です」

 クラウスが長兄をバッサリと断罪した。
 ユリウスは半眼になり、二人の兄を交互に見つめて言った。

「僕を呼び出したのはお二人の連名でしたので、僕にしてみればマリウス兄上もクラウス兄上も同罪ということになりますけどね」

 つけつけとしたユリウスの声に二人は震えあがったが、マリウスがふと表情を改めて問うてきた。

「機嫌が悪いというよりは、悩みごとがありそうな顔だな。なんだなんだ。この兄が聞いてやろう」
「…………」
「兄上に言いにくいようなら私が聞くが」

 マリウスの横でクラウスが、さぁ話していいぞとばかりに身を乗り出す。それをマリウスが片手で牽制し、
「ずるいぞクラウス。俺が先に言ったんだ。さぁユーリ、俺に話すといい」
 そう言ってクラウスよりも前のめりになった。しかしすかさずクラウスが兄の腕を躱し、椅子ごと前進してくる。

「兄上。ユーリが黙ってしまったではないですか。ユーリ。私の方が話しやすいと思うが、どうだ」
「抜け駆けはやめろ、クラウス」
「どこが抜け駆けですか。ユーリが兄上では話しにくいようだから、」
「なにを言うか! この兄に話せないことなどあるものか!」

 威厳ある国王陛下と騎士団長が、互いによく通る声を張り上げるものだから、うるさくて仕方ない。
 ユリウスは耳を塞ぎ、
「……しょうもないことで争わないでください」
 呆れ声で二人の兄をたしなめた。

「「しかしユーリっ!」」

 二人の声が被った。完全なるユニゾンだ。
 ユリウスはひたいを押さえ、腹の底からため息を吐き出す。

「わかった。わかりました。言います。お二人に相談させてください」

 ひらひらと両手を動かしてクラウスとマリウスを落ち着かせると、ユリウスの「相談させてください」に満足したのか、二人は即座に笑みを浮かべ、テーブルに肘を置いてずいとユリウスの方へ上体を傾ける。

「よし、いいぞ、話せ」

 マリウスがニコニコと促してきた。本当に子どものまま大人になったような兄だな、とユリウスは内心で思った。これでよく国王が務まる。
 しかしマリウスは不思議と城内でも国内でも人気があるのだ。それはひとえに彼のこの飾らなさが故であろうと予想がついた。

 隣のクラウスをチラと見ると、次兄は満面の笑みこそ浮かべてはいなかったが、鋭い双眸がキラキラと輝いている。彼にこんな表情をさせることができるのは、世界広しといえどもエミールと自分ぐらいではないか、とユリウスはなんとも言えぬ気持になった。

「そんな期待に満ち満ちた顔で聞いてもらうような話ではないですよ?」

 ユリウスが嘆息混じりにそう前置きし、
「実は……」
 と切り出した。


 ユリウスは毎晩、不可解な現象に悩まされている。
 それは最愛のオメガ、リヒトに関することだ。

 シモンが機転を利かせてリヒトの洗脳の『かけ直し』を行ったことで、半月前にめでたく残り二つの五感……味覚と嗅覚を取り戻すことができた。

 紛れもない奇跡だ、とユリウスは思う。
 教皇ヨハネスによって奪われた五感を、リヒトがおのれの力で手繰り寄せ、再び自分のものとしたのだ。

 治療を開始してから実に二年。どれほどの道程だっただろうか。

 健気に薬を飲み続けたリヒト。そして、ハーゼのことまであんなに震えながらも告解したリヒト。
 あの頑張りが報われて良かった、とユリウスは心底安堵した。

 そして、自分にしがみついて一生懸命匂いを確かめてくるリヒトの可愛さに、悶え転がりそうであった。

 食事のたびに、
「ユーリ様、これは甘くてとても美味しいです」
「ユーリ様、これは少し舌がピリピリします」
「ユーリ様、これはとっても酸っぱいです」
 とひとつひとつ教えてくれる姿が可愛くて可愛くて可愛くて、食堂に他の人間の立ち入りを禁止していて良かったとユリウスは過去のおのれの所業に感謝した。

 もしもここにロンバードやテオバルド、グレタや執事などが居たら、彼ら全員に目隠しを強要したかもしれない。
 おのれのオメガは誰にも見せたくないし見られなくない。自分だけのものにしておきたい。そんな欲求が果てもなく腹の奥底から湧いてくるのだから、そんな自分を自分でも持て余してしまいそうになる。

 味がわかるようになって、リヒトは食事のときの笑顔が増えた。
 ユリウスがかねてより想像していた通り、リヒトは甘いものが好きなようで、プチケーキやチョコレート、飴細工や焼き菓子を食べているときのしあわせそうな顔ときたら、肖像画に残して肌身離さず持ち歩きたいほどだった。

 この肖像画については、実はこれまでにも幾度も検討をしてきた。
 リヒトの可愛さを絵に残したい。
 しかし肖像画を作成するには、画家に来てもらわなければならない。それはつまり、画家に、リヒトをじっくり眺められてしまうということとイコールだ。

 画家というものはとかく服を脱がせたがる。
 ユリウスもこれまでの人生で幾度も肖像画を作成された。王家にはお抱えの絵師が幾人も居り、ほんの子どものころからユリウスは引っ張りだこで、「王子の絵を描かせてください」「ユリウス王子、次はこのポーズでお願いします」「殿下、その上着を脱いだところを一枚」「殿下、その均整のとれたお体を布で隠してしまうのは大層もったいのうございます」等々と言われ続けてきたのだ。

 それをおのれのオメガにされるのかと思うと、リヒトの絵姿を残したいという欲求以上に、自分以外の者の目に触れさせてなるものかという使命感が込み上げてくるのだった。

 話が逸れてしまったが、とかくユリウスのオメガは可愛い。
 味覚と嗅覚を取り戻してからは、その可愛さがとどまるところを知らない。

 最初の六日は、リヒトが熱を出したこともあり、仕事量をセーブしながらユリウスは持てる時間のすべてをリヒトとともに過ごした。
 これまでと同様、抑制剤は用量をまもりながら服用し、それでもなおおのれのオメガの匂いで理性が危ういときは、溜まった熱を発散させるための場所へと籠もった。

 そして七日目以降は王城勤務を平常通りにこなしつつ、夜はまたリヒトをべったり構い倒した。

 匂い、というものにだいぶ慣れてきたリヒトは、
「ユーリ様の匂いが一番好きです」
 とものすごい殺し文句を無邪気な顔で言って、うふふと笑う。
 その笑顔にユリウスのこころの深い部分が揺さぶられ、どうしようもないような衝動と理性がおのれの中でせめぎあうのだった。


 しかし、である。
 しかし、そんな可愛い可愛いユリウスのオメガから、かなしみの匂いが消えない。

 消えないどころか、ここ数日ではなぜかそれがどんどんと強くなってきているのだから、ユリウスにしてみれば不可解のひと言に尽きた。 



 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...