溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
73 / 118
リヒト⑭

 エミール様にお会いしたいです、とユーリ様にお願いをしたら、
「エミール殿から、リヒトの五感がすべて治ったお祝いにぜひランチをと、返事が来たよ」
 エミール様から届いたカードを読んだユーリ様が、僕にそう教えてくれた。

 僕はエミール様からのお誘いをありがたく受けて、昼前にテオさんと一緒にお屋敷を出た。

 馬車の中でテオさんが、僕が膝に抱えた大きなバスケットを見てくんと鼻を鳴らす。

「ずいぶんといい匂いがしてますね」

 テオさんの感想に、僕もつられて匂いを嗅いで、頷いた。

「はい。エミール様になにかお土産を持っていけないか相談したら、焼き菓子がいいだろうって」
「ユーリ様がですか?」
「あ、いいえ。ユーリ様じゃなくて、サデスさんです」

 サデスさんというのは、いつも僕のための美味しいお料理を作ってくれる料理長さんだ。

 味覚がわかるようになって、僕は食べることが楽しくなった。だから前よりはたくさん食事をしていると思うのだけれど、僕はまだ小さくて細いからって、サデスさんは栄養満点のドリンクを作り続けてくれている。

 前にお屋敷で働くひとたちにお礼を言って回ったときから僕は、ちょこちょこと厨房を訪れてはサデスさんや他の料理人のひとたちに、料理の感想とお礼と伝えるようにしていた。
 だから今日の朝食の後も、王城へ行かれたユーリ様をお見送りしてからサデルさんたちのところへ行き、今日のパンもすごく美味しかったですとお話をしていたら、僕が昼にお出かけをすることを知っていたサデスさんに、手土産は要らないのかって聞かれて。考えもしない指摘に僕はとっても慌ててしまった。

 これまで、僕はいつも手ぶらでエミール様とお会いしていたのだ。

 僕はあわあわしながらサデスさんに、
「お土産って、なにを持っていくのがいいですか?」
 と尋ねた。サデスさんは筋肉がたくさんついた腕(まるでロンバードさんの腕みたい)を組んで、「う~ん」と唸ると、ちょっと待ってろと僕に声を掛けて、それから数人を集めて、このバスケットにたくさんの焼き菓子を盛り付けてくれたのだった。

 テオさんに今朝の出来事をお話しながら、
「果物と、食べられるお花がとってもきれいに飾られているんですよ! お花畑みたいですごいんです! 見ますか?」
 と、ウキウキとバスケットのフタに手を掛けたらテオさんが、
「エミール様へのお土産なんですから、最初に見るのはエミール様がいいでしょう。俺は遠慮しておきます」
 両手をぶんぶんと振ってそう返事をして、なぜかそのまま頭を抱えてしまった。

「いつの間にサデスと仲良くなってんだよこの不思議ちゃんめ……あ~、また殿下に叱られる」

 ぶつぶつとテオさんが口の中で呟いている。
 馬車の車輪がガタガタと鳴る音に被って、僕の耳にはよく聞こえなかった。
 なんだろう、とテオさんの方へ身を乗り出そうとしたら、膝の上のバスケットが滑った。

「わっ」
「危ねっ!」

 僕とテオさんが同時にバスケットを押さえる。
 ふぅ、と息を吐いたら、テオさんが。

「リヒト様。あなたの仕事は馬車が停まるまでその籠を死守することです。動かずじっとしといてください!」

 茶色い目で僕をじろりと睨んで、そう言った。
 落ち着きのなさを叱られて、僕は大人しく両手でしっかりとバスケットを抱え、エミール様へのお土産を死守した。



 やがて馬車はエミール様のお屋敷の門を潜り、玄関ポーチでゆっくりと停まった。
 テオさんが先に出て、足台を置いてくれる。ついでに僕の手からバスケットを預かってくれたので、僕は危なげなく馬車を降りることができた。

 もうだいぶ体の動かし方に慣れてきたと思う。バランスもしっかりとれるようになったし、聞こえてくる物音や視界を横切るものに注意をとられることも減ったはずだ。
 それでもテオさんやユーリ様からすると、僕の動きはまだまだ危なっかしいみたい。

 ユーリ様なんてただ歩いているだけですごく優雅で、華やかなのに。
 僕があんなふうに歩けるようになるのは、いったいいつになるんだろうか。

 テオさんの手を借りて段差を降りたら、エミール様が両手を広げて僕を出迎えてくれていた。

「リヒト! 嗅覚と味覚が治ったと聞きました。本当におめでとうございます!」

 なんだか久しぶりのように思えるエミール様のきれいな笑顔。
 そのお顔を見たら、喉の辺りがきゅうっとなって。
 気づけば僕はエミール様に抱きついていた。

 エミール様の細い両手が、僕の背中に回される。
 ユーリ様とは全然違う、エミール様のほっそりとした体。僕は背伸びをして、エミール様の首筋に鼻先を埋めた。

「エミール様」
「はい」
「エミール様の匂いがします」

 涙声でそう言って、すんと鼻を啜ったら、エミール様がなんども頷いて。

「リヒト、良かった! 良かったですね!」

 やさしく、僕の髪を撫でてくれた。

 エミール様の飴色の目が潤んでいる。僕のために泣いてくれるこのひとは、やっぱりとてもきれいで。
 そんなエミール様に触れることで僕も、完璧なオメガにちょっとでも近づくことができないかな、と考えて。
 僕の胸はしくしくと痛んだ。

 エミール様に、相談したい。
 匂いがわかるようになったのに、僕にまだ発情期が来ないことを。
 ユーリ様のお屋敷に……もうひとりのオメガが居ることを。

 エミール様に、相談したかった。

 なんて切り出そうか、と迷いながら僕が口を開く前に、横からゴホンゴホンと咳払いする声が聞こえてきた。

「ちょっとマジで俺が殺される未来しかないのでいい加減離れてくれませんかね?」

 テオさんが息継ぎも挟まず、ものすごい早口で話しかけてきた。
 あんまり早かったから僕は最後の「かね?」ぐらいしかちゃんと聞き取れなかったのだけど、エミール様はしっかり理解できたようで、形の良い眉をくっと寄せると、
「テオバルドは本当に口うるさいですねぇ」
 と、僕にひそひそと囁いてきた。

 僕はことんと首を傾げて、テオさんを見る。
 テオさんはお腹の上辺りを押さえていた。……お腹が空いたのかしら?

「エミール様、お昼ご飯は、テオさんの分もありますか?」

 焼き菓子はたくさん持ってきたから、テオさんにも食べてもらえるだろうけど、食事はどうだろう。

 僕の質問に、エミール様の目が真ん丸になって。
 それから「あははっ」と明るい笑い声を上げられた。

「もちろん、テオの分もあります。テオバルド、一緒に食べますか?」
「なっ……! 食べれるわけないでしょうがっ! なに言い出すんだこの不思議ちゃんはっ!」
「テオバルド、言葉遣い!」
「ぐっ……ごほ、ゴホン! 申し訳ありません……ってなんですか、そんな目で俺を見ないでください」

 僕がじっとテオさんを見つめていると、テオさんがじりっと後退った。
 そんな目ってどんな目だろう。

 リヒトの瞳は満月みたいだね、とユーリ様は仰ってくれるけど、テオさんが見るなっていうぐらいだから、僕ってもしかして目つきが悪いのかな。 

 俄かに心配になりながら、僕はテオさんからエミール様へと視線を移した。

「あの、テオさんが僕をたまに、不思議ちゃんって呼び間違えるんです」

 不思議ちゃんってなんでしょうか、とエミールへ尋ねてみたら、エミール様がなぜだか口元を押さえて、ニヤニヤと笑いだす。

「へぇ……いいことを聞きました」
「い、言ってません!」
「テオ、あなたリヒトのことをそんなふうに」
「言ってません!」
「ユーリ様にバラしても?」
「ぐぅ……それだけはご勘弁を……」

 テオさんがガクリと膝を折った。
 抱えたバスケットに振動がいかないよう、ちゃんと捧げ持ったままだったけれど、僕はびっくりしてしまった。

「えっ、あの、なにかダメなことだったのでしょうか?」

 僕がいけないことを言ってしまったのかと焦りながらエミール様に問いかけたら、エミール様はきれいに微笑まれたまま、いいえと首を横に振った。

「なにもダメなことはないですよ。ところでリヒト、オレになにか話があるのでしょう? 食事をしながら聞きましょう」
「あ、はい」
「テオバルド、二人で食事をしますので」

 エミール様が、二人で、を強調してテオさんへと話かける。
 テオさんがハッと顔を上げて、
「いやそれは」
 と言いかけるのを止めて、エミール様が囁いた。

「不思議ちゃんの件、いいんですか?」

 テオさんが唸った。
 エミール様が僕の頭を撫で、
「リヒト、行きましょう」
 と促してくる。

「でも、あの」
「大丈夫。テオバルドの食事も別室に用意しています。今日はオレたち二人、水入らずということで」

 にこりと笑いかけられ、僕はきれいなお顔に見とれながら、頷いた。
 ユーリ様には内緒のお話がしたかったから、とてもありがたい申し出だった。

「リヒト様!」

 エミール様と一緒に歩き出そうとした僕を、テオさんが呼んだ。
 やっぱり二人きりはダメなのかなと思ったら、テオさんが。

「忘れ物です」

 そう言ってバスケットを差し出してきた。
 僕は慌ててそれを受け取り、両手でしっかりと持った。

「なんですか、それは」

 エミール様がバスケットを見て、くんと鼻を鳴らした。

「いい匂いがしますね」
「焼き菓子です。エミール様へのお土産に」
「ありがとうございます! 部屋で開けましょう」
「はい! あの、ほとんどサデスさんがやってくれたんですけど、僕もほんのちょっとお手伝いしたんです!」
「リヒトが?」
「はい。お花を入れるのを、すこしだけ。とってもきれいなんですよ! ピンク色のお花が、僕が入れたところなんです」

 お話しながらうふふと笑ったら、エミール様が突然ガバっと僕に抱きついてきて。
「天使っ!」    
 と小さく叫ばれた。

 テオさんも僕を呼び間違えるけど、エミール様もたまに間違えている。

 でもエミール様の腕の中は、なんだかとっても暖かくて。
 ユーリ様とは全然違う匂いだけれど、僕がバスケットに入れたあのお花のようにとってもいい匂いがするから、僕は「間違えてますよ」と指摘することはしなかった。

 



感想 262

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた

雪兎
BL
あらすじ 全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。 相手は学年でも有名な優等生α。 成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに—— めちゃくちゃ塩対応。 挨拶しても「……ああ」。 話しかけても「別に」。 距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。 (俺、そんなに嫌われてる……?) 同室なのに会話は最低限。 むしろ避けられている気さえある。 けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、 その塩対応αだった。 しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。 「……他のαに近づくな」 「お前は俺の……」 そこで言葉を飲み込む彼。 それ以来、少しずつ態度が変わり始める。 距離は相変わらず近くない。 口数も少ない。 だけど―― 他のαが近づくと、さりげなく間に入る。 発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。 そして時々、独占欲を隠しきれない視線。 実は彼はずっと前から知っていた。 俺が、 自分の運命の番かもしれないΩだということを。 だからこそ距離を取っていた。 触れたら、もう止まれなくなるから。 だけど同室生活の中で、 少しずつ、確実に距離は変わっていく。 塩対応の裏に隠されていたのは―― 重すぎるほどの独占欲だった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。