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帰り道
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今日も遅くなった。
就職活動に苦労して、ようやく就職した小さな旅行会社。大卒でも給料は安い。それでも最初は働けることに満足し、何とか会社の力になれればと思っていた。最初のうちは仕事を覚えて、少しでも任せてもらえると嬉しくて、頑張ろうと思っていた4月。だんだん仕事は覚えても、ミスしたりなんかして、その癖に頼まれると断れなくて、抱えて抱えて、残業することに慣れてしまった。
仕事ができないわけじゃないと思いたいが、定時で帰れないことを思えば、やはり仕事できない人間なのかなと思ってしまう。私に仕事を頼んだ同僚は、合コンあるんで帰りますと定時で帰っていった。こうして真面目に働いている方が馬鹿なんじゃないかと思う。
もう年の瀬。旅行会社として繁忙期を過ぎ、その後処理に事務方は追われている。就職してから半年以上過ぎた。まだ一年にもならないのに、なんだか気持ちがとても重い。
全部やめてしまいたい。
「遅くまですみません。帰ります。」
23時を回り、もう路線バスも最終を逃してしまった。警備のおじさんに挨拶して、川沿いの道を歩く。マフラーをきつめに巻き直して冷たい空気が入らないようにしてから、斜めかけの鞄をかけた。手袋はなぜか忘れてしまい、仕方なく両手をポケットにつっこむ。つく息はすぐに白くなって宙に消えていった。
道路を行き交う車は、一台前方から来て過ぎては、一台後方から来て過ぎていく。
また一台過ぎる。
また一台過ぎる。
前と後ろと代わりばんこに、ヘッドライトとテールランプが行き交っていた。
とたん、静かになった。
車も来ない。当然こんな寒空の夜遅くに出歩く人もいない。さすがに年若い女性として、ほんの少し誰もいない夜道は怖い。ただ静かな街の息遣いだけが感じられ、心細くなる。
「寒っ。」
思わずこぼす。
なんでだろ。なんかうまく行かないなぁ。
愚痴しか出てこない。
疲れたなぁ。しんどいなぁ。なんで私ばっかり。
嫌な人間になっていく。こんなはずじゃなかったのに。
大きなため息をついた。
川を渡る前の交差点。赤信号で止まる。
道路拡張と橋の架け換えのための工事中。
オレンジ色のたぬきが、歩行者と工事現場の境を示して、“ウー、マンボ!”って言いそうなくらい、口を大きく開けていた。
信号が青になる。
横断歩道を渡る。ちょっとした上り坂になっていて、足をなんとか前にすすめた。
坂を上がり、自然に目線が上を向く。眼に映るのは黒い夜の川。そこから徐々に目線が上がり、自分のローファーとアスファルト。オレンジの照明に照らされた古い橋。そしてぐっと惹き付けられるように、町のシンボルになっているタワーと夜空と月が見えた。
幼い頃に遠足でこの街に来たことがあった。この街の真ん中にはシンボルタワーがあり、お金を出せばタワーの中をぐるぐる登り、街を一望できる。
シンボルタワーはネジバナという花のように螺旋状の構造になっていたが、外観は直線的で、幼心にジグザグしてる塔だなぁと思った。それからというもの、私の中でこの街のシンボルタワーは“ジグザグタワー“と命名された。
勝手にあだ名をつけられたジグザグタワーはその後もそびえたち、十数年たっても現役だった。タワーの直線的な輪郭を丸い電球で飾られて、夜はライトアップされている。私はこのタワーが好きだった。“東京に来てよ。”と言ってくれた彼氏の側に居たくて、就職活動を都内で頑張ったけれど、結局、地元が良くてこっちに居ついてしまった。そんな私がこの街を選ぶのは当然だったように思う。
ジグザグタワーはそこに変わらずあった。
ジグザグタワーの上には黄色いお月様。
夜空は真っ黒な色ではなく、どこまでも青に青を足して濃くしていった紫がかった藍色をしていた。
一陣の風が吹き抜けた。
その時、頬にパンって衝撃が走ってはっとした。
あぁ、そうか。そうだった。
まるで一陣の風に叩かれたようだった。
何を考えていたんだろう。
一人ぼっちなんかじゃないのに。
こんな思いしてるのは私だけじゃないのに。
被害者ぶって、全部他人のせいにして。
それは違う。
全部自分で決めたことだ。
しゃんとしなくちゃ。
気がつくと、冷たいものが頬を伝っていた。
後から後から涙は込み上げて止められない。立ち止まり涙を拭うけれど、どんどん込み上げて、声まで抑えきれず漏らしていた。見上げたこの景色が優しくて温かくて、美しくて強くて、心の奥の柔らかい所をぐっと掴まれた気がした。
なんて馬鹿なんだろう。
なんて私は小さいんだろう。
大きく深呼吸をする。
けれど涙は止まらなかった。
後から後からこぼれた。
けれど何だかそれでもいいと思えてきて笑ってしまった。
古い橋の真ん中まで歩く。
優しい夜空とジグザグタワーを見ながら歩く。
とぼとぼ歩く。
疲れていたけど、少しずつ足に力が入るのがわかって、また涙がこぼれた。
就職活動に苦労して、ようやく就職した小さな旅行会社。大卒でも給料は安い。それでも最初は働けることに満足し、何とか会社の力になれればと思っていた。最初のうちは仕事を覚えて、少しでも任せてもらえると嬉しくて、頑張ろうと思っていた4月。だんだん仕事は覚えても、ミスしたりなんかして、その癖に頼まれると断れなくて、抱えて抱えて、残業することに慣れてしまった。
仕事ができないわけじゃないと思いたいが、定時で帰れないことを思えば、やはり仕事できない人間なのかなと思ってしまう。私に仕事を頼んだ同僚は、合コンあるんで帰りますと定時で帰っていった。こうして真面目に働いている方が馬鹿なんじゃないかと思う。
もう年の瀬。旅行会社として繁忙期を過ぎ、その後処理に事務方は追われている。就職してから半年以上過ぎた。まだ一年にもならないのに、なんだか気持ちがとても重い。
全部やめてしまいたい。
「遅くまですみません。帰ります。」
23時を回り、もう路線バスも最終を逃してしまった。警備のおじさんに挨拶して、川沿いの道を歩く。マフラーをきつめに巻き直して冷たい空気が入らないようにしてから、斜めかけの鞄をかけた。手袋はなぜか忘れてしまい、仕方なく両手をポケットにつっこむ。つく息はすぐに白くなって宙に消えていった。
道路を行き交う車は、一台前方から来て過ぎては、一台後方から来て過ぎていく。
また一台過ぎる。
また一台過ぎる。
前と後ろと代わりばんこに、ヘッドライトとテールランプが行き交っていた。
とたん、静かになった。
車も来ない。当然こんな寒空の夜遅くに出歩く人もいない。さすがに年若い女性として、ほんの少し誰もいない夜道は怖い。ただ静かな街の息遣いだけが感じられ、心細くなる。
「寒っ。」
思わずこぼす。
なんでだろ。なんかうまく行かないなぁ。
愚痴しか出てこない。
疲れたなぁ。しんどいなぁ。なんで私ばっかり。
嫌な人間になっていく。こんなはずじゃなかったのに。
大きなため息をついた。
川を渡る前の交差点。赤信号で止まる。
道路拡張と橋の架け換えのための工事中。
オレンジ色のたぬきが、歩行者と工事現場の境を示して、“ウー、マンボ!”って言いそうなくらい、口を大きく開けていた。
信号が青になる。
横断歩道を渡る。ちょっとした上り坂になっていて、足をなんとか前にすすめた。
坂を上がり、自然に目線が上を向く。眼に映るのは黒い夜の川。そこから徐々に目線が上がり、自分のローファーとアスファルト。オレンジの照明に照らされた古い橋。そしてぐっと惹き付けられるように、町のシンボルになっているタワーと夜空と月が見えた。
幼い頃に遠足でこの街に来たことがあった。この街の真ん中にはシンボルタワーがあり、お金を出せばタワーの中をぐるぐる登り、街を一望できる。
シンボルタワーはネジバナという花のように螺旋状の構造になっていたが、外観は直線的で、幼心にジグザグしてる塔だなぁと思った。それからというもの、私の中でこの街のシンボルタワーは“ジグザグタワー“と命名された。
勝手にあだ名をつけられたジグザグタワーはその後もそびえたち、十数年たっても現役だった。タワーの直線的な輪郭を丸い電球で飾られて、夜はライトアップされている。私はこのタワーが好きだった。“東京に来てよ。”と言ってくれた彼氏の側に居たくて、就職活動を都内で頑張ったけれど、結局、地元が良くてこっちに居ついてしまった。そんな私がこの街を選ぶのは当然だったように思う。
ジグザグタワーはそこに変わらずあった。
ジグザグタワーの上には黄色いお月様。
夜空は真っ黒な色ではなく、どこまでも青に青を足して濃くしていった紫がかった藍色をしていた。
一陣の風が吹き抜けた。
その時、頬にパンって衝撃が走ってはっとした。
あぁ、そうか。そうだった。
まるで一陣の風に叩かれたようだった。
何を考えていたんだろう。
一人ぼっちなんかじゃないのに。
こんな思いしてるのは私だけじゃないのに。
被害者ぶって、全部他人のせいにして。
それは違う。
全部自分で決めたことだ。
しゃんとしなくちゃ。
気がつくと、冷たいものが頬を伝っていた。
後から後から涙は込み上げて止められない。立ち止まり涙を拭うけれど、どんどん込み上げて、声まで抑えきれず漏らしていた。見上げたこの景色が優しくて温かくて、美しくて強くて、心の奥の柔らかい所をぐっと掴まれた気がした。
なんて馬鹿なんだろう。
なんて私は小さいんだろう。
大きく深呼吸をする。
けれど涙は止まらなかった。
後から後からこぼれた。
けれど何だかそれでもいいと思えてきて笑ってしまった。
古い橋の真ん中まで歩く。
優しい夜空とジグザグタワーを見ながら歩く。
とぼとぼ歩く。
疲れていたけど、少しずつ足に力が入るのがわかって、また涙がこぼれた。
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