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殻を破る【後編】
しおりを挟むその問いかけに、ヘルベルトは答えを出せない。
だってずっと、【勇者】など御伽噺の中の存在で、今や呪いのようなものだと思っていた。
自分はこの【勇者候補】という役割を、『勇者特科』とともに卒業したら、騎士になる。
そうして家に迷惑をかけず、せめて自分を憐れみながら送り出してくれた母に生きて頑張っているのだと名が届くくらいには活躍してひっそり生きていければと思っていたのに。
「——っ!」
ヘルベルトの腹にフリードリヒがしがみついて脇に飛ぶ。
ファイターゴブリンの拳はヘルベルトのいた場所を抉り取るが、衝撃はフリードリヒの槍を真っ二つに折った。
体躯の割に素早く態勢を立て直すファイターゴブリンが、倒れ込んだフリードリヒとヘルベルトの方を向く。
「フリードリヒ! ヘルベルトさん!」
モナの声にフリードリヒがヘルベルトの上から立ち上がって構えようとする。
だが、槍は折れた。
武器がない中、フリードリヒは「借ります!」とヘルベルトの大剣を構える。
その姿に、目を見開いて魅入った。
——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』
(勇者……)
ヘルベルトの目の前にいる少年は、戦うことを諦めない。
というよりも、おそらくこれは……。
(私を守ろうとしている)
使い慣れない武器を両手に持ち、倒れたまま起き上がらないヘルベルトからファイターを引き剥がそうと立ち向かう。
マルレーネの弓が鉄球に弾かれる中、小柄な体躯を活かして回り込み、膝の裏側に大剣で斬り込む。
膝裏を斬られたファイターは悲鳴を上げながら仰向けで倒れていく。
その瞬間、フリードリヒは頭を狙って大剣を振り下ろす。
噴き出す血潮を浴びながら、その瞳はモナの方へ走っていく通常のゴブリンを捕らえていた。
「おおおおおっ!」
[身体強化・地]だ。
大地を味方にして、凄まじい速度でモナを襲おうとしたゴブリンを一刀両断にする。
初めて使った大剣で、だ。
(勇者……)
そんなものは、御伽噺の中の——。
(私が、なりたいのは……)
負ける。負け犬のまま。
勇者にもなれず、クラスメイトたちの足を引っ張るだけの。
そんな人間が騎士になれるだろうか。
フリードリヒだって最初は卒業後、彼の父と同じく「騎士爵を目指す」と言っていたのに。
この差はなんだ?
いつからできていた?
仲間を守る。
どんな状況でも諦めずに戦う。
(私は……)
ぎゃっ、と駆け寄る足音に顔を上げる。
ロベルトが「エルシー! ヘルベルトを守ってくれ!」と白いホーホゥを飛ばす。
そう、ヘルベルトに近づいていた、通常のゴブリン。
それでもその手には棍棒が握られており、数回殴られれば死ぬだろう。
(私はきっと、才能がない)
振り上げられた棍棒をエルシーが爪で掴む。
使い魔の鳥にすら守られる、自分。
誰にも——期待されない。
ただ、守られるだけの……。
「ギャア!」
「そんなのはごめんだ!」
叫ぶ。
それは咆哮と呼んでよいほどの。
武器がない?
ならば素手で殴ればいい。
ゴブリンの顔面を、打ち砕くほど——。
「!」
[身体強化・拳]。
新たに覚えたそれを、即刻発動。
さらに[身体強化・脚]を覚えた。
立て続けに、だ。
これには自分でも驚いたが、つまり、これは……。
(こんな自分も、いたんだな)
悔しい、負けたくない、手を汚すのは嫌だ、汚らしい。
貴族として品行方正で、常に安定した未来を——。
「はははは! 馬鹿馬鹿しいな!」
「ギャアアッ!」
穴から溢れるゴブリンを、穴の向こう側へ吹き飛ばす。
その後フェンリルたちに、また穴を塞いでもらう。
自分たちの役目は、そういうものだ。
「ロベルト、エリザベート、雑魚は任せる! そのままおさえていてくれ!」
「え、ちょ、ヘルベルト!? あ、あなた武器は……」
「いらん! ああ、要らなかった! 私は、最初から……!!」
向いていなかったのだ、武器を握るのを。
雁字搦めになっていた。
自分で、あらゆるものを背負い込み、凝り固まり、レールを敷いてただその上を流れのまま歩く。
そういう生き方が正しいと思っていた。
(自分で重いものを好んで背負っていれば、行き詰まるのも無理なはい、か)
苦しくて、苦しくて。
そうして立ち止まるのは当たり前のことだったのかもしれない。
今はなぜかすべてがクリアだ。
これまでのあらゆるものが、馬鹿馬鹿しくてたまらない。
「正面から! すべてを叩き殴る! 私はそういう方が向いていた! [牙突鉄拳]!」
頭の中に並ぶ自分のステータス。
その中で新しく覚えた技の数々。
その数なんと二十四。
堰き止められていたものが、溢れかえる。
難しく考える必要はなかった。
——『ヘルベルト、君はどんな勇者になりたい?』
その答えに今明確な答えを出す。
空いた穴の向こう側に、衝撃波とともにゴブリンを押し返した。
何匹かは衝撃に耐えきれず吹き飛んだが、瑣末なこと。
どうせ倒すのだから。
「フェンリルたち!」
「おおおん!」
「わん!」
そうして穴を塞いで、およそ二時間、その場を守り続けた。
ゴブリン掃討が終わったのは夕方前。
ゴブリンロードを倒したのは、太陽の玉座のリーダー、ストルス・ロスドだった。
「お疲れー」
「お疲れ様です! 管理人さん!」
「お疲れ様ですわ。そちらもご無事でなによりです」
リズが彼らと合流した時、ヘルベルトはすっきりとした顔をしていた。
その上フリードリヒと興奮気味に新しい戦略や戦い方について話し合っている。
新たに大剣にまつわるスキルを手に入れたフリードリヒと、拳で戦う闘士のスキルを大量に習得したヘルベルトは、今後の闘い方の幅が広がったからだ。
まあ、どちらも前衛には変わりないが。
「むふふ。じゃあ次はボクが頑張る番だね」
「え?」
「こっちの話だよ」
首を傾げたロベルトにそう返してニンマリと笑う。
もうすぐ『大地の季節・烈火の週・雷の日』。
教員免許、試験日である。
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