モンスター食堂のギルドマスター

古森きり

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出会いから別れまで

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「は、はあ? 食堂を作る? 何頭沸いた事言い出してんだテメェ」
「マジで言ってるんだっつーの! 『結晶島』の拠点に食堂を併設するんだよ! メニューはこれから考えるけど、みんなで飯食った方が楽しいだろ!?」
「…………」

完全に呆れ果てている。
しかし忠直は引く気が一切ない。
今思い付いたこの考えは、素晴らしいものに違いないからだ。
確信を持って、そう言い放つ事が出来ると。

「少し落ち着け。おっさんの小汚ねぇツラが近くに寄せられて気分の良い男がいると思うなよ」
「お、おお、悪い」

顔を肘で押し退けられ、腕時計からギベインに『ジークに首飛ばされなくて良かったね』と宥められ、ようやくスー、と頭が冷静になった。
色々な機材が広がったテーブルから隣のテーブルに移動して、ココアが飲みたい買ってこい、と叱られてまずは表の自販機からお茶とココアを買って戻る。
ぷしゅ、と栓を開け、こくりと一口飲む。
この時期の自販機の飲み物は暖かい。
自然にほう、と息が出る。

「で? 突然なんでそんな結論に達したよ?」
「あのな! ……みんながおかえりって言ってくれたんだよ」
「…………」
「そこが帰る場所だと思えたら……俺がやりたかった店の理想がそこでも出来ると思ったんだ。……いや、もちろんこの店だってオープンさせたいけどな。けど、『結晶島』のみんなにも、俺は美味いものを食べて元気になったり笑っていたり……そういう、アットホームな食堂で和気藹々盛り上がりいというか……」
「食堂ね……まあ、拠点に関してはどうしようがテメェの自由だが……忘れてねーよな? 基本、自営業だぞテメェ。その金どこから出るんだよ」
「…………」
「まさか自給自足で食堂経営が出来るとでも?」
「…………い、いや……」

どんどん興奮が冷めていく。
この感覚はいつぶりだろうか。
理想の前に現実を突き付けられた。
いや、だから諦める事はしたくないけれど。

「じゃあ具体的に何から始めるべきか……。食糧の生産とモンスターたちの保護は引き続きやっていくとして……」
「俺の言った事テメェ覚えてるか? 拠点を作り、食糧生産を安定的にし、町を作り、通貨を作り、そしてルールを作る。俺がまずテメェに提示した条件だ」
「お、覚えてるぜ?」
「ほんとかよ。……今の所生産すら危うい。保護したモンスターが増えればより、食糧の安定的な生産は必須。アキレス腱になるだろう。それに、お前はただの人間だ。寿命が尽きた後もあの世界のモンスターたちへ何かを遺したいと願うなら、もっとしっかりとしたルール作りは必要だ」
「……、……そう、だな」

やる事は山のようにあるのだった。
過労死覚悟。
そう言われたが、町を一から作る。
文明を、最初から築いていくとするならば……今のこの中途半端な状況は果たして——。

「言っておくが今更サポート契約を移住サポート契約へ変更したいってのは受け付けねーぞ」
「うっ」
「俺は再三忠告したんだからな」
「ううっ」
「あと、未だこっちにはなんの利益も上がってねーし!」
「ううううっ!」

先に逃げ場をことごとく潰されていく。
なんだか歳下の上司に怒られている気分だった。
歳下の上司は、さすがにいた事がないけれど。

『まあまあ、落ち着きなよ。確かに今日観察してみたところで未知の物質とかは検出されてないけど、今後も見つからないとは限らない。モンスターの生態も色々興味深いしね。今度血液送ってくれると嬉しいなー』
「な、何言ってんだ!?」
『ドラゴンの血液だととても嬉しいなー』
「絶対断る!」
「まあ、それは確かに俺も気になるが……だったらここはゲームっぽくギルドでも作って運営してみれば良いんじゃねーの」
「は? ギルド?」

ギルドというと、労働組合か?
と、聞き返すとすごい無表情で眺められた。
見られたのではない、眺められたのだ。
まるでここにいないモノを眺めるかのような表情。
そんな変な事を言っただろうか。

「今やってるMMORPGでな……」
「は、はあ」
「ギルドを作るシステムがあるんだが……」
「…………も、もっとやる気出して説明してもいいんだぞ」

その幼子に言い聞かせるような、やる気のなーい口調に「分からないのは申し訳ないがゲームとかやらないから仕方ないだろ」と反論したい。

「まあ、だからグループを作ったろう? 拠点作りの時」
「あ、ああ」
「あれを適用して、採取専門のギルド、モンスター保護専門のギルド、町づくり専門のギルド、食糧生産専門ギルド……とギルドという集まりを作るんだよ。ギルドはキルド内でやりやすいルールを作る。で、それらのギルドは必要なら増やせばいいし、不要なら減らせばいい。もちろん統括役は必要だろう。いわゆるギルドマスターだな」
「ギルドマスター……町長みたいな?」
「それは別なやつにやらせろ。全部まとめてやろうとすると人間のキャパなんかで処理しきれなくなる。そーゆーのは俺のような神レベルの超天才でなければ務まらない。俺はやらないけどな。町は町で形になってきた時に改めて決めりゃあいい」
「はあ……」

さらりとものすごい自画自賛ぶっ込んだきた。

「なんにしてもルール作りは必要だな。うーん、俺一人じゃ難しそうというか……」
「その辺りはギベインに相談しながら色々やりゃ良いさ。俺は別な町に空間の裂け目が出来たっつー通報が入ったから、そろそろ移動する」
「!」
「引き続き通信機でのやり取りは可能だし、サポートも契約通り行う。だが、こうして顔を合わせる事はなくなるだろう」
「……、……そう、なのか……、いや……そうか、仕方ないな」

空間の裂け目。
あれは、とても危険だ。

「……その、いつ発つんだ?」
「今夜には発つ。場所も遠いし、この案件は大体特急でなんとかしねーと今回みたいに異世界に関わる奴が現れる」
「そ、そうか……。……じゃあ飯作る。作らせてくれ」
「じゃあ生クリームとチョコ多めの巨大パフェで」
「人はそれを飯とは言わない」

などと本気か冗談か分からない事を言いながら、忠直は冷蔵庫の中身を確認する。
朝の残り物や買っておいた豚肉を見付けて献立を考えた。
まず豚肉は豚バラだったので、一枚一枚適度な大きさ(親指ぐらい)に巻いていく。
小麦粉と卵を溶いたものに付けて、更にパン粉で衣を整える。
熱した油で揚げ、黄金色になったらよく油を切っておく。
これで豚カツが出来上がり。
その間に玉ねぎを切り、フライパンで料理酒で炒めつつそこへ作り置きしてあるだし汁を入れ柔らかくなるまで煮込む。
水分が蒸発してきたら全てなくなる前に揚げた豚カツを入れ、みりん、醤油、少しの蜂蜜、だし汁を少々入れたタレを流し込み、玉ねぎと馴染ませてから火を止める。
上に溶き卵を回すように入れて蓋を閉じ、しばらく置く。
その間にジークご所望のパフェを作った。
一番下にコーンフレークを下に敷き、生クリーム、チョコレートソース、砕いたワッフル、生クリームと敷き詰めていく。
仕上げにアイスを載せるので、とりあえずそこまで作ったら冷蔵庫に入れておいてカツ丼の仕上げだ。
丼にご飯をよそいふんわりと卵の絡んだカツを載せて、最後に青葉を添えれば出来上がり。
甘いだしの香りが漂う、カツ丼の完成である。
それを箸と共に盆に載せて持っていく。

「パフェ」
「最後だ」
「ちっ」

本当に顔と性格に似合わず甘党な男である。

「……まあ、実際、色々助けてもらったから……感謝してるよ」
「フン。そーゆーのは良いんだよ。ビジネス、取引だからな」
「そうだけどな。……でも、お前がいなければきっと生き残れなかった。どうして良いか分からなくて途方に暮れたままだったと思……」
「それはないな。お前は自分の意思であの世界の事情に立ち向かっただろう。俺が助言しなくても、選んでいたはずだ。実際俺が反対してもお前は諦めなかった」
「……」

はっきりと言い放たれて、困った顔になる。
実際何度も、脅しに近い形で引き止められたのに忠直はここまで進んでしまったのだ。
この先もきっと立ち止まりはしないだろう。

「……食堂がしたいのなら、拠点の中を食堂兼ギルド拠点にすればいい」
「!」
「その手の設備なら入るだけの広さは確保してあるし、ギベインがこれから改装で諸々取り付けるんだろう? おい」
『はいよー。聞いてたよー。飲食店の設備を導入するんだね。オッケー、任せて。その代わり少し遅れても文句言わないてねー』
「文明を立ち上げるのなら多少の出資はしてやろう。言っておくが回収前提の事前投資だ。俺に損をさせるなよ。担保はテメェの人格で手を打とう」
「じ、人格!?」
「前にも言ったがテメェの人格は興味深い。今日手渡した端末に新しいアプリを入れておいた」
「!?」

慌てて白ポケットから端末を取り出して確認する。
確かになんかこう、人を小馬鹿にしたようなペロと舌を出した顔文字みたいなアイコンのアプリが増えていた。

「ヘッドセットを使うと自動的に起動してテメェの人格データを収集するようになっている。消しても構わないが途中で放棄すれば資金援助に関しては打ち切り」
「っな!」
「別にサポート契約を打ち切るわけじゃねぇ。で、続ければヘッドセット起動中一時間一万円」
「!? ……じ、時給一万、だ、と……!?」

シャキーン、と金の音が聞こえた。……気がする。

「まあ、それが援助金だと思え。どうだ? 悪い話ではねぇだろう」
『とことん性格悪いよねジークって』
「黙れ殺すぞ」
「……うっ……。そ、その人格データって、お前どうするんだよ?」

まずその利用先だ。
人格データとやらも、正直何回聞いてもよく分からないのだが、利用の方法がもっと良く分からない。
一体何に使うつもりなのか。
聞けばふっ、と微笑まれる。

「言ったろう、悪い事には使わねーさ。いい事にも使わねーけど」
「だから!」
「ただ、テメェの人格の複製が悪さするかしないかで言ったらしねぇんじゃねぇの」
「…………」

全くよく分からない。
分からないが、自分の人格が悪さをするところは……確かにあまり想像が出来なかった。
自分が善人たれと意識はしているが、善人でしてやってこれているかどうかは自信がない。
人にそう言ってもらえるのは少し誇らしく、くすぐったく、ありがたかった。

「パフェ食うか」
「食うに決まってんだろ」

厨房に戻り、冷蔵庫から作りかけのパフェを取り出す。
チョコレートソースをかけ、器に添うように丸く生クリームを出して真ん中にチョコレートアイスを置く。
小さく絞った生クリームで飾り付けし、そこにポッキーを添え、上にもう一度チョコレートソースを上下に振りかけ、ミントの葉を載せる。

「ほら、チョコレートパフェ」
「おお……ってちっさ! 普通サイズかよ!」
「普通サイズだよ!」

パフェ用のスプーンと共にジークの手前に置いて、また席に座る。
早速食べ始めたジークを眺めながら少し考えた。
自分の人格データ。
何に使うかはっきりしないのは不安でしかない。

「なあ、本気で教えてくれるか。人格データを何に使うのか」
「しつけーな」
「いや、普通に気になるだろう、自分の事だぞ」
「…………。夢を見続けている奴がいる」
「……夢?」

真面目な顔と声で話し始めた、その事情。
とある若者が夢の世界に閉じこもっている。
その若者を現実に引き戻す為に、夢と繋がる仮想世界を用意したものの……作り物の世界に若者はますます引きこもってしまった。
現実へ引き戻すには、現実の人間のデータを増やしていき、若者が戻ってきた時にすぐに適応出来るようにしたい。

「リハビリ、って事か?」
「そうだな、それに近いだろう。だが、その世界の人間は上辺だけのデータしか揃ってない。深い部分で人間の優しさや温もり……不確定要素のようなものが足りなくていつも失敗する。まあ、要するに毎回ゲームオーバーになるんだよな」
「……」
「この世界に限らず人間は複数の側面を持つ多面性の生き物だ。一部のデータしかないとやはりそれに偏る。それでも奴にとって現実世界よりも仮想世界の方が“マシ”らしい。……最初はそれなりにクソみてぇな仮想世界に放り込んで叩き起こしてやろうとしたがそれも失敗」
「えぇ……」

さらっとひどい事している。
パフェを一口、口に入れて背もたれに寄りかかるジーク。
表情はどんどん険しくなる。

「多分現実味がないから逆に受け入れてしまえたんだろう。最近はそこが夢である事さえ、奴は忘れつつある。このままだと本気で永遠に、夢の世界を彷徨い続けるだろう。それはそれで胸糞悪ィ」
「……それで現実の人間のデータ……人格データが必要なのか」
「そうだ。出来れば善人タイプが好ましい。現実にもそういうアホみたいな人間がいるという事実を突き付ける。リアリティを持たせて、思い出させたい。……この世界にも……クソみてぇな人間のクズにも……笑いかけてくれる人間は確かに存在する。つまらない事に感謝して、ささやかな幸せを見出して、悪人が死ぬ事にさえ涙するお人好しとかな」
「…………」

えらく具体的なのは、その人物が彼の『パートナー』だからだろうか。
余程の人格者と巡り会えたのだろうと感じた。

「そうか。それなら……喜んで支援の話は受ける。俺の人格が役に立つなら役立ててくれ」
「役に立つとも言ってねーよ。仮想世界でテメェの人格が果たしてどの程度役立つ事か」
「うぐぅ……」
「まあ、暑苦しく引っ掻き回しそうではあるがな」
「…………」



こうして、ジークとは別れた。
二度と会えないかもしれないし、また会えるかもしれない。
少なくとも通信さえ開けば画面越しでも会う事は出来ると言われた。
その晩は自宅の部屋に泊まり、ゆっくりと休んだ。


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