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おもてなし事件!【前編】

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『セシル様、どうかされたのですか?』

コンコン、と扉がノックされる。
……その日の夜、私は廊下から聞こえるイフの声に「なんでもない。夕飯はいらないから」となんとか答える事に成功した。
ベッドにうつ伏せになり、クッションに顔を埋め、今日の出来事を思い返す度に泣きそうになる。
この気持ちはなんなのか。
悲しいような、嬉しいような、恥ずかしいような、腹立たしいような。
とにかく頭が混乱していた。
そう、またも……あの男のせいである。

「…………もう、本当に……なんなの……」





この日、私とセイドリックは先日のお約束通り、メルヴィン様、メルティ様、エルスティー様をお邸にご招待した。
我が国の料理をたくさん作り、食事会も兼ねている。
メルティ様も野菜……サラダには驚いていたけれど、すぐに気に入ってくださり、食事の後はお庭でお茶会。
新しいクラスーー上級クラスに無事に入れて一週間……。
まあ、なんというか……。

「おかしいなぁ」
「なにがおかしいの、お兄様? あ、エルスお兄様」
「彼だよ彼。シャゴインのジーニア。僕、彼には『減点五十』の報告を出しておいたんだけど……なんで上級クラスにいたんたろう」
「それで一週間、ジーニア様を見る度に不貞腐れたお顔をされていたのですか?」

呆れた方。
と、肩を落とす。
しかし、セイドリックは気にした様子もなくクッキーを頬張り幸せそうな顔をする。
可愛いから許す。
反対にメルヴィン様は胃を押さえ、メルティ様は頰を膨らました。
メ、メルヴィン様……。
まあ、でも減点『五十』はすごい。
確かに、それでよく上級クラスになれたものね?
いや、もう百パーセント不正に手を染めてるだろうけど。

「手口が分からない。まさか我が国の者たちがシャゴインに買収されるとは思えないし……」
「そうですわね! あたくしもあの人キライ! 不潔だし、偉そうだし、気持ち悪い!」

ストレートな悪口!
窘めたいところだけど、今の私は『セイドリック』。
男のセイドリックがそれを嗜めるのはちょっと変よね。
いや、窘めた方がいい?
変じゃないかな?

「メルティ、そんな言い方は姫としていけませんよ」
「は、はぁい、ごめんなさいお兄様……あ、メルヴィンお兄様」

メルヴィン様が、ちゃんと窘めてくれた。
さすがはお兄様ね。
でも、異母兄妹だったような……?
うふふ、それなのにちゃんと面倒を見ているなんて…………うちの異母姉たちに爪の垢でも煎じて飲ませて差し上げたいわ。

「おかしいといえば、あの双子令嬢もどんな手を使って上級クラスに入り込んだのか……。自分はそちらの方が気になります」
「「「あ、あぁ……」」」

セイドリックを除く、私たち三人の力ない声が重なる。
メルヴィン様がついに頭ではなく胃を押さえた。
私はイフに目配せする。
持ってきてあるハーブの茶葉で、胃痛ーーあれはどう見てもストレス……ーーを和らげるブレンド茶葉を作ってお土産に持って行って頂こう。
ミーシャ様はなんというか、メラメラと私とセイドリックを逆恨みしているかのような眼差しをここ一週間、休まず送り続けておられた。
疲れないのかしら?
妹のレイシャ様は、まったくこれっぽっちも懲りた様子がなく、一週間ずーっとメルヴィン様へ絡んでいた。
あのメンタル、少しでもメルヴィン様に分けて差し上げて欲しいわ……。
このお二人もメルヴィン様に叱られて、エルスティー様が盛大に減点していた為、良くて中級クラスのはずだった。
しかし、なぜか上級クラスにいたのだ。
それが不満でエルスティー様は今週ずっと不機嫌顔。

「あの双子令嬢とは、今度こそおさらばできたと思ったのにっ」
「……エーヴァンデル公爵を呼び出すか?」
「もう呼び出した! 聞いた! でも公爵は触れてないって! あの娘たちがどんな手を使ったのかはこちらでも調べます、だってさ!」
「絶対嘘だろう。エーヴァンデル公爵が関わっていなかったら絶対無理だ。くう、ホンット無駄なことばかりに長けているおっさんだな……!」
「まったくだよ!」

フンスフンスと鼻息荒く、怒り収まらぬメルヴィン様とエルスティー様。
なるほど、このお二人、最初からあの困った双子令嬢を蹴落とすつもりだったのだわ。
入学式の日にセイドリックが声をかけたからか、はたまた前日からすでにメルティ様に絡むように指示をしていたのかは分からないけれど……まんまと巻き込まれていたという事ね。
さすがザグレの王太子と公爵家ご子息。
こちらの想像以上に厄介だわ。

「私は皆さんと同じクラスで嬉しいですっ! レディ・ウィール様やシルヴィオ様やシルヴァーン様、シルヴェル様……一週間ずっと楽しかったです。来週からもずっとこんなに賑やかだと思うと、心がうきうき致します~」
「…………」

天使かな?
すごすぎない? うちの弟。
よくあの顔ぶれを思い返してそう言い切れるわ。
ああ、私の代わりに時折ジーニア様に絡まれても、持ち前の天然でしれっと流すし……。
これぞまさに王の器……!
姉は感動で前が見えませんっ!

「大物だね、君の姉上は」
「はい!」
「……なんの遠慮も謙遜もなく断言する君も大概な気もするけど」
「そんな事はありません! うちのお、お姉様は最強です!」
「そ、そう」

危ない危ない。
また興奮で「弟」と言いそうになってしまったわ。
上手くごまかせたかしら?
だめね、いけないわ。
セイドリックの事となると冷静さがたまに飛んでしまう。
気を付けないと。

「失礼致します。メルヴィン様、こちらはセイドリック様とセシル様からでございます。よろしければお試しください」
「? なんだこれは? お茶? しかし爽やかな香りがする……」
「ああ、胃痛などに効くハーブを混ぜたブレンドティーです。よろしければお試しください」
「ああ、そういえば以前頂いたバーベインティーも、とても良かった。あれを飲んでいた時期は、よく眠れたし……」
「よ、よろしければまたお持ちください……」

目が、死んでる……!
両手でカップを持ち、なにか嫌な事でも思い出してしまったのか、震えながらお茶を飲むメルヴィン様。
お、お可哀想に……。

「ずるいわ、メルヴィンお兄様ばっかり珍しいお茶をご馳走になって! ねえ、エルスお兄様?」
「うーん、僕はセイドリックの料理で意外と満足したからなぁ。お世辞抜きで美味しくて驚いた」
「そうでしょうそうでしょう!」

ふふん! こう見えて料理は得意なのよ!
お母様がお父様の胃袋を料理で掴んだから、私もたくさん教わったの。
まあ、異母姉たちの嫌がらせでお母様と引き離され、食事も運ばれなくなってからはセイドリックを食べさせる為に毎日毎食作っていたというのもあるけれど。
二年くらい前にその事がお父様にバレて『なんでお父様にすぐ言わなかったの!』って怒られたけど、もう習慣化してしまっていたのよね。
さすがに王族としてアレだからせめて夕飯だけでもシェフに作らせるようにしなさいって言われてしまった。
だから本当は、この邸での生活に慣れたら自分で朝食を作ろうかな、と思っていたのだけれど……さすがに『セイドリック王太子』が食事を作るのは……まずいわよね。
エルスティー様のように、非常識な時間に非常識なところから現れる方もいる。
うっかりバレたらセイドリックの名誉に関わるわ。
…………。
まあ、もう料理を作れる事はバレてしまったけれどね!
自分の食事を自分で作る、というのはバレてないから、セーフ! まだセーフよ!
……セーフよね?

「セシル様も料理はお得意なのかい?」
「はい! セイドリックと一緒にお母様に教わりました」
「へえ。王族が料理なんて……ロンディニアでは普通なの?」

ちらり、とエルスティー様が私を見る。
その微笑みがこれまでとはどことなく違って見えて、くっ、と喉が引きつった。
嫌という感じはなく、ただ少し、どう受け取ればいいのか判断が付かない。
そういう笑み。
こんな質の微笑みは、これまで向けられた事がない。
一体この微笑みにはなにが含まれているのだろう。
もっと用心深く観察する必要がありそうだわ。

「そうですね、異母姉たちはしませんが……」
「私たちのお母様は身分があまり高い方ではないので……ご自分で食事を作るんです。私たちはお母様ので料理で育ったんですよ! ……ええと、八歳くらいまでは……」
「うん? それ以降は城のシェフになったの?」
「え、ええと~」

もう、余計な事を言うからです、セイドリックったら。
肩を落として、ため息をつく。
あからさまな演出だ。

「ええ、まあ。一番上の姉が、その頃に子どもを生んだのです。それを機に、教育によくないと言って……」
「そうなのか。……うん? 王妃の一人が自分の子どもの食事を作るのが教育に悪いのですか?」

首を傾げるメルヴィン様。
おっと、貴方も城のシェフの料理で育ってきたのではないのですか?
まさか突っ込まれるとは思いませんでしたよ。

「一番上の異母姉様は私たちに意地悪なんです」
「コッ! ……んん! 姉様、我が国の、しかも家庭事情など話しても仕方ないでしょう」

ダメです。
と、いう眼差しを送るとセイドリックもしょぼんとする。
まったくもう、淑女のふりをしているのだから、余計な事を言うものではないわ。
というより、この話題を変えましょう。
えーと、なにかないかしら。
学園の話題の方がいいわね、うーん……あ、そうだ。

「料理で思い出したのですが、学園でも食事会が開かれるのですよね?」
「そうだね。今は三月だから、四月から十月までは毎月一日に食事会や晩餐会が行われる。名目上は国家間交流だが、これは単に……陛下が自国の貴族たちの傲慢な考え方を、他国の貴族たちと交流させる事で緩和させる目的がある。僕はそんなことしても無駄だと思うんだけどなぁ」

完全に興味ゼロのエルスティー様。
メルヴィン様は「そ、そんな事はない、はず」としょんぼり否定されるが……まあ、あの双子公爵令嬢様たちを見る限り、期待薄という事はこちらもなんとなく分かる。
特に東南方向の国々はザグレディア学園に留学してくる事も稀。
ザグレの陛下が交流の場を増やして、相互理解を深めようと試みられる事そのものはとても素晴らしいと思う。
むしろ、最大大国の心意気としては文句なしにすごい事ではないだろうか。
器の大きさを感じて、改めて尊敬の念を抱くわ。
……それが自国の貴族令息令嬢に、通じていればなおいいのだけれど。

「あたくしも堅苦しいのは苦手だから参加したくないですわー。こういうお茶会ではダメなのかしらー?」
「他国の食文化を学ぶ機会にもなりますし、食事会もいいのではないだろうか」

と、メルティ様に言い聞かせるメルヴィン様。
しかし、メルティ様はぶすぅ、と頬を膨らませて「お茶会の方が楽しい~」と仰る。
うーん、まあ、食事会はお茶会ほど砕けた感じではないものねぇ。
そしてトドメに「お菓子、最後まで出ないし……」と呟かれるメルティ様。
お菓子ですかぁ……。

「あら? この丸いお菓子はなぁに? ロンディニアって意外と珍しいお菓子が多いわよね?」
「それですか? マカロンといいます。えぇと確か、アーモンドパウダーとグラニュー糖と、お砂糖と卵白を入れて、チョコレートやベリーソースを混ぜて色付けしたお菓子……でしたっけ? セイドリック」
「も、もう少し複雑な作り方ではありますが、ご興味があるのでしたらお教えしますよ?」
「ほんと? お城のシェフにも作れるかしら⁉︎」

ああ、自分で作るとかではないのね。
まあ、そうか。
メルティ様はお姫様だものね。
…………。
私も一応お姫様よね?
おや?

「ではレシピを書いてお渡しします。少しお待ちください」
「お願い!」

満面の笑みでお願いされては断れないわ。
でもなるほど。
お菓子の輸出もありかもしれないわね。
問題は鮮度だけれど、マカロンのような焼き菓子は簡単に悪くはならないし……。
中身のクリームにもよるけれど、我が国の首都からザグレの首都まで一週間程度なら、普通に保つわ。
もし貴族の間で流行ったなら、材料を我が国から出荷できるように生産と物流を整えればロンディニアの大きな収入源に繋がる可能性も……!
こうしてはいられないわ!
レシピと共にお父様にもお手紙を書いておかなきゃ!
ザグレの姫であるメルティ様のお気に入りになれば、確実に流行るはずだものね!
自室に入り、便箋を取り出して詳細をまとめる。
これはお父様宛。
ちょうど定期連絡でお父様へお手紙を書いていたから、一緒に入れて報告しよう。
そしてこちらがメルティ様へお渡しするレシピ。
必要な材料や、手順などをできる限り細かく書いて……と。


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